悪夢
まさか、ジョージが生きていたとは思いもしなかった。
あの地獄のような
ある意味、それもまた彼が天才だという証なのかもしれない。
全く、どこまでも忌々しい奴だ。
だが、もうそれも関係ない。いや、関係なくなるだろう。
僕もジャッキーも、体が限界にきている。これ以上のクローンニングは不可能だ。
つまり、駒を使った
で、あれば。
もう、遊戯に拘る必要もない。
僕たち地球人類はこれで絶える。
もちろん、故郷である太陽系に人類は残っているし、他の移民船団がどこかで入植に成功しているかもしれないので、正確に言えば地球人類が完全に滅亡するわけではない。
だが。
それでも。
我らが移民船団の地球人類が、これで途絶えるのは確定した未来だ。
ならば。
我らを全滅へと導いたあの忌々しい惑星もまた、道連れにしてやろうではないか。
さあ。
我らと共に、おまえたちも滅びるがいい。
パルゥとユクポゥ──多分──の子の誕生を祝う会場となっていた、リーリラ氏族の集落の中央広場。
そこに、突然舞い降りた黒い影。
しかも、影は一つではなかった。
俺に見える限り、その数は七つ。ひょっとすると、この中央広場以外にも現れているかもしれない。
それまで浮かれに浮かれていた面々だったが、その表情が一気に引き締まる。
この辺りは、さすがと言う他ないだろうな。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
雄叫びを上げながら、ムゥがその巨大な拳で黒い影を殴りつける。
さすがに宴会の場に武器までは持ち込んでいなかったからな。だが、奴の拳は
そして、黒い影に躍りかかったのはムゥだけじゃない。
ノゥとクゥ、そして連中の配下のオーガーたち。
ザックゥを筆頭としたトロルたち。
グフール率いるハーピーたち。
そして、ダークエルフの戦士たち。
もちろん、ユクポゥとパルゥもだ。
「クース、コニン預かっていて」
「は、はいっ!!」
それまで抱き抱えていた我が子のコニンを、クースに預けて戦場へと向かうパルゥ。
ここ最近は腹に子供がいたため、大人しくしていたパルゥはいろいろとため込んでいたらしい。
そのため込んだものを吐き出すかのように、パルゥは嬉々として黒い影を殴りまくる。
ところで、あの影どもは一体何だ?
見た目はオーガーっぽい。体格も普通種のオーガーと同じぐらいだ。
だが、連中の背中には巨大な翼があった。蝙蝠のような被膜の翼が。
いや、そうじゃない。
黒いオーガーもどきたちの背中に翼があるのは共通だが、翼の形状は様々だった。
先程言ったように被膜の翼もあれば、鳥のような翼もある。中には翼ではなく虫のような翅を持つ個体までいる。
「こいつは……もしかして……」
俺の隣にいるジョーカーが、オーガーもどきを厳しい目で見つめながら呟く。
どうやら、あいつらの正体に心当たりがあるようだな。
「おい、ジョーカー。こいつらは何だ?」
「ジョルっちも覚えているだろう? グフールくんたちハーピーたちを襲った連中を」
「もちろん覚えているが……もしかして?」
「そのもしかして、だよ。このオーガーによく似た怪物たちは、間違いなくクリフが作り出したキメラだ」
かつて、グフールたちハーピーの集落を襲った、グリフォンによく似た怪物がいた。
今、リーリラ氏族の集落に現れた連中もまた、その怪物の仲間だとジョーカーは言う。
「クリフの作り出したキメラが相手となると、ムゥくんたちといえどもさすがに素手じゃ厳しいだろうね」
ジョーカーが呪文を詠唱し始める。その詠唱が終わると同時に、集落の奥からよたよたといくつもの人影が近寄ってきた。
近寄ってきたのは、いつぞやの
そういやいたな、こんな奴ら。すっかり忘れていたけど。
その屍人魔像はと言えば、それぞれに得物を抱えている。どうやら、ムゥたちの得物のようだ。
「おーい、ムゥくんたち! 君たちの得物を持って来させたから、一旦下がるんだ!」
「おう、ありがてぇ! こいつら、殴ってもあまり効果がないんだよ!」
キメラの相手を配下たちに任せて、ムゥたち三兄弟とザックゥが戻ってくる。
「あいつら、殴ってもすぐに回復しやがる。あの回復力、トロルたち以上だぜ」
「ふむ……回復力を極限まで高めたキメラか。クリフの奴、こんなものまで用意していたとはね。となると……」
ムゥの言葉を聞いたジョーカーが、何やら考え込み始める。よし、考えることはジョーカーに任せておけばいいな。
まずはあの黒いキメラどもを倒すことを優先しよう。
「グルス族長! あいつらには何か弱点属性があるかもしれない。様々な系統の魔法で攻撃してみてくれ!」
「御意!」
俺の言葉に従って、グルス族長がリーリラ氏族のダークエルフたちに指示を飛ばす。そして、すぐにダークエルフたちによる魔法攻撃が始まった。
炎術、氷術、風術、地術、光術、闇術……様々な属性の攻撃魔法が、黒いキメラに降り注ぐ。
だが、連中には特に弱点と呼べるような属性はないようだ。
魔法によって普通にダメージを受けるものの、そのダメージは見る間に回復していく。
どうやらあの怪物どもを倒すには、回復する暇を与えないほどの大きな打撃を一気に与える必要がありそうだ。
俺は愛剣で掌を浅く斬り裂くと、そこから流れ出る血を手近なキメラに触れて付着させる。
そして。
「爆!」
閃光と轟音が周囲に広がり、爆術に巻き込まれたキメラが一体、弾け飛んだ。
さすがにここまで体を破壊すれば、再生はできないみたいだな。
とはいえ、今の爆術にはかなりの魔力を注ぎ込んだ。そうそう乱発もできないだろう。
さて、残る六体をどうやって倒そうかと考えを巡らせた時。
それはまるで双流星のごとく、戦場となっている中央広場を駆け抜けた。
どん、という重々しい音と共に繰り出された槍がキメラの頭部を吹き飛ばし、稲妻のような速度で振り抜かれた剣がキメラの胴体を両断する。
もちろん、それをやったのが誰か、言うまでもないだろう。
得物を手にした兄弟たちは、まさに流星だった。二人が槍と剣を振る度に、キメラどもが倒されていく。
それまで苦戦していたのが嘘のように、キメラどもが駆逐されるまでそれほどの時間は必要とされなかった。
リーリラ氏族の集落に入り込んだ黒いキメラは、全部で十体もいた。
俺たちが対峙した七体以外にも、三体ものキメラが集落に入り込んでいたわけだ。
まあ、連中は空からやって来たので、その侵入を防ぐことは難しかったのだが。
中央広場以外に舞い降りたキメラたちも何とか撃退することに成功。こいつらはジョーカーが弱点を発見したため、思ったよりも容易に倒すことができた。
「こいつらは、極限まで回復力を高めている。その反面、回復を繰り返す度に体そのものが維持できなくなるようだ。つまり、活動時間が極めて短いってわけだね。だから、持久戦に持ち込めば何とでもなるよ」
ジョーカーの言う通り、実際に黒いキメラたちはある一定の時間が経過すると、まるで腐り落ちる果実のように、見る間にその体を腐食させてしまった。
「しかし、問題は別だよねぇ」
「別の問題だと?」
「うん……このキメラどもが、ピンポイントに僕たちがいる集落を狙って来たと思うかい?」
ん? どういうことだ? この黒いキメラどもは、ジョーカーの昔の仲間が作り出したものなのだろう? であれば、ジョーカーを敵視するそいつ──クリフとかいう名前らしい──が、ジョーカーを狙ってこのキメラどもを送り込んできたわけじゃないのか?
俺はてっきりそうだと思っていたが。
「あのクリフが、ただ単に僕だけを狙ってくるとは、ちょーっと思えないんだよねぇ。彼のことだから、何かするとなるともっと派手なことをしでかしそうなんだけど……ん?」
言葉の途中で、何かに気づいた様子のジョーカー。彼は着ている外套の懐を何やら探ると、小さな鼠を取り出した。
ああ、あの鼠、ジョーカーの使い魔か。
ジョーカーは掌に乗せた使い魔の鼠に、何か話しかけながらふむふむと頷いている。
そして、鼠との会話を切り上げたジョーカーは、改めて俺へと向き直った。
「やっぱり、僕が思った通りだったよ。このキメラたちは、ここ以外にも現れているようだね」
先程の使い魔を使った交信は、現在使い魔を所持している者たち全員からのものだったらしい。
今、使い魔を所持しているのは、王都に潜り込んでいる隊長、レダーンの町に戻った行商人、そして、グーダン公国にいるジョーカーの弟子のリーエンの三人である。
その三人から、次々にキメラ襲撃の報告が入ったわけだ。
おそらく、キメラが現れたのはそれだけではないだろう。もしかすると、ゴルゴーク帝国中……いや、この大陸中に現れているかもしれない。
「……どうやらクリフの奴、思いきった手を打ってきたようだね」
木々の葉に覆われた空を見上げながら、ジョーカーが呟く。
「隊長くんやリーエンの報告によると、王都やグーダン公国に現れたキメラの数は、それほどでもなく、国の軍隊で何とか駆逐したそうだ。だけど……」
途中で言葉を途切らせるジョーカー。おいおい、そんなところで言葉を止めるなよ、嫌な予感がするだろうが。
「現在、レダーンの町には相当数のキメラが現れているらしい。今は町に居合わせているミーモス殿下が陣頭指揮を執り、これを撃退中らしいね」
今、レダーンの町には本来の統治者がいない。他ならぬ、俺たちが殺してしまったからな。
だが、あの町にはミーモスがいる。あいつなら、キメラの大群相手でもおいそれと敗けることもないだろう。
「正直、今殿下にいなくなられるとちょっと困るんだよね。僕の計画に彼はどうしても必要なんだよ」
おいおい、ジョーカー。
それって、俺にあいつを助けに行けってことだよな?
まあ、いい。ジョーカーがどんな計画を練っているのか知らないが、ミーモスのことは嫌いじゃないしな。
あいつの援軍に向かうのであれば否はない。
「よし、すぐに準備に取りかかれ! 敵は黒いキメラども! 数は未知数だ! 気合い入れろよ!」
俺の掛け声に、配下たちが鬨の声を上げる。
しかし、奇遇なものだ。
数日前に、俺たちと戦争したばかりのレダーンの町を助けにいくことになるとはな。
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