決戦へ向けて
「──ということで、モートンは帝都に連行。後は破滅へ一直線だねー」
と、「あいつ」と使い魔を通じて話していたジョーカーが、その会話を終わらせて虚ろな眼窩を俺に向けてそう言った。
「どうやら、僕がこっそりと置いてきた聖印……サイラァくんから借りたジャクージャ神の聖印が、モートンが暗黒司祭だという証拠になったみたいだよ。いやー僕としては、モートンの部屋にこっそりとジャクージャ神の聖印を置いておくだけじゃなく、神殿の地下にそれっぽい祭壇でも用意したかったんだけど、さすがにそこまでは手が回らなくてさー」
かたかたと顎の骨を鳴らせるジョーカー。あれ、きっと笑っているんだろうな。
ところで、「あいつ」の手元に残った使い魔、どうなるんだろう? ふと疑問に思ったけど。
「ああ、それならもちろん回収するよ。皇子殿下には、僕の使い魔に下手な手出しはしないように言っておいたしね」
「あいつ」に預けた使い魔は、小鳥の形をしている。どうやら、後で回収することを考えて、小鳥の使い魔を「あいつ」に預けておいたのだろう。さすがはジョーカー、抜け目ない。
ってか、相変わらず俺の思考を読むのな。
まあ、いい。今更だし。それよりも──。
「さて、クース。これからおまえはどうする?」
背後にいたクースに振り返り、俺は尋ねた。
今すぐというわけにはいかないだろうが、ノエルイ村におけるクースとその母親の悪評は消えるだろう。となれば、もう彼女が俺たちと一緒に行動する理由はない。
まあ、これまでも人間の社会に戻ることは、いつでもできたんだけどな。
「わ、私は……」
揺れる瞳で俺を見るクース。
もしも彼女が人間社会での生活を望むのであれば、「あいつ」にクースの今後を頼んでもいい。「あいつ」なら、クースが自活できるだけの状況を調えてくれるだろう。
帝国の第三皇子にして、今代の《勇者》様だ。少女の一人ぐらい、どうとでもできるに違いない。
でも、クースを愛妾にするとか言い出したら、その時は覚悟しろよ? そんなことがなくても、近々「あいつ」とは改めて決着を着けるつもりだけどな。
さて、クースはどんな選択をするのやら。
そう思ってクースを見れば、それまで揺れているだけだった彼女の双眸に、決意の光が浮かんでいた。どうやら、今後の選択をしたようだ。
「私は……これまで通り、リピィさんと一緒に行きます」
きっぱりとそう言ったクース。どうやら、迷いは全くないようだ。
まったく、馬鹿な奴だよ、クースは。何を好き好んで、人間の少女がゴブリンについていくなんて言い出したのやら。
でも……クースが俺と一緒にいることを選び、ほっとしているのも事実だ。
それに、クースが残ってくれるとなると、ユクポゥやパルゥも喜ぶし、そろそろ帰って来る頃だろうムゥたちも、クースが俺たちの所にいれば嬉しがるに違いない。
「なら、俺と一緒に来い、クース。だけど、後悔しても責任は負わないぜ?」
「はい、大丈夫です! 後悔なんて、絶対にしませんから!」
にっこりと。そして嬉しそうに。
満面の笑顔で、クースはそう言った。
さて。
そうなると、俺たちがここにいる理由はもうない。でも、時々はノエルイ村に来て、クースの両親の墓の様子をみないとな。特に母親の墓は村の外にあるから、油断するとあっと言う間に自然に飲み込まれてしまう。
しっかりとした棺に収められて埋葬してあれば、村の墓地に改めて葬ることもできるだろうが、当時のクースに柩を用意する余裕なんてなかったらしい。
いや正確に言えば、辺境の寒村であるノエルイ村では、棺を用意する余裕はないそうだ。村人が亡くなれば、棺に収めることなくそのまま埋葬する。そもそも、棺に収めて埋葬するのは、王族や貴族、平民ではよほど裕福な者だけだからな。
さすがに、母親の亡骸を掘り起こし、村の墓地に埋葬し直したいとはクースも言うまい。
「リピィさん」
「ん? なんだ、クース?」
名前を呼ばれてクースの方へと振り返ろうとした俺を、クースは背後から突然抱き締めた。クースの豊かな胸の間に、俺の後頭部が柔らかく埋まる。
「今回は……私を故郷のノエルイ村まで連れて来てくれて、本当にありがとうございました。リピィさんのおかげで、お父さんとお母さんのお墓に祈りを捧げることができました。それに……もう、ノエルイ村でお母さんを悪く言う人もいません。全部……全部、リピィさんのおかげです」
大体頭一つ分ぐらい背の低い俺を、腕の中にすっぽりと抱き抱えたクースは、耳元でそう囁いた。
「今回、俺はほとんど何もしていないさ。モートンを裁いたのは、今代の《勇者》様だしな」
「それでも、私が感謝しているのは、《勇者》様ではなくリピィさんなんですよ。だから……だから、これは感謝の気持ちです……」
と、クースは俺の頬にそっと唇を押し当てた。
柄にもなく、照れてしまったぜ。
その後、最後にもう一度だけ父親と母親の墓に祈りを捧げて、俺たちとクースはノエルイ村を後にした。
もちろん、父親の墓には深夜にこっそりと行ったのは言うまでもない。
リュクドの森へと戻る途中、遠くに陣を張る帝国軍が見えた。あそこには今、捕えられたモートンはもちろんのこと、総司令官である「あいつ」がいるんだな。
しかし、まさか「あいつ」と話をする機会に恵まれるとは、思いもしなかったぜ。
「それでどうだった? 宿敵である《勇者》と面会し、実際に言葉を交わした感想は?」
眼球のない眼窩を俺に向けながら、ジョーカーが聞いてくる。相変わらず、俺の考えを的確に見抜くな、こいつ。
「そうだな……はっきり言えば、信頼も信用もできると思った。俺が過去に出会った人間の中でも、『あいつ』は最も信頼できる人間の一人だと思う。もしも俺たちの立場が敵でなければ……まあ、そんなありえないことはどうでもいいか」
確かに、「あいつ」自身は信頼できる人間だろう。だが、それでも「あいつ」は俺にとって倒さなくてはならない敵だ。次に顔を合わせることがあれば、その時ははっきりと決着を着けてやる。
ん?
俺、ジョーカーに「あいつ」との因縁を話したっけか? 俺と「あいつ」との宿命は誰にも話していないはずだ。だが今のジョーカーの口振りだと、俺たちのことを知っているっぽく聞こえたけど……あれ?
「なあ、ジョーカ……」
「ああ、そうそう、《勇者》殿から伝言があったんだ。『今度顔を合わせることがあれば、きっちりと決着を着けましょう』だってさ」
ふむ、どうやら「あいつ」も俺と同じ思いらしい。
向こうもその気でいる以上、こちらも備えを万全にしないとな。それには、兵隊を集めるために派遣したムゥやザックゥたちが帰って来ないと話が進まない。
先程もちらっと考えたが、そろそろあいつらも帰って来る頃だろう。十分な兵隊が集まり、改めて俺が《魔物の王》を名乗った時。その時こそが俺と「あいつ」の決着を着ける時だ。
んー、何となく、ジョーカーに話の矛先を逸らされた気がしなくもないな。
まあ、いいか。
「……キゾク、あまり美味くなかった」
「……キゾク、正直期待外れ。もっと美味い生き物だと思った」
兄弟たちは兄弟たちで、何やら不満そうだ。
彼らは反乱の首謀者たちの身体の一部を持ち帰り、早速食べてみたようだ。だが、その味はお気に召さなかったらしい。
「やっぱり、クースのヤキニクが一番!」
「また、クースのヤキニクが食べたい!」
「はい、分かりました。リーリラの集落に戻ったら、腕によりをかけて美味しい料理を作りますね!」
クースがぐっと腕を曲げて宣言する。途端、ユクポゥとパルゥがはしゃぎ出す。おまえら、どれだけクースの料理が好きなんだよ?
いや、兄弟たちだけじゃない。ゲルーグルもまた、嬉しそうにクースにどんな料理を作るのかしきりに質問していた。
「なあ、ゲルーグル」
「なぁに、リピくん?」
「今回、クース以外の人間を遠目とはいえ見たわけだが……どう思った?」
「んー、よく分かんない……っていうのが正直なところかな?」
口元に伸ばした人差し指を当てつつ、考え込むゲルーグル。
「どうして、人間たちはあんなに大規模に争うのかな? 強い奴に従えば、あんな規模の争いにはならないでしょ? 確かに、その強い奴を決める争いは起こるけど、あれだけの数が戦うことはないじゃない?」
まあ、妖魔の感覚ではそうだよな。人間社会における利益や権力を巡る争いといったものは、彼女たち妖魔には無縁で理解できないものだろう。
「人間ってのは、数が多いからいろいろと面倒なのさ。もっとも、その数の多さこそが人間の最大の力なんだけどな」
「うん、それは私にも分かるかな? 『数は力』だっけ? ジョーカーから教えてもらったの!」
嬉しそうにゲルーグルが言う。おい、ジョーカー。おまえは俺の知らないところでゲルーグルに変なこと教えていないだろうな?
基本的にそれほど強い生物ではない人間が脅威となるのは、やはりその数の多さと団結力だろう。中には「あいつ」のように極めて突出した実力を持つ者もいるが、そんなのは極少数に過ぎない。
だが、そんな人間最大の力である「集団」に対して、ゲルーグルの〈歌〉は天敵となりうる。彼女の歌は、団結力や集団行動を阻害することができるからな。
今回、ジョーカーの提案でそのゲルーグルの力を使ったわけだが……いざという時まで温存しておいた方が良かったのではないだろうか?
ジョーカーに言わせると、協力してくれた《勇者》に対する礼だということだが、礼にしてはちょっと払いすぎじゃないか?
まあ、俺たちの手札はゲルーグルの〈歌〉だけじゃないから、手札の一枚を明かしても別に構わないといえば構わないのだが。
でも、どうせ手札を明かすのなら、もっと別の「安い」札でも良かったと俺は思う。
例えば、俺たちの生命線ともいうべき命術の使い手が、真性の変態であるとかさ。もっとも、こんな情報をもらっても扱いに困るだろうが。
その真性は、どこか満たされた表情でいる。きっと、兄弟たちがばらばらにした貴族たちを見て、その性癖を満足させたのだろう。
ユクポゥ、パルゥ、クース、ゲルーグル、サイラァ、そして、ジョーカー。
仲間たちを一通り見回した後、俺は再び歩き出した。
目指すはもちろん、リュクドの森のリーリラ氏族の集落。
「さあ、帰るぞ!」
俺の声に、仲間たちがそれぞれ応える。
おそらく、「あいつ」との決戦は近い。
それまでに、できる準備をしておこう。
そして、この永き亘って繰り返されてきた人生を、今度こそ終わりにしなければ。
決意も新たに、俺はしっかりと大地を踏み締めた。
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