族長たちとの会合



「さて、今後についてだが……」

 俺は集った面々を見回しながら言葉を発する。

 今、俺たちがいるのはリーリラ氏族の集落の中央の広場だ。そこで地面に直接座り込み、今後の方針について相談している。

 この場にいるのは、俺の他にはジョーカーとサイラァ、そして、リーリラ、ガリアラ、ガララ、マートラ、バガラ、メセラの各氏族の族長たち。

 マートラとバガラ、メトラは先日以来、リーリラの集落に滞在していた。ガリアラとガララについては、今日の会談のためにわざわざ来てもらった。

 それはいいのだが……。

「……ゴンゴ族長……」

「言うな、白いの……いや、聞かないでくれ……」

 この前会った時に比べると、ずいぶんとげっそ……いや、痩せたガリアラ氏族のゴンゴ族長。その傍らには、身を寄せるようにゴブリン・キングのドゥムがいる。

 うん、すっげぇ機嫌良さそうだな、ドゥムのやつ。肌も妙につやつやしている気がするし。

 何があったのかは、ゴンゴ族長自身が言うように聞かないでやろう。

 いやー、俺って優しいなー。

「今後は俺が《魔物の王》を名乗ったことをリュクドの森の内外に積極的に広めていき、それに歯向かう連中は倒すか従わせる。そして、最終的にはやがて来るだろう人間の《勇者》を打倒する。それが最終的な目標だ」

「人間の《勇者》ですか……確か、先代の《魔物の王》も、《勇者》と相討ちになったのでしたな」

 リーリラ氏族のグルス族長がそう言えば、他の族長たちも一斉に頷いた。まあ、その《魔物の王》と相討ちになった《勇者》ってのが、他ならぬ俺なのだがな。

「人間たちの都に潜入したリピィ様の配下からの報告によれば、既に人間たちには《勇者》が現れている。しかも、その《勇者》は先日このリュクドの森に侵攻した、人間たちの軍を率いていた者でもあるとか」

「ふむ……先日の侵攻は、我々ガララ氏族には何の影響もなかったが……我らも《白き鬼神》に従う以上、今後は無関係とは言えぬな」

「まこと、そうでありますな」

「然り」

「なり」

 ガララ氏族のガウス族長の言葉に、三人の族長たちも追従した。

 彼らも既に俺に従った身だ。次に何かあれば無関係ではいられないからな。今後は各氏族の間の繋がりを密にしていく必要があるな。

 俺は隣にいるジョーカーをちらりと見る。

「おっけー。各氏族間に、連絡手段を構築するよ。僕に任せて!」

 ぐっと骨だけの親指を突き出すジョーカー。相変わらず、俺の考えを的確に読むやつだな。まあ、便利だからいいけど。

 しかし、連絡手段というが、どういったものだろうか? おそらくは、これまでのように、使い魔を使ったものだとは思うが。

「そのために必要なものを取りに、ゲルーグルくんがいた遺跡にもう一度行く必要があるんだ。移動手段として、バルカンくんをちょっと借りるよ」

 ん? ゲルーグルのいた遺跡と言えば、あの古代の神殿の跡地だよな? あんな所に何があると言うんだ? 使い魔を作るために必要な触媒とかか?

 まあ、その辺りはジョーカーに任せておこう。それにバルカンもここ最近は暇そうだし。

「じゃあ、早速行ってくるねー」

 ジョーカーはひらひらと手を振ると、そのまま広場を立ち去っていく。本当にこのままあの遺跡に行くつもりのようだ。

「ジョーカー殿の準備が整うのを待ち、我らの足場固めといきましょう。そして、それが終わり次第──」

「ああ。まずはこのリュクドの森を俺の『領土』とする。それが成った時、俺は名実ともに《魔物の王》となるだろう」

 俺の言葉に、六人の族長たちは深々と頭を下げた。




「よう、リピィ! 元気だったか?」

 晴れ晴れとしたで、俺にそう言ってきたのはギーンだ。

「おい、ギーン。珍しく今日は一人か?」

「ああ、あのオバサ……いや、あの火竜は、ガリアラ氏族の年若い少年たちに夢中のようだからな。俺はこうして自由の身ってわけだ」

 なるほど。この前ガリアラ氏族の集落に行った時、あの腐竜はギーンより年下の向こうの少年たちに夢中だったからな。

 今、やつの興味はその少年たちにあるってわけか。

「これで俺も自由に動けるようになったからな! これからはおまえの手伝いもできるぜ! 何でも言ってくれよな!」

「おう、期待しているぜ。ところで、気術は使えるようになったのか?」

「…………聞くなよ」

 途端、表情を暗くするギーン。

 こいつ、まだ戦士になることを諦めていないのか。どう考えても、ギーンの適性は魔術にあるのに。

 父親に対する憧れが強すぎるのも考えものだな。

「まあ、精々がんばれ。俺にできることがあれば、協力するから」

「お、おう……」

 ホント、がんばれ。でも、ほどほどにな。




 さて。

 ダークエルフの氏族六つを従えたことで、俺の戦力はかなり充実したと言っていいだろう。

 更には食料と武具の供給にも目処がついた。今後はこれら二つを蓄えつつ、更なる戦力の拡大と「領土」の確保を進めていく。

 まあ、それが当面の目標だな。

 それに、そろそろムゥやザックゥたちも戻ってくる頃だろう。そうすれば、戦力は更に大きくなる。

 待っていろよ、ミーモス。おまえも《勇者》としての立場を確立しているようだが、こっちだって順調に足場を固めているんだ。

 約束通り、次に会う時が決着の時だからな。

 などなど、各氏族の族長たちとあれこれと打ち合わせをしている間に、瞬く間に数日が過ぎた。

「やあ、ジョルっち、ただいまー」

 と、にこやかに手を振る骸骨が一体。もちろん、ジョーカーである。

 布製と思しき大きな袋を担いだジョーカーが、古代の神殿から帰って来たのだ。

「これが前に言っていた、氏族間で連絡を取る装置だよ。詳しいことは説明しないけど、まあ、特殊な魔封具マジックアイテムだと思ってくれるかな」

 そう言いながらやつが袋から取り出したのは、一抱えほどの大きさの金属製の箱と、耳を覆うような形で頭部に装着するらしい物だった。

 この頭部に装着するらしい物、耳を覆う部分から口元に細長い管のような物が突き出している。何だ、これ?

 正直言って、俺にはこれが何なのか全く分からない。ジョーカーが言うように、連絡を取るための「何か」なのは間違いないだろうが。

「族長のみんなには通信ヘッドセット……つまり、子機の方を一人一つずつ配るから、使い方をしっかりと覚えてね。あ、別に族長本人が直接覚えなくても、側近の誰かでもいいよ。とにかく、氏族に一人はこれが扱える者がいるようにして欲しいな」

 と、ジョーカーはまず鉄の箱を俺の家に設置した。

 何でも、風雨に晒されない明るい場所に置くのが望ましいそうだ。

 光がどうの、チクデンがどうのと言っていたが、ジョーカーの言うことは相変わらずだから適当に聞き流したのは言うまでもない。

 そして、頭部に装着する方を各族長たちに配る。

「──とまあ、こうして操作すれば、ジョルっちの家に置いたこの通信機……じゃない、魔封具に繋がって、声を届けることができるってわけさ。ちょっと実験してみるね」

 と、ジョーカーは俺の家に置いた箱を操作した後、「へっどせっと」とかいう方を持って家の外に出た。そしてしばらくすると、箱からジョーカーの声が聞こえてくる。

『あー、あー、テステス。どう、ジョルっち、聞こえる?』

「おう、聞こえるぞ。しかし、遠く離れた相手に声を届ける魔封具か。こいつは凄いな」

 もちろん、俺にこの魔封具の原理や理屈はわからない。だが、こいつが凄いシロモノだということは分かる。

 これ、行軍中や展開中の軍で使えば、詳しい指示が瞬く間に前線まで届くってことだろ?

『ジョルっちが何を考えているか、大体分かるけどさ。それはちょっと難しいかもしれないよ?』

 箱から聞こえるジョーカーの声。こいつ、離れていても俺の考えを読むのか。

『通信機の親機……つまり、ジョルっちの家に設置した箱だけど、こいつは元々荒事にも耐えられる設計だからいいとしても、子機のヘッドセット……族長たちに渡した方は数がこれっきりだから、少数ならともかく大軍の指揮には使えないんだよね』

 なるほどな。確かに数が限られていれば、大軍の隅々にまで指示を送ることができないか。それでも、要所要所で使えば、かなり効果的だと俺は思うぞ。

「後の問題は……壊れたら修理が難しいことかな? 技術的なことじゃなくて、部品パーツ的な問題でね。それ以外だと……通信衛星がいつまで使えるかだねぇ」

 ジョーカーの奴は何やら呟いていたが、最後の方は小声だったから上手く聞き取れなかった。

 その後、オヤキとかいう俺の家に設置した魔封具から、コキとかいう族長たちに渡した物へと声を送る実験もした。

 族長たちは全員興味津々で、早速「へっどせっと」とやらを頭に装着する。

「な、なんと……っ!!」

「み、耳元から《白き鬼神》様の声が!」

「も、もしやこれは本来、神々より天啓を授かるための神器なのでは……?」

「これは奇々怪々なり」

 とまあ、ガララ、マートラ、バガラ、メセラの族長たちは大興奮だった。

 一方、リーリラとガリアラの族長は、今更ジョーカーのすることに驚きはしないみたいだな。

 彼らはあの巨大魔像を見ているし、これぐらいではもう驚かないのだろう。

「一応、ヘッドセットも光蓄電式だから、時々は明るい場所に置いておいてくれるかな?」

 と、最後にジョーカーが言っていたが……果たして、族長たちは聞いていただろうか。まあ、側近たちが聞いているみたいだから、問題はないだろう。うん。




 その後、各族長たちはそれぞれの集落へと戻っていった。

 その時、ガリアラのゴンゴ族長が俺に何か言いたそうだったが、俺は気づかない振りをした。男女のことに俺は関わる気はないのだ。

 だが、そうとも言っていられないことがこの後すぐに起きたのだ。

 それは、俺の兄弟分であるパルゥの衝撃的な一言から始まった。


「ワタシ、孕んだ!」


 ……………………念のために言っておくが、相手は俺じゃないからな?


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