明かされゆく真実
剣を握る俺の手に、確かに肉を貫く感触が伝わってきた。
そして、それと同時に、俺の胸に突き刺さる衝撃と激痛。
ああ、これは……この感覚、俺は何度も味わってきた。これまで何度も経験した奴との直接対決。その最終局面は、いつもこの二つの感覚を同時に味わってきたのだから。
胸に走った激痛により、俺の意識が暗闇に飲み込まれていく。だが、俺の意識が完全に闇に飲み込まれる直前、ここにいるはずのない第三者の声が聞こえた。
「ジョルっちってば、ちょっと大袈裟じゃない? 死ぬほどの打撃は与えていないでしょ? それに、ここで気絶されたりすると僕が困るんだよね。第三皇子殿下もジョルっちも、しばらく手を止めて僕の話を聞いてくれないかな?」
………………おい。
このどことなく緊張感のない声……間違いなくジョーカーだな。
途切れそうになる意識を必死に繋ぎ止め、俺は知らず閉じていた目を開ける。
すると、俺とあいつの丁度中間の地点に、一人の男がいた。
ぼろぼろの外套を纏った、長身の男だ。年齢は二十代の後半から、三十代の前半といったところか。
二つの月の光を浴びて、金色の長い髪がどこか神秘的に輝いている。
そしてその容貌は、現在の帝国の第三皇子にして俺の宿敵である「奴」と比べても遜色はないほど整っていた。
「お、おまえ……ジョーカー……だよな……?」
「もちろんさ。まさか、僕の顔を忘れたなんて言わないよね、ジョルっち?」
ああ、忘れるはずがない。
だが、今目の前にいるジョーカーは、俺が知るジョーカーではない。用意しておいた
だがある意味、その姿は俺がよく知るジョーカーでもあった。
今の奴の姿は以前の俺……俺が《勇者》ジョルノーと呼ばれていた時の、仲間の魔術師であったジョーカーの姿だ。
「おまえ……その姿は……」
「うん、それについてはこれからゆっくり説明するから……まずはこれ、抜いてくれない? もちろん、皇子殿下もね?」
そう言ってジョーカーが手にしていた杖で指し示したのは、その左腕を貫いていた俺の剣と、同じく脇腹に刺さっている奴の槍だった。
「あ、あなたは……本当に
奴……いや、もうミーモスと呼ぼうか。ミーモスが呆然とした顔でジョーカーを見つめていた。
まあ、その気持ちは分かる。俺だって、以前のこいつの姿を知らなければ、目の前の男がジョーカーだなんて思えないからな。
そのジョーカーはと言えば、俺とミーモスが開けた穴を見てぶつぶつ言っている。
「あーあ、いくら自分の身体を盾にしないと二人を止められない状況だったとはいえ、折角用意した新品の体だったのに早速傷つけてくれちゃって……」
腕と脇腹の穴からは、白い体液のようなものが流れ出している。おいおい、あの白い液体は、例の「もう一人」の俺の体から流れ出ていたものと同じじゃないか?
「ん? あ、あー、この白い液体? これはケミカル・ブラッドと言って……そうだね、これはホムンクルス用の人工的に造られた血液だと思ってくれればいいよ」
急造の擬体だから偽装用の血液まで用意できなかったんだー、と、ジョーカーの奴は相変わらずよく分からないことを言っている。
「それはいいが……身体に穴が開いたままで痛くはないのか?」
「いや、痛いことは痛いよ? 痛覚センサーはオンにしてあるからね。でも、実際の痛みほどじゃないから、ちょっと気になる程度かな?」
もう説明するまでもないと思うが、先程俺の剣が貫いたのはミーモスではなく、ぎりぎりのところで横から割り込んで来たジョーカーの身体だ。しかも割って入る際、手にした杖で俺とミーモスの二人に素早く一撃入れたらしい。
しかも、その一撃は相当威力のあるものだった。それこそ、思わず死を覚悟するぐらいの。ジョーカーの奴、本当は俺のこと嫌いなんじゃないのか?
そのジョーカー曰く、「この擬体は素材からして結構強化してあるからね。それに、ジョルっちも皇子殿下も、これぐらいじゃ死なないでしょ?」だそうだ。やっぱり意味分からんことを言いやがる。
「それで、あなたが我々の対決の邪魔をした理由をお聞かせ願えますか?」
まだいろいろと半信半疑らしいミーモス。だが、それでも武器は収めている。まずはジョーカーから話を聞こうという心算なのだろう。俺もそれに賛成だ。
「俺もおまえにはいろいろと聞きたいことがあるが……まずはその体について聞かせてもらおうか?」
「ああ、この体はね、この前のグリフォンもどきたちが眠っていた地下施設で準備しておいたんだ。僕自身の遺伝子データを素にしたから、結構いいデキでしょ?」
と、ドヤ顔を決めるジョーカー。見た目が整っている分、何ともサマになっていやがる。ちくしょうめ。
どうやら、あのグリフォンもどきが眠っていた地下の遺跡で、この体を造っていたってことらしい。いつの間にそんなことをしていたのやら。
「造った……? では、その身体は魔像か何かなのですか? い、いえ、先程はホムンクルスと仰っていましたが、魔像ではなくホムンクルスなのですか?」
「いや、遺伝子データを元に培養した肉体をバイオサイバー技術で強化したものだから、基本的にはちょっと強いだけの普通の人間と変わらないよ。でも、急速な培養と強化を施したため、バイオサイバーだけでは追いつかなくてね。
ぽかんとした顔で、ミーモスが俺を見る。
そんな顔で俺を見るな。俺に聞かれても困るぞ。俺だって全くわけが分からないからな。
だが、魔像とホムンクルスの違いなら俺にも分かる。木や土、屍肉や岩などで造られた人形に、魔法と魔力で仮初めの命を与えたのが魔像であり、魔法と魔力で造り出された生命体がホムンクルスである。
要は生きているか生きていないかが、ホムンクルスと魔像の違いってわけだな。
だが、ホムンクルスは確かに生きてはいるが、その寿命は極めて短い。長くても精々三十日ぐらいしか保たないはずだ。
どれほど優れた魔術師であろうとも、命を造り出すことは簡単ではない。命の創造は、神々のみが許された禁断の領域だからだ。
とにかく、今のジョーカーはホムンクルスに似てはいるが、ホムンクルスではない「何か」ということなのだろう。
ん? ちょっと待てよ?
「おい、ジョーカー。もしかして、例の『もう一人の俺』も、今のおまえのような存在なのか?」
数日前の戦争で遭遇した、かつての俺と同じ姿と同じ能力を持っていた者。そいつもまた、今のジョーカーと同じような白い液体を流していた。ということは、あの「もう一人の俺」も目の前のジョーカーと同じような存在ではないか?
「ああ、あれね。ジョルっちの言う通り、あれは過去の君の遺伝子データから培養した身体をマシンサイバーで強化し、君の
歪な形の銀の月を見上げながら、ジョーカーが言う。どうやら、俺の勘は当たっていたようだ。
「正直、僕にはよく理解できませんが……あなたは理解できているのですか?」
「聞くなよ。俺だって理解できていねえよ」
って、おい、ミーモス。どうしてそこで安心したような顔で俺を見る?
二色の月が見下ろす深夜の草原で、俺たちは炎を焚くこともなくその場に座り込んだ。
周囲には虫の音と、遠くから聞こえる獣の唸り声だけがゆっくりと響いている。
そんな中で、一番最初に口を開いたのはやっぱりジョーカーだった。
「ようやく、君たちにこの話をする時が来たようだね」
俺とミーモスの顔を順に見比べるジョーカー。
「まず、結論を言おう。君たちが互いに争う必要はもうない。いや……最初からそんなものはないんだよ。君たちが『宿敵』を倒したとしても、転生の輪が途切れることはないからね」
「お、おい、ちょっと待て、ジョーカー! それはどういう意味だっ!?」
「そ、そうですよ! 彼を倒せば、僕が転生し続ける宿縁を断ち切れるのではないのですか?」
ジョーカーの言葉が信じられない俺とミーモス。そりゃそうだ。俺たちはこれまで、互いを倒せば永遠の転生から
というより、どうしてジョーカーは俺たちが転生を繰り返していることを知っている? 俺、こいつに転生のことを話したことがあったか?
ひょっとして以前、旅の途中で酒を飲んで酔った勢いでついつい話しちまったとか?
思わず腰を上げかけた俺たちを、ジョーカーは宥めるように再び座るように仕草だけで指示する。
「うん、君たちの気持ちは分かるよ。だけどさ…………そもそも、その『相手を倒せば転生が終わる』という話を、君たちはいつ、どこで、誰から聞いた? そして、どうしてその話をそこまで盲信している?」
思わず顔を見合わせる俺とミーモス。
い、言われてみればジョーカーの言う通りだ。俺は……いや、俺だけじゃなくミーモスも俺と同じようだが、『相手を倒せば転生が終わる』という話を誰に聞いたんだ? そして、どうしてその話を疑うことなく今まで信じ込んでいた?
「……どういうことだ……?」
「……僕も……『相手を倒せば転生が終わる』という話を、誰から聞いたというはっきりとした記憶がありません……」
呆然と俺とミーモスは互いの顔を見ながら呟く。
そして、そんな俺たちをジョーカーは黙って見つめている。
ややして、そのジョーカーが再び口を開いた。
「君たちが知らないのも無理はない。そもそも、君たちはそのように
「ちょ、調整…………?」
「俺たちが誰かに調整されているだと……? 一体、誰が俺たちを……?」
「君たちが転生を繰り返す度、互いに戦うように仕向けた者、互いに互いを倒せば君たちの転生が終わると信じ込ませた者……そして…………」
ジョーカーが俺たちから視線を外し、そのまま上を見る。
釣られるように俺たちもまたジョーカーと同じ方へと目を動かせば、そこには夜空に浮かんで皓々と輝いている真円を描く金月と。
金月のすぐ近くで、金月よりも小さく歪な形をした銀月がある。
「…………君たちが本当に倒すべき者は、あそこにいる」
ジョーカーはその二つのうち、小さく歪な銀月を手にした杖で指し示した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます