ハーピーとグリフォン




 リュクドの森の中に存在する、とある洞窟。

 そこにハーピーたちは隠れていた。

 このような洞窟は、この森の中のあちこちに点在する。そんな洞窟は、魔獣や妖魔の格好の棲み処となるわけだ。

 だが、本来であればハーピーはこのような洞窟を塒にはしない。彼らの領域は大空であり、その大空にもっと近い場所を棲み処とする。

 例えば、大木の幹に存在するうろだとかだ。他にも樹冠の上に簡易的な小屋のような物を造ることもあるし、鳥の巣のように木の枝などで足場を作っただけのようなものもある。

 そんなハーピーについて、改めて詳しい説明をしておこう。

 体の大きさは、大体俺と同じほど。具体的には3フィートと(約90センチ)ちょっとぐらい。グフールは上位種だからか、4フィート(約120センチ)ほどあるようだが。

 上半身は人間によく似ている。だが、下半身の方は鳥そのものであり、腰の辺りから羽毛に覆われ、鳥の尾羽のような尻尾もある。

 足は鳥足で鉤爪が備わり、この鉤爪こそがハーピーの主な武器となるわけだ。同時に、この足は意外と歩くことにも向いており、地上を歩いても不自由はしない。もちろん、彼女たちにとっては歩くよりも飛ぶ方が好ましいのは言うまでもないことだが。

 両手は翼となっており、両方の翼を広げると4フィート(約1.2メートル)を越える。

 この翼で空を自在に飛ぶわけだが、関節部分に器用に動く指──その数は4本──があり、この指を使って道具を使うことも作ることもできる。

 衣服を着るという習慣はないため、上半身はほぼ裸だ。時には木の実や動物の骨や爪などで作った装飾品を身に着けることもある。

 食性は雑食で、何でも食べる。彼女たち──ハーピーは実質女性ばかりの種族なので、子孫を残すためには他の種族の男性を利用する。人間やエルフ、時にはゴブリンなども利用して子孫を増やすようだ。

 他種族を襲い、男性を誘拐して樹上の住処に連れてくる。そこで交尾をすることで子孫を残す。そして利用済みの男性は、大体がハーピーたちの栄養となる運命を辿ることになるだろう。

 鳥と同じように卵生で、一度に二個から三個ほどの卵を産む。

 群れとしての繋がりが強く、単独で行動することはまずない。そのため、ハーピーに襲われる時は、大群となって襲って来るのが常だな。

 見た目はかなり美しい。人間によく似た上半身は美形揃いと言ってもいいほどだし、下半身も綺麗な色彩の羽毛に覆われており、目を奪われることは間違いない。だが、その実態は極めて残忍で恐ろしい妖魔。それがハーピーなのである。




 ハーピーたちが隠れていると思しき洞窟を、俺たちはグフールを先頭にして進んでいく。

 真っ暗な洞窟の中だが、特に明かりは必要ない。

 俺たちは全員暗視があるし、グフールも問題ないようだ。

 よく、鳥は暗くなると目が見えなくなると言うが、あれはほとんどが迷信らしい。暗くても鳥たちは問題なく見えているようだ。実際、夜に飛ぶ鳥もいる。もちろん、それは梟などの夜行性の鳥ではないぞ。

 そんなわけで、明かりを灯すこともなく洞窟を歩けば、すぐに広くなった場所へと出た。そこには傷ついた十数体のハーピーたちが、寄り添うように互いに身を寄せ合って蹲っている。

 ざっと見たところ、無傷の個体はいないようだ。全てのハーピーたちが、多かれ少なかれ傷ついているな。それだけ、激しい戦いを潜り抜けて必死にここまで逃げて来たのだろう。

「みんな!」

 仲間たちの様子を目にしたグフールが、悲しそうな声を上げる。そして、傷ついた仲間たちへと駆け寄っていった。

「ぐ、グフール様っ!?」

「ご無事でしたかっ!?」

「わ、我らが王がご帰還なされた……っ!!」

 グフールの姿を認めたハーピーたちが、わらわらと彼を取り囲む。だが、俺たちの存在に気づくと、警戒心も露わにじっと俺たちを睨み付けてきた。

「ま、待て! その者たちは敵ではない! 僕を助けてくれたんだ!」

 自分を守るように取り囲み、俺たちを警戒する仲間に対してグフールが叫ぶ。そして、ハーピーたちは困惑の表情を浮かべつつ、俺たちとグフールを何度も見比べ始めた。

「その者は……いや、その方は僕を助けてくれて、助力を約束してくださった《魔物の王》、リピィ様だ。みんな、警戒する必要はない」

 それでも、自分たちの「王」であるグフールの言葉は絶対のようで、ハーピーたちはすぐに俺たちへの警戒を解いたようだ。

「リピィ様たちは、グリフォンを撃退すると約束してくださった。我らもリピィ様と共に戦い、同胞を傷つけたグリフォンに反撃するぞ!」

 グフールの言葉に合わせて、ハーピーたちが戦意の篭った声を上げる。よしよし、ハーピーたちもやる気のようだ。

 後はどうグリフォンと戦うかだが、そこはジョーカー先生に全部任せよう。うん。




「……なんだと?」

 それは、ハーピーたちからもたらされた、とある情報。その情報に俺は思わず聞き返してしまった。

「はい、《魔物の王》様。私はこの目で確かに見たのです……我らを突然襲ったグリフォン。その背に、何者かが跨っていたのを」

 傷ついた、とあるハーピーが発したその言葉。

 つまり、グリフォンを操っている者たちがいる、ということか?

 一体何者がグリフォンを操り、ハーピーたちを襲ったのか。思わずジョーカーの方を見るが、奴は首を振っていた。どうやら、さすがのジョーカーもグリフォンを操る者たちに心当たりはないようだ。

 グリフォンに何者かが跨っているのを見たハーピーは他にもいた。どうやら、単なる見間違いではなさそうだ。

 おっと、そのことをあれこれと考える前に、まずはグリフォンについて知っていることを纏めてみよう。

 グリフォンとは体の前半分が猛禽、後ろ半分が獅子の姿をした魔獣のことである。

 そう、やつらはあくまでも魔獣であり、知能はそれほど高くはない。当然、言葉を操ることもない。

 背にある巨大な翼で、大空を自由に舞う。その体の大きさは、馬よりも一回りか二回りは大きいだろう。

 気性は荒く、飼い慣らすことはまず不可能。とはいえ、これはあくまでも人間社会での話なので、俺の知らない妖魔の種族が飼い慣らしている可能性はゼロではない。

 食性は肉食で、主に鹿などの大型の草食動物を狩って食べるようだ。

 時にグリフォンが、旅人が用いる乗用馬や馬車を牽く荷馬を襲うなんて話は有名だ。もちろん、有名というのは人間社会での話だが。

 その場合、襲われるのは馬だけで、人間に危害が及ぶ場合はまずないらしい。きっと、やつらにとって人間は小さすぎて「餌」として不適なのだろう。

 逆を言えば、人間がグリフォンと接触するのはそれぐらいだ。人間にとっては、あまり馴染みのある魔獣とは言えないの。

 伝承などでは、グリフォンが雌馬を孕ませると、ヒポグリフという別種の魔獣が生まれると言われているが、どうもこの説はでたらめらしい。なんせ、ヒポグリフという魔獣を見た者はいないのだ。

 もしかすると、世界のどこかにひっそりと存在しているかもしれないが、少なくとも俺は過去にヒポグリフを見たことはないし、実在するという話も聞いたことがない。

 しかし、実際に何らかの方法でグリフォンを手懐けることができれば、戦力としてもかなり大きいな。

 それに昔から、竜に跨る騎士や、グリフォンを駆る戦士の物語はある種の憧れだ。できれば俺もグリフォンに乗ってみたい。

 ん? 竜に乗ったことがあるだろうって? 確かに竜に乗ったことはあるが、その竜ってのはあの腐竜だぞ? あんなものは数に入れたらダメだろう。

「単に手懐けたのではなく、何らかの魔封具で操っているって線もあるよね」

 なるほど。確かにジョーカーの言う通りだ。もしもその場合は、グリフォンを操る魔封具とやらをいただけばいい話だ。

 逆にそっちの方が簡単で話が早いってものだな。

「何はともあれ、まずは偵察かな? 相手がグリフォンとそれを操る者たちだということは分かっているけど、それ以上は何も情報がないからね。まずは相手に関する情報を集めるべきじゃないかな?」

 俺はジョーカーの提案に従い、まずは敵であるグリフォンどもを偵察するため、メセラ氏族のダークエルフ数人を斥候として送り出した。




 斥候として送り出したメセラ氏族のダークエルフたちが戻る間、俺たちはグフール配下のハーピーたちから襲われた時の状況を詳しく聞き出す。

 同時に、サイラァが傷ついたハーピーたちを命術で癒していく。

 なぜか頬を赤らめ、なぜか息荒く、なぜか恍惚とした表情を浮かべながら命術を行使するサイラァを、ハーピーたちが実に気味悪そうに見ていたが……まあ、いつものことだ。

 そしてハーピーたちが言うところによると、グリフォンたちは夜間に突然襲いかかってきたとのことだ。

 夜の闇に紛れ、ハーピーの集落を襲った数体のグリフォンたち。ハーピーも夜目が利くとはいえ、基本は昼行性の妖魔である。つまり、彼女たちは寝ているところを奇襲されたわけだな。

 本来、グリフォンもまたハーピー同様に昼行性のはずであり、夜間に活動することはない。

 そのグリフォンが夜間にハーピーを襲った。これもまた、グリフォンが何者かに操られているという証拠と言えるだろう。

 ハーピーは団結力は強くとも、個体個体の戦闘力はそれほど高くはない。それに、ハーピーとグリフォンを比較した場合、やはりグリフォンの方が強い。

 自分たちよりも強者であるグリフォンに、夜間に奇襲を仕掛けられる。この状況でハーピーたちが敵うわけもなく、彼女たちは防戦一方となり、多くの仲間を失うことになったという。

 それでも、自分たちの「王」であるグフールだけは何とか逃がすことに成功し、生き残ったハーピーたちはこうして洞窟に逃げ込むことができたらしい。

 この洞窟は道幅も広く、バルカンでも余裕で入ることができる。だが、ハーピー同様に大空が領域であるグリフォンは、このような洞窟に入り込むことはない。

 つまり、ここは格好の避難所というわけだ。

 だが、グリフォンが何者かに操られている以上、ここも絶対に安全とは言えないだろう。今のうちに、反撃の準備をする必要があるな。

「グリフォンと戦う場合、やはり最大のネックは相手が空を飛ぶことだろうね」

「ああ、ジョーカーの言う通りだ。相手が空にいるのでは、こちらの剣や槍は届かないからな」

「何とかして、連中を地上に引きずり下ろさないといけないだろうね」

 と、俺とジョーカーが対グリフォン戦の作戦を練っていると、突然背後に気配が生じた。

「《白き鬼神》よ。ただいま偵察より戻ったなり」

 振り返れば、跪いてそう告げるナリがいた。

「それで、グリフォンどもの様子はどうだった?」

 俺がそう問えば、ナリは覆面の奥から真剣な声を発した。

「我が王に告げるなり。あれは……我が見たあれは、グリフォンではないなり」

 ────なんだと?



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