深夜の来客




 ガルディ兄上のその報告に、僕は思わず首を傾げました。

「レダーンに、相当数の冒険者が集まっている……ですか? ですが、僕はそのような報告は受けていませんよ?」

 僕は冒険者の互助会……冒険者相互支援援助会の統括者です。つまり、この帝国中のほとんどの冒険者の動きを把握している立場にいます。

 その僕が冒険者に関して知らないことがあるとは……当然、何か裏があるのでしょう。

「ああ、どうやらカーバン伯爵が互助会を通さずに集めているらしい。カーバン伯爵の領内だけではなく、帝国の各地で集められた冒険者たちが、続々とレダーンに集まっているようだな」

 帝国の密偵を束ねるガルディ兄上は、その密偵を使って常に帝国各地の情報を収集、分析しています。当然、僕やバレン兄上が知らない情報も握っているわけです。

「互助会を通さずに冒険者を集めるだぁ? なんでそんな面倒なことをすんだよ、カーバンの奴は?」

 心底理解できない、といった雰囲気のバレン兄上。それは僕も同様です。

 元々自由な気風を愛する冒険者たちは、数を集めるだけでも苦労します。なんせ、定住せずにあちこちを放浪している者も多いですし、実力の高い者ほどその傾向が強いのですから。

 互助会は、その面倒を省く意味でも評価されています。互助会に依頼を出せば、互助会の方で依頼者が求めるだけの冒険者を集めるのです。依頼者としては、これほど助かることもないでしょう。

「カーバン伯爵が互助会を通さないのは、互助会が実質的にミーモスの組織だからだろうな」

「どういう意味だよ?」

「つまり、互助会を通して冒険者を集め、その冒険者の力でリュクドの森を攻略したとしても、手柄の一部は優れた冒険者を育て統括しているミーモスのものになる、とでも考えているのだろうな」

 なるほど。

 反皇家派であるカーバン伯爵にとって、たとえ一部とはいえその手柄が僕のものになるのは納得できないのでしょう。

 なんせ反皇家派の目的は、僕たち以上の手柄を立てて自分たちの権勢を振るおうというのですから。

「んで? 現在どれぐらいの冒険者がレダーンに集結しているんだ?」

「現状では、既に二百人以上がレダーンに集まっているらしい。部下の報告によれば、更にレダーンを目指している冒険者もいるそうだ」

 普段、レダーンを拠点としている冒険者の数は、大体百五十人ほど。もちろん、冒険者というのは出入りの激しいものなので、確かな数字ではありません。ですが、百五十という数は辺境の町を拠点とする冒険者としては、かなりの数です。

 そして、一時的とはいえ普段以上の冒険者が集まっているとなると、今のレダーンはその冒険者を相手に、様々な商店が潤っていることでしょう。

 もちろんその利益は、税という形でカーバン伯爵をも潤すことに繋がります。

「おそらくは、それもカーバンの目的の一部なのだろうな」

 僕の考えを読み、ガルディ兄上が言葉を続けました。

「あ? どういう意味だ、そりゃ?」

 ただ、バレン兄上は全く理解できていないようでしたが。




「で? カーバンは冒険者を集めてどうしようってんだ?」

「連中の目的が《白き鬼神》の討伐である以上、その戦場はリュクドの森になる。となれば……正規の兵士や騎士よりも、冒険者の方が戦力になるからな」

「で、冒険者を集めているってわけか」

「もちろん、冒険者だけで《白き鬼神》を討ったとしても、カーバンの手柄とするには薄くなる。これは私の推測でしかないが、数人の冒険者の中に奴の部下である兵士や騎士を交ぜ込むつもりなのではないかな」

 カーバンの部下が指揮官となり、冒険者を使って《白き鬼神》を討つ。そうなれば、カーバンも《白き鬼神》を討ったという大義名分を掲げることができる。それがガルディ兄上の考えのようです。

 たとえ実際に《白き鬼神》を討ったのが冒険者だったとしても、「カーバン伯爵が彼の配下と冒険者を使って《白き鬼神》を討った」という事実は確かなのですからね。

「兵士や騎士ではリュクドの森では不利。そこで、冒険者主体でリュクドの森に攻め込むつもりですか」

「まあ、カーバンにしちゃ、あれこれ考えた方かね」

 カーバン自身の案なのか、それとも反皇家派に属する貴族の誰かの案なのか。そこは分かりませんが、冒険者を主として戦力を揃えるのは確かに間違っていないでしょう。

 実際、先のカーバン伯爵のリュクドの森侵攻の失敗は、リュクドの森に不慣れな兵士や騎士を主軸としたことにあるのですから。

「だがよ? それだけで、あの白いゴブリンが討てるか?」

「さてな? そこまでは神ならぬ私には分からんよ。だが、おまえは確信しているのだろう?」

 ガルディ兄上の視線が、僕へと向けられています。

 ええ、そうです。僕は確信しています。《白き鬼神》が……「彼」がこの程度で討たれるわけがないことを。

「ええ、間違いなく、《白き鬼神》がこの程度の策で討たれることはありません。ですが、ガルディ兄上。今回のカーバン伯爵の侵攻作戦を『餌』として利用する以上……」

「ああ、承知している。リュクドの森へは、我が配下の大多数を差し向けるつもりだ」

 我々の目的は、カーバン伯爵の軍を「餌」にして、《白き鬼神》とその配下の戦力と実力を探ること。そうなると当然、彼らの戦いを観察する必要があります。

 その役目をガルディ兄上の配下の密偵たちに任せようというわけですね。

 ガルディ兄上が抱える密偵たちは全員極めて有能です。彼らであれば、冷静かつ客観的に「彼」とその配下たちの戦力を分析してくれるでしょう。




 カーバン伯爵の計画には一切触れることなく、それでいて目を離すこともなく。

 そう方針を固めた僕たちは、それぞれの仕事に戻ることにしました。

 僕たちも帝国の皇子として、様々な仕事を抱えています。

 皇子としての政務だけではなく、僕には互助会の統括者として、そして《勇者》としての務めもあります。

 もっとも、《勇者》の方は現在、共に「彼」と戦うための仲間を選んでいる段階であり、まだまだ積極的に行動できないのですが。

 現在、僕と共に戦ってくれると意思表示している者はたくさんいますが、その中から共に戦ってもらう者たちを厳選することになります。

 僕には皇子としての立場もあるため、仲間選びにもいろいろと面倒な事情が絡んできます。主に、貴族間の政治的な思惑などが。

 それが面倒だと思わないと言えば、嘘になります。ですが、僕の今の立場を考えれば仕方のないことでしょう。

 その日も一日、様々な仕事に追われた僕は、日が暮れてからようやく自室へと戻りました。

 皇子である僕には、数多くの使用人が付いています。

 侍従や侍女などを全て下がらせ──それでも、隣の部屋で彼ら彼女らは控えていますが──もう寝ようかと思った時。

「やあ、第三皇子殿下。今夜はいい夜だね。思わず、遊びに来ちゃったよ」

 突然聞こえてきた声に、僕は腰に佩いていた剣に手をかけながら、声のした方へと振り向きました。

 そこには。

 窓の向こうに輝く真円なる金の月といびつなる銀の月を背景に、ローブを纏った一体の骸骨が佇んでいました。

「あなたは『彼』の仲間の……確か、ジョーカーという名前の骸骨でしたね?」

「いかにも。いやー、皇子殿下に覚えてもらっていたとは、実に光栄だね」

 窓辺に静かに佇む骸骨。

 ですが、その身体は半ば透けていて、身体の向こうが見えています。つまり、この骸骨は……。

「幻覚……ですか?」

「ご名答……いや、当たらといえども遠からず、と言った方がいいかな?」

 かたかたと顎の骨を鳴らす骸骨。その音まで聞こえてくるとは、何とも精巧な幻覚と言えます。

「実際は、使い魔に仕込んだ超小型プロジェクターで空中投影した立体映像ホログラムなんだよね、これ。本来、電力で動くプロジェクターを魔力で動くように改造するのに、実に苦労したものさ。そもそも、魔力って奴は僕たちには有害で……って、それは今はどうでもいいか」

 何やら僕には理解できないことをぶつぶつと呟いている骸骨。それでも、僅かとはいえ理解できる箇所もありました。

 僕が改めて窓辺を見れば、そこにはカラスが一羽、闇に紛れるように存在していました。どうやら、このカラスが骸骨の使い魔なのでしょう。

 この使い魔を介して幻覚を展開している──おそらくは、そんなところだと思います。

「それで、『彼』の仲間であるはずのあなたが、僕に何の用ですか?」

 腰の剣から手を放し、僕は目の前の骸骨へと声をかけました。

 幻覚である以上、この骸骨に僕を傷つけることはできないでしょう。とはいえ、使い魔の方は要注意です。使い魔を介して、幻覚以外の魔法を仕掛けてくるかも知れませんから。

「うん、実はね、第三皇子殿下にお願いがあって来たんだ」

「僕の宿敵である『彼』の仲間であるあなたが、僕にお願いですか? そんなこと、僕が承知するとでも?」

「あはは。確かに、普通に考えれば殿下の言う通りだね」

 更に顎を鳴らしながら、呵々大笑する骸骨。

 ですが骸骨は、それまでのどこかふざけた雰囲気を一変させ、真面目な口調で僕に語りかけてきました。

「今、レダーンの町には、たくさんの人間たち……冒険者たちが集っている。当然、殿下も既に知っているだろう」

「ええ、その報告は僕も受けています。それがどうかしましたか? まさか、僕に冒険者に命じてリュクドの森へ攻め込まないようにしろ、なんて言いませんよね?」

「確かに、冒険者たちを統括する殿下なら、そんな命令を下すこともできるだろう。だが、僕が殿下にお願いしたいのは全く別のことさ。僕の願いとは、冒険者たちがリュクドの森に攻め込む時、殿下にもレダーンまで来て欲しいのさ。もちろん、タダでとは言わないよ」

 ほう。自分の提案を飲んでもらうため、何らかの報酬を用意しようというわけですか。一応、道理は通っていますね。

 そのことに興味を覚えた僕は、その報酬とやらを聞いてみました。

 その結果、僕は驚きで目を見開くことになったのですが。




「僕が君に用意する報酬。それは、君の宿敵である《白き鬼神》と、二人きりで雌雄を決する場を提供しようじゃないか」



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