決着



 な、何だあれは……?

 ユクポゥの槍に胸を貫かれ、大地に仰向けに倒れた「もう一人の俺」。

 胸に穿たれた傷からは、血ではない白い体液のようなものが溢れ出てきている。

「あ、あれは……あの戦士は、一体何者なんだ……?」

「おそらく、あの者は人間ではない……いえ、生き物でさえないのでしょう」

 思わず呟いた俺の問いに答えたのは、背後に控えていたサイラァだ。

「どうしてそう思う?」

「あの者からは、生きている者特有の命の波動というものが一切感じられませんでしたから」

 い、命の波動? 何、それ?

 まあ、言いたいことは何となく分からなくもないが、これまで何度も転生してきた俺でさえ、聞いたことのない言葉だぞ?

 それに、その命の波動とやらを、サイラァは感じられるのか? 相変わらずすげぇな、いろいろな意味で。

「先程から、あの戦士が傷つく姿を見ていても、全く興奮しないのです。間違いなく、あの戦士は生き物ではありません」

 あ、あー……そういうことか。納得した。すげー納得した。つまり、サイラァの「アレ」が反応するかどうかが、彼女の言う「命の波動」なのだろう。

 で、あの「もう一人の俺」からは、その命の波動とやらが全く感じられない、と。道理で先程から、サイラァが真面目な顔をしているわけだ。

「おそらくですが、あれは魔像ゴーレムの一種ではないでしょうか? もちろん、私はジョーカー様のような魔像の専門家ではありませんので、単なる素人の勘でしかありませんが」

 なるほど、魔像か。それは考えられるな。

 だが、それにしては随分と動きが滑らかだったし、本物の人間のように動いていたけどな。

 それに、あの戦士が魔像だとすると、どうしてかつての俺そっくりだったんだ? 過去の《勇者》である俺の姿を、魔像を造る際の参考にしたとかか?

 だが、仮に見た目はそうだとしても、動きまで俺そっくりだったのはどういうことだ?

 あー、分からん! どうせ、ここであの戦士に関してあれこれ考えたとしても、その答えなんて出るわけがないのだ。

 だったら、あの戦士に関してはどこかへ行ったジョーカーに任せよう。そして、今は目の前の戦争に注意を向けるべきだ。




「あの戦士は……一体何者なのですか? どうして、前代の《勇者》と同じ姿を……?」

「おや? 殿下は前代の《勇者》殿の姿をご存知なのですか?」

「ええ、それはもちろん。僕が今代の《勇者》として認められた時、前代であるジョルノー殿を始めとした歴代の《勇者》の、現存している姿絵は全て確認しましたから」

「おお、素晴らしい! 殿下は本当に勤勉であらせられますな」

 十字を切りながら、ヒルパス男爵がそう言いました。

 相変わらずにこやかな笑顔を浮かべていますが、その視線にはどこか侮蔑が混じっているようにも感じられます。

「それに……あれは何ですか?」

 再び戦場へと視線を向けると、例の戦士が大地に仰向けに倒れています。その胸に穿たれた傷からは、白い体液のようなものが流れ出ているようです。

 あのような体液は、当然人間には流れていません。あれは一体、何なのでしょう。

「おや? どうやらあの者は人間ではなかったようですな」

「ヒルパス男爵。貴公はあの戦士の素性を知らなかったのですか?」

「ええ。恥ずかしながら、あの戦士はとあるお方より紹介されて雇用したのです。腕は確かでしたので、護衛としてはとても重宝していたのですが……まさか、人間ではなかったとは思いもしませんでした」

 特に悪びれた様子もなく、笑顔のまましれっとそう告げるヒルパス男爵。その様子から、先程の言葉が真実とはとても思えません。

 やはり、この人物は要注意のようですね。

「それよりも……戦況は我らに取って、極めて不利なようです」

 ヒルパス男爵の声に促されて改めて戦場へと視線を向ければ、カーバン伯爵率いる軍は、ほぼ壊滅といった状況でした。

 陣形は完全に崩れて至る所で突破され、陣の後方に配置していた本陣にまで魔物たちが襲いかかっています。

 この様子では、本陣にいたカーバン伯爵たちも、無事にこの城壁の内側へと戻って来られるかどうか。

 おや? 本陣より僅かな護衛の騎兵に囲まれた、一際豪華な鎧を着た三人が飛び出しました。そして、必死に城門目指して馬を走らせています。

 言うまでもなく、あれはカーバン伯爵たちでしょう。そして、その背後には騎獣に跨った大柄な妖魔たちが迫っています。

 あの騎獣は突風コオロギ……いえ、その上位種の烈風コオロギですか。その烈風コオロギを駆るのは、三体のオーガーの上位種。

 その三体の内の一体が、騎乗したまま大振りな弓を構えました。

 途端、その弓の周囲に魔力が渦巻き始めます。あの弓、相当強力な魔封具のようです。よく見れば、魔力で矢を作り出すことができるようですね。

 あのような貴重な魔封具を、一体どこで手に入れたのでしょう。

 それはともかく、そのオーガーが弓を放つと、放たれた魔力の矢はまるで固定式の大型弩バリスタから撃ち出されたかのごとく、空を切り裂いて前を走るカーバン伯爵たちへと迫りました。

 矢は一団の殿に位置していた騎士の背中を貫き、その前を走っていた騎士たちまでも貫いて。

 たったの一矢で、合計四名の命を奪いました。その四名の中には、ウェストン子爵も含まれています。

 盟友であるウェストン子爵の死に、残るカーバン伯爵とバストン伯爵の顔色が更に悪くなったようです。

 涙と鼻水と涎を隠す余裕もなく垂れ流し、ただひたすらに城門目指して馬を駆るカーバン伯爵とバストン伯爵。

 その周囲に数名の騎士はいるものの、その事実が二人の伯爵に安堵感をもたらすことはまるでなく、彼らの恐怖を煽るかのように更に矢が射られました。

 放たれた矢は次々に騎士を貫き、落馬させていきます。

 ですが、護衛の騎士たちが犠牲になっている間に、カーバン伯爵とバストン伯爵は城門間近まで辿り着くことができました。

「大至急、城門を開けなさい!」

「お待ちください、殿下。今城門を開けると、魔物がこの町の中に入り込んでしまいます」

 僕が手近にいた兵士に開門の命令を出すと、ヒルパス男爵がそれに異を唱えました。

 見れば、城門間近まで迫った二人の伯爵の背後に、二体のオーガーたちが迫っていました。

 巨大な戦槌と槍斧を持ったオーガーの上位種は、ひた走る伯爵たちの前へと回り込むと、その進路を塞いでしまいます。

 目の前に現れた魔物に、伯爵たちが駆る馬が怯えて竿立ちになり、その反動で騎乗していたカーバン伯爵とバストン伯爵は馬から振り落とされてしまいました。

 落馬の衝撃で思ったように動けない二人に、烈風コオロギに跨った巨漢の妖魔たちが迫ります。

「た、助けてくれっ!! に、二度とリュクドの森には手を出さないっ!! や、約束するっ!! い、いえ、約束致しますっ!! 《魔物の王》様には、今後一切逆らいませんっ!! ど、どうか……どうか、命ばかりは……っ!!」

「わ、私もカーバン伯爵と同じく約束しますっ!! こ、心より《魔物の王》様に忠誠を誓いますっ!! で、ですから……っ!!」

 その場で跪き、必死に命乞いをする二人。

 どうでもいいのですが、ここに帝国の第三皇子である僕がいることを忘れていませんか? 僕の目の前でそんなことを言えば、この場は助かっても何らかの処罰が父である皇帝陛下より下されると思うのですが。

 まあ、命乞いに必死になって、僕のことなど忘れているのでしょうね。

 ですが、その必死の命乞いも無駄でした。

 二体のオーガーたちは、烈風コオロギの上でそれぞれの得物を構え、そのまま二人の伯爵に向かって振り下ろしました。

 柔らかい「何か」が潰れる音が、僕のいる所まではっきりと届きます。

 そして、二人の伯爵を文字通り「叩き潰した」妖魔たちは、僕たちの方を見ることもなくリュクドの森の方へと戻って行きます。

 僕たちにはまるで興味がないと言いたいかのように。それとも、僕たちには手を出さないようにと、「彼」が指示を出していたのでしょうか。

 三人の貴族たちが討ち取られたことで、レダーンの町郊外で起きた《魔物の王》の軍勢との戦争は、《魔物の王》軍の勝利で終わりを迎えることになったのです。




「終わったな」

 ムゥたち三兄弟が、敵の大将である三人の貴族らしき連中を討ち取ったことで、この戦いは終わりを迎えた。

 もちろん、俺たちの勝利だ。

 これで少なくともしばらくは、人間たちはリュクドの森に入って来ないだろう。

「がははははは! 人間どもの肉が大量に手に入ったな!」

「おう! これでしばらくは食う物に困らないぞ!」

 配下の妖魔たちは、好き好きに討ち取った人間の死体を運んでいる。まあ、連中にとって、倒した人間の肉こそがこの戦いの褒美だからな。そのことに俺は口を挟むつもりはない。

 中には、戦場でそれほど武勲を立てたわけでもないのに、ちゃっかりと人間の死体を運んでいるゴブリンなんかもいる。

 ゴブリンなどの下級妖魔は、それほど強くはないが意外と抜け目ないからな。

 さて、後は戦争の事後処理だが、人間とは違って論功行賞など必要のない妖魔や魔獣だ。「よくやった」と一言誉めてやり、クースの美味い料理でも振る舞えばそれで終わりだろう。

 後は、戦死した者を弔うぐらいだが、それはそれぞれの種族や氏族の流儀に任せる。

 ゴブリンやオーガーなどは、弔うということさえしないものだからな。

 さて、それよりも、だ。

 俺は魔力で強化した目を、レダーンの町を囲む城壁へと向ける。

 そこにはたくさんの兵士たちが右往左往していた。

 目の前で領主が討ち死にしたのだ。そうなるのは当然だろう。

 そして、慌てふためく兵士たちの中に、じっとこちらを見ている一人の男……いや、少年の姿を確かに見た。

 銀の髪に、一見しただけでは少女と思えなくもない程に整った容貌のその少年。

 その姿を見た時、俺の心と体がぶるりと震えた。もちろん、恐れからじゃない。嬉しさからだ。

 「あいつ」もまた、魔力で強化した目で、俺を見ていることだろう。

 しばらく、遠く離れたまま互いに見つめ合おう俺と「あいつ」。

 ああ、分かっているさ。おまえが何を言いたいのか、俺にはよく分かる。

 できれば、このまますぐにでも俺と対決したいのだろう? だが、戦死者や負傷者が数多く倒れているこの場で、俺と戦うわけにもいかないのだろう?

 俺としても、負傷者は回収し、戦死者は弔うぐらいはさせてやりたいしな。

 だから……だから、だ。

 負傷者や戦死者の回収が終わり、事後処理が一段落した時。

 改めてここで落ち合おうじゃないか。

 そして、その時こそ決着を着けるのだ。

 俺と「あいつ」の、長きにわたった宿縁に、今度こそ終止符を打つ。

 なぜか、お互いにそう納得した俺たちは、遠く離れたまま同時に頷いた。

 さあ、いよいよだ。

 いよいよ、「あいつ」との直接対決が迫っている。

 俺は、もう一度身体をぶるりと震わせた。決着の時がすぐそこまで近づいている事実に。



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