誕生
古くからの友人であるクリフォードが、魔力を意図的に操作して「怪物」を作り出した。
この「怪物」を使って、これからの
もちろん、私は彼の提案に賛成した。現地人を使うだけの
今後は生物学者としてクリフォードに協力しつつ、彼と
ただ、残念なこともあった。
友人であり、残された最後の地球人類の一人であるジョージが、自ら進んで地上へ降りてしまったのだ。
優秀な科学者であり、かつ、大切な友人であるジョージがなぜ好き好んで地上へと降りたのか、私には理解できない。
だが、彼がもういないのは事実だった。
私にはもう、クリフォードしか残されていない。
彼と共に、ここ──〈キリマンジャロ〉から地上を見下ろし、
これから先、ずっと、ずっと…………。
────生物学者ジャクリーン・フォードの日記より抜粋
「リピィさんっ!! た、大変ですっ!!」
次の日の早朝。
朝早くから朝食の準備をしていたはずのクースが、血相を変えて家の中に飛び込んで来た。
一体何事だ? まさか、俺の予想を裏切って帝国軍が攻めてきたとかか?
夜明けと共に我が家に訪ねて来ていたジョーカーと、思わず顔を見合わせる。
ちなみに、ゴブリンでありながらも俺の生活は昼型だ。人間だった頃の習慣が続いているせいだな。そんな俺の生活習慣に合わせてか、他の仲間たちもいつの間にか昼間に活動するようになっていた。
まあ、ダークエルフはどちらかというと昼型の生活だが、オーガーやトロル、ゴブリンは本来夜行性だ。それなのに俺の生活に合わせてくれているのだ。
それはともかく。
「おいおい、クースくん、一体どうしたんだい?」
ちょっと呆れた様子でジョーカーが尋ねる。
「た、大変なんですよ、リピィさんっ!! パルゥさんが……パルゥさんが……っ!!」
パルゥ? パルゥがどうかしたのか? あいつは腹の中の子供がかなり大きくなり、出産が迫っているから大人しくしているように言ってあるが……ま、まさか?
「う、生まれたんですっ!! パルゥさんの赤ちゃんがっ!!」
た、確かにそれは一大事だ。
リーリラ氏族の集落の一角。ここはユクポゥとパルゥが生活している家。
兄弟たちには俺と同じように家を一つ与えられているわけだが、その家には今、たくさんのリーリラ氏族の女性たちが出入り……は、してはいなかった。
人間やダークエルフとは違って、ゴブリンの出産は極めて安産だ。
そもそも、ゴブリンって種族は衛生的な環境で生活してはいない。当然、そんな環境の中で出産し、生まれた子供もそこで育つからか、ゴブリンの出産はあっという間に終わる。母子共にほとんど負担はかからない。
命がけで出産し、長い時間子供を守り育てる人間とは、基本的に違うのだ。
これもまた、ジョーカーの言うところの「環境への適合」って奴だろう。
クースに連れられてパルゥの家に到着した時、パルゥが生んだ子供は、既によちよちながらも歩いていた。
うん、生まれてすぐに歩くなんて人間では考えられないが、これもまたゴブリンの特徴だ。
「おー、リピィ! こども、生まれたよ!」
よちよちと歩く我が子を見守っていたパルゥが、満面の笑顔で俺に告げた。
「おお、おめでとう、パルゥ。元気そうな男の子じゃないか」
生まれた子供は、全裸で歩き回っている。よって、性別はすぐに分かった。
「生まれた子は、どうやらホブゴブリンのようだね。父親は……うーん、子供を見ても分からないね。今度DNAを調べてみようか?」
ジョーカーが腕を組んで唸りながら、またよく分からんことを言っている。
人間であれば、顔立ちなどから父親を推測することもできるが、ゴブリンの子供なんて俺には全部一緒に見える。
それはジョーカーも同じのようだ。
もしかすると、かつて《魔物の王》であったミーモスなら見分けがつくかも知れないが、まさかそれだけの理由であいつのところを訪ねるわけにもいかない。
まあ、子供が元気ならそれでいいか。ゴブリンの子供は、人間と違って放っておいても育つものだ。現に俺たちがそうだったしな。
ところで、ユクポゥはどこだ?
「ユクポゥなら、子供に何か食べさせると言って、狩りに出かけた」
どうやらユクポゥの奴、父性に目覚めたようだ。普通のゴブリンであれば、子供のために食料を探すなんてしないからな。
ゴブリンは子供だろうが何だろうが、自分で食べる物は自分で探す。それどころか、子供が探し出した食料を大人が掠め取ることさえザラだ。俺たちもそうだったな。ちょっと懐かしい。
しかし、上位種とはいえゴブリンが父性に目覚めるとは。これはなかなか珍しいことだと思う。
「そうだ、リピィ。こどもに名前をつけて。ワタシたちにそうしてくれたように」
ああ、そうだな。子供には名前が必要だよな。よしよし、ここはこの俺が元気な子供に相応しい名前を考えてやろう。
パルゥに言われて、俺はその場で腕を組んで考え始めた。
しばらく、あれこれと考えた結果。
パルゥの子供の名前は「コニン」に決まった。
「しかし、ゴブリンの子供に人間の賢者の名前をつけるかい? まあ、ジョルっちらしいと言えばらしいけどね」
そう。
「コニン」とは、人間の社会では有名な賢者の名前である。もちろん、過去の人物だけどな。
ちなみに、何代か前の俺が《勇者》だった時、旅の仲間でもあった奴だ。
賢者として、そして魔術師として、とても優秀な奴だったな。
「おい、ジョーカー。まさか、コニンは以前のおまえだった……なんてことはないよな?」
「ああ、賢者コニンは僕じゃないよ。あの当時の僕は、まだ魔法が使えなかったからね」
一瞬浮かんだ疑問を問えば、ジョーカーは首を振りながら否定した。
そういや、ジョーカーたちは基本的に魔法が使えないのだったな。ジョーカー自身も、魔法が使えるようになるまで、相当苦労したとか言っていたっけか。
「この子の名前、コニン! うん、いい名前!」
うむ、パルゥも喜んでくれたようで何よりだ。後は、帰ってきたユクポゥが気に入ってくれるかだな。
そんなことを考えていると、何やら家の外が騒がしくなってきた。
「何事だろうね?」
「さあな? でも、何となく分かる気がしなくもないな」
ある種の予感に囚われつつ、家の外に出てみれば。
そこにはいくつもの野生動物や魔獣の死骸が山積みにされていた。
「おー、リピィ! 見ろ、肉をたくさん捕まえて来た!」
「やっぱりユクポゥだったか……」
これだけの数を一人で狩ったのか? それに、どうやってここまで運んできた?
「クース、早速この肉をヤキニクに進化させてくれ! 他のみんなも食え! オレの息子が生まれた祝いだ!」
どうやら、ユクポゥの中ではコニンは自分の子供として認識されているらしい。まあ、おそらくそれは事実だろうし、それでいいか。
大量の肉を前にして、オーガーやトロルたちが喝采を上げる。
肉をあまり食わないダークエルフたちだが、それでもユクポゥの子供の誕生を祝ってくれて、それぞれ野菜や果物を持ち寄ってくれた。
しかし、ゴブリンが自分の子供の誕生を祝うとは思わなかったぞ。
以前……パルゥが身籠った時、人間たちは自分の子供が生まれると皆で祝うとユクポゥに話したことがあったので、そのことをあいつは憶えていたのだろう。
もちろん、国や地方で子供が生まれた時の祝い方は違うし、貧民層では子供が生まれたからといって祝うとは限らない。
それでも、大多数の人間は子供が生まれたら祝うものだ。
まあ、ユクポゥの場合、ただ自分が肉を食いたいだけだったのかもしれないがな。
喝采を上げているオーガーやトロルたちも、子供が生まれたというより肉が食べられるから喜んでいるだけだろう。
でも、まあ、いいじゃないか。
子供が無事に生まれて、皆で騒ぐ。それでいいじゃないか。
コニン誕生の祝宴は、その日一日中続いた。
日が落ちてからも、集落の中央広場に大きな篝火を焚き、一晩中賑やかに騒いでいる。
「はーい! コニンちゃんの誕生を祝って、ボクが一曲歌いまーす!」
「ふふふ、ワタクシも負けませんことよ! 最近、ワタクシも『歌』というものを覚えましたの!」
篝火を背にして、二人のゴブリンキング……ゲルーグルとドゥムが歌い出す。
同じ種族だからか、ゲルーグルとドゥムは意外に仲がいいようだ。
コニンが生まれたことは、グルス族長がジョーカーが以前に設置した遠話の魔封具を用いて、各氏族に通達したのだ。
ダークエルフの各氏族からは、それぞれ祝いの言葉が届いた程度だったが、なぜかガリアラ氏族からは族長であるゴンゴと、その相棒であるドゥムがわざわざリーリラ氏族の集落まで来訪してくれた。
しかし、リーリラとガリアラの集落はかなり距離があるのに、半日ほどで駆けつけるとは……何でも、ドゥムがゴンゴ族長を背負って森の中をひたすら走り続けたそうだ。
両氏族の集落間を、たった半日で走り抜けるとは……化け物か、こいつ? ああ、化け物だったな、こいつ。
まあ、何にしろ、コニンの誕生を祝ってくれるのだ。あれこれ言うのは野暮というものだろう。
素直に喜ぼう。
ゲルーグルとドゥムの歌に、皆が手を打ち鳴らす。
特に練習したわけでもないのに、二人の息はぴったりだ。二つの歌声が見事に重なり合い、ゆっくりながらも重厚な調べを奏でていた。
もしかすると、ドゥムの歌の才能はゲルーグルよりも上かもしれない。なんせ、その場で初めて聞くゲルーグルの歌を、見事なまでに再現しているのだから。
「ゴンゴ族長。おまえの相棒って、実はかなり凄いんじゃないか?」
「相棒か……まあ、相棒なんだろうなぁ、あいつは」
俺の隣で酒を飲みながら、にやりと笑うゴンゴ族長。
彼もドゥムに対する態度が随分と柔らかくなったな。一緒に暮らしているうちに、彼女への情が湧いたのかもしれない。
そうやって皆で大騒ぎしつつ、夜は更けていった。
だが、それは突然やってきた。
盛り上がる宴会場のど真ん中に、空から巨大な黒い影が舞い降りたのだ。
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