末路



「おお、偉大なるモートン様。何なりとご命令を」

「今すぐ、この村の人間どもを我らが神、ジャクージャ様への捧げ物と致しましょう」

 跪き、深々と頭を垂れる俺とジョーカー。そんな俺たちの背後では、ユクポゥとパルゥ、ゲルーグルとサイラァもまた、同じように跪いていた。

 俺の目の前では、状況を理解できずに周囲をきょろきょろと見回すばかりのモートン司祭……いや、こいつなんてただのモートンで十分だろう。

 そして、そのモートンへと向けられるノエルイ村の住民たちの目は、不審と疑惑に満ちていた。

「お、おい、今、あの魔物が言った生贄にする予定の少女って……」

「ま、まさかクースのことでは……?」

「た、確かに、モートン様に引き取られて以来、クースの姿を見ていないな……」

 俺たちとクースが出会って、大体半年ぐらいか。当然ながら、この村の住民は、ほぼ全てクースのことを知っている。

 そのクースが、実は邪神の生贄に捧げられようとしていたと知れば……村人たちの心境は穏やかではあるまい。

「も、モートン司祭……」

 村人の中からふらふらと歩み出たのは、この村の村長だ。

 彼は俺たちのことが目に入っていないかのように、怯えを見せることなくモートンへと近寄った。

「あ、あなたは、クースは病気になって寝込んでいると……思いのほか重い病気で、歩くことさえままならぬと……そう言っていたではないか! そ、それなのに……実はクースを邪神への生贄にしようと、どこかに監禁でもしていたのか……っ!?」

「ち、違うっ!! わ、私はクースを生贄になどしないっ!! 本当だ、村長っ!! そして村の皆よ! 私は敬虔なるキーリ教の教徒だ! 信じてくれっ!!」

 周囲を見回し、モートンは必死に弁明する。

「では、この魔物たちは一体何だ? どうしてあなたに対して跪いている? クースは今、どこでどうしている? 納得のいく説明をしてもらおうか、モートン司祭?」

 鋭い視線でモートンを見つめる村長。いや、村長だけではない。今や、村人全員が冷たい目でモートンを見ていた。




 村人全員の意識がモートンへと向けられている隙に、俺たちはジョーカーの隠形魔術──「あいつ」の所へ忍び込む時に使った魔術──で姿をくらました。

 後はもう、俺たちの出る幕じゃない。ここから先は「あいつ」の仕事だ。

 村の中にはクースが持っていた使い魔を残してきた。これから先の出来事は、その使い魔を通して見聞きするとしよう。

 もっとも、直接見聞きできるのはジョーカーだけなので、彼から様子を聞くだけだが。

 ま、今回はそれでよしとしようじゃないか。

 俺たちは隠形魔術で姿と気配を完全に消し去った後、ゆっくりと村から離れて、村外れで待っていたクースと合流する。

 さあて、《勇者》様。後はおまえの仕事だ。任せたぜ?

 あ、いつの間にか兄弟たちが、死んだ貴族たちの体の一部をちゃっかりと拾っていた。さすがに抜け目ないな。


◇ ◇ ◇ ◇


「これは一体、どういうことかね? 説明してもらおうか、モートン司祭?」

 僕の隣に立っているグルマス司教が、目の前のモートンとかいう司祭を詰問します。

 今、そのモートンとやらは縄で縛られ、兵士に押さえつけられている状態。

 その背後では、このノエルイ村の村長を筆頭に全村人が、地面に平服しつつ僕たちの様子を窺っています。

 反乱軍を追撃しようとした際、どこからともなく聞こえてきた美しく優しい歌声に、僕が率いる帝国軍の足は突然鈍りました。そのため多くの反乱軍の騎士や兵士が、ノエルイ村へと逃げ込んでしまいました。

 ですが、それは予め分かっていたこと。僕と「彼」の間で行なわれた密談で、そうするように定めたのですから。

 しかし、あの歌声……おそらくはゴブリン・キングの〈声〉でしょうね。どうやら、「彼」の元にはゴブリン・キングが存在しているようです。

 自らの手札の一枚を明かしたということは、協力する僕に対する礼のつもりでしょうか? いえ、間違いなくそうでしょう。

 「彼」との間に貸し借りなど作るつもりはありませんが、妙に義理堅い「彼」のこと、これで貸し借りをなくしたつもりだと思います。

 もしかすると、これは「彼」ではなくあのジョーカーと名乗った骸骨の入れ知恵かもしれませんが。

 あの骸骨……間違いなく、「彼」と同じぐらい油断のならない存在です。それに、過去にどこかで会っているような気もします。

 まさか、僕や「彼」ではあるまいし、過去から転生してきたとも思えませんが。

 ですが帝都に戻ったら、一度ジョーカーと名乗る骸骨のことを調べた方が良さそうです。

 でも、それは帝都に戻ってからでいい。今は目の前の問題を片付けるとしましょう。

「わ、私の話を聞いてください、グルマス司教様、そしてミルモランス殿下! わ、私は暗黒司祭などではありませんっ!! 私は父なるキーリの神を心より信仰しておりますっ!! ど、どうか……どうか、私の言葉を信じてくださいっ!!」

 縄を打たれたモートン司祭が、必死に弁明します。ええ、そうですね。あなたは決して暗黒司祭ダークプリーストなどではありません。ですが、その心は暗黒司祭よりも劣ります。自らの欲望を満たすためだけに、罪もない母親とその娘を不幸にしたのですから。

「ど、どういうわけか、見知らぬ魔物たちが勝手に私を主だと呼んだだけなのですっ!! 本当に私は暗黒司祭などではありませんっ!! グルマス様! ミルモランス様! どうか……どうか、信じてくださいっ!!」

 唾を飛ばして身の潔白を主張するモートン。

 人間に転生して十六年、人間の中には妖魔よりも悪辣な者がいることを僕は学びました。

 このモートンも、そんな人間の一人でしょう。横恋慕した一人の女性を手に入れるために意図的に迫害し、その結果としてその女性を……女性と娘を不幸にしてしまった。

 その罪を法に照らし合わせて軽重で問えば、それほど重い罪にはなりません。そのことを「彼」も承知していたようでした。

「これまで何度も繰り返した人生、俺は決して善良な人間じゃなかった。時には気に入らないって理由だけで、高慢な貴族をぶん殴ったこともあったしな。そんなおれが《勇者》なんて呼ばれたのは、単に《魔物の王》……おまえと敵対していたからにすぎない。そんな碌でもない人間だった俺は、あのモートンって奴を気に入らねえって理由だけで破滅させるつもりだ」

 そう言った時の「彼」の瞳は、僕が知るどんな人間よりも澄んでいました。

「ま、今回の件は俺の我が儘さ。だが、我が儘でもいいじゃねえか。なんせ、今の俺はゴブリンなんだからな」

 ああ。

 やはり「彼」は、たとえゴブリンに転生したとしても僕の知る「彼」なのです。

 今まで何度も刃を交えてきた、僕の宿命の敵。

 「彼」がその根本的な存在を変えていなかったことが嬉しくて、僕も「彼」の我が儘に付き合うことにしました。

 知っていましたか? 僕もこれで結構我が儘なのですよ?

 そもそも、王族や貴族とは多かれ少なかれ我が儘なものではありませんか。だから、僕も単なる我が儘で、このモートンという下衆を裁くことにしましょう。




「村長」

「は、はい……っ!!」

 僕がこの村の村長を呼べば、彼は平服したまま応じました。

「このモートンという司祭……いえ、モートンという男が、両親を失った少女を引き取ったのは間違いないのですね?」

「は……はい、皇子様! この村のクースという娘を、モートン司祭は確かに引き取りました」

 クースという少女。それはおそらく、以前に《辺境の勇者》と呼ばれていた男と一緒にいたあの少女のことでしょう。

「グルマス司教。あなたが目撃した白い魔物と、その魔物が連れていたという少女……それがクースという少女でしょう」

「殿下のおっしゃる通りかと。おそらくモートンはその少女を、邪神への生贄にするためにどこかに監禁していたのでしょうな。ですが、我々が接触したことで、少女の存在が明るみに出ることを恐れ、配下の魔物に命じてその少女を秘かに移動させた。その際に私たちと遭遇してしまったのでしょう」

 思えば、あの時のモートンの様子は少し変でした、とグルマス司教が続けました。

 そのグルマス司教の言葉に、僕はゆっくりと頷きました。もちろん、真相はそうではないことは知っています。ですが、ここではそういうことにする必要があるのです。

「ですが、あの時少女と共にいた白い魔物……あれは噂の《白き鬼神》ではないのでしょうか?」

「おそらく、違う魔物でしょう」

 グルマス司教の問いに、僕は即答します。

「私自身、《白き鬼神》と刃を交えましたが……あれは人間に使役されるような矮小な存在ではありませんでした。司教が目にした魔物は、ただ単に色が白いだけの別の魔物でしょう」

「なるほど。殿下がそうおっしゃるのであれば、間違いないでしょう」

 僕の言葉に納得して、何度も頷くグルマス司教。

 このグルマス司教という人物、極めて善良で有能な人物なのですが、どうも僕を……いえ、《勇者》を盲信しているところがあり、実に使い勝手のいい人間です。

「兵士の一部をこの村の周囲に展開し、行方不明の少女を探させましょう。急げば、生贄にされる前に救出できるかもしれません。もちろん、いつの間にかいなくなっていたという、モートンが使役する魔物も見つけ次第退治しなければ」

「おお、さすがは慈悲深き今代の《勇者》様。では、私の部下も少女の捜索に協力させましょう」

「ええ、お願いします。一刻も早く、魔物を退治してクースという少女を救出せねば」

 いくら探しても、魔物も少女も見つかることはないでしょう。普通に考えれば、魔物と共にいる人間の少女の末路は、悲惨なものしかありません。ですが「彼」と一緒であれば、たとえ魔物の中にいてもそうそう不幸なことにはならないでしょう。

「それよりも、グルマス司教。このモートンという男はどうなりますか?」

「は、我々と一緒に帝都へと連れ帰り、キーリ教の本神殿で本当に暗黒司祭かどうか確かめられることでしょう。そして暗黒司祭であることが確定すればキーリ教から破門し、そのことを公布した上での処刑となるかと」

 モートンという男、実際には暗黒司祭ではありませんが、おそらく最終的には暗黒司祭として裁かれるでしょう。

 彼が暗黒司祭であるという証拠は、今頃「彼」が用意しているはず。いえ、もしかすると、その証拠を用意するのは「彼」ではなくあの骸骨かもしれませんが。

 あの骸骨、下手をすると「彼」以上に要注意かもしれません。ただの勘でしかありませんが、僕にはそう思えてならないのです。

「分かりました。モートンのことは、キーリ教団にお任せします。僕が……今代の《勇者》である僕が、納得できる結末を期待しています」

「は、お任せください、我が《勇者》よ! 《勇者》様の期待を裏切ることのないよう、父なるキーリの神に誓って暗黒司祭を裁きましょうぞ!」

 と、グルマス司教は恭しくその場で僕に対して跪きました。

「司教様! 皇子殿下! 私は暗黒司祭ではない! 本当なんだ! 信じて……信じてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 涙さえ流しながら喚き散らし、暴れようとするモートンは、兵士たちに殴りつけられながら連行されていきました。




 反乱を鎮圧した僕たち。

 実際に反乱の首謀者を討ち取ったのは「彼」ですが、ご丁寧に「彼」は首謀者である貴族たちの首だけは残しておいてくれました。それ以外の体は、おそらく配下の魔物の腹の中でしょう。

 その首を帝都に持ち帰り、反乱鎮圧の証拠としました。これもまた、「彼」なりの礼なのでしょうね。

 そして、帝都の市民たちから熱烈な歓声を受けながら凱旋して数日後。

 一人の暗黒司祭が処刑されたと、キーリ教団から正式に発表されるのでした。


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