同盟



「おい、ミーモス……おまえ、正気か?」

 俺とミーモスを前にして、呆れた雰囲気全開でそう言うのは、誰あろうこの帝国の皇太子であるアーバレン・ゾラン・ゴルゴークその人であった。




 例の黒いキメラがレダーンの町を襲ってから数日。あれから数度にわたり、レダーンの町はキメラどもに襲われた。

 それを撃退したのは、ミーモス率いるこの町の軍と冒険者、そして俺とその配下たちだ。

 配下と言っても、さすがに全部じゃない。リーリラ氏族の集落を始めとしたダークエルフの集落を防衛するための戦力は、リュクドの森の中に残してある。

 だから今、レダーンの町にいる俺の配下は、ユクポゥとパルゥの兄弟分に、ギーン、ムゥたち黒馬鹿三兄弟率いるオーガーが三十体ほど、そして、グフールとその仲間のハーピーたちだ。

 それに加えて、先遣隊とも言えるゲルーグル、ドゥム、サイラァの通称「黒の三女神」にバルカン。

 後は、つい先日キメラの情報解析を終えて戻って来たジョーカー。そして、パルゥの息子のコニンとその世話係兼俺たちの《料理将軍》であるクースも来ている。

 レダーンの町の住人たちの、俺たちに対する反応だが……まあ、警戒はしているし怯えてもいるが、何とか受け入れてもらえているようだ。

 その主な理由は、ゲルーグルたちが先行してこの町の住人に好評だったことと、今代の《勇者》であるミーモスが、俺たちを受け入れて手を組むことを宣言したからだろう。

 もちろん、反対意見はあった。町に妖魔を招き入れるなど言語道断、といきり立つ者はかなりいた。

 それでも、《勇者》であり、冒険者支援組織である互助会の頭領であり、帝国の第三皇子であるその立場を最大限に活かしたミーモスは、俺たちを受け入れることを強引と言ってもいいほどの強硬姿勢で押し通したのだ。

 そんなミーモスを支持したのは、主に戦場で実際にキメラどもと戦った兵士や騎士、そして冒険者たちだった。

 彼らは敵の強さを実体験している。自分たちだけでは、あのキメラどもに勝てないことを理解している。だから、キメラどもを打倒するため……いや、自分たちが生き残るためには、俺たちと手を組むほかないことを分かっているのだ。

 それに、最近この町で生まれた、とある新興の宗教的勢力が熱烈にミーモスを支持したことも大きい。

 言わなくても分かるよな? その宗教的な勢力ってのは、もちろんサイラァを崇める連中だ。あいつら、既に狂信者と呼んでもいいほどサイラァを信奉していやがる。

 確かに、サイラァの命術に命を救われた者は数多い。そんな連中がサイラァを崇めるのは理解できる。しかも、命を救ってくれたのが神がかり的なほどの美女だったら? 男であれば、誰だってサイラァに心奪われるだろう。

 そんな熱心なサイラァの信者たちが、ミーモスを支持した。いや、連中が支持したのはミーモスではなくサイラァに他ならない。

 ミーモスの意見が通らなければ、当然ダークエルフであるサイラァはこのレダーンの町からいなくなる。連中からすれば、女神にも等しいサイラァがこの町からいなくなるのは、耐えられないことなのだろう。

 そのような経緯もあり、俺たち《魔物の王》軍は何とかレダーンの町へと入ることができたわけだ。その後も、キメラどもの襲撃は何度かあった。ミーモス配下の人間たちと、俺の配下の妖魔たちは、力を合わせてキメラどもを撃退した。

 肩を並べて一緒に戦っていれば、いつしか仲間意識も芽生えるってものだ。戦場ってのは独特の空気が流れている。それは、その空気の中に身を置いた者にしか理解できない。

 何度も共に死線を潜り抜けていくうちに、人間たちは徐々に俺たちを受け入れるようになっていった。

 戦場で実際に戦う騎士、兵士、そして冒険者たちが俺たちを受け入れたのだ。その他の一般的な住民たちも、少しずつその空気に染まっていっている。

 中には根強く俺たちに反感を抱いている者たちもいる。だが、キメラどもの襲撃はいつあるのか分からず、自分たちだけではこの町は守れない。反感を抱きつつも、それを表に出すことができないのが現状だった。

 もちろん、一緒に戦うとは言っても、人間と妖魔で連携が取れるわけじゃない。それぞれ別勢力として戦っているのだが、それでも一緒に戦っているのは事実で。

 今のレダーンの町は、人間と妖魔が入り交じった他にはないある種、混沌とした状態になっていた。




 そんな俺たちの下へ、ミーモスの使いが現れたのは今朝早くのことだった。

 いくら俺たちがレダーンの町に受け入れられつつあるとは言っても、さすがにオーガーやハーピーが町中をうろつけるわけがない。人間社会の常識を知らない妖魔が町中にいても、無駄な騒動を起こすだけだろう。

 よって、俺たち《魔物の王》軍は、町の城壁の外の草原を一時的な野営地としている。野営地と言っても、天幕などを張るわけじゃない。妖魔にとって野宿など気にもならないからな。

 そんな俺たちの下に、その人物は現れた。これまで何度も顔を合わせている、ミーモスの側近的な近衛騎士だ。

「《白き鬼神》殿、ミルモランス殿下がお呼びです。ご足労ですが、私と同行していただきたい」

 近衛騎士は丁寧な態度で俺に接する。ミーモスが俺に親しく、そして砕けた態度で俺に接することを知っている彼は、俺や仲間たちにも失礼のない態度を取っていた。

 もちろん、彼が内心で俺たちをどう思っているか、それは分からない。だが、少なくとも敵対しないのであれば、俺としても文句を言うつもりはない。

「おう、分かった。行くのは俺だけでいいのか?」

「いえ、そちらの魔術師殿……ジョーカー殿もご一緒にお越しいただきたい」

 ふむ? 俺だけじゃなくジョーカーもか? ってことは、単なる世間話ってわけじゃなさそうだな。

 そんなわけで近衛騎士に連れて来られたのが、ここ、かつてこの町の領主やその代理人たる代官が使用していた屋敷である。

 今はミーモスが接収し、対キメラ戦の本部にもなっている。

 その屋敷の一室。そこで俺たちを待っていたのは、ミーモスだけじゃなかった。

 なぜか、部屋の中には第一皇子であるアーバレンが一緒にいたのだ。




「おい、ミーモス……おまえ、正気か?」

 アーバレンは、俺の顔を見てもう一度そう尋ねた。

「ええ、僕は正気ですよ、バレン兄上。あの黒い怪物ども……キメラの脅威を払拭するには、《魔物の王》であるリピィ殿と同盟を結ぶ必要があると考えています」

「おまえは今代の《勇者》だってこと、忘れていねえよな? 《勇者》が《魔物の王》と手を組むなんざ、前代未聞もいいところだぜ?」

 そう口では言うアーバレンだが、その目はおもしろいものを見つけた子供のように輝いていた。

「伝令として戻ってきたガルディの配下から、おまえの手紙を受け取り、その内容を吟味した。さすがに俺もガルディも……そして親父も驚かされたがな?」

 にやり、と。

 口元を吊り上げてアーバレンは笑う。だが、その笑みは獲物を目前にした肉食獣のような迫力がある。

「まあまあ、ここはミルモランス殿下の……いや、僕たちの話も聞いていただけないかな、アーバレン皇太子殿下?」

「ん? おまえさんはどこの誰だ? 見たところ魔術師のようだが?」

 器用にも片方の眉をひょいと持ち上げ、アーバレンがジョーカーを見る。

「いかにも、僕は魔術師さ。名前はジョーカーと呼んでいただけるかな?」

「ジョーカーだと? 聞いたこともねえ名前だな……いや、待てよ?」

 突然、何やら思案顔になるアーバレン。だが、すぐに何かを思いついたようで、改めてまじまじとジョーカーの顔を見つめる。

「おめえ……いや、あなたはまさか……先代勇者一党の一員だった、賢者ジョーカー殿……なのか?」

 ああ、そうか。前世の俺……《勇者》ジョルノーとその仲間の名前は、今も語り継がれているのか。それで、アーバレンもジョーカーの名前を知っていたんだな。

「いかにも、僕は先代勇者ジョルノーと共に、《魔物の王》と戦ったジョーカーさ。六十年前の人間が、当時と同じ姿でいるのは……そこはよんどころない事情があってね。聞かないでくれるとありがたい」

「隣国の賢者リーエン老師の師匠にして、先代勇者ジョルノー殿の仲間の一人……か。そんな絵空事のような話、すんなりとは信じられねえな」

 腕を組み、胡乱気な視線を俺たちに向けるアーバレン。まあ、そうだよな。そうすんなりとは信じられないよな。

「信じる信じないは皇太子殿下の勝手さ。だけど……これだけは信じて欲しい。今、巷で暴れている黒いキメラを放っておいたら、ゴルコーク帝国は……いや、この惑星せかいそのものが滅びかねない。実際、この帝国のあちこちで黒いキメラは暴れているんだろう?」

「…………どうしてそれを知っていやがる?」

「僕にも独自の情報網ってものがあってね。そしてそれは、殿下の弟君の密偵たちとも決して劣らないほどなのさ」

 眼光鋭くジョーカーを見るアーバレンと、そんな視線を全く気にした風もないジョーカー。ある意味、こいつらって気が合うのかもしれないな。

 ところで、ジョーカーの言う情報網ってのは、帝都の盗賊ギルドに潜り込ませた隊長のことだろうな。

 ジョーカーは使い魔を通して、頻繁に隊長と連絡を取っているらしい。

 さらには、今の盗賊ギルド──〈〉という組織──は、実質的に隊長が掌握しているそうだ。なぜか、ジョーカーの名前を出した途端、組織の幹部たちが一斉に震え上がったとか。一体、帝都で何やらかしやがったんだ、ジョーカーは?

「僕は、そのキメラに関する情報を持っている。それだけでも、僕たちと手を組む価値はあると思うよ、皇太子殿下?」

「その話が本当だという証拠は? おまえの言っていることが全部嘘……それこそ、ジョーカーという過去の偉大な賢者の名前を騙っているだけの大ボラ吹き野郎という可能性だってあるわけだぜ? いや、現状ではその可能性の方が高いだろうが?」

「ごもっともだよ、殿下。なら、これを見てくれ」

 ジョーカーがローブの懐から掌に乗るほどの小さな何かを取り出すと、突然空中に何かの情景が映し出された。

 巨大な円筒形の水槽のような物の中には、例の黒いキメラが入っている。どうやら眠っているのか、全く動かないようだ。

「こいつは……幻覚の魔法か? それにこの怪物たちは……」

「正確には空中投影された立体映像ホログラムだけど、まあ、幻覚だと思ってくれればいいかな。さて、今映し出されているのは、黒いキメラたちの培養場の一つさ。この施設は、既に僕たち《魔物の王》軍の手によって破壊したけどね」

「培養場……? そ、それに一つ……だと? ま、まさか……」

 アーバレンの顔が青ざめる。いや、よく見ればミーモスの顔色も悪い。そりゃあ、あの黒いキメラどもを造り出す施設が複数あると聞かされれば、二人のようになるのも無理はないだろう。

「殿下たちの想像通りだよ。この施設は、帝国中……いや、この大陸のあちらこちらにある。おそらくだけど、相当な数の施設があると思うよ」

 ジョーカーの話を聞いた二人の皇子たちの顔色が、それまで以上に悪くなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る