第6章

集う力



「駒と駒が接触したですって? あ、あり得ないわ、そんなこと……っ!!」

「確かに、これまで駒同士が接触したことはなかった。あるとすれば、それは最終決戦という局面のみ。今回のように、ように会話を交わしたことはなかったね」

 苛立たしそうに、その場をうろうろと歩き回る女性。対して、男性は柔らかなソファに腰を下ろし、楽しそうに女性の様子を眺めていた。

「どうして……どうしてこんな状況になったのっ!? あいつらは単なる敵同士、出会えばただ殺し合うのみ……そう思い込むようにあるはずでしょっ!?」

「確かに君の言う通りだ。もしも駒同士が友情を深めたりでもしたら、僕たちの遊戯ゲームは成り立たないからね」

 男性はそう言いつつ立ち上がると、部屋の片隅に設置してある小さな箱の前へと足を進ませる。そしてその箱の扉を開ければ、中から室内の空気よりも少しだけひやりとした空気が漏れ出てくる。

 そのことを全く気にする素振りも見せず、男性は箱の中から一本の瓶を取り出す。

 その瓶に満たされている赤黒い液体は酒だろうか。更に箱から美しいガラス製のグラスを二つ取り出すと、男性は瓶の中身をそのグラスへと静かに注いだ。

「まあ、これでも飲んで落ち着きなよ」

「嫌よ、そんな不味いモノ!」

「仕方ないだろう。かつては極上のワインだったけど、さすがに時が流れすぎた」

 女性の言う通り、男性が差し出したワインはとても不味く、飲めたものではない。確かにワインはある程度寝かせて熟成させた方が味わいが増すが、それも限度というものがある。

 ワインの味が熟成を通り越し、不快と思えるほど不味くなるまで、いかなる時が必要だろうか。

「それとも、『下』からワインを取り寄せるかい? 少なくとも、よりはマシな味がするだろうさ」

「それはもっと嫌! どうして私が、『下』の飲食物なんて口にしないといけないの? 『下』の物を口にするぐらいなら、の方がマシよ!」

 女性は乱暴にグラスを取り上げると、一気にその中身を飲み干した。

「…………何回飲んでも、やっぱり不味いわ……!」

「でも、もうこれしか残っていないからねぇ」

 くつくつと静かに笑う男性と、その男性を目を細めて睨む女性。

 そんな彼らの足元には、蒼い球体が静かに浮かんでいた。




 リュクドの森。リーリラ氏族の集落に戻った俺を出迎えたのは、見覚えのないダークエルフたちだった。

「お初にお目にかかる、《白き鬼神》様。我はマートラ氏族の長を務める者です」

「同じく、バガラ氏族の長であります」

「我、メセラ氏族の長なり」

 え、えーと?

 俺の前で跪き、深々と頭を下げるダークエルフたち。彼らの言葉からそれぞれの氏族の長らしいが……つまり、そういうことか?

「そういうことだろうねぇ。彼らは君に恭順する道を選んだんだよ」

 俺の隣に立つジョーカーが、ぐっと親指を突き立てながらそう言った。相変わらず俺の思考を読んでいやがる。

「リ―リラ、ガリアラ、ガララに続き、三つの氏族がリピィ様に従うことになりますな」

 と、何度も頷きながらそう言うのは、リーリラ氏族の長であるグルス族長だ。

「我らマートラ氏族、《白き鬼神》様が成した数々の偉業を聞き、配下に加わることに致しました。何卒、御身の旗の下に加えていただきたく」

「バガラ氏族も同様にございます。是非、我らも貴殿の配下に!」

「メセラ氏族、従うなり」

 ダークエルフにしては珍しく、ふくよかな体形のマートラの族長。マートラ氏族は、食料の栽培に長じた氏族らしい。

 ダークエルフたちが好んで食べる芋や木の実を育て、時には食料不足に困る氏族へと配給することもあるそうだ。

 反面、戦闘力はそれほど高くはないらしい。

 いや、いいじゃないか。食料の確保は極めて重要だ。特に、これからどんどん大きくなるであろう《魔物の王》の軍勢を支えるのに、大きな力となってくれるだろう。

 対して、バガラ氏族の族長は女性だった。すらりとした長身の美しい女性だ。

 そして彼女いわく、バガラ氏族とは道具作りに長けた氏族とのことだった。

 ダークエルフはエルフ同様、あまり金属製品を好まない。だが、バガラ氏族だけは違った。彼らは森の中でも山岳の麓付近に集落を築き、鍛冶を行なうのだ。そして、その技術力はドワーフと遜色ないという。

 おお、これもいいな。装備の補給と補修を任せられる。装備もまた、食料と同じく重要な要素だ。

 たとえ普通種のゴブリンでも、棍棒と金属製の剣、どちらを持った方が強くなるか考えるまでもない。

 最後のメセラ氏族。この氏族の族長はよく分からない。

 なぜなら、覆面で顔を隠しているからだ。とはいえ、覆面から飛び出した褐色の長い耳は、間違いなくダークエルフのもの。

 外見から分かるのは、その身長がかなり低いことか。ダークエルフは人間と遜色ない身長をしているものだが、メセラの族長は俺よりも低いぐらいだった。

 で、彼らが得意とするのは、ずばり暗殺。ただでさえダークエルフは〈姿隠し〉によって恐るべき暗殺者と化すが、彼らは独自の技術で更に上をいく暗殺術を有しているという。

 〈姿隠し〉は精神の集中が乱れれば効果を失うが、メセラ氏族が使う独自の隠行術は、多少精神が乱れたぐらいでは効果を失うことはないそうだ。つまり、姿を隠したまま攻撃を行なえるということ。これがどれほど恐ろしいか、これまた考えるまでもなく分かるだろう。

 いい。

 いいじゃないか。

 どの氏族も極めて有能と言える。これで、数的にも質的にも俺の配下は一回り大きくなったと言っていいだろう。




「で? おまえらは無条件で俺の下につくのか? それとも、何か条件があるのか?」

 俺が尋ねれば、マートラ氏族の族長が頭を上げながら答えた。

「現在、《白き鬼神》様はリーリラ、ガリアラ、ガララの三つの氏族に加え、ゴブリン、オーガー、トロルといった勢力も配下に収めておられます。つまり、《白き鬼神》様の勢力は、このリュクドの森の中でも最も大きなものの一つと言えます」

「もしも御身がその気になれば、我らの氏族を飲み込むのは難しくありますまい。であれば自ら御身に下ることで、我らの安寧と御身の元での地位を固めるが賢き選択でありましょう」

「我、死にたくないなり」

 なるほど。実に妖魔らしい判断だ。

 自分たちより確実に強い者には、敵対したくない。だからといって、素直に恭順したとしても、どのような扱いを受けるかは全く分からない。

 しかし、俺は……《白き鬼神》は、既に三つのダークエルフの氏族を配下に収めている。そして、そのダークエルフたちを重用してもいる。

 であれば、自分たちも素直に俺に下ることで、氏族の存続と安寧を得ることを選択したってわけだ。

「いいだろう。おまえたちの力、俺の下で存分に発揮してくれ」

「御意」

「承知致しました」

「なり」

 こうして、俺の配下に新しい勢力が加わった。

 って、メセラの族長よ。その返事は承知したってことでいいんだよな?




「…………な、何という……っ!! こ、こんな調理方法があったとは……っ!?」

 クースが作った料理を一口食べた途端、マートラの族長が絶句した。そして、我に返ると猛然とその料理を掻っ込んでいく。

 まあ、分からないでもない。人間って種族は、「想像」と「創造」にかけては他の種族よりも群を抜いているからな。

 新しいものを考え出し、新しいものを創り出す。それがとても難しいことなのは、今更言うまでもないだろう。

 その難しいことを、人間は割と簡単に成し遂げてしまうのだ。もしかすると、それこそが人間が秘めた本当の力なのかもしれないな。

 ダークエルフのマートラ氏族とて、これまで様々な素材を用いた調理法を考案してきたはずだ。だが、人間の創意と工夫は、それを通り越していたみたいだ。

「言ってみれば、和食しか知らなかった調理人が、中華や洋食の味を初めて知ったようなものだからね。そりゃあカルチャーショックも受けるだろうね」

 無心でクースの料理を食べるマートラ氏族の族長を見ながら、ジョーカーが肩を竦めた。相変わらず、こいつの言うことはイマイチよく分からんぞ。まあ、いつものことだが。

 もちろん、バガラとメセラの族長たちも、クースの料理を食べて目を丸くしている。なお、三氏族の族長たちは、単身でここに来ているわけじゃない。数人の側近を伴ってリーリラの集落へ来ている。

 その側近たちも、無言で食べまくっている。

 相変わらず凄まじい威力だな、クースの料理は。〈料理将軍〉の二つ名は伊達じゃないぜ。



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