強襲




 楽しかった遊戯ゲームももう終わり。

 最後に残った同胞であるクリフが、私にそう告げた。

 確かに、私たちの体はもう限界。これ以上の「若返り」はできない。

 クリフは、最後に大きな仕掛けを施すという。

 一体、何を始めるつもりなのか知らないけど、どうせ最後なのだから派手にいくと言っていた。

 それに関しては、私も同意する。最後の遊戯ゲームとなれば、これまで以上に盛り上げなくては。

 欲を言えば……ここに彼がいないこと、だろうか。

 最後に残った地球人類三人の内の一人。私たちの中で、最も優秀だった科学者であり、古くからの友人である彼。

 一体、彼は何を思って地上へなど降りたのだろうか。

 自分たちの未来がないことに絶望したから?

 何か、彼の興味を引くものが地上にあったから?

 それとも──他に何か理由があったのかもしれない。

 でも。

 でも、どうして私たちに何か言ってくれなかったのだろう。私たちでは、彼の力になれなかったのだろうか。

 それが、彼がいなくなってから、ずっと私が抱えている不満。

 いや、違う。

 私が不満に思っているのは、「私たち」に何も言ってくれなかったからじゃない。

 「私」に何も言ってくれなかったことが、私には不満と思えてしまうのだ。

 彼──ジョージ・カーティス。

 彼が地上に降りてから、どれだけの時間が流れただろうか。もちろん、とっくに彼は生きてはいないだろう。

 できれば、私たちの最後の時まで、彼には傍にいて欲しかった………………。




 その報告を聞いた時、僕は思わず眉を寄せました。

「レダーンの町の中に魔物が……ですか?」

「はい、殿下。突然、数体の魔物が空から町の中に入り込みました!」

 近衛騎士の一人が、そう報告します。

「もしや……《魔物の王》が配下の魔物たちを動かしたのでは?」

 別の近衛騎士が、不安そうに告げます。

 もちろん、僕にはそんな事実はないことは分かっています。彼が……今代の《魔物の王》であるリピィが、昨日の今日で配下の魔物たちにこの町を襲わせることはないことを。

 ですが、僕たちの事情を知らない者からすれば、突然現れた魔物が「彼」の配下だと思うのは当然のこと。そして、僕たちの関係を他者に話すわけにもいきません。

「その魔物が《魔物の王》の配下かどうかは関係ありません。すぐに撃退することが肝心でしょう。町の住民に被害が及ばないうちに、ただちに撃退しなさい!」

「御意!」

 報告に来た近衛騎士が、足早に部屋を出て行きました。

 ここはレダーンの町の領主の館。いえ、元領主の館というべきでしょうか。

 現在、この町には領主も代官もいません。よって、この町に魔物が襲撃してきた以上、僕がその陣頭指揮を執らねばならないでしょう。

 この町には今、立場的に僕以外にそれができる者はいないのが現状なのですから。

「互助会にも至急連絡をして、冒険者を町の防衛に回してください。もちろん、報酬は多めに設定するように」

「はっ!!」

 更には今、この町にはほとんど兵士がいません。先日の《魔物の王》との戦争で、壊滅に近い打撃を受けてしまいましたから。

 もちろん、騎士や兵士も僅かに残ってはいるのですが、やはり町の防衛は冒険者が主力となるでしょう。冒険者を統括する立場としても、黙ってこの状況を見ているわけにはいかないのです。

 しかし、一体どんな魔物が襲撃してきたのでしょうか? リピィの配下ではないリュクドの森の魔物たちが、偶然この町を襲ったのでしょうか?

 その可能性は少なからずありますね。ですが、その可能性は低いように僕には思えます。

「互助会に移動します。ここでは指揮が執りづらいですから」

 冒険者を統括する互助会であれば、詳細な情報も集めやすいでしょう。

 そう判断した僕は、護衛の近衛騎士と共に互助会へと移動する準備を始めました。




 レダーンの町のとある一角。そこに、その魔獣はいました。

 全体的な印象はちょっと大柄なゴブリンと言ったところでしょうか。普通種のゴブリンは、大体人間の子供ほどの大きさです。ですが、目の前にいる黒い怪物は、そんなゴブリンよりも一回りほど大きいでしょうか。

 とはいえ、人間と遜色ない体格になるホブゴブリンほどではありません。

 ですが、その黒い怪物がゴブリンでないのは明らか。なんせ、その背中に鳥のような翼があるのですから。

 あの翼を使うことで、町の城壁を飛び越えて来たのでしょう。

 黒いゴブリンもどきの数は五体。その内の一体に、今まさに兵士が斬りかかりましたが、あっさりと反撃されました。

 ゴブリンもどきが振り抜いた拳が、兵士の頭を四散させたのです。

 あの膂力……間違いなく、あの怪物はゴブリン以外の何かですね。

 ああ、そう言えば、リピィの配下に異様に強いホブゴブリンが二体いましたが、彼らなら素手で人間の頭を砕くぐらいのことはやってのけるでしょう。

 おっと、今はそんなことを考えている余裕はありません。

「直ちに兵を退かせなさい! あの怪物相手では、普通の兵士では歯が立たないでしょう」

 兵士に代わり、戦場に投入するのは僕の護衛の近衛騎士たちです。近衛に選ばれる以上、彼らは精鋭中の精鋭。目の前の黒い怪物相手にも、決して劣ることはありません。

 兵士たちと入れ替わるように、近衛騎士たちが黒い怪物と交戦を開始します。

 彼らが時間を稼いでいる内に、冒険者──それも腕の立つ冒険者たちを集め、迎撃に充てなければなりません。

 あの黒い怪物たちが、五体だけという保証はありません。今後、更なる数の怪物どもが現れる可能性があります。

 そして、その嫌な予想が当たっていることを、僕はすぐに実感するのでした。




「な……なんて数だ……」

 そう呟いたのは、護衛の近衛騎士か、それとも上位冒険者の誰かか。

 ですが、そう呟いた誰かの気持ちは、僕にもよく分かります。

 なぜなら、まるで空を覆うかのような無数の黒い怪物たちが、レダーンを目指して近づいてきているのですから。

 その数は、具体的に数えることが嫌になるほど。どう見ても数百はいるでしょう。

 その黒い怪物たちの姿は一定ではありません。先程倒したようなゴブリンに翼がある個体もいれば、オーガーの背中に蝙蝠のような翼を付けたような奴もいます。

 他にも、グリフォンの背中から人間の上半身だけが生えたもの、魚なのに空を飛んでいるものなど、実に様々です。

 その強さも、先程のゴブリンもどき以下ということはないでしょう。つまり、並の兵士では敵わない強さを持っていることになります。

 レダーンの防衛戦力は、僕と近衛騎士を筆頭に、一定以上の実力を持つ冒険者、そして先の戦いを生き延びたこの町の数名の騎士と兵士。

 正直言って、心許ないことこの上ありません。

 既に帝都へ援軍の要請は行っています。ですが、その援軍が来るまで、果たして持ちこたえることができるでしょうか。

 町の住民を避難させたくても、避難させる場所がありません。なんせ、敵は空から襲いかかってくるのです。通常の戦争であれば、城壁から最も遠い町の中央へと住民を集めるのですが、この状況ではそれをしてもあまり意味がありません。

 それどころか、住民が集まっている場所へ黒い怪物たちが殺到し、逆に被害が大きくなるおそれもあります。

 そのため、住民たちには家に篭り、外には決して出ないように通達してあります。その方がおそらく安全でしょうから。

 今後、地下にでも町の住民を避難させる場所を造りましょうか。もっとも、町の住民全てを収容できるほどの地下施設など、そう簡単に造れるわけもありませんが。

「殿下! 殿下にお会いしたいという者が来ております!」

「この状況で僕に会いに? 一体、何者ですか?」

「それが、どうやら行商人のようでして……」

 行商人? もしかして、その行商人とやらは……?

「至急、会いましょう。すぐにここにお連れしなさい」

「御意!」

 町へと近づく怪物たちは、まだまだ距離があります。空を飛んでいることを考慮しても、その行商人に会うだけの余裕はあるでしょう。

 それほど待つこともなく、近衛騎士に連れられたその行商人がやって来ました。

 はやり、僕が予想していた通りの人物です。

「お目通りいただき感謝しております、ミルモランス殿下」

 僕の前で恭しく跪く行商人。それはもちろん、《辺境の勇者》と呼ばれたとある男性と懇意にしているという、あの行商人でした。

「『あの方』に連絡し、この町の窮状をお伝えしました。遠からず、『あの方』は援軍を差し向けてくださるかと」

「それは本当ですか?」

 これは思わぬ朗報です。しかし、予想通りこの行商人は「彼」と繋がっていましたか。

 まあ、それはさておき、これは嬉しい誤算というやつです。

 問題は、彼が率いて来るであろう援軍を、果たして冒険者や近衛騎士たちが「援軍」と思ってくれるかどうかですが、そこは僕の手腕の見せ所というものでしょうか。

 それよりも、まずはその援軍が到着するまで持ちこたえるのが肝要。そろそろ、敵が間近まで迫って来ています。

「弓隊、構え! 魔法使いは詠唱開始!」

 僕の指示に従い、弓の得意な冒険者や魔法使いたちが、それぞれ攻撃の準備に入ります。

 そして。

「射て!」

 僕の号令のもと、無数の矢と魔法が迫る黒い雲へ向けて放たれました。



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