帰還
「どうした、アニキ? この程度の連中に後れを取るなんざ、アニキらしくねえな? もしかして、筋肉が落ちたんじゃねえのか?」
聞き覚えのある声。
反射的に声のした方へと目を向ければ、そこには想像通りの姿があった。
巨大な魔獣に跨る、これまた巨躯を誇る三体の妖魔たちの姿が。
そう。
黒馬鹿……じゃない、《黒の三巨星》こと、オーガーのムゥ、ノゥ、クゥの三体だ。
更には、その背後に数多くの妖魔たちが控えている。そのほとんどは普通種のオーガーのようだが、中にはゴブリンやオーガーの上位種の姿も見える。
「どうだ、アニキ。アニキに言われた通り、百近くの兵隊を集めて来たぜ!」
ムゥがいつものように、筋肉を強調させながら告げる。同時に、奴が従えていた妖魔たちが雄々しい雄たけびを上げた。
よく見れば、ムゥたちも奴らが跨る魔獣たちも、以前より体が一回り大きくなっている。おそらく、進化を果たしたのだろう。
ムゥとその配下たちが上げた雄たけびに、空を舞うグリフォンもどきたちも戸惑っているようだ。
ぎゃーぎゃーと甲高い鳴き声を上げつつも、地上を警戒している。
だが。
その空を舞う黒い獣たちに向けて、地上から何かが放たれた。
それは槍と呼ぶのもおこがましい、ただ手頃な太さの木の先端を尖らせただけのもの。しかし、そんな粗雑な槍もどきでも、恐るべき膂力で放たれれば凶悪な武器と化す。
地上から放たれた無数の槍もどきは、空を舞う黒い獣の翼を、腹を、四肢を、頭を貫き、地上へと叩き落とした。
「へ、ムゥの野郎だけにいい格好はさせられないんでな!」
ムゥたちが陣取る場所と丁度対を成すような場所から、これまた聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ザックゥか!」
「おうともよ、大将! 俺様も大将の言いつけを守ったぜ!」
樹々の向こうから姿を現すザックゥ。そしてその背後には、やはり無数の妖魔たちが。
ムゥたちが同族であるオーガーを主に数を揃えたように、ザックゥはトロルを中心にして集めてきたようだ。
その数は、ムゥが集めてきた連中とほぼ同数。つまり、百体ほどいることになる。
「さあて、アニキ。理由は分からんが、あの黒い鳥どもを殺せばいいんだろ?」
「だったら、簡単なことだぜ!」
ムゥとザックゥがにやりと笑う。
俺もまた、奴らに応えるように牙を剥いて笑みを浮かべた。
「その通りだが、連中は空を飛んでいるぞ? いくらおまえたちでもちょっと不利じゃないか?」
「それに関しては、あいつも来ているぜ?」
ムゥがその太い指で空を指す。
と同時に、空の一角を真紅の炎が吹き荒れた。まさに蹂躙と呼ぶに相応しい真紅の暴力が、空を舞う黒い獣どもを瞬く間に焼き殺していく。
「あれは…………ハライソか!」
見上げれば、空を悠々と舞う炎竜の姿が。
「どこじゃ? 妾の美少年はどこにいるのじゃ? ハーピーの美少年という稀有な存在を傷つける愚か者どもは、この妾がことごとく焼き殺してやるわ!」
何となくジョーカーを見れば、奴はにゅっと骨だけの親指をおっ立てた。
どうやら、ジョーカーがあの腐竜にグフールのことを伝えるように指示したのか。
まあ、確かにグフールは美少年と呼ぶにふさわしい外見をしているしな。この後、グフールがどんな運命を辿るか……まあ、がんばれ。うん。
ちらりと見れば、ギーンが同情しているらしき表情を浮かべていた。
とにかく、これで盤面は大きく変わった。
ムゥ率いるオーガーたちの一部が騎乗する魔獣である突風コオロギは、烈風コオロギへと進化していた。
口から風のブレスを吐く能力を得たこの魔獣は、僅かとはいえ空を飛ぶことさえできる。
大きく跳躍し、その後に
そうして地上に落ちた黒い獣どもは、ザックゥ率いるトロルたちが文字通りばらばらにしていく。
だが、やはり最大の戦力はハライソだった。
グリフォンもどきよりも巨大な体が宙を自在に舞い、高熱のブレスを吐いて黒い獣を焼き尽くす。それはまさに真紅による漆黒の浸食だった。
空を覆うばかりだった「黒」が、瞬く間にその数を減らしていく。
「ジョルっち」
その状況を俺と一緒に見守っていたジョーカーが、俺に声をかけてくる。
「おそらく、これで戦況は決まっただろう。僕はちょっと、ナリ族長たちが見つけた遺跡を調べてくるよ。もしかしたら、まだあの黒い獣たちが残っているかもしれないし」
「そうだな。そっちはジョーカーに任せる。ナリ族長」
何となくその名前を呼んでみれば、思った通りの答えが返ってくる。
「我は御身のすぐ傍に。我が王」
「ジョーカーをおまえが見つけた遺跡に案内してやってくれ」
「御意」
覆面を被った頭を小さく下げつつ、ナリ族長はジョーカーと共に樹々の向こうに姿を消した。
「ギーン、怪我の方はどうだ?」
「俺のことより、おまえはどうなんだ? おまえ、これからが大変だって覚えているか?」
ああ、兵隊を揃えて戻ったら、ムゥやザックゥともう一度戦うって約束をしていたっけな。ギーンはそのことを言っているのだろう。
「あいつら、見るからに進化しているぞ? 勝てるのか?」
「まあ、そこは大丈夫だろう。俺にも考えはあるからな」
「おまえがそう言うならいいが……せめて、姉さんに傷を治してもらえ」
うわ、それはちょっと躊躇うな。
上気して嬉しそうに俺の傷を見つめるサイラァの姿が脳裏に浮かぶ。うん、できれば遠慮したい。
だが、今はそうも言っていられない。きっとあいつのことだ、俺の近くにいるだろう。
「サイラァ、いるか?」
「もちろんでございます、リピィ様」
やっぱりいたか。しかし、さっきのナリ族長といいサイラァといい、あの激戦の最中から俺の傍に控えていたのだろうか? だとしたら、よく無事だったものだよな。
ま、その点に関しては深く考えまい。考えたって無駄だろうし。
思った通り、はあはあと息を荒げるサイラァに傷を癒やしてもらった俺は、ムゥやザックゥたちと一緒にグリフォンもどきたちを倒していった。
ムゥたちが黒い獣たちを地上に叩き落としてくれるので、先程までの苦戦が嘘のようだ。
確かにグリフォンもどきは手強い敵だが、同じ地上に立てばそれほど恐れることはない。
更にはハライソもいる。最早、連中に地の利はないと言っていいだろう。
見る見る数を減らしていく黒い獣たち。対して、こちらに被害はほとんどない。とはいえ、ムゥやザックゥたちが現れるまでに、かなりの犠牲が出ているのは間違いないが。
主な犠牲は、リーリラ氏族やメセラ氏族のダークエルフたちの戦士と、グフール配下のハーピーたちだ。
さすがにユクポゥとパルゥは無事のようだ。時々、樹々を蹴って射ち出された矢のように空を飛ぶ兄弟たちの姿が見えるからな。
しかし、あんなに激しい動きをして、パルゥの腹の子は大丈夫だろうか? まあ、大丈夫だからああしているのだと思うが。
おーい、パルゥ。くれぐれも無理はするなよ?
ユクポゥもパルゥに無理させないようにしろよ? おまえが父親の可能性が最も高いのだからな。
とはいえ、ゴブリンに腹の子をいたわる、なんて考えはないだろうなぁ。
とりあえず兄弟たちのことは置いておいて、残る仲間たち……ゲルーグルとバルカンは無事だろうか? 先程まではゲルーグルの〈歌〉が聞こえていたが、今は聞こえなくなっている。
バルカンの風術で敵にだけ〈歌〉を聞かせているのか? それならいいのだが。
そう思いながら頭上を見上げれば、既にグリフォンもどきはあと僅かになっていた。
ムゥやザックゥたちによって、地上に落とされた黒い獣たちの断末魔の声が、森のあちこちから聞こえてくる。
「どうやら、これで終わりのようだな」
「おそらく、リピィの言う通り……俺たちの勝ちだな!」
俺とギーンは互いに頷き合うと、手と手を打ち合わせた。
その直後。森のどこかから、グリフォンもどきの最後の悲鳴が聞こえてきた。
「り、リピィ様っ!! た、助けてくださいっ!!」
静かになったと思った瞬間、森の奥から悲鳴が聞こえてきた。
「あー、見つかっちまったか……」
「……あいつの気持ち、俺にはすごくよく分かるな……」
俺とギーンが呟いた直後、木々の向こうからグフールが情けない表情を浮かべながら現れた。
その背後には、人間の姿──丸々と太った女性──になったハライソが。
ハライソははぁはぁと息を荒げながら、どすどすと足音も荒くグフールを追いかける。
「待つのじゃ、妾の美少年よ! ぐふふふふ、ハーピーの美少年とは、実に稀有な存在よな! これ、そんなに怯えて逃げなくても良かろう? 何も取って食いはせんぞよ?」
すまん、グフール。俺にはどうすることもできない。力のない俺を許してくれ。
心の中でグフールに謝罪する。そして、俺は激励の意味を込めて、彼に向かって親指を立てて見せた。
「り、リピィ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「待つのじゃ、妾の美少年よぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
もの凄い速度で、グフールとハライソは俺の目の前を駆け抜けていった。
他のハーピーたちが実に心配そうにその姿を見送っているが、さすがにハライソに刃向かおうとは思わないらしい。
俺はそんなハーピーたちに、心配することはないと告げる。あの腐竜は、決して美少年を傷つけたりはしないからな。
しかし、ハーピーたちはかなり数が減ったな。最終的に生き残ったのは、二十体にも満たないほどか。
それでも、あの激戦の中をこれだけ生き残ればましな方だろう。
とりあえず、これで本当に戦いは終わりだな。後はこちらの被害を纏めた後、ムゥやザックゥたちの話を聞かないと。
それに、例の遺跡を調べに行ったジョーカーの件もある。
戦い自体は終わったが、まだまだ落ちつくのは先のことになりそうだ。
~~作者より~~
仕事の方が、毎年恒例の年度末進行に入りました。
早速仕事が山積みとなり、徹夜で片付けることも。
そんなわけで、来週はちょっと更新はお休み。
更新は極力毎週行うよう努力しますが、年度末進行が終わるまで時々更新できないこともあるかと思います。なにとぞご了承いただけよう、お願い申し上げます。
次回は2月4日に更新だ!
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