新たな来訪者




「ワタシ、孕んだ!」

 何とも衝撃の強い言葉だ。

 しかも、俺の妹分であるパルゥから聞かされると、その威力は倍増しだ。

 思わず指先をこめかみに当てながら、たっぷり数呼吸分を沈黙する。

 そして。

「…………で? 相手は誰だ?」

「さあ?」

 俺の質問に、こきゅっと首を傾げるパルゥ。

 おいおい、相手が誰か分からないってどういうことだ?

「ワタシ、身体大きくなってからいっぱい交尾した。だから、誰の種を孕んだのか分からない」

 パルゥの姐御は、しれっとそんなことを言ってくださる。

 まあ、なんだ。そもそも、ゴブリンに人間と同じような貞操観念を求める方が間違いってものだよな。

 誰もが知るように、ゴブリンという種族は繁殖力が高い。つまり、それだけ交尾する欲求が高いということでもある。そして、それは雄だけではなく雌にも言えることであって。

 俺が知らないだけで、パルゥはそれなりの相手と交尾を繰り返していたらしい。

 同じ兄弟分であるユクポゥや、ムゥたち黒馬鹿三兄弟、そしてザックゥなど、俺の配下の主だった実力者たちとはほとんど交尾をしたとパルゥは語った。

 さすがに人間である隊長や、ダークエルフたちとは交尾していないようだが。

 更に言えば、普通種のゴブリンたちとは交尾をしていないらしい。つまり、パルゥが相手にするのはそれ相応の実力を伴った連中ばかりということか。

 その辺りは、「より強い子孫を残す」という生物の根本的な本能から来ているのかもな。

「確か、ゴブリンの妊娠期間は大体半年ぐらいだったかな? そして、生まれた子供も半年ぐらいで成体になる。しかし、上位種であるパルゥくんが母体だ。それが当てはまるかどうかは、僕にもよく分からないね」

 俺と一緒にパルゥの話を聞いていたジョーカーが教えてくれた。

 とにかく、パルゥは半年ほど荒事から遠ざけた方がいいってことか?

「うーん、人間の妊婦じゃないから、多少のことなら大丈夫じゃないかな? さすがに、僕もゴブリンの妊婦の詳しい情報なんて持っていないからねぇ」

 そりゃそうだ。まあ、パルゥのことは様子見ってことで、ひとつ。




 ところで、そのパルゥのお腹の子の父親最有力候補── 一番交尾した回数が多いらしい──である、ユクポゥはどこだ?

 いつもならほとんどパルゥと一緒に行動しているはずだが、今は奴の姿が見えない。

「ユクポゥさんなら、お肉を狩りに行くって言っていましたよ?」

 今度はクースが俺の質問に答えてくれた。

 妊娠中のパルゥを気遣ってのことか、それとも単に食欲を優先させたのか。理由はともかく、ユクポゥは単身で狩りに出かけたようだ。

 ユクポゥなら、たとえ単身でも腐竜ぐらいの相手じゃないと後れを取ることもないだろうし、放っておいてもいいだろう。

 そしてしばらく後。やはりユクポゥは無事に帰って来た。しかも、珍しい獲物を捕まえて。

「クース! おっきなトリらまえた! すぐにウマいヤキトリに進化させてくれ!」

 自慢げにユクポゥが俺たちにその獲物を見せる。どうやら気を失っているだけで死んではいないらしく、ユクポゥが捕らえた獲物は小さくうめき声をあげている。

「へえ、随分とまた珍しい獲物を捕まえたものだね」

 感心半分呆れ半分といった感じで、ジョーカーがその獲物を見て言う。

 だが、ジョーカーの言う通りだ。こいつは確かに珍しいな。

「おい、ユクポゥ。こいつは鳥じゃなくて、ハーピーだ」

「はっぴー? ナニそれ? ウマい鳥なのか?」

 いや、鳥と言えば鳥かもしれないが……こいつ、分類上は妖魔の一種だからな。

 半人半鳥の妖魔であるハーピー、身長は俺とほぼ同じぐらい、つまり4フィート(約120センチ)ほどだ。

 だが、頭部と胴体──上半身──は人間にそっくりだが、その手足と下半身は鳥のもの。足は鉤爪を備えた鳥足で、両腕は翼になっている。だが、翼の途中の関節部分に器用に動く四本の指も有していて、この指を用いて道具を扱うこともできるのだ。

 腰から下は羽毛に覆われ、尻にはしっかりと尾羽もある。

 そんなハーピーの最も有名な点は、その種族が雌個体ばかりで構成されることだろう。

 つまり、子孫を残すためには他の種族の雄の種を用いるのだ。

 しかし。

「このハーピー……見たところ雄……男じゃね?」

 そう。

 ユクポゥが捕らえてきたハーピーの見た目は完全に男性、それも年若い少年のものだった。




 ハーピーという種族は、十数体から数十体で群れを構成し、その群れごとに生活する。

 生活する場所は奥深い森など。つまり、このリュクドの森はハーピーの格好の棲み処と言える。

 リーリラ氏族のグルス族長に尋ねたところ、やはりこの森の中にはそれなりに大きなハーピーの群れがあるらしい。

 しかし、リーリラ氏族はこれまでハーピーたちと接することはほぼなく、互いに無視し合う関係だったとか。

「しかしハーピーの雄とは、また珍しいですな」

 いまだ気を失ったままのハーピーの少年を見つめつつ、先程ハーピーに関する情報を教えてくれたグルス族長が呟く。

「確かにハーピーはそのほとんどが雌だけど、ごく稀に……それこそ、10万体か20万体に1体ぐらいの低確率で、雄が生まれるという話を聞いたことがあるよ。もちろん、その雄ハーピーを実際に見るのは僕も初めてだけどね」

 ほう、そうなのか。俺はハーピーという種族は雌しか生まれないと思っていたぞ。

 ジョーカーの言うことが本当なら、そりゃあハーピーの雄を見ることはまずないよな。

 俺も今まで──何度も繰り返す転生を含めても──雄のハーピーを見たのはこれが初めてだ。

「それで、このトリはウマいのか?」

「ウマいヤキトリ! 早く食べる!」

 ユクポゥとパルゥだけは、いつも通りだな。

 だが、さすがにこの雄ハーピーを食べるわけにはいかないだろう。少なくとも、まだ生きているようだし。

「とにかく、怪我の治療をしよう。サイラァ、頼む」

「……は、はぁ……はぁ……しょ、承知致しました」

 実はこの雄ハーピー、全身が傷だらけなのだ。それはユクポゥがつけた傷ではなく、発見した時には既に傷だらけで、森の中で気を失って倒れていたらしい。

 まあ、ユクポゥがこのハーピーを傷つけたのなら、とっくに死んでいるだろうし。

 生々しい傷や流れ出る血を見て、いつものようにサイラァは頬を紅潮させつつ息を荒げている。こいつも本当にブレないよな。




「……ん、……んん……」

 サイラァが命術で雄ハーピーの怪我を治してしばらく。

 その雄ハーピーが意識を取り戻した。

「こ、ここは……?」

 朦朧とする頭を振りつつ、雄ハーピーは周囲を見回す。

 そして、俺たちのことを見ると、目を丸くして背後に飛び退った。

「ご……ゴブリン! そ、それにダークエルフ……っ!?」

 元々良くはない顔色を更に悪くさせ、雄ハーピーは俺たちを見回す。

「く……っ、ぼ、僕をどうするつもりだ……? た、食べるつもりか……?」

 おいおい、ユクポゥにパルゥ、その涎を何とかしろ。雄ハーピーが誤解するだろ?

「安心しろ。おまえを食べるつもりはない。それより、ちょっと話を聞かせてくれるか?」

「……し、白い……ゴブリン? そ、そんな変なゴブリンのことは聞いたこともないぞ……」

 怯えつつも、不思議そうな顔をする雄ハーピー。意外と器用なやつだな、こいつ。

 ふふふ、おもしろい。やっぱりこいつは俺の配下にしよう。

 そう。

 俺はこのハーピーを見た時から、配下にしようと考えていた。なんせ、空を自由に飛べるハーピーは、戦略的な価値が極めて高い。

 そりゃもう、配下に欲しくなるに決まっているだろう? 可能であれば、こいつだけじゃなく群れの一つも支配したいところだ。

「で? どうしておまえはあんなに傷ついて、森の中で倒れていたんだ?」

 俺の問いかけに、雄ハーピーははっとした顔をする。

「そ、そうだ……っ!! ぼ、僕の群れが突然数体のグリフォンに襲撃されて……み、みんなが僕を逃がそうと必死にグリフォンに……」

 なるほど。こいつが属する群れがグリフォンに襲われたか。

「そ、それで……僕は必死に逃げて……さ、最近、この辺りに新たな《魔物の王》が現れたという噂を聞いて、その《魔物の王》に助力を願いに……」

 ほう、それはおもしろいじゃないか。

「いいだろう。おまえのその願い、この俺が叶えよう。だが、それには見返りが必要だぞ? おまえは群れを救う対価として、俺に何を差し出す?」

「え……? も、もしかしておまえ……いえ、あなたが……?」

「そう。この俺が新たな《魔物の王》、そして、《白き鬼神》と呼ばれるリピィだ」

 俺ははっきりとそう名乗る。今後は積極的に《魔物の王》を名乗っていくつもりだ。もしもそれに反感を覚えて俺につっかかってくる者がいれば、それは返り討ちにするか、徹底的に叩いてから配下に加えるかすればいいしな。

「ぼ、僕はグフール。ハーピー・プリンスのグフールと言います。僕の群れを助けていただけるのであれば、今後は《魔物の王》であるリピィ様に忠誠を誓いましょう」

 よし! その条件こそ、俺が望んでいたものだぜ。




 となると、すぐにでも出発するべきだな。

 俺の配下に加えるべきハーピーの群れが、グリフォンどもに滅ぼされてしまっては意味がない。

 だが、今回の敵は空を飛ぶグリフォンだ。グフールの話によれば、その数は十体にも満たないそうだが、個々の強さはエルダー・マンティコアであるバルカンと同等らしい。

 つまり、かなりの強敵ということだ。

 しかし、グリフォンが十体近くか。できればそのグリフォンたちも欲しいが、それよりも優先すべきはハーピーたちだ。ハーピーたちを救うためなら、グリフォンは全滅させるつもりでかからないといけないだろう。

「ジョーカー、バルカン、ゲルーグル、サイラァとギーンは外せないな。後は……」

 ユクポゥとパルゥはどうするかな? 相手が空を飛ぶ以上、飛び道具のない兄弟たちは相性が悪いが。

「だーいじょーぶ! まーかせて!」

「グリフォンって美味しい? ねえ、美味しい?」

 うん、二人とも行く気マンマンだ。そして、食べる気もマンマンだ。だけど、パルゥは無理するんじゃないぞ? 一応、腹に子供がいるんだからな。

「グルス族長。ハーピーの住み処は分かるか?」

「ハーピーたちの住み処は、この集落から一日ほど行った所でしょうか。その雄ハーピー……グフールとやらがいれば、途中で迷うこともありますまい」

「それもそうだな。おい、グフール。途中の道案内は任せるぞ?」

「はい、お任せください!」

 まずは俺とゲルーグル、そしてバルカンで先行する。残りの連中は、ジョーカーの魔術で強化を受けながら、森の中を進んでもらうとしよう。

「僕が〈加速〉と〈身体強化〉の魔術を併用するから、半日ほどで追いつくと思うよ」

 よし、話は決まりだ。

 俺とゲルーグルはバルカンの背に跨り、先導するグフールを追うようにして大空へと舞い上がった。



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