湧き出る黒い獣



 ジョーカーが選んだグリフォンもどきたちに対する戦術。

 それは各個撃破だ。

 だが、それが通用したのは最初だけ。五体ほどグリフォンもどきを倒せば、いくら奴らでも襲撃されていることに気づいた。

 まあ、連中もそこまで馬鹿じゃないってわけだ。

「どうやら、僕たちの存在に気づいたようだね」

「そのようだな。では、作戦の第二段階だ」

 俺たちだって、いつまでも奇襲じみた各個撃破が通用するとは思っていない。五体も倒すことができたのは、当初の想定より多いぐらいだ。

 ぎゃーぎゃーとグリフォンもどきどもが鳴き喚きながら、頭上をぐるぐると旋回している。おそらく、俺たちを──襲撃者を探しているのだろう。

 そんなグリフォンもどきたちに向かって、地上から黒い影が飛び出す。

 樹々の幹を蹴り、射ち出された矢のような勢いで黒い獣に襲いかかるのは、もちろん我が兄弟であるユクポゥとパルゥである。

 既に妖魔の範疇を超越した身体能力で、上空を舞うグリフォンもどきに地上から襲いかかっていく。

 連中もまさか、地上からこのような襲撃を受けるとは思っていなかったのか、あっさりと兄弟たちの得物で腹を穿たれ、翼をもがれて地上へと堕ちてくる。

 そして、俺たちの攻撃はそれだけではない。

 俺とギーン、そしてジョーカーの魔術がグリフォンもどきに襲いかかる。

 狙うは当然連中の翼だ。地上にさえ叩き落とせば、地の利は俺たちにあるのだから。

 逆に言えば、空さえ飛んでいなければ、グリフォンもどきはそれほど恐るべき敵ではないのだ。

 そして、地に堕ちた黒い獣たちは、ハーピーたちが素早く止めを刺していく。その中にいつの間にか兄弟たちが交じっているが、こいつら、先程まで上空の敵を堕としていたはずなのに……本当にこいつらの動きは俺にも読めない。ってか、想像もつかない。

 もしかして、とんでもない怪物がすぐ傍にいるんじゃないのか、これ?




 兄弟たちのことはともかく、俺たちの存在に気づいたグリフォンもどきたちが、咆哮を上げながら上空から襲いかかってくる。

 まあ、咆哮と言っても、獣のような力強いものではなく、甲高い鳥の鳴き声なので迫力に欠けるがな。

 上空から流星のような勢いで襲いかかってくる黒い獣。だが、その勢いが突然殺されてゆっくりしたものになる。


──何をそんなに焦っているの?

  何をそんなに慌てているの?

  あなたが急ぐ必要はあるのですか?

  ほら、こっちへ来て少し休んでいきませんか?

  まだまだ今日は始まったばかりなんだから。


 美しく響く歌声が、グリフォンもどきの動きを鈍らせる。もちろん、ゴブリン・キングであるゲルーグルの〈歌〉の効果を受けたからだ。

 当然バルカンの風術で、敵にだけ効果を与えるようにしてな。

 勢いを失ったグリフォンもどきなど、もはや単なる的でしかない。

 グフール率いるハーピーたちがグリフォンもどきに群がり、次々に鉤爪を突き立て、引き裂いていく。

 個体的にはハーピーより遥かに強力なグリフォンもどきだが、一対多なら話は別。数体のハーピーに群がられて、グリフォンもどきも多少の反撃を加えるものの、瞬く間にその反攻も弱まってしまう。

 グリフォンもどきの黒い羽毛が舞い散り、断末魔の声が響き渡る。

 これでもう、連中の半分ほどは倒したはずだ。

 確かにグリフォンもどきは強い。だが、適切な戦術さえ取ることができれば、それほど恐れるような敵でもない。

 この調子でいけば、すぐに黒い獣どもを狩り尽くせるだろう。

 だが。

 そう思ったのも束の間。残敵の数があと数体となったところで、それは起きた。




「リピくんっ!!」

 バルカンの背に跨ったゲルーグルが、森の中から俺の傍へと駆け寄ってきた。

 同時に、ユクポゥ、パルゥも心配そうな顔つきで俺の下へとやってくる。

「リピィ、嫌なカンジする!」

「何かが、起きる!」

 兄弟たちの勘は、すごく当たる。もう、何らかの魔法を使っているんじゃないかと思うほどに。

 そして、ゲルーグルもまた、危険に対する感覚は鋭い。それがゴブリン・キングという種族ゆえなのか、それとも彼女個人のものなのかは不明だが。

「ち、敵の数はあと少しだが……撤退するか?」

「うん、僕も撤退に賛成だ。ユクポゥくんたちの勘には従った方がいい」

 だが、その判断は少しばかり遅かった。

 ジョーカーと相談し、仲間たちに撤退の指示を出すその直前、それは……いや、それたちは現れたのだ。

 甲高い鳥の鳴き声が、周囲に響き渡る。

 それも一つや二つじゃない。十、二十、三十……いや、もっと多くの鳥の鳴き声が、リュクドの森の中に響き渡った。

 そして、奴らは現れた。

 現れたのは二つ。

 一つは、満身創痍──それでも、顔を隠す覆面だけはなぜか無傷な──のナリ族長。

「わ、我が王よ……申し訳ないなり。命を果たすこと……できなかったなり」

 傷つき、俺の目の前で地面へと倒れるナリ族長。彼の背後には、やはり同じように傷だらけのメセラ氏族のダークエルフたちの姿。

 そして。

 そして、空を覆い尽くすほどの黒い影。

 そう。それはグリフォンもどきたちだ。

 空さえ覆い尽くそうかというほど、無数のグリフォンもどきたちがどこからともなく現れたのだ。

「……遅かったか」

 空を埋め尽くすグリフォンもどきを見上げながら、ジョーカーが呟く。

「ジョルっち、大至急撤退だ!」

 ジョーカーに言われるまでもない。さすがに、これだけの数の敵を相手にはできない。

 仲間たちに命令し、すぐさまこの場から撤退する。

「一旦、リーリラ氏族の集落まで退こう。既に、リーリラ氏族でもこの異変には気づいているだろう」

 ジョーカーによれば、現れた無数のグリフォンもどきは、でまだ状況を把握しきれておらず、今なら容易に逃げられるとのこと。

 だが、すぐに連中も今の状況を把握し、俺たちを敵として認識するそうだ。

 ここはジョーカーの言葉に従うのが良さそうだな。

 サイラァが命術で最低限の治療を施し、回復したメセラ氏族のダークエルフが操る七色バジリスクに乗って、俺たちはリーリラ氏族の集落まで撤退することにした。

 もちろん、グフール率いるハーピーたちも含めて、な。




「ジョーカー殿の言われた通り、我らメセラ氏族は遺跡の地下へと潜り、そこでよく分からない施設を発見したなり」

 撤退したリーリラ氏族の集落で、俺たちはナリ族長の報告を聞いていた。

「王の命令通り、我らはその施設を破壊しようとしたなり。だが、我らが破壊するより僅かに早く、その施設……幾つも並んでいた透明な筒の中から、あの黒い獣たちが出てきたなり」

 感情を感じさせず、ただ淡々と話すナリ族長。

 ナリ族長いわく、現れた黒い獣……グリフォンもどきどもは相当な数がいて、とてもではないが全てを倒すことはできなかったそうだ。

で混乱していたんだろうね。その混乱のおかげで、メセラ氏族は傷つきながらも何とか生きて施設を脱出できた……でも、その混乱ももう収まっているはずだ。しかも僕の予想よりも、地下の施設は大きかったみたいだね。まさか、ここまでの数をしていたとは……」

 ナリ族長の言葉を聞いたジョーカーが、とある方向を見つめながら零す。

 今、奴が向いている方向。それはもちろん、グフールたちの町があった場所だ。そして、リーリラの集落からでも、その方向の空が真っ黒になっていることがはっきりと見えた。

 一体、その地下の施設とやらに、何体のグリフォンもどきがいたのやら。正直、数える気にもならない。

 だが、あれを放っておくという選択はない。ジョーカーによれば、あの黒い獣どもにあるのは無限の食欲と破壊衝動だけらしい。

 ならば、遠からず連中はここにもやってくるだろう。

 それに、ようやく復興したこの集落を再び破壊されたくはないしな。

「グルス族長、打って出るぞ。戦士たちに出撃の指示を。そして、他の氏族にも至急連絡を回せ」

「御意」

 俺の指示に短く答えたグルス族長が、早速とばかりに集落の方へと歩み去っていく。

 さて、俺たちは俺たちで戦う準備だ。

 単なる俺の勘だが、今度の戦いは相当キツいものになるだろうな。




 やはり、俺の勘は当たっていた。いや、当たってしまった。

 湧き出た敵の数はざっと四百から五百。対して、俺たちを含めたリーリラ氏族の戦士たちは五十にも満たない。

 戦力差はざっと九倍から十倍か。分が悪すぎるってものじゃない。

 だが、ここで引くわけにはいかない。リーリラ氏族の集落の中には、戦えない者もいる。もちろん、その中にはクースだっている。

 例のジョーカーの通信設備を使って、他の氏族には連絡をした。すぐにでも援軍は来るだろう。

 問題は、その援軍が到着するまで俺たちが保つかどうか、だがな。すぐに援軍は来ると言っても、瞬間的にこの場に現れるわけではないのだから。

 幸いなのは、黒い獣どもはあまり連携をしないことか。あくまでも、ただ自分が敵と感じた者を攻撃するだけだ。

 それも今だけだとジョーカーは言う。もう少しすれば、連中も学習をして仲間で連携することを覚えるらしい。実際、ハーピーの集落を襲った黒い獣たちは、連携してハーピーを襲ったそうだしな。

 つまり、叩くなら今ってわけだ。問題は、このどうしようもない数の差か。

 だからと言って、負けるわけにはいかない。

 しかし、まさかゴブリンになってまで、守るべき者たちのための戦いをすることになろうとは。

「どこまで行っても、ジョルっちは《勇者》の気質なんだよねぇ。いっそのこと、《魔物の王》ではなく《ゴブリンの勇者》とでも名乗ったらどうだい?」

「そいつも悪くはないが……最近は《魔物の王》という肩書きも気に入っているんでな」

 隣に立つジョーカーと、そんな軽口を叩き合う。

 さて、いよいよ戦いだ。

「まずは数を減らせ! 一体一体確実に仕留めろ!」

 俺の指示に、集落から少し離れた所に陣取った兄弟たちやリーリラ氏族の戦士たちが気合いの入った声で応える。

「行くぜ、ジョーカー! 開戦の狼煙代わりだ!」

「おっけー!」

 俺とジョーカーが炎術を撃ち出す。

 無数に作り出された炎の矢が、黒い獣数体を撃ち抜き、地上へと落とす。

 続けて、ダークエルフたちの弓矢や魔術による攻撃が開始され、黒い獣たちを連中の領域である空から引き剥がしていく。

 そして、地に落ちたグリフォンもどきには、メセラ氏族の戦士たちが粛々と止めを刺していく。

 こうして、瞬く間に黒い獣を二十体ほど倒した。だが、これで連中の闘争本能に火がついたようだ。

 甲高い鳥の鳴き声と共に、黒い波が押し寄せて来た。

 それはまるで、黒い滝だ。上空から勢いをつけたグリフォンもどきが、地上にいる俺たちへと一斉に降下してきた。

 空から攻撃してくる敵に、陣形は意味を成さない。俺たちは瞬く間に黒い波に飲み込まれ、数人単位で分断されてしまった。

 今、俺の傍にいるのはジョーカーとギーンのみ。他の戦士たちがどうなったのか、それさえ分からない。

 時折、ゲルーグルの〈歌〉が聞こえてくるので、少なくとも彼女と彼女を背に乗せているバルカンだけは無事のようだ。

 それ以外の者たちのことを考えている余裕さえなく、俺もジョーカーもギーンも、ひたすら手近な敵に攻撃を加え、動けなくしていく。

 止めを刺す暇さえないので、とりあえず動けなくするだけだ。




 黒い獣たちに囲まれ、どれだけの時間が経過しただろう。

 俺もギーンも身体中のあちこちから血を流し、ただただ目の前にいる敵に攻撃を加える。

 ジョーカーだけはその身体ゆえ血を流すことはないが、魔力が尽きかけているのか魔術を使うこともなく、ただ手にした杖を振り回してグリフォンもどきを打ち据えている。

 意外なのは、その杖さばきがかなり巧みなことだ。どうやらジョーカーの奴、杖術の心得もあったらしい。

「り、リピィ! い、いくらなんでも、この数は……」

「分かっている!」

 ジョーカー同様、既に魔術ではなく剣で敵を斬りつけているギーンが叫ぶ。確かに、状況がまずいことは分かっている。だが、散り散りに分断され、味方の戦力を把握することさえできない今、一体何ができるというのだ?

 だが、諦めるわけにはいかない。「あいつ」との決着をつける前に、死ぬわけにはいかないのだから。

 たとえまだまだ無数の敵が残っていようと、俺は絶対に死んだりはしない。

 そう自分に言い聞かせ、改めて剣を握り締める。既に剣の柄を握る力さえ残り少なく、頼りないことこの上ない。

 頭上を見上げれば、そんな俺たちをあざ笑うかのように、無数の黒い獣たちが旋回している。

 げ、げ、げ、と不気味な声。どうやら、本当に俺たちをあざ笑っているようだ。

 そして。

 そして、その黒い獣たちが一気の俺たち目がけて急降下してきた。

 上空より雪崩の如く押し寄せる黒い獣たち。

 だが、その黒い波が俺たちに到達するその直前。

 横合いから吹き寄せた突風が、俺たちへと殺到するグリフォンもどきたちを纏めて吹き飛ばした。

 同時に、聞き覚えのある声が俺の耳に届く。


「どうした、アニキ? この程度の連中に後れを取るなんざ、アニキらしくねえな? もしかして、筋肉が落ちたんじゃねえのか?」



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