打開策



「それで……賢者殿には何か打開策があるってのか? 例の黒い奴らを根本的に叩くような策がよ?」

「もちろんさ。そのためには、君たち帝国と手を組む必要があるんだ。これはもう、《勇者》とか《魔物の王》とかに拘っている場合じゃない。帝国中……いや、このかいに住む者全てに関わってくる問題なんだよ。それを理解していただけるかな、アーバレン殿下?」

 ジョーカーから面と向かってそう言われたアーバレンは、腕を組んで目を閉じると、そのまま深く考え込む。

 しばらく微動だにせず考え込んでいたアーバレンが目を開けると、じっと俺を鋭い目で睨むように見た。

「おい、白いの。おまえはどう考えている?」

「俺か? 確かに俺は《魔物の王》を名乗り、配下を集めた。俺にはとある目的があったからな」

「目的だと?」

「ああ。だが、その目的はもう目的じゃなくなった」

「どういう意味だ?」

「それは貴様が知る必要のないことさ」

 俺はちらりと横目でミーモスを見やる。あいつは素知らぬ顔をしていたが、それでも口元が緩やかに笑みの形を作っていた。

「今の俺は別に人間と必要以上にことを構えるつもりはない。もちろん、自衛のためなら剣を取るが、進んで人間社会に害を及ぼすつもりはないな」

「つまり、貴様も俺たちと手を組むつもりがある。そういうことだな?」

「ああ、そういうことだ」

 俺が答えれば、アーバレンはにやりと笑った。

「よし、分かった! 賢者殿の提案に俺も乗るぜ。確かに、俺たちがいがみ合っている場合じゃなさそうだ。おまえたちとの同盟に関しては、最終的な決定は皇帝である親父がするが、皇太子である俺の権限の及ぶ限り、貴様たちに協力しようじゃねえか!」

 そう言いながら、アーバレンは俺に右手を差し出した。

 もちろん、俺もそれに応じる。

「先程も言ったように、最終的な決定権は俺にはない。それに、たとえ親父が同盟に応じたとしても、それに反発する貴族たちもいるだろう。そこは理解しているよな?」

「ああ。人間社会はいろいろと派閥やら利権やらが絡むからな。帝国が一枚岩ではないことは想像がつくさ」

「ほう、人間社会の派閥に利権ときたか。そんなことまで知っているとは、おまえは本当に妖魔かよ? それとも、そこの賢者殿からその辺りの教えを受けたのか?」

「勝手に想像していろよ、皇太子殿下?」

「ははは、やっぱりおまえはおもしろいな! ミーモスが入れ込むのも理解できるぜ!」

 呵々とアーバレンが笑う。そしてひとしきり笑った後、帝国の皇太子は至極真面目な顔でジョーカーへと向き直った。

「では、賢者殿。あの黒い奴ら……キメラとやらの詳細を教えていただけるかな?」




 リーリラ氏族の集落付近に存在したキメラどもの塒を調査した結果、ジョーカーはキメラたちの弱点を発見していた。

「活動時間が極めて短い……だと?」

「そうだよ、皇太子殿下。これは僕たちの拠点にキメラたちが襲撃して来た時にも感じたことなのだけど、連中は肉体の回復能力を極限まで高めた結果、その反動で活動時間自体が極めて短いんだ。そして、連中の合成プラント……連中を造り出している場所を調べた結果、その裏づけが取れた。具体的な活動時間は、最短で約10時間、最長でも20時間と言ったところかな? つまり、約一日が限界だ。正確にはこの惑星の自転周期は26時間弱だから、一日には満たないけどね」

 なるほど。最後に付け加えた部分は理解できなかったが、あの黒いキメラどもが一日しか活動できないことは分かった。そして、それだけ理解できれば十分だろう。

「つまり、持久戦に持ち込めば勝てるってわけだな?」

「その通り……と言いたいところだけど、それも簡単じゃないだろうね。連中の総数がどれぐらいなのか、合成プラントがどこにどれだけあるのか、まるで見当もつかない。更には、あのキメラには翼がある。どんな堅牢な城壁や要塞も、空から攻められれば弱いものだからね」

 ジョーカーのその言葉に、帝国の二人の皇子は渋い表情を浮かべる。

 ミーモスはつい先日キメラどもの空からの襲撃を受けて苦戦したばかりだし、同じような戦いは帝国中で起きているのだろう。それを知る故、アーバレンも苦い表情を浮かべているに違いない。

「帝国の……いや、このかいの戦力は、地上戦力が主流だ。航空戦力なんてほとんどないから、当然なんだけどね」

 つまり、どこの軍隊も空から攻められると弱いわけだ。弓や魔法で攻撃するにも、どうしたって限界があるしな。

 例外は俺たちぐらいか? 俺たちにはグフール率いるハーピーたちがいるし、いざとなれば腐竜を投入することもできる。

 問題点は、ハーピーたちはそれほど強い妖魔ではないことと、数が少ないこと。そして、腐竜は俺の命令に常に従うわけじゃないことか。

 まあ、あの腐竜は結構単純だから、何とでも言いくるめることができるだろう。その腐竜は相変わらずガリアラ氏族の集落で、美少年に囲まれてほくほくしているらしい。

 それはともかく。

「では、賢者殿。賢者殿はどうするつもりだ? 何か打開策があるんだろう?」

「僕が考えているのは……キメラの合成プラントがどこにあるのか分からないのであれば、その更なる大元を叩けばいいという至極当たり前のことだよ」

 キメラどもの更なる大元? 連中を生み出す塒の位置は分からないんだろう? 一体、どこを叩くつもりなんだ、ジョーカーは?

 アーバレンもミーモスも俺と同じ思いなのか、不思議そうな顔でジョーカーを見ている。

「そう。地上にある連中の拠点がどこにあるのか分からない。なら、地上ではない所を攻めようってわけさ」

 そう言ったジョーカーは、部屋の天井を見上げた。いや、こいつが見ているのは天井ではあるまい。天井の遥か先に……遥か上にあるものを見ているのだと思う。

 おそらくは、かつてジョーカーが暮らしていたという場所。つまり──銀月を。




 一体、どうやってあんな空の上まで行くつもりなんだ、ジョーカーは? たとえ腐竜だって、あそこまで高くは昇れないだろう。

 そういや以前こいつは、その手段に心当たりがあるとか言っていたような気もするな。

「それで、その大元を叩くって案には俺も賛成だが、具体的にはどうやるつもりだ? 当然、連中のアジトへ乗り込む時は、俺も連れて行ってくれるんだろうな?」

「何を言っているんですか、兄上は。兄上の身にもしものことがあったら、一体どうするおつもりですか?」

「バカ言え、ミーモス。こんなおもしろそうなこと、参加しない手があるかよ? それに、帝国はガルディかおまえがいれば大丈夫だろうが」

「………………兄上はご自分が皇太子であることを、もう一度はっきりとご理解してください……」

 頭が痛いらしいミーモスが言う。確かに、皇太子なんて立場の人間が、敵の本拠地に殴り込みをかけるなんて聞いたこともないな。

 でも、このアーバレンなら、そういうことを平然とやらかしそうだ。

「残念だけど、皇太子殿下は連れてはいけないかな? その代わりというわけじゃないけど、ミーモス殿下にはご足労願うつもりだよ」

「おい、賢者殿。ミーモスは連れていくのに、俺は連れていかないとはどういう了見だ? 理由を言え、理由を」

「まあ…………一言でいえば、因縁かな?」

 ひょいと肩を竦めるジョーカー。確かに、俺とミーモスは銀月にいるという連中には因縁がある。連中の本拠地である銀月に乗り込むのであれば、俺たち以外に適役はいないだろう。

「連中の拠点に向かう手段はあるんだけど、大勢は連れて行けないんだよ、皇太子殿下。だから、連れていくのは少数精鋭、それも僕を含めて五人か六人が限界だね」

「な、なんだとっ!? そんな少数で敵のアジトに殴り込みをかけるつもりだったのか?」

 驚愕に目を見開いて、ジョーカーを見つめるアーバレン。もしかしてこいつ、大軍を率いてキメラどもの本拠地に向かうつもりだったのか?

 あ、そうか。アーバレンは連中の本拠地が銀月だって知らなかったな。

「僕とジョルっちとミーモス殿下は外せない。後は……火力担当のユクポゥくんとパルゥくん、そして、回復要員としてサイラァくんが適役かな?」

 なるほど、少数精鋭ならそれが一番だろうな。

「おいおい、賢者殿。もう一度よく考え直してくれよ。ミーモスじゃなくて俺だっていいだろ? なあ、俺を連れて行けよ。足手纏いには絶対ならないからよ?」

 こいつ、どれだけ敵の本拠地に行きたいんだ?

「兄上、無茶を言わないでください。それに、兄上には帝都に帰って、《白き鬼神》殿との同盟の件を、父上に伝える役目があるでしょう?」

「…………確かに、そっちも重要だよな。俺から提言すれば、同盟の話も通りやすかろうし」

 やはり、帝国の皇太子って立場は重い。その皇太子本人からの提言であれば、俺たちとの同盟の話も一蹴されることはないだろう。

「なら、一度帝都に帰って白いのたちとの同盟を親父に話す。その後、改めて軍を編成しておまえたちの援軍に向かうってのはどうだ? それならいいだろう、賢者殿? で、あいつらの本拠地はどこにあるんだ?」

 どうしても、キメラどもの本拠地へ乗り込む気満々なアーバレン。

「ああ、連中の本拠地の場所を話していなかったね。連中の本拠地は、空の上に浮かぶ銀月にあるんだよ」

「…………………………………………………………………………ぎ、銀月?」

 アーバレンはぽかんとした表情でジョーカーを見つめる。そりゃ敵の本拠地が、邪神が住まうと言われる銀月にあると聞けば、誰だってアーバレンみたいになるだろう。

「お、俺、実は高い所がどうしても苦手なんだよな……」

「そう言えば、兄上は子供の頃から高い所だけは苦手でしたね」

「うう……仕方ねえ……攻められるばかりは性に合わないから、こっちから攻めてやりたかったが、敵のアジトが銀月にあるのならミーモスに任せるしかねえか……」

 なるほど、執拗に本拠地に殴り込みたかった理由は、攻められっぱなしなのが我慢できなかったからか。確かに、アーバレンはじっとしているより動く方を好みそうだよな。

 しかし、銀月に行くのを諦める理由が邪神の下へ向かうからじゃなく、高い所が苦手だからとは……これまた、アーバレンらしい理由だな。

 それはともかく、俺たちの方針は決まった。後はそのための準備を整えればいい。

 俺とミーモスは互いに顔を見合わせると、しっかりと頷き合った。




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