メセラ氏族の意外な才能




 大きな翼で空気を打ち、風のごとく空を翔るのは、雄ハーピー──彼いわく、ハーピー・プリンスとのこと──のグフール。

 彼はその種族名の通り、群れでは中心的な存在らしい。

 ごくごく稀にしか生まれない、雄のハーピー。その存在は正に空の王者と呼ぶに相応しく、群れをより繁栄へと導くという。

 かなりの過去だが、雄ハーピーに率いられた群れが実在したらしい。そして、その群れは当時、相当な勢力を誇っていたそうだ、とグルス族長が言っていた。何でも、リーリラ氏族に伝わる口伝の一つだとか。

 とはいえ、グフールはまだ年若く、そんな伝承にあるほどの強さはない。もしも彼にそんな力があれば、グリフォン相手でも逃亡することもなかっただろう。

 グフールが属する群れのハーピーたちは、自分たちの王を逃がすために、グリフォン相手に果敢に立ち向かっていったのだろう。

 リュクドの森に生い茂る木々の隙間から、空をゆくグフールの姿が見え、俺はそれをいる。

 そう。

 俺は今、地上を物凄い速度──空を飛ぶグフールとほぼ同速度──で移動中なのである。




 俺はゴブリン・キングのゲルーグルと共に、バルカンの背に跨って空へと舞い上がった。

 だがその直後、俺たちを呼び止める声が地上から聞こえてきたのだ。

「あいや、しばらく。我が王よ、しばらく待つなり」

 声のした方へと視線を向ければ、そこには覆面をした小柄なダークエルフの姿があった。

「おまえは……メセラ氏族の族長か?」

「いかにも。メセラ氏族族長、ナリ・ナリ・メセラなり」

 どうしてこいつがここにいる? メセラ氏族を始めとしたダークエルフたちは、それぞれの集落に帰ったはずだろう?

 しかも、名前が「ナリ・ナリ・メセラ」って……まあ、偽名ってわけでもないだろうが。

 これは後からナリ族長に聞いたのだが、メセラ氏族の歴代族長はその地位に就いた時に「ナリ」という名前に改名するそうなのだ。そのため、父親の名前も一緒に名乗るダークエルフの場合、どうしても「ナリ・ナリ」になってしまうのだとか。

 一口にダークエルフと言っても、いろいろなのだと実感したぜ。

 それはともかく、俺はバルカンに命じて再び地上へと降りた。

「話は聞かせてもらったなり。我らメセラ氏族、王の力になるなり」

 聞けば、このナリ族長は、ずっと俺の傍に潜んでいたという。

 何が目的でそんなことをしていたのかと問えば、それは俺の身辺警護のためだとか。彼曰く、「王を影から守るのもまた、メセラ氏族の役目なり」とのこと。

 おいおい、全く気づかなかったぞ? それも俺だけじゃなく、ユクポゥやパルゥも気づいていなかったんだ。

 それって、とんでもないことだぞ? いまや兄弟たちは、ほんの僅かな気配でさえも敏感に察知するからな。そんな兄弟たちの知覚さえ欺くとは……メセラ氏族、侮れん。

「我らメセラ氏族が使役する魔獣がいるなり。その魔獣を使えば、空を行く者にも負けないなり」

 なんと、そんな魔獣がいるのか。

 それはいい。早速用意してもらおう。

 何でも、リーリラ氏族の集落周囲には、それなりの数のメセラ氏族の戦士たち──というより隠密たち──が潜んでいるらしい。もちろん、彼らの目的はひっそりと俺を守ること。

 そして、そんな彼らが使役する魔獣もまた、一緒に連れてきているそうなのだ。

 どうやら、グフールの集落へと仲間たちと一緒に急行することができそうだな。




 水の中を泳ぐ魚のように、俺たちが乗る魔獣が森の中をするすると駆け抜ける。

 今、俺たちが乗っているのは、メセラ氏族が使役する魔獣だ。その姿は、八本の足を有する巨大な蜥蜴……そう、バジリスクである。

 視線に石化の呪いを宿し、その血に猛毒を有することで有名なバジリスク。だが、メセラ氏族が使役するバジリスクは、いわゆる亜種であり石化の呪いや毒は持たないらしい。

 その代わり、地上をものすごい速度で駆ける能力を持つ。

 しかも、このバジリスクが全速で駆け抜けても、ほとんど足音を立てない。リュクドの森の中は、どこも落ち葉や枯葉に覆われているのだが、このバジリスクたちはそれらを踏みつけても全く音を立てないのだ。

 聞くところによると、樹や壁などもすいすい登るという。

 だが、この魔獣の一番素晴らしいところは、これだけの速度で走っているのというのに、ほとんど揺れないことだろう。

 黒馬鹿たちが駆る突風コオロギも、速度は素晴らしいものがある。だが、あれは駄目だ。あんなに激しく揺れては、長距離の移動には向いていない。

 その点、このバジリスク──七色バジリスクというらしい──は、本当に素晴らしい。今後、長距離の移動にはこの魔獣の力を借りるとしよう。

 ちなみに、この魔獣が七色バジリスクと呼ばれるのは、その体表の色を周囲に合わせて自在に変えられることから。

 この魔獣の能力も合わせて、メセラ氏族は暗殺だけではなく密偵や斥候としても大いに活躍してくれそうだ。

「王よ。前方に気配を感じるなり」

 俺とジョーカーが乗る魔獣を操るのは、ナリ族長だ。彼が言うには、前方に何らかの気配を感じるらしい。

「もしかして、ハーピーたちの集落か?」

「不明。だが、何かがいるなり」

 ナリ族長が、片手の指を握ったり伸ばしたりと複雑な動きを見せる。すると、一緒に森の中を走っていたメセラ氏族のダークエルフたちが、今まで以上の速度で七色バジリスクを走らせた。どうやらこれだけの速度で走っていても、この魔獣は全力ではなかったらしい。

 俺たちを追い抜き、数体のバジリスクが森の中へと消えていく。おそらく、先行して偵察するのだろう。

 しばらくすると、ナリ族長が小さな声で何やら呟き始めた。あまりにも小さな声なので、彼のすぐ後ろにいる俺にもよく聞こえない。

「どうやら、この先に傷ついたハーピーが数体いるそうなり」

 先程先行した連中から、何か連絡があったようだ。だが、どうやって連絡のやりとりをしたのやら。魔力が動いた気配もなかったぞ?

「これは我ら氏族が秘中の秘なり。いくら王でも教えられないなり」

 なるほど、氏族秘伝の技術か秘術といったところか。それなら、詳しく聞くような野暮は止めておくか。

「うーん……メセラ氏族って、暗殺者というよりはニンジャみたいだねぇ」

 俺の背後でジョーカーが何か言っているが、相変わらずよく分からなかった。




「ゲルーグル! この先に傷ついたハーピーたちがいるらしい! グフールに伝えてくれ!」

「はーい、分かったよ、リピくん!」

 俺たちの頭上を飛ぶのは、グフールだけじゃない。彼のすぐ背後を、バルカンの背に跨ったゲルーグルも飛んでいたのだ。

 風術を使ってそのゲルーグルに言葉を伝え、グフールにハーピーたちのことを伝えてもらう。

 ちなみに、空を飛ぶグフールには俺の言葉は届かない。ジョーカーいわく、彼は飛ぶ時に何らかの風術を無意識に行使しているらしく、二つの風術が干渉し合った結果俺の言葉を遮るのだろうとのこと。そこで、バルカンとゲルーグルにひと働きしてもらったというわけだ。

 今後、グフールがもっと成長して風術をしっかりと制御できるようになれば、こういうこともなくなるだろうというのがジョーカーの見解である。

 なお、ゲルーグルの言葉は、バルカンの風術で俺へと伝わってくる。

 俺たち地上組も、一旦足を止める。その直後、空からグフールたちも舞い降りてきた。

「メセラ氏族の偵察によると、この先に傷ついたハーピーたちがいるらしい。まずはそのハーピーと接触する。だが、突然俺たちが姿を見せれば、ハーピーたちも警戒するだろう。グフール、おまえがハーピーたちの警戒を解いてくれ」

「はい、お任せください、リピィ様」

「傷ついたハーピーたちの治療はサイラァに任せる。いいな?」

「リピィ様の仰せの通りに」

「メセラ氏族と騎獣たちは、そのまま周囲の警戒を。何か近づいてくるようであれば、すぐに知らせろ」

「御意なり」

 俺の言葉に従い、メセラ氏族のダークエルフたちが周囲に溶け込むように姿を消す。もちろん、七色バジリスクも一緒だ。

 これだけの隠行術を、全く魔力を用いることなく使うメセラ氏族。ホント、こいつらが敵でなくて良かったとつくづく思う。

「あとは……ユクポゥとパルゥ」

「おう!」

「なに?」

「間違っても、ハーピーたちを食おうとするなよ?」

 一応、これだけは注意しないとな。

 っておい、兄弟たちよ。どうしてそこで残念そうな顔をするんだ? さては、本気で食うつもりだったな?

 危ない、危ない。予め注意しておいて良かった。

 俺は仲間たち──ユクポゥ、パルゥ、ジョーカー、サイラァ、ギーン、ゲルーグル、バルカン──を従えて、グフールに先導してもらいながら森の中を歩き出した。




~~~作者より~~~


 体調を崩しました。インフルエンザではないみたいですが、38度以下の熱が数日続いて下がりません。

 そのため、次回の更新は休ませてください。次は12月24日に更新します。

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