遊戯と狂気




 ようやく発見した、我々人類が入植可能な惑星にする、魔力という「生物」。

 ウイルスに非常に酷似したこの存在を、「生物」と表するのは間違っているかもしれない。だが、今後は便宜上「生物」として扱うこととする。

 当初は、何らかのエネルギーだとばかり考えられていた魔力。様々な計測器にひっかからないのも当然だろう。「彼ら」はエネルギーではなかったのだから。

 我々が魔力を何らかのエネルギーだと勘違いした最大の原因は、この惑星の原住民たちが魔力を活用する技術──最近では原住民のこの技術を「魔法」やら「魔術」と呼ぶ研究者が多いらしい──を持っていたことだろう。

 何もないところから火を生み出し、風を自在に操る。空の器を水で満たし、手も触れずに大地を耕す。

 全ての原住民がこの技術を使いこなしているわけでもないようだが、技術を使える者はまさに魔法使いのようだ。

 その姿があまりに印象的だったためか、ほとんどの研究者が魔力を目には見えないエネルギーだと勘違いしてしまったのだろう。

 だが、実際にはこの魔力は「生物」だった。ウイルスと同様に他者の細胞を利用して増殖する魔力は、当然原住民たちの体内にも棲息している。

 原住民たちは、我々にはない何らかの器官を用いて、この魔力を制御していると私は考える。

 逆を言えば、魔力を制御する器官を持たない我々地球人類は、原住民の技術──魔法──を扱うことはできない、ということになる。

 観測した結果、魔力は「宿主」の思考に反応する性質を持つと考えられる。

 「宿主」の思考に応じ、「宿主」の体内、および「宿主」の周囲に存在する魔力同士が反応して、「魔法」という現象を発現させるのである。

 実際、「魔法」を使用した直後、「宿主」の体内及び周囲の魔力は減少する。「宿主」の思考に反応し、「魔法」を引き起こした魔力は、力を使い果たすのか死滅してしまうようなのだ。

 魔力と「魔法」に関する詳しいメカニズムはまだ解明されていない。いや、もう解明することは難しいだろう。なぜなら魔力という悪魔は、我々の移民船団全体を既に汚染してしまったのだから。

 生存者は残り少ない。それでも、何とか魔力という恐ろしいウイルスを除去する目処だけは立てることができた。

 果たして、我々は何人生き残ることができるだろうか。

   ────生物学者ジャクリーン・フォードの研究記録より抜粋




「最初はね、本当に些細な遊戯ゲームだったんだよ」

 魔法で熾した火を見つめながら、ジョーカーは言葉を続けた。

「僕たち三人がそれぞれ目をつけた人物に、何らかの援助……例えば、僕たちの技術で作り出した強力な剣を授けたり、体内に治療用ナノマシンを注入して不死身に近くしたり……精々、それぐらいの干渉だけだったんだ。だけど、次第に干渉内容が増大していった……」

 なるほど。どんなことでも、気がつけば調子に乗ってしまうことはよくあるよな。

 俺も前世で、調子に乗りすぎていけ好かない馬鹿貴族をぶっ潰したことがあった。

 まあ、その馬鹿貴族ってのが、自分が行った悪行を俺になすりつけようとしやがった奴だったので、潰されても仕方ないと思う。

 もちろん、悪行の証拠はしっかりと掴み、それを公表してやった。実際にその貴族が潰れたのは俺のせいというよりは、奴が属していた国の判断だけどな。

 でも、馬鹿貴族の当主と取り巻きたち、そしてボンクラ跡継ぎなど関係者全員を全裸にひん剥いて、その貴族が支配する街の城壁に吊るしたのは確かに調子に乗りすぎたかもしれない。

 なお、その時ジョーカーが、貴族当主の首に「私がやりました」と書いた看板と悪行の証拠をぶら下げたのだが、その時は随分と楽しそうだった。

 今は全く関係のない話だけどな。

 ジョーカーの話はまだ続いている。

「そして、干渉の内容が大きくなった結果が、《勇者》と《魔物の王》の誕生というわけさ」

 肩を竦めつつ、ジョーカーが言葉を締めた。

 ん?

 ちょっと待て。その話だと少しおかしくないか?

 ジョーカーの言う遊戯ゲームを行っていたのは、奴を含めて三人のはず。だったら、その駒もまた三つのはずだ。

 《勇者》と《魔物の王》だけでは、駒の数が足りないぞ?

 見れば、ミーモスも訝しそうな顔をしている。おそらく、俺と同じ疑問を感じたのだろう。

「ああ、君たちが何を考えているか、よく分かるよ。クリフとジャッキーが《勇者》と《魔物の王》に関わる遊戯ゲームを始める直前に、僕はこの地上に落とされていたからね。そちらには参加していないんだ」

 はっはっは、と笑うジョーカー。ちょっと待てよ、おい。今、かなり重要なことを言わなかったか?

「ジョーカー殿……今、あなたは『落とされた』と言われませんでしたか?」

「うん、そうだよ、ミーモス殿下。僕はね、幼馴染みにして親友でもある……いや、親友クリフに──クリフォード・ノルシュテインに、〈キリマンジャロ〉からこの地上に落とされたんだ」




 その時の彼の笑顔を──狂気に歪んだ笑顔を今でもはっきりと覚えている。

 と、ジョーカーは言った。

「昔から……子供の頃から、彼は一番身近にいた僕という存在が、邪魔で疎ましくて、そして羨ましかったそうだよ」

 ぱちぱちと爆ぜる火を見つめるジョーカーは、どこか寂しそうであった。

 こいつとの付き合いはもうかなりになるけど、こいつがこんな表情を浮かべるのは初めて見たかもしれない。

「実は僕は、クリフたちの新しい遊戯ゲームには反対だったんだ」

 ほう? それが理由でジョーカーは仲間たちから追放されたのか?

 いや、違うな。先程、クリフとやらがどうとか言っていたから、遊戯とやらに反対したことが直接的な理由ではないのだろう。

 だが、ジョーカーが仲間たちに反対した理由は何だ? こいつが意味もなく仲間に反対するとは思えないが?

「《勇者》を生み出すのであれば、《魔物の王》以外にも明確な敵が必要になる。《魔物の王》を生み出すのであれば、『王』の配下が必要になる……クリフはそう僕に言ったんだ」

 じっと火を見つめるジョーカーの視線が、僅かな寂しさを孕みつつも険しいものになる。

 どうやらジョーカーにとって、どうしても譲れないことがあったみたいだな。

 しかし、《勇者》の敵と《魔物の王》の配下か……ん? それってもしかして……?

「どうやら、ジョルっちも気づいたみたいだね。そうさ……クリフは遺伝子を操作することで、妖魔や魔獣を作り出したんだ。僕たちの故郷に伝わる、伝承や伝説に登場するような存在を……いや、ちょっと違うかな? 伝承や伝説を元にした、『ゲームに登場するようなモンスター』を、と言うべきだろうね」

 お、おう、またジョーカーの話が理解できないものになってきたぞ。

 ミーモスの奴もジョーカーの話に慣れてきたのか、あまり気にしていないようだ。

 さっきまでは、俺の方をちょくちょく見ていたのにな。

「ちょっと前に話したよね。僕たちの仲間が、魔力の影響で妖魔に変貌したって」

「ああ、そんなことを言っていたな。だが、おまえの仲間たちは銀月に戻ったんだろう? 魔力の影響から逃れるために」

「うん、そうだよ。でも、僕たちの身体を経由して、かなりの量の魔力が〈キリマンジャロ〉やその他の船に侵入してしまってね。『上』でもかなりの犠牲者が出たんだ。その中には、怪物のような外見に変貌した者も相当数いた。だけど、その姿はゴブリンやオーガーとは全く似ていないものだった……」

 「上」に戻る際、できうる限りの消毒や殺菌を行い、地上の病原菌などは持ち帰らないように努力したけど、当時はまだ未知の存在だった魔力を消し去ることはできなかった、とジョーカーは続けた。

「これは後で分かったことだけど、『上』の被害者の大多数は、実は人為的なもの……クリフの犯行だったのさ。彼は《勇者》の敵にして《魔物の王》の配下を作り出すため、魔力に感染した人たちを妖魔……ゴブリンやオーガーといったゲームやムービー、ノベルに登場する怪物にそっくりな姿へと変貌させて、再びこの地上に落としたのさ」




勇者ヒーローとは、明確な悪役がいてこそ輝くものだ。そして、悪の首領には数多くの配下が従っているものだからね』

 狂気に歪んだ笑みを浮かべつつ、クリフとやらはジョーカーに向かってそう言ったらしい。

『どうせなら、分かりやすい敵役の方がいいじゃないか。ゴブリン、コボルト、オーガー、トロル、そして、ドラゴンにグリフォンにマンティコア……地球には存在しなかった伝説上の存在を、僕はこの惑星で誕生させてみせる。なあ、ジョーカー……いや、ジョージ。君は僕に協力してくれるよね?』

 ジョーカーたちは、魔力を用いて魔法を使うことはできないものの、魔力をある程度操る技術は確立させたそうだ。

 イデンシがどうとか言っていたが、俺にはその辺りはよく理解できなかった。

「僕は彼の申し出を即、断ったさ。彼は魔力に感染していた人々や、まだ感染していなかった人たちを人為的に感染させ、ゴブリンやオーガーといった存在を作り出す実験を繰り返していたんだ」

 そうして何度も実験を繰り返した結果、ゴブリンやオーガーなどは生み出されたらしい。

「ドラゴンやグリフォンなどの魔獣は、人ではなく動物がベースになっているんだ。僕たちが故郷から連れてきた動物に、魔力を感染させてね。しかも、彼の研究施設は〈キリマンジャロ〉の中だけではなく、この地上にもかなりの数が存在したんだ。ほら、ジョルっちも知っているだろう? あのグリフォンもどきがいた地下の施設。あれもまた、クリフが魔獣を作り出すための実験施設の一つだったのさ」

 ああ、あの時の不思議な施設のことか。あのグリフォンと人とをくっつけたような、変な怪物たちがいた所だな。

「あのグリフォンもどきがどのような意図で作られたのかまでは、僕にも分からない。だけど、あそこがクリフの実験施設だったのは間違いないね」




 この大陸に住む人間は、元からこの大陸に住んでいた者たちの末裔。

 そして、妖魔は遠い場所から来た、ジョーカーの仲間たちの末裔。

 簡単に纏めるとこういうことらしい。

 俺たちの先祖は魔法を使うことができて、ジョーカーたちは魔法を使うことができない。そのため、魔力が思わぬ作用を及ぼして、妖魔や魔獣となってしまった。

 という理解でいいのだろう。きっと。

 ん? ちょっと待てよ?

「その話からすると、少しおかしなことがあるぞ。妖魔の中には魔法を使える連中がいる。妖魔がおまえたちの仲間の子孫なら、魔法は使えないはずだろう?」

「そこは環境に適応したんだろうね。世代を重ねるうちに、この惑星の環境に順応して魔法を使うための能力を獲得したんだと思うよ」

 ちなみに、ジョーカーが魔法を使えるのはそのための努力をしたからだそうだ。

 人間や魔法を使える妖魔や魔獣を研究し、魔法を扱うための器官を擬似的に作り出して体内に埋め込んだのだとか。相当難しいことだったらしく、実際に魔法が使えるようになったのはごく最近らしい。

 「ほら、僕って天才だからね」と奴は自慢そうに言っていた。

 確かに、ジョーカーは優れた魔術師だ。天才と言っても納得できる。だけど……だけど、こうも自慢そうに言われると、ちょっとだけ腹が立つのも事実だ。

 もしかすると、そのクリフとかいう奴は、そういうところが我慢できなくなって、ジョーカーを追放したのかもしれないな。









~~ 作者より ~~


 来週はお盆休み!

 次回の更新は、8月26日となります。

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