激戦
気づいた時、僕は大気圏突入用の個人ポッドの中にいた。
昨夜は確か、友人たちと酒を酌み交わしたはず。
クリフ曰く、稀少な「本物のワイン」が見つかったので、一緒に飲まないかと誘われたのだ。
既に「本物のワイン」など、僕たちは飲みつくしてしまった。残っているのは、月日が経ちすぎて味が落ちた劣化品か、もしくは合成して作り出した「偽物のワイン」か。
クリフが言うには、偶然にも小さな密封コンテナを見つけて、開けてみたらこのワインが入っていたのだとか。
僕とクリフ、そしてジャッキーは、久しぶりに味わう「本物のワイン」を心から堪能した。
最後に「本物」の酒を飲んだのは、一体何十年前だろう?
見つけたワインはたったの三本。そんなもの、あっという間になくなってしまった。
三本のワインを空けた僕たちは、その後は「偽物」を飲み続けた。
──全く、「本物」に比べたら「偽物」は飲めたものじゃないわね。
と、ジャッキーはぶつくさ言いながらも、かなりの量を飲んでいたっけ。
昔から、彼女はアルコールの類が大好きなのだ。
そんな友人に笑いながら、僕たちは楽しい一時を過ごした。
だが、それが罠だったのだ。
おそらく、後から飲んだ「偽物」の方に、何らかの薬が混ぜ込んであったのだと思う。
「本物」の後に飲んだことで、「偽物」の中に混ぜ込まれた薬の違和感に気づかなかったのだ。
それに、彼が──クリフがそんなことをするわけがない、という思い込みもあった。
しかし、ポッドに記録された映像には、彼が僕のことを昔から毛嫌いしていたという告白があった。
やれやれ。僕に文句があるのなら、面と向かって言えばいいのに。
それができないことが、彼の器の限界であり、こういう陰湿な真似をする原因なのだろうけど。
さて、問題は、だ。
僕がこれから向かうのは、猛毒溢れる場所だ、そんな場所で、どうやって僕は生きていくべきか。
別にクリフに復讐しようなどとは思わないが、それでも、何らかの報復──彼を驚かせてみたいとは思う。
さて、どうやってそれを成し遂げようかな。
レダーンの町の防衛線は、苛烈なものとなりました。
町が攻められる普通の戦であれば、城壁を利用した防衛戦線を構築するのですが、黒い怪物たちには城壁は役に立ちません。
なんせ、連中には翼があり、城壁を易々と飛び越えて来るのですから。
それでも、弓兵隊と魔術師を中心に編成した遠距離攻撃部隊が、かなりの数の黒い怪物を地上へと叩き落としました。
それに、怪物たちもいつまでも空にいるわけではありません。
連中には遠隔攻撃手段がないようで、町や人々を襲うためには地上に降りなければならないようなのです。
地上に降りた黒い怪物たちに、近衛騎士や冒険者たちが挑みかかります。
ですが、黒い怪物たちは相当手強く、手練れの近衛騎士や冒険者でなければ歯が立ちません。
今も、斧を構えた重装備の冒険者が、黒い怪物の一撃を受けて吹き飛ばされました。幸い、致命傷には至らなかったようで、仲間らしい治癒術師が命術を用いて回復しています。
回復している間も、他の冒険者たちが必死に攻撃を繰り返し、懸命に戦線を支えます。
その冒険者たちはぎりぎりの綱渡りの結果、何とか黒い怪物を一体倒すことに成功しました。
そのような命がけの戦いが、レダーンの町のあちこちで繰り広げられているのです。
僕は城壁の上から、怪物との戦いを見下ろしながら全体の指揮を執っているのですが、見えない所で行われている戦いの報告も、次々に僕の元へと入ってきます。
戦い全体を把握しながら、戦力を運用するのが僕の仕事です。
「近衛の小隊を、苦戦している西の戦場へと投入してください。戦闘の終わった北の戦力は、回復した後に二つに分け、それぞれ東と南の戦場に回すように」
ばたばたと、何人もの伝令が忙しなく駆け回ります。ヒルパス男爵……いえ、ヒルパス男爵の偽物が所持していた、連絡用の魔封具が切実に欲しいですね。
いえ、実際にはあの魔封具はいくつか残されており、現在は僕が管理しているのですが、その使い方が分からないのです。
先日の戦いで魔封具を実際に使った者に使い方を尋ね、言われた通りに使ったのですが、なぜか使えませんでした。
魔封具に封じられていた魔力が尽きたのでしょうか?
ひょっとしたら、ジョーカー殿ならこの魔封具を再び使えるようにできるかもしれません。今度会ったら、そのことを聞いてみましょうか。
ですが、それはこの戦いを無事に潜り抜けられればの話。まずは、使えない魔封具よりも目の前の戦いに集中しましょうか。
その後も、激しい戦いは続きました。
敵は手強く、しかも数も多い。そんな敵と戦い、町の防衛戦力はどんどんと削られていきます。
「で、殿下……このままでは……」
近衛騎士の一人が、僕に何か言いたそうにしています。おそらく、僕だけでもこの場から逃げろと言いたいのでしょう。
彼ら近衛騎士にしてみれば、レダーンの町を守るよりも、僕一人を守る方が重要なのでしょう。
ですが、ここで僕だけ逃げるわけにはいきません。
今の僕は《勇者》です。こんなところでおめおめと逃げ出そうものなら、歴代の《勇者》であった「彼」に会わせる顔がありません。
今代の《勇者》となり、僕は初めて《勇者》が背負う重圧を実感しました。
人々から寄せられる《勇者》への期待は、そのまま大きな負荷となり、常に僕を圧し潰そうとします。このような重圧を、「彼」は何度も耐え抜き、その上で《魔物の王》であった僕と戦ってきたのですから。
全く、彼には本当に敵いませんね。改めて、彼に尊敬の念を抱きます。
そんな「彼」に……偉大な過去の《勇者》に、僕は負けるわけにはいきません。
「僕が前線に出ます。至急、用意をしなさい」
「で、殿下っ!! そ、それは……それだけはなりませんっ!!」
「そうですっ!! このような戦いで、皇子たる殿下に怪我でも負わせることになれば……」
「そう、あなた方の言う通り、僕は皇子です。だからこそ、僕にはこの国の臣民を護る義務があります。違いますか?」
目に力を込め、僕を諌めようとする近衛騎士たちをゆっくりと見回します。
別に、魅了の力を使うわけではありません。そんなことをしなくとも、近衛騎士たちに僕の気持ちは伝わるでしょうから。
実際、近衛騎士たちの顔に決意が浮かびます。僕と共に戦う決意が。
「それに、間もなく援軍も来るでしょう。それまで、持ち堪えればいいのです」
「え、援軍……ですか? 殿下のお言葉を疑うわけではありませんが、一体どこから……?」
そう尋ねる近衛騎士に、僕は笑みだけで応えます。まさか、リュクドの森から《魔物の王》が援軍に来るとは言えませんからね。
「では、用意が整い次第、前線へ出ます。総員、奮戦せよ!」
腰から引き抜いた剣を天へと掲げれば、周囲から歓声が湧き上がりました。
これでしばらくは、士気も保つことでしょう。後は我が軍が壊滅する前に、彼がここに来てくれることを願うばかりです。
その後も戦闘は熾烈を極めました。
レダーンの町の兵士、騎士、冒険者、そして近衛騎士の総力を上げて黒い怪物を撃退するも、怪物は次々に町へと押し寄せてきます。
僕も剣を振るい、魔法を駆使して黒い怪物を倒していきます。ですが、「数は力」は事実でもあります。尽きることのない敵の戦力に、我が方は徐々に押され始めました。
兵士が、騎士が、冒険者が、近衛騎士が。
一人、また一人と倒れていきます。僕自身も数人の近衛騎士と共に怪物どもに囲まれるも、何とか怪物たちを撃退しました。
ですが、すぐに次に怪物が迫っています。
「殿下……どうしても、ここから退避する気はありませんか?」
次の怪物が間近へと迫るほんの僅かな時間の隙間。その隙間で、傍にいた近衛騎士の一人が至極真面目な顔で僕に問いました。
その目には、並々ならぬ決意が宿っています。どうやら、たとえ僕の意識を強引に奪ってでも、ここから逃がすつもりのようです。
もちろん、皇族を傷つけるなど、近衛騎士としては絶対にしてはならぬこと。その禁忌に触れてでも、彼は僕をこの窮地から逃がすことを選択したようでした。
ですが……その必要はないようです。
ほら、聞こえてきませんか?
萎えかけた僕たちの戦意を再び燃え上がらせる、可憐ながらも熱い歌声が。
──燃やせ! 闘志を!
振るえ! 手にした剣を!
踏み締めろ! 大地を!
守りたいものがあるんだろう? 助けたい仲間がいるんだろう?
だったら倒れるのはまだ早い。
愛する人の祈りが。
頼れる仲間の眼差しが。
おまえを強くするはずだ!
闘志を燃やして目の前の敵を打ち破れ!
おまえたちの明日を守り抜け!
「こ、この歌声は……」
「な、何だか力が湧いてくるような……」
それまで悲壮な表情を浮かべていた近衛騎士たちが、憑きものが落ちたように晴れやかな表情を浮かべます。
そして、その胸には再び戦意という名の炎が燃え上がっているようです。
さあ、ここから敵を押し返しましょうか。
待ち望んだ援軍が、遂に到着したのですから。
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