結託




「おそらく殿下は今、《白き鬼神》と共に戦うための仲間を集めているんじゃないかな? 歴代の『彼』が……《勇者》がそうであったように」

 窓辺に佇む、骸骨が告げます。いえ、骸骨の幻覚が、と言った方が正解でしょうか。

「ええ、そうです。あなたの言う通り僕は今、《白き鬼神》を討つための人材を探しています。それがどうかしましたか? まさか、人材を集めるのを止めろとでも言いたいのですか?」

「その通りだよ、皇子殿下。さすがは今代の《勇者》だね。いやー、話が早くて助かるよ」

 人材集め……僕と共に戦う仲間を集めるなという骸骨。もちろん、この骸骨のことですから、単に敵が増えることを避けたいがために、仲間を集めるなと言っているとは思えません。

 果たして、この骸骨の真意は奈辺にあるのか。

 ふふふ、なぜでしょうか。この骸骨との会話が楽しくて仕方ありません。

 もしかすると、僕と目の前の骸骨とは意外と性格が合うのかもしれませんね。

「だけど、その必要はないんだよ、皇子殿下。この僕が君と《白き鬼神》が対決できる場を用意するからね。君としても、余人を交えずに《白き鬼神》と戦えることを望んでいるのではないかな?」

 まるで、僕の心を見透かしたかのような骸骨の言葉。

 確かに、邪魔する者なく「彼」と決着をつけられるのは、僕にとっては最大と言ってもいいほどの望みです。

 これまで何度も「彼」と対決してきましたが、互いに仲間を連れた状況での対決でした。

 それはそれで頼もしく心強いものでしたが、その一方で「彼」と余人を交えずに二人だけで決着をつけたいと思ったことは何度もあります。

 おそらくは、「彼」も僕と同じ考えだと思いますが。

「その場を……君と彼が二人だけで対決できる場を、この僕が提供しようじゃないか。その代わり……」

「僕にあなたに協力しろ、と?」

「その通り! いやー、本当に殿下は話が早くて助かるね!」




「我らの予想通り、カーバン伯爵は冒険者を中心に少人数の集団を多数作り、その集団ごとに森に攻め込ませるつもりらしいな」

「確かに予想通りだな。しかし、それってあの白い変なゴブリンにしてみれば、各個撃破のいい的だよな?」

 ガルディ兄上の言葉に、バレン兄上が何とも楽しそうににやりと笑います。

 兄上の言う通り、少人数で森に入り込むなど、「彼」からすれば各個撃破の機会以外のなにものでもないでしょう。

 もっとも、それこそが我ら兄弟の狙い──《白き鬼神》の実力を測る機会なわけですが。

「おまえの手下どもは、もう動いているんだろうな?」

「当然だよ、兄上。既に我が配下たちをレダーン近くに潜ませている。後は彼らがうまくやるだろうさ」

 さすがはガルディ兄上。手抜かりはありませんね。

 ですが、以前とはちょっと事情が変わりました。カーバン伯爵のリュクドの森侵攻作戦を僕たちは傍観する予定でしたが、あの骸骨と接触したことで予定を変えなければならなくなりました。

「バレン兄上、ガルディ兄上。実はちょっとお願いがあるのですが……」

 二人の兄上たちの目が、僕へと向けられました。




「み、ミルモランス皇子殿下っ!? ど、どうして殿下がここに……っ!?」

 突然姿を見せた僕に、カーバン伯爵が目を見開いています。

 それはそうでしょう。僕がここ……レダーンの町に来ることは、二人の兄以外には知らないことでしたから。

 僕は僅かな近衛騎士だけを引き連れ、レダーンの町を訪れています。

 その目的はもちろん、「彼」に会うこと。できれば単身でここまで来たかったのですが、さすがに僕の立場では一人で行動することなどできません。

 そのため、近衛騎士の中から腕利きを選りすぐり、その数人の騎士だけを連れてここレダーンまで来ました。

 レダーンの町にあるカーバン伯爵の別宅。そこを訪ねた僕を見て、カーバン伯爵と彼を支援しているであろう数名の貴族たちが驚いています。

 カーバン伯爵と共にいたのは、彼以外の三人の貴族たち。いずれも反皇家派に属する者たちでした。

 いくら反皇家派とはいえ、皇子である僕に表立って逆らうことはありません。そんなことをすれば、反逆者としての烙印を押されるだけですから。

「と、突然どのような用件でこの場に……?」

 必死に笑みを浮かべながら、僕に尋ねるカーバン伯爵。他の者たちもまた、カーバン伯爵と同じような表情を浮かべています。

「いえ、貴公が再びリュクドの森へと攻め込むという話を聞きましたからね。帝国の第三皇子として、そして冒険者たちを束ねる互助会の長として、勇敢なる貴公らを少しでも激励しようと思いまして」

 にこやかな笑みを浮かべ、この場に集っている貴族たちをゆっくりと見回しました。

 カーバン伯爵以外にここにいるのは、バストン伯爵にウェストス子爵、それにヒルパス男爵。全て反皇家派に属する貴族ばかりです。ですが、その中ではヒルパス男爵だけが少々異質と言えるかもしれません。

 彼……ヒルパス男爵は、貴族であると同時にキーリ教の司祭でもあるのです。

 基本、キーリ教団は皇家派なのですから、彼の立場が少々異質であることが理解できるかと思います。

「これはミルモランス殿下。このような場でお目にかかれるとは、光栄の至りでありますな。たとえ貴族とはいえども、私のような末席の者には殿下と直接お言葉を交わす機会などありませんから」

 司祭服を纏ったヒルパス男爵が、優雅な仕草で頭を下げました。それに合わせて、今更ながら他の者たちも彼に倣います。

「ああ、楽にしてください。突然この場を訪れた僕の方が非礼ですからね。それに、すぐに互助会の方へ行かねばなりませんし」

 僕のその一言に、カーバン伯爵の顔色が悪くなりました。互助会を通さずに冒険者たちを集めたことを、責められるとでも思っているのでしょう。

 もちろん、そんなことはしません。互助会を通さずに冒険者を雇ってはいけない、という正式な約定もありませんしね。

 それに、近いうちに今回のリュクドの森の侵攻の責任を、帝国から正式に問い質されることになるのですから。

「ですが、伯爵さえ良ければ、今の状況を教えてくださいますか? 現状、侵攻作戦はどの程度進んでいるのです?」

「現在、冒険者を中心とした少数の集団を作り、その集団ごとに森に侵攻しております。その集団の中にはカーバン閣下の配下の騎士を加え、各集団ごとの連絡を密に取り合い、小集団ながらも連携した行動でリュクドの森を攻めております」

 僕の質問に答えたのは、カーバン伯爵ではなくヒルパス男爵でした。

 彼はにこやかな笑みを絶やすことなく、すらすらと僕の質問に答えていきます。他の者たちは、彼がしゃべることをただじっと見ているだけ。

 どうやら、今回の侵攻作戦の影の主役は、このヒルパス男爵のようですね。

 確かヒルパス男爵と言えば、自身が言うように貴族としては末席ですが、その羽振りの良さは上位の貴族以上と言われています。

 いくつもの事業を成功させ、更には司祭としての立場もあるヒルパス男爵。相当やり手であると、以前に耳に挟んだことがあるのです。

 そのヒルパス男爵に、まさかここで出会うとは思いもしませんでした。

 ガルディ兄上からも、彼が今回の騒動に加わっているという情報は聞いていません。それを考えるだけでも、ヒルパス男爵がそれなりの手腕を持っていることが理解できます。

 つまり、今回のカーバン伯爵のリュクドの森再侵攻に、資金を提供しているのは彼に違いないということです。

 カーバン伯爵に資金を援助している者がいることは、ガルディ兄上から聞いていました。ですが、誰が援助しているかまでは、まだ兄上も掴んでいなかったのです。

 その情報をこんな形で入手するとは。僕にも予想外でしたね。




「も、申し上げます!」

 僕がヒルパス男爵のことを考えていると、伝令らしき兵士が部屋の中に駆け込んできました。

 その兵士はその場に跪き、僕とカーバン伯爵を何度も見比べた後、カーバン伯爵が頷くのを確認してから再び口を開きます。

「げ、現在、リュクドの森に攻め込んでいる者たちの一部からの連絡が途絶えました! おそらくは、森に棲む魔物の襲撃を受けたのではないかと思われます」

「連絡が途絶えた……? どういうことです?」

 聞くだけなら、森に攻め込んだ者たちとこの場にいるカーバン伯爵たちとの間に、何らかの連絡方法があったと考えるべきですが……そんなことが簡単にできるわけがありません。

 普通、このような場合に連絡を取り合うには伝令を走らせるしかないわけですが、当然それには時間が必要です。

 ですが、兵士の様子からして森から駆け戻ったような様子はありません。

 森から戻ったのであれば、当然疲労していたりするだろうし、衣服も汚れたりするでしょう。ですが、目の前にいる兵士にはそれらしい様子がないのです。

 これはどういうことでしょうか?

「ああ、実はですね、殿下。森に攻め込んだ者たちには、私からとある魔封具を貸与しているのですよ。遠く離れていても、互いに声を届け合うことができる魔封具です」

 相変わらずにこやかな笑みを浮かべたヒルパス男爵。僕の疑問に気づいたのか、説明してくれました。

「リュクドの森を切り拓くことは、必ず帝国がより一層の発展へと繋がると愚考致します。そのために、私にできる限りの協力をしたまでにございます」

「なるほど、そうでしたか。貴公の帝国への忠心、必ずや父である皇帝陛下に告げておきましょう」

「は! ありがたきお言葉!」

 その場に跪き、深々と頭を垂れるヒルパス男爵。

 しかし、双方向で声を届け合うことのできる魔封具とは、また稀有なものを所持していたものです。しかも、話からするとその魔封具を相当数所持していたと思われます。

 確かにヒルパス男爵家は豊かな家ですが、一つでさえ稀少な魔封具を数多く所持していたとは……ちょっと、考えづらいですね。

 この件は父上だけではなく、ガルディ兄上にも告げなければならないでしょうね。

 そして、森に入り込んだ冒険者たちが連絡を絶ったのは、間違いなく「彼」かその配下たちに襲撃されたからでしょう。

 どのように襲撃を受けたのかは、ガルディ兄上の配下たちの報告を聞くとしましょうか。その方がより正確な情報を得られるでしょうから。

「では、急な来訪、誠に失礼しました。僕はこのまま互助会へと向かいます」

「は、はい、殿下。このような状況にて、殿下を十分におもてなしすることもできず、申し訳ありませんでした」

「できれば、再び殿下のお言葉を賜る機会がありますよう、我らがキーリの神に祈願いたします」

 その場にいる者たちが全員頭を下げる中、僕はその場を後にしました。

 そして、気づいています。彼らの中で、ヒルパス男爵だけが意味ありげににやりと笑っていたのを。

 彼のことは、早急にガルディ兄上に報告しなければいけませんね。

 まずは互助会へ赴き、そこでガルディ兄上に向けた手紙を書き、それを近衛騎士の一人に託しましょう。

 そして。

 そして、僕はあの骸骨との約束通り、これからリュクドの森へと向かいます。

 果たして、あの骸骨が本当に約束を守るのか。それは定かではありませんが、僕の勘は近いうちに「彼」と再会できると告げています。

 さあ、待っていてください。

 遂に、僕たちの決着をつける時が来るようですからね。



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