ご褒美
ふぅ、ようやく落ち着いた。
「ご苦労様でした、リピィさん」
リーリラ氏族の集落にある俺の家で、クースがそっと出してくれたお茶が美味い。
例の黒い獣たちとの戦いが終わってから、すでに三十日ほどが経過した。
その三十日の間、俺はとても忙しかった。主に、帰ってきたムゥやザックゥ、そして連中が連れてきた奴らを取り纏めることが。
グリフォンもどきとの戦いの最中、突然帰還したムゥやザックゥたち。
どこでどうやって兵隊たちを集めてきたのかはともかく、十分な成果を携えての帰還と言えるだろう。
しかも、連中はしっかりと進化までしていた。
以前はオーガー・レイダーだったムゥたちだが、ムゥはオーガー・ジェネラルに、ノゥとクゥはオーガー・コマンダーへとそれぞれ進化している。
そして、トロル・リーダーだったザックゥは、トロル・チャンピオンへと。
当然、以前より一回りも二回りも強くなっていた。
「がはははは! どうだ、アニキ? 前よりも更に筋肉が逞しくなっただろ?」
と、ムゥたち三体が俺の目の前で筋肉を強調する。
確かに以前よりも逞しくなった。なったと思う。だが、それ以上に暑苦しくなったな、おい。
「さぁて、約束を忘れていないだろうな、アニキ?」
にぃ、と牙を剥き出しにして、戦意を漲らせるムゥ。俺もまた、やつに対して牙を見せつけるように笑って見せる。
「おう、もちろんだ」
「ちョぉイと待ちナー!」
立ち上がりかけた俺の背後から、突然声が上がる。そして──。
「リピィと戦いたイナら、まズはオレを倒してカらダ!」
と、俺とムゥの間に割り込む者がいた。
そいつはどこか棒読みみたいな台詞を吐きつつ槍を持ち、頭にいつもの「王冠」を被った……まあ、ユクポゥであるわけだが。
「おい、ユクポゥ。どうして、おまえが俺様とアニキとの戦いに割って入るんだ?」
「さあ? よく分からないけど、ジョーカーがこうしろって言った!」
ジョーカーのやつ、また何かユクポゥに吹き込んだな。
ともかく、槍を構えて戦意を漲らせるユクポゥ。対して、ムゥもまたおもしろそうににやりと笑う。
「いいだろう! アニキを倒す前に、まずはユクポゥを血祭りにしてやるぜ!」
両腕と胸の筋肉を無駄に強調しつつ、ムゥが戦槌を構える。もちろん、この戦槌は以前にハライソの塒から持ってきたものだ。
実際、俺もこの対決には興味がある。ユクポゥの強さはよく知っているし、そんなユクポゥに対して、ムゥがどこまで戦えるのかで奴がどれぐらい強くなったのか分かるだろう。
そして、始まるユクポゥとムゥの対決。
だが、その戦いは実にあっけないものだった。
力では圧倒的にムゥが優勢。だが、その圧倒的な力も、標的であるユクポゥに当たらなければ意味がない。
ユクポゥは素早い動きでムゥを撹乱する。その速さは視力を強化した俺でさえ追うのがやっと。しかしユクポゥの奴、ますます人外の領域へと足を踏み入れていくな。
まあ、ゴブリンなので最初から人外だけど。
そして、ユクポゥの動きについていけないムゥは、ひたすらに戦槌を振り回すだけだった。もちろん、ムゥが振る戦槌はユクポゥに掠りもしない。
しばらくそうして撹乱していたユクポゥが、一瞬だけブレたように見えた。僅かの間だけとはいえ、更に速度を上げたユクポゥが、槍をムゥの膝裏へと叩き込んだのだ。
穂先ではなく石突きを用いる辺り、ユクポゥも少しは学習というものをしているようだな。
いくら大柄なムゥとはいえ、いや、大柄だからこそ、突然膝裏に衝撃を受けてその体勢を崩してしまう。
さすがに倒れることはなかったムゥ。だが、数歩ほど後退を余儀なくされた奴の眼前に、ぴたりと槍の穂先が突きつけられた。
「…………………………………………参った。降参だ」
むっすりとした表情で、ムゥが得物を手放した。この瞬間、ユクポゥの勝ちが決定したわけだ。
「よぉぉぉしっ!! 次は俺だっ!!」
そう言ってユクポゥの前に進み出たのは、もちろんザックゥである。
あれ? いつの間にか俺、忘れられていない?
まあ、楽できるからいいけどな。
ユクポゥとザックゥの戦いは、これまたユクポゥの勝ち。
ただ、トロルには再生能力があることを知っているからか、ユクポゥは遠慮なく穂先をザックゥの体に突き刺していた。
そのため戦いが終わってみれば、ザックゥはかなり悲惨な姿に。
ちょっと可哀想だったので、サイラァに治療するように命じたのだが……まあ、いつものようにあの真性はいろいろな意味で大喜びだった。ホント、あいつもブレないよな。
「リピィ! オレ、勝った!」
「おう、見事な勝ちだったな!」
「勝ったオレに、クースのウマいヤキニクを食べさせる!」
おう、いいとも。早速クースに料理するように頼んでやるよ。
まあ、俺の命令を達成したムゥやザックゥたちにも、ついでだから食わせてやろう。
俺と……じゃなかった、ユクポゥとムゥたちの決闘の後、改めて彼らが集めてきた兵隊たちを確認する。
ムゥたちはオーガーを中心に、そしてザックゥはトロルを中心に集めてきたようだ。中にはちらほらと各種族の上位種もいるし、普通種のゴブリンなんかも交じっている。
最初こそ、連中は小柄な俺を舐めていたみたいだが、ユクポゥとムゥたちの決闘を見た後は、さすがにそんな態度は見せなかった。
ユクポゥの俺に対する態度から、俺がユクポゥよりも立場が上と理解したのだろう。
だが実際、今のユクポゥに俺が勝てるかどうか、かなり怪しいところだ。何でもありの実戦であれば、必ず勝つとは言えないものの、絶対に負けない自信はある。これまで何度も《勇者》として転生してきたのは伊達じゃない。俺にはユクポゥにはない「経験」があるのだから。
だが、武器だけを用いるという条件であれば、おそらく俺はユクポゥに勝てないだろう。ホント、俺の兄弟は最終的に神さえ殺しかねない。
そんなユクポゥとパルゥが、どうして今も俺に従っているのか……実は俺も不思議に感じてはいるんだ。
以前であれば……俺よりも弱い頃のユクポゥやパルゥであれば、俺に従うのは理解できる。だが、今の兄弟たちは俺と互角かそれ以上だ。
ホント、どうして今も俺に従うんだろうな? まさか、ゴブリンに恩義や忠義といったものがあるとは思えないし。
理由はともかく、兄弟たちが俺に従うのであれば別に問題はない。もしも反抗的な態度を見せるようであれば……その時は死力を尽くして叩きのめすだけだ。そして、今まで通り俺に従わせればいい。
こういう点は、妖魔は実に分かりやすい。強い者に従う。それが妖魔の不変の掟だからな。
ムゥたちが集めた連中を、全てリーリラ氏族の集落に留めおくことはできない。主に、食料の問題で。
さすがに集落の人口が二百近くも増えては、リーリラ氏族の食料事情がえらいことになる。
なので、兵隊たちにはリーリラ氏族の集落周辺にそれぞれ散ってもらい、各自で生活するように命じた。
どさくさに紛れていなくなる奴もいるだろうが、そこはムゥたちやザックゥに丸投げだ。自分たちが集めた兵隊なのだから、しっかりと掌握してもらわないとな。
それぞれ適当に住みやすそうな場所を探し、そこに数体ずつ妖魔を割り振っていく。その作業に随分と時間と手間がかかったのだ。
いくらリュクドの森の中とはいえ、そうそう妖魔が住みやすい場所なんてない。しかも、ここいらはいわばリーリラ氏族の縄張りだ。他の妖魔が住み着くような場所は、集落防衛の面からも最初から潰してあるからな。
結局、三十日ほどかけてそれらの作業を終わらせたわけだ。
リーリラ氏族の集落には、ムゥたち三兄弟とザックゥ、そして数体のオーガーやトロルが滞在するのみ。
いや、もっと正確に言えば、ナリ族長率いるメセラ氏族のダークエルフたちも、周囲に潜んでいるようだ。こいつらはどこに潜んでいるのかさっぱり分からないが、呼べばすぐに現れるので、ごく近くにいるのだろう。
ん? ハーピーたち? ああ、連中なら全員ガリアラ氏族の集落へと移動したよ。
なんせ、ハーピーの王であるグフールが、腐竜に拉致されてガリアラの集落へ連れ去られたからな。自分たちの王を追って、全てのハーピーがガリアラの集落へと移動したわけだ。
まあ、拉致されたからと言っても、グフールに危険はないから問題はないだろう。多分。
「クースも悪かったな」
「いえ、私がしたことはいつものように料理だけですし、それに、結構楽しかったです」
屈託なく笑うクース。だが、なぜかちょっと頬を赤らめながら、上目遣いで俺を見る。
「私……がんばりましたよね?」
「ああ、クースはよくやってくれたよ」
ムゥたちが集めてきた妖魔たちに、歓迎と褒美の意味でクースの料理を振る舞ってやった。もちろん、それぞれ新たな生活圏へと分散させる前のことだ。
なんせ、ムゥたちが集めてきた妖魔は数が多い。さすがに全員満腹になるまで食べさせるのは無理というものだし、彼女一人だけで作ったわけではなく、リーリラ氏族の女性たちの力も借りたが、クースの料理を食べた妖魔たちは実に満足そうだった。
改めて考えると、あれだけの数の妖魔を料理だけで満足させるクース、恐るべしだな。
中にはクース自身を食べようとした奴もいたが、そんな大馬鹿野郎どもは俺を始めとしてユクポゥ、パルゥ、ムゥたち三兄弟、そしてザックゥがしっかりとシメておいた。もちろん、殺さない程度にな。
これで今後、クースに手を出そうとする馬鹿はいなくなるだろう。
「さすがはアネブン! パねえっす!」
とか言って驚いていたゴブリンもいたな。あいつ、なんて名前だったっけか?
「じゃ、じゃあ……がんばった私にも、ご褒美……もらえます?」
ほう? クースが褒美を
「クースはどんな褒美を望むんだ?」
俺が尋ねれば、クースは座っている俺の背後へと回り込むと、そのまま俺を抱き締めた。
おいおい、これがクースの望む褒美なのか?
「……一度、こうしてリピィさんをぎゅってしたかったんです。だってリピィさん、今でも私より小さいですし」
くそ。
確かに、今でも俺はクースより小柄だ。その俺が背後から抱き締められると、すっぽりと彼女の腕の中に収まってしまう。
背中に当たるクースの大きな胸の感触が、実に心地いい。
「どんなことがあっても……私は……リピィさんについていきますから」
「おう、任せろ。《魔物の王》としての陣容も整ってきたことだし、《勇者》には絶対に勝ってみせるさ」
「………………もう。そういう意味じゃないのになぁ……」
背後から聞こえる不満そうな声。だけど、くすくすと笑う彼女の声はどこか幸せそうだった。
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