帰宅
実験は成功した。
魔力を意図的に操作してゲノムを書き換え、生物の姿を僕が望むモノへと変えることができたのだ。
それにより、僕は伝説上の生物たちを生み出すことに成功した。これはまさに、神の御技と呼べるものだろう。
残念ながら、この実験にジョージの協力は得られなかった。だが、僕は何とか独力で目的を達成したのだ。
当初はジャクリーンにも協力を仰ぐ予定であったが、それは止めることにした。
なぜなら、彼女を驚かせたかったから。
実際、僕が成し遂げたことを告げた時、彼女は目を見開いて驚いていた。
だが、その驚きはすぐに別の驚きへと変わった。
ジョーカーがいなくなった……いや、「自ら進んで地上へ降りた」ことを彼女に知らせた時、ジャクリーンは僕の「偉業」よりも遥かに驚き、そして……悲しみに沈んだ。
全く、どこまでも忌々しい存在だ、彼は。
幼い頃から、彼はいつも僕に劣等感を抱かせてきた。
皮肉を込めて「ジョーカー」というあだ名をつけた時だって、「僕に相応しい素晴らしいあだ名だね」と逆に喜んでいた。
いや、あれは僕の意図に気づいていたと思う。気づいておきながら、あえて喜んでみせたのだ。
だが、その彼ももういない。これからは、僕とジャクリーンの二人だけ。
二人だけで、ここから
神の視点から見下ろすこの遊戯こそ、神にも等しい存在となった僕には相応しいものであろうから。
────遺伝子学者クリフォード・ノルシュテインの手記より抜粋
ジョーカーから衝撃的な話を聞いた俺たちは、一旦それぞれの拠点へと戻ることにした。
真実を聞いた今、俺とミーモスが戦う理由はもうない。
戦う理由があるとすれば、それはジョーカーを落としたとかいうクリフとやらに対してだが……正直、俺はそいつと戦う気にはなれない。
おそらく、それはミーモスも同じだろう。去りゆくあいつの背中が、そんなことを思わせた。
ジョーカーの話によれば、例のクリフとジャクリーンという二人組は、そう長くは保たないそうだ。であれば、《勇者》と《魔物の王》を戦わせる
つまり、俺たちが転生──実際には違うようだが──することはもうないだろう。
「だといいけどねぇ」
いつものように、俺の考えを的確に読むジョーカーがぽつりと呟いた。
「どういう意味だ?」
「自分たちが長くはないことは、クリフもジャッキーもよく分かっている。だからこそ、今までとは違う思い切ったことをしでかすんじゃないか……と、僕は考えているんだよ。まあ、何かしでかすとしたら、ジャッキーではなくクリフだろうけど」
単なる危惧であればいいけど、とジョーカーは続けた。
確かに、後がなくなった人間は、想像もつかないような思い切ったことをするものだ。そのクリフとやらも、何かとんでもないことを企んだとしても不思議ではない。
今の俺は、たくさんの配下を抱える《魔物の王》だ。連中のことを考えなければならない。たとえ《勇者》と《魔物の王》の確執がなくなったと言っても、「じゃあ、それで」と《魔物の王》を辞めるわけにもいかないからな。
だが。
「……今日は衝撃的なことが多すぎた。とりあえず、早く帰ってひと眠りしたいところだ」
「そうだね。今日のところは休んだ方がいいだろうね」
俺の隣を歩くジョーカーが、いつものように軽い調子で同意してくれた。
だが、この時の俺はまだ気づいていなかった。
このジョーカーが原因で、更にもう一騒動が起こることを。
ジョーカーと共にリーリラ氏族の集落に戻った俺を、ユクポゥを始めとした配下たちが、戸惑いと警戒が入り交じったような視線で出迎えた。
「リピィ様……その人間は何者ですかな?」
警戒心を全開にさせたグルス族長が俺に問う。
あ、そうか。俺自身はすっかり馴染んでいたけど、今のジョーカーは骸骨じゃなかった。
思わず、俺はジョーカーを見る。
俺にとっては前世からよく見知った姿だが、他の連中はこの姿を知らないからな。
「ああ、こいつはジョーカーだ。いろいろあって、今の姿になったんだ」
「そう、僕は君たちのよく知っているジョーカー本人さ! いろいろあってこの姿になったけど、これからもよろしくね!」
俺とジョーカーがそう言えば、ユクポゥや三馬鹿兄弟、そしてザックゥなどはあっさりと信じたが、グルス族長を始めとしたダークエルフたちはなかなか信じてはくれなかった。
普通に考えれば、グルス族長たちの態度が当然だろうな。それまで骸骨だった奴が、突然人間の姿になったのだ。警戒しない方がおかしい。
ユクポゥたちがあっさりと信じたのは、俺のことを信用しているからか、それとも何も考えていないだけか……おそらく後者だろうな。うん。
「ジョーカー殿……? 本当にジョーカー殿なのですか?」
「まあ、すんなりとは信じられないだろうが、俺が保証するよ。こいつは間違いなくジョーカーだ」
「リピィ様がそうおっしゃるのであれば……ですが……」
うん、分かるぞ、グルス族長。でも、そこは飲み込んでくれ。実際、こいつがジョーカーなのは間違いないし。
しきりに首を傾げるグルス族長と別れ、俺たちは俺に与えられている家へと向かう。
「お帰りなさい、リピィさん……あ、あれ?」
かなり遅い時間だというのに、俺を待っていてくれたクース。だが、そのクースの視線がしきりに俺とジョーカーの間で彷徨っていた。ああ、クースよ、おまえもか。
「やあ、こんな夜分にお邪魔して申し訳ないね、クースくん。でも、一言挨拶しておこうと思ってね。いろいろあってこんな姿になったけど僕はジョーカーだ。今後とも、改めてよろしくね」
そう言いながら差し出したジョーカーの片手を、クースが納得のいかない顔で握り返す。
「あ、あのリピィさん……? ほ、本当にこちらの方はジョーカーさんなんですか……?」
ジョーカーの手を握りつつも、クースが聞いてくる。
「ああ、間違いないぞ。こいつはジョーカーだ」
「そうそう、僕はジョーカーだよ。いやぁ、しかし楽しみだねぇ。いよいよ、クースくんの料理を味わうことができるからね! 妖魔さえも魅了するクースくんの料理! これまで食べたくて仕方がなかったんだよね! ああ、さすがに今から何か作れとは言わないよ。君の料理は明日の朝の楽しみにしておくから。では、ジョルっち、クースくん、明日また会おう」
と、爽やかな笑顔を振り撒きながら、ジョーカーは去って行った。この集落の中には、当然あいつの家もあるからな。その家に帰るんだろう。
もしかしてあいつ、クースの料理が楽しみだと告げるためだけに俺の家までついて来たのか?
「あ、あの、リピィさん……? 一体、今夜は何があったんですか?」
不思議そうに、そしてどこか不安そうに尋ねるクース。
うん、いろいろあったんだよ。だけど、どこまで彼女に話したものやら。
ジョーカーから聞いた話を全て教えてもいいのだが、きっと彼女も全部は理解できないだろう。かく言う俺も、半分以上は理解できなかったし。
さて、どうしようかね?
とりあえずクースには、もう俺が《勇者》と戦うことはなくなったことだけ伝えておいた。それ以上のことは、俺にも彼女にも理解しづらいだろう。
「じゃあ、リピィさんはこれからどうするんですか?」
「確かにミーモスと戦う理由はなくなったが、俺は《魔物の王》だと宣言した。そして、人間たちに対してこのリュクドの森を領土とするとも宣言した。である以上、俺は《魔物の王》としての責務を果たすさ」
具体的には、配下たちを纏めながらこの森の中で暮らしていくことだ。
こちらから積極的に森の外へ出るつもりはないが、人間の方から森の中に入り込むようであれば、全力で追い払おう。
まあ、森の浅い部分であれば、多少は目を瞑ってもいい。だが、中層よりこちらへ足を踏み入れるようであれば、遠慮なく潰してもいいだろう。
この森は俺の領土だとはっきりと宣言したのだ。それでもなお足を踏み入れる者なら、遠慮する必要もないし、それなりの覚悟もしているはずだ。
もちろん帝国からしてみれば、この森も帝国の一部だ。領土の一部を「勝手に占拠」している以上、黙ってはいないだろう。
その時は、全力を以てお帰り願おう。帝国としても、大きな犠牲を払ってまで俺たちを攻撃してくることはまずないだろう。帝国にとって、この森は無駄な犠牲者を出してまで確保しておきたい土地じゃないはずだ。
しかも、ここ最近だけで二度もこの森の攻略に失敗しているのだ。余計に無理なことはしてこないだろう。
それに、ミーモスの奴が何か手を打ってくれるような気がしなくもない。特に何かを約束したわけじゃないが、あいつなら犠牲を払うよりは静観を選ぶ気がする。
要するに、ほとんどは今まで通りってことだな。
それよりも、今は休むとしよう。本当に今日はいろいろなことがあったからな。
明日からまた、いつも通りの日常が始まる。
そう思いながら、俺は睡魔に身を委ねた。
だが、この時の俺は考えもしなかった。
いつも通りの日常など、もう戻って来ないことに。
翌日俺が目覚めた時、世界は一変してしまうことに。
その日、それまでの「日常」は終わりを告げたのである。
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