宣言
「リュクドの森に攻め込んだ、カーバン伯爵配下の冒険者たちが全滅……?」
レダーンの町にある互助会の一室にて、ガルディ兄上に報告するための手紙を書いていた僕の所に、そのような報告が飛び込んできました。
僕がカーバン伯爵の別邸からこの互助会へ到着して、まだどれだけの時間も経過していません。
それなのに、リュクドの森に攻め込んだ冒険者たち全てからの連絡が途絶えた。それはつまり、森に入った冒険者たちが全滅したことを意味します。
「は。現在、カーバン伯爵たちはかなり慌てております」
「それはそうでしょう。相当な力を入れて冒険者たちを森に送り込んだのでしょうからね。その冒険者たちが、こんな短時間で全滅するとは……正直、僕も予想外ですよ」
僕の前に跪くのは、ガルディ兄上配下の密偵の一人。先程カーバン伯爵の別邸に赴いた時、彼を別邸に忍び込ませておいたのです。目的はもちろん、連中の動向を探るため。
「カーバン伯爵……いえ、ヒルパス男爵が言うには、森に入った冒険者たちに貸与した魔封具には、所有者が死んだ場合に男爵の元にその報せが入る効果もあったようです」
ほう、ただ声を遠隔地に届けるだけではなく、そのような効果まで持つ魔封具だったとは、さすがに驚きですね。
そんな稀少中の稀少と言っていい魔封具をいくつも所持し、ためらうことなく他者に貸与するとは……ヒルパス男爵という人物に、更に興味が湧いてきました。
「その魔封具がどのようなものなのか、時間的なこともあり詳しいことは探り切れませんでした。ですが、ヒルパス男爵が言うには、森に入った冒険者たち……正確には冒険者たちに同行したカーバン伯爵配下の騎士や兵士たちが全員死亡したのは間違いないようです」
冒険者たちが森に入り込んでから、まだ半日ほど。今回動員した冒険者の正確な数は把握していませんが、それでも前情報では二百人以上の冒険者がこのレダーンに集まっていたはず。であれば、実際にはそれ以上の冒険者が動員されたのでしょう。
それだけの数の冒険者が、たった半日で全滅ですか。
どうやら、今の「彼」の下にはかなり強力な妖魔や魔獣が集まっているようですね。
更に、密偵からの報告は続きがありました。
「……森に忍び込ませた我が仲間たちからも、ほとんど連絡がありません」
「なんですって?」
思わず、眉を寄せてしまいました。兄上が抱える密偵たちは、全員が凄腕揃い。それは密偵としての隠密術だけではなく、それなりの戦闘力も持つのです。
その密偵たちまでもが消息を絶つとは……おそらく、今の「彼」の下には優れた密偵も集まっていると考えるべきでしょう。それこそ、兄上の配下以上に腕の立つ密偵たちが。
妖魔で密偵として腕の立つ者たちといえば、ダークエルフのメセラ氏族ですが、彼らが「彼」に力を貸しているのでしょうか。
それであれば、兄上の配下たちが後れを取ったとしても納得できます。
「兄上の配下たちまでもが森で消息を絶ったとなれば……当初の僕たちの目的は果たせなくなったと考えるべきですね」
「は。殿下のおっしゃる通りかと」
頭を深々と下げたまま、兄上の配下が悔しそうに告げました。彼にしてみれば、同僚を失ったわけですから、当然でしょう。
しかし、僕たちの目的……カーバン伯爵の配下を「餌」にして、「彼」の戦力を測るという目的は果たせなくなりました。
肝心の密偵たちからの報告がなければ、「彼」の戦力を具体的に把握できません。
それに、互助会の長としても、数多くの冒険者が失われたのは痛手です。
兵士や騎士とは違い、冒険者であれば自分たちの実力以上の敵と遭遇した場合、逃げるという選択をためらうことなくするはず。
ですが、状況から判断するにその逃げる暇さえなかったのでしょう。今回の侵攻作戦に協力した冒険者の中には、相当腕の立つ者もいたはずです。そんな連中でさえ帰って来ないということは、「彼」はかなり優秀な戦力を集めたみたいですね。
もっとも、今すぐではなく、時間を置いてから帰還する冒険者たちもいるかもしれません。しばらくは森の中で身を隠し、危険が去ってからレダーンの町に戻ることを選ぶ者もいるでしょう。
僕たちの計画も、そしてカーバン伯爵たちの計画も、どちらも失敗したと考えるべきですね。
とにかく、一度カーバン伯爵に会いましょうか。そして、これからどうするのか聞いてみましょう。
カーバン伯爵への面会を求めるように、配下の近衛騎士を走らせようとした時のことです。
新たなる報告が、僕の元に飛び込んできました。
「も、申し上げます! リュクドの森より、無数の魔物たちが姿を現しました!」
飛び込んで来たのは、互助会の職員の一人。彼は青ざめた顔で、その体もがたがたと震えています。
「も、もしや、カーバン伯爵が森に攻め込んだことで、《白き鬼神》が報復に出たのでは……?」
確かに、普通であればそう考えるのが筋であり、この職員のように怯えるのも当然。
ですが、僕としては「彼」がそんな軽弾みな行動を取るとは思えません。
とはいえ、ここでそんなことを言えるわけもない。であれば、まずはその現れた魔物とやらを見に行くべきでしょう。
配下の近衛騎士たちを引き連れ、僕はレダーンの町の城壁へと向かいます。
リュクドの森という魔境にほど近いこの町には、万が一の時のために頑強な城壁があります。そこからであれば、姿を見せた魔物たちとやらを見ることもできるでしょう。
そして僕が城壁へと到着した時には、そこにカーバン伯爵たちの姿もありました。さすがにこの町の責任者として、リュクドの森から現れた魔物は見過ごせないのでしょう。更に城壁の下を見れば、カーバン伯爵配下の騎士や兵士たちが集まりつつあります。
「み、ミルモランス殿下!」
僕の姿を確認したカーバン伯爵が走り寄って来ました。
「ま、魔物どもが……リュクドの森の魔物どもが……」
顔面蒼白なカーバン伯爵。その背後を見れば、バストン伯爵とウェストス子爵もまた、カーバン伯爵と同じように顔色がよくありません。
ですが、ヒルパス男爵だけは先程と変わることなく、笑みを浮かべながらどこか優雅に佇んでいます。僕の姿を見ても、ただ深々と頭を下げるだけ。
やはり、この人物だけは要注意ですね。先程ガルディ兄上に向けた手紙を兄上配下の密偵に持たせましたので、すぐにこのヒルパス男爵について調べてくれるでしょう。
さて、それよりも、今は魔物たちの方に注意を向けましょうか。
遠く見えるリュクドの森。その森から数百以上の魔物たちが姿を見せています。
そのほとんどは妖魔のようです。多くはオーガーやトロル、ダークエルフといった上位の妖魔たち。その中にはそれらの上位種と思われる個体もちらほらと見受けられます。
更には、空にはハーピーらしき姿と、巨大な魔獣の姿も見えます。あれはマンティコア、それも上位種のエルダー・マンティコアのようですね。
他には、七色バジリスクや突風コオロギといった魔獣もいます。七色バジリスクがいるところを見るに、やはりダークエルフのメセラ氏族が「彼」に協力しているようです。あの魔獣を使役するのは、メセラ氏族だけですから。
そして。
そして、リュクドの森を背にして並ぶ魔物たちの中から、一体の小柄なゴブリンが姿を見せました。
その両脇には、ホブゴブリン……いや、その上位種でしょうか? 槍を持ったホブゴブリンの上位種と、見覚えのある骸骨の姿が見えます。
間違いありません。あれは「彼」です。
「人間どもに告ぐ!」
遠く離れた僕の所まで、「彼」の声がはっきりと届きました。
風術でここまで声を届かせているであろうその声に、この場にいる全員が思わず耳を傾けています。
「俺はおまえたち人間が《白き鬼神》と呼ぶモノだ! そして俺はこの場において、俺自身が《魔物の王》へと至ったことを宣言する!」
《魔物の王》。それを名乗るためには、特別な条件が必要なわけではありません。数多くの魔物たちが、一体の魔物を自分たちの《王》だと認めた瞬間、その魔物は《魔物の王》を名乗る資格を得るのです。
現実に、「彼」は数百の魔物を従えている様子。それだけの配下を抱えた以上、十分に《魔物の王》を名乗ることができるでしょう。
まあ、僕が《魔物の王》であった時は、もっと多くの配下を抱えていたものですが。
ですが、「彼」が従える魔物たちは、数こそ多くはありませんが上位種を多く含んでいる様子。人間にとっても、十分脅威と言える存在でしょう。
ですが、彼の配下で最も強力であろう炎竜の姿が見えませんね。もしかして、他の姿に化けているのでしょうか? ですが、自らの力を誇示するのであれば、炎竜の姿は最も効果があるはずです。
果たして、「彼」は何か企みがあって、あえて炎竜の姿を見せないのでしょうか?
そうして僕が考えている間も、「彼」の宣言は続いています。
「俺はこのリュクドの森を俺の領土としてここ宣言する! 今日以降、この森に足を踏み入れた人間には、一切の容赦はしない! だが、森に足を踏み入れるなとは言わない! 森から生きて帰る自信があれば、いくらでも森に入って来い! その自信が本物かどうか、この俺が……《魔物の王》がじっくりと試してやろう!」
彼のその宣言が終わると同時に、彼の背後の魔物たちが一斉に咆哮しました。
その咆哮は、遠く離れたこのレダーンの城壁を震わせるかと思えるほど。その迫力に、カーバン伯爵たちは腰を抜かしています。
ただ、やはりヒルパス男爵だけは涼しげな顔で、「彼」のことを見ているようですが。
「さて、折角この《魔物の王》たるこの俺が、わざわざ森の外まで出てきたんだ。もう少し挨拶をしてやろうじゃないか!」
再び響く「彼」の声。
「そこにいるんだろう? 人間の《勇者》よ! もしも貴様が俺を恐れぬのであれば、今ここで俺と剣を交えろ! もちろん、配下の魔物たちには一切の手出しをさせない! 《魔物の王》と《勇者》、二人だけで勝負といこうじゃないか!」
「彼」のその言葉を聞いた時、僕の身体が思わず震えました。
これですか。あの骸骨が言っていたのはこのことですか。
僕と「彼」が余人を交えず対決できる場所を用意する。骸骨が言っていたのはこのことに間違いありません。
当然、僕に「彼」とここで決着をつけることに異論はありません。
「彼」からの熱いこの挑戦、当然受けて立ちましょう。
周囲の視線が全て僕へと向けられている中、僕が彼との勝負を受ける旨を告げようとした時。
「それには及びませんよ、ミルモランス殿下。ここでわざわざ皇子である御身が危険を冒す必要はありません」
と、僕たちの勝負にとある人物が口を挟んだのでした。
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