転生に非ず



「…………君たちが本当に倒すべき者は、あそこにいる」


 ジョーカーは夜空に輝く二つの月のうち、小さく歪な銀月を手にした杖で指し示した。

 歪なる銀の月。そこには邪神が座していると、世間一般に広く信じられている。そして、それは俺も同じであり、ずっと前から銀月には邪神がいると信じてきた。

 もちろん、金月には善なる神々がいることも信じているぞ。

 しかし、ってことは何か? ジョーカーの奴は俺たちに邪神を倒せと言っているわけか?

「ああ、誤解しないでよね、ジョルっち。僕は別に邪神を倒せなんて言っていないから。大体、あそこに神なんていないし」

 おいおい、ジョーカー。言うにことかいて神はいないだと?

 神がいないとしたら、俺たちは一体何なんだ? 何度も何度も転生を繰り返してきた俺たちは? 俺たちを何度も転生させてきたのは、神々の御業じゃないのか?

 いや、転生自体はあり得るものだと、世間的に信じられている。だが、転生する際はそれまでの記憶を失うとされているんだ。それなのに、これまでの記憶を全て残したまま何度も転生をするなんて奇跡、神以外の何者にできると言うのか?

「ああ、そうか。そういや、まだ言っていなかったね」

 苦笑を浮かべながら、ジョーカーの奴は頭を掻く。

 そして。

 そして、奴は衝撃的な……俺たちの存在の根幹を覆す、その一言を口にした。

「実は君たち……ジョルっちと皇子殿下は、転生なんてしていないんだよね」



 お……おいおい……ジョーカーの奴、今何て言いやがった?

 俺たちが……俺とミーモスが転生していない? そんなわけないだろう。現に俺たちは、これまで何度も過去の記憶を保ったまま生まれ変わっているんだぞ?

 見れば、ミーモスの奴も呆然とした顔で俺とジョーカーを見比べていた。

「要はさ、今の僕と同じなんだよ。過去の記憶と経験、技術などといったものをデータ化して保存、それをその時代その時代の人間や魔物にそのデータを移植していたってわけ」

 また、ジョーカーの意味の分からない話か。だが、今回ばかりは分からないでは済まされないだろう。なんせ、俺たち自身のことなのだから。

 でも、分からないものは分からないんだよなぁ。どうしたらいいんだ?

「まあ、君たちにも分かるように説明するよ。時間は十分にあるだろうからね」

 先程まで俺が座っていた岩に腰を下ろすジョーカー。俺とミーモスは、奴の前の地面に直接座り込んだ。

「君たちは覚えているかな? 君たちが生まれてすぐの頃、数日ほど行方不明になったことがあったはずだけど……どう?」

 そ、そう言えば……俺が俺としての記憶を取り戻す直前、まだゴブリンの幼生だった頃のことだが、俺が数日どこかに行っていたとユクポゥとパルゥが言っていたっけな。今の今まで、すっかり忘れていたけど。

「ぼ、僕も生まれてすぐ『精霊のかどわかし』にあったと、僕の教育係の者から聞かされました……」

「うん、うん、やっぱりね。それも今回だけじゃない。これまで君たちが記憶を取り戻す直前、同じように行方不明になっているはずだよ」

 た、確かに俺も過去に「精霊の拐かし」にあっていると聞かされたことがあるな。それも、何度も。

「その行方不明の間に、今の君たちは過去の記憶や経験を移植されたのさ。だから、君たちは別に転生したわけじゃなく、その都度記憶データを移し込まれていただけなんだよ」

 ってことは……俺とミーモスが戦う必要なんて、本当に最初からなかったってことか?

「……僕たちは……僕たちは今まで、何のために戦ってきたんですか……っ!!」

 がん、と拳を地面に叩きつけるミーモス。いや、俺だって彼と同じ心境だ。

 だが……ジョーカーの奴は記憶と経験を移し込むとか言っているが、そんなことができるのか?

「うん、可能だよ。先程も言ったように、今の僕と同じなんだよね。脳の中に小さなチップを埋め込んで、そこに記憶と経験を移し込むのさ。まあ、骸骨だった頃の僕には脳なんてなかったけどね。もっとも、記憶はともかく経験や技術の方は、最低限のものしか移し込めないから、ある程度の修練は必要だけどね。君たちは行方不明になっていた間に、そのチップを脳に埋め込まれたってわけさ」

 な、なるほど……確かに、俺の記憶を取り戻したばかりの頃は、初歩の気術を発動させるのにも苦労したな。

 ところでどうでもいいというか今更だが、相変わらず俺の考えをことごとく読むよな、ジョーカーは。




 ジョーカーの話が本当であるならば。

 いや、俺はジョーカーが嘘を言っているとは思っていない。こいつ、ちょっとした冗談や誰かをからかうための嘘なら言うが、こういう大仰な嘘を言う奴じゃないからな。

 で、そのジョーカーの話が本当であるなら、俺たちを転生していると思い込ませ、何度も戦わせてきた者がいるはずだ。

 俺たちが互いに戦うよう、俺たちの意識を弄ったとか言っていたしな。

 そして、先程のジョーカーの言葉を信じるならば、そいつは頭上で輝いている歪なる銀月にいるってことになる。

 更にジョーカーは、そこにいる奴こそ、俺とミーモスが本来倒すべき相手とも言っていたが……どうやってあんな遠くへ行けと言うのやら。

 もしかして、ジョーカーはあの月と行き来できるような特殊な魔法を知っているのか?

「あはははは。さすがの僕も月と行き来できるような魔法は知らないよ。でも、銀月へと行く方法なら心当たりがないこともないから、もしも君たちがあそこへ行くつもりなら、僕に任せてくれたまえ」

 ところで、と一言置き、ジョーカーは 言葉を続けた。

「君たちは、あの銀月に関してどれぐらい知っている?」

 銀月に関して知っていることだと? そうだな……月神教の神話によると、元々夜空に銀月はなく、善なる神々が座す大きく真円を描く金月だけが輝いていたそうだ。

 だが、大昔にどこからともなく邪神が座す小さくて歪な銀月が飛来し、邪神たちがこの世界を支配しようとした。

 そこで、元々この世界を守護していた善なる神々と戦いになり、長い間神々の戦争が続いた。

 結局、神々の争いに決着はつかず、神々はそれぞれの拠点である月でお互いに監視し合っている……ってのが、一般的な認識であり、俺もそれを信じていたわけだが……もしかして、違うのか?

「『今の僕』は一応キーリ教徒ですが、月神教の教義も知識として知っています。そもそも、僕はこれまで何度も魔物として生まれてきましたから、実際はキーリ教よりも月神教の方に親しみがあるんですよ」

「つまり、殿下もジョルっちと同じような認識ってことだね?」

 ジョーカーがそう問えば、ミーモスはこくりと頷いた。

「うんうん、そんなところだろうね。でも、その神話は当たっている箇所もあれば、全く的外れな箇所もあるんだ」

 ジョーカーは俺たちから視線を離し、再び頭上の銀月を見上げた。

 その視線は、どことなく懐かしいものを見るようで。

 俺には、どうしてジョーカーがそんな目で銀月を見上げるのかが、理解できなかった。

「あれはね……あの小さく歪な銀の月は……『』じゃないんだよ」

 は? 銀月は月じゃない? それってどういうことだ?

 ジョーカにそのことを問い質したいが、まだ奴の話は続いている。今は奴の話を最後まで聞いてみよう。

「でも、『あれ』が遠い場所……星々のずっと向こうからやって来たというのは本当なんだ。そして、『あれ』にいるのは邪神ではなく、君たちと実によく似た、だけど決定的に違う生命体……君たちとは全く別の人間なんだ」

 ぎ、銀月にいるのが、神々ではなく人間だと?

 これまでジョーカーの話は理解できなかったことが多かったが、今回の場合は理解できないのではなく信じられない話だ。

「さっきも言ったように、『あれ』はではなく人工物……あの歪な銀色に輝く物体は、遥か遠く宇宙の彼方からこの惑星せかいにやって来た、とてもとても巨大な船なんだよ」

 あ、あー……ジョーカーの話がまた理解できないものになってきたな。どうやらそれはミーモスも同じようで、困った顔で再び俺とジョーカーを何度も見ている。

 だから、俺にそんな顔をされてもどうしようもないって。

「第二次外宇宙移民船団……その旗艦であった超巨大宇宙移民船〈キリマンジャロ〉……それが君たちが銀月と呼ぶ物の正体さ」



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