閑話 古代の遺産


※ご注意!

 今回、かなりのネタバレを含み、そのため文章はあえて短くしてあります。









 嫌な臭いが充満している、暗闇に包まれた地下通路。

 臭いの元は、ここに住み着いているゴブリンたちの食べ残しや雑多なゴミ、そして排泄物などだ。

 もちろん、この場所──時の流れに飲み込まれ、朽ち果てようとしている古代の神殿──に暮らすゴブリンたちは、この臭いを気にすることはない。

 例外といえば、この遺跡の支配者である少女の姿をしたゴブリン・キングと、その側近のハイゴブリンぐらいだろう。

 だが、彼らは自分たちが居室としている場所から、余程のことがないと出てこない。例えば、外敵が襲撃してきたり、《魔物の王》を名乗る白いゴブリンが訪ねてきたり、だ。

 そんな悪臭漂う神殿跡の地下を、一人の人間……いや、一体の骸骨が歩いていた。

 明かりなど一切ない完全な暗闇の中、まるで見えているかのようなしっかりとした足取りで。

 いや、見えている。彼にはこの暗闇の中、地下通路の全貌がはっきりと見えているのだ。

「うんうん、暗視センサーは相変わらず正常、と。聴覚センサーも問題なし。だけど、さすがに嗅覚センサーは、今だけオフにしておかいないとね」

 誰に言うでもなく、その骸骨は暗闇の中で呟いた。

 骸骨が歩く度、かたかたと全身の骨が僅かな音を立てる。

 もしもその骸骨の身体に肉や皮膚があれば、口笛でも吹いていそうな軽い足取りで、真っ暗な地下通路を迷いもなく歩いていく。

 やがて、通路は小さな部屋へと繋がった。かつて──この遺跡が神殿として機能していた頃──は、倉庫か何かに使われていたのだろう。

 だが今は、その名残を思わせる木製の棚か何かの残骸が、乱雑に散らばるだけだ。

「んー、過去のパターンからいくと、多分ここだと思うけど……」

 地下の小部屋の壁に触れながら、骸骨はゆっくりと歩く。だが、小さな部屋ということもあり、すぐに部屋の中を一周してしまう。

「あれ? ここじゃないの? てっきり、ここにあると思ったのに……じゃあ、どこにあるのかな?」

 骸骨は骨だけの腕を組み、頭を……頭蓋骨をやや傾げて考える。だが、すぐに考えるのを止めると、元来た真っ暗な地下通路を再び歩き出した。




「いやー、まさかこんな所にあったとはね。こういうのを、大昔にあったらしいとある島国の言葉で、『灯台下暗し』っていうんだろうねぇ」

 今、骸骨がいるのはかつて礼拝堂として使われていた場所──この神殿遺跡の中心部とも言える場所である。

 朽ち果てた幾つもの長椅子、そして、部屋の奥には祭壇だったらしき台座跡、そして、床には砕かれた神像。

 その神像を眼球なき空ろな眼窩が静かに見下ろす。

「かつては世界で最も有名だった聖人も、今では覚えている者さえいない、か」

 人々の全ての罪を背負い、両手両足に釘を打たれて十字架にかけられたと言われるその聖人は、処刑の三日後には復活して弟子たちの前に姿を見せたという。

「今ではキーリ教団……キーリジスクラスイエ教団の名前の元になっているだけだからね。もっとも──」

 骸骨はふと天井を見上げた。いや、彼が見ているのはこの地下礼拝堂の天井ではない。それよりももっと遥か高みにあるだった。

「その名前だって、が聖人の名前……ギリシア語と英語を適当にごちゃ混ぜにしただけの、アナグラムとさえ呼べないものだけどさ」

 僅かに肩を竦めながら、骸骨は倒れた神像の台座部分の裏に回り込む。

 そして台座の一部に指を触れさせると、そこに僅かな光が灯る。

「お、どうやら電源は生きているみたいだね。光蓄電システムが僅かでも稼働しているのか」

 台座に灯る僅かな光の上で、骸骨の指が軽快に踊る。そして──。

アクセス

 小さな呟きと共に、骸骨の指がたん、と光を押さえつけた。

 同時に、台座の一部から小さな声が発せられる。

【──パスワードを入力してください】

 冷たく人の温もりを全く感じさせない声に、骸骨は冷静に応える。

「《彼らは剣を打ち直して鍬とし、槍を打ち直して鎌とする》」

【──最上級権限のパスワードを確認しました。当システムに保存されている全ての情報を閲覧できます】

 その言葉と同時に、何もない空間に半透明の板のような物が現れると、骸骨はその半透明の板に指を這わせる。

 その指の動きに合わせて、半透明の板の上にずらずらっと文字が現れる。その文字はゴルゴーク帝国で用いられているものではない。それどころか、帝国が存在するこの大陸中を探しても、こんな文字は見つけられないだろう。

 そんな未知の文字を、骸骨は目で追っていく。まるで、その文字を知っているかのように。

「やはり、ここは第四次入植団のコロニーの一部だった場所か。ここも他のコロニーと同様に……」

 透明な板の上を流れる文字を追いつつ、骸骨は誰に言うでもなく呟いた。

「やはりここの環境は、我々とは根本的には合わないようだね……まあ、そんなことは数百年も前に答えは出ていたことだけど」

 溜め息を吐くかのように、骸骨は言葉を続けた。




 更に流れ続ける文字を、骸骨は淡々と眺める。

 そしてついに文字の流れが尽きた時、そこに骸骨が求めるものがあった。

「……ここに残っていたのか。いや、ようやく見つけたよ」

 眼球なき眼窩に、きらりと光のようなものが一瞬だけ灯る。

 そして骸骨は、再び神殿の天井──いや、更にその上へと目を向けた。

「クリフ、ジャッキー……そろそろ、君たちの遊戯ゲームもゲームオーバーの時が近いみたいだよ」

 その呟きは、真っ暗な闇の中へと消えて行った。







~~~作者より~~~


「彼らは剣を打ち直して鍬とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」

旧約聖書、イザヤ書2章4節より抜粋。



 これにて第5章は終了。

 二週間ほど休憩をいただき、11月19日より新章を再開します。

 引き続き、お付き合いいただけると幸いです。


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