反乱に対して
「おい、ジョーカー! 一体、帝国で何が起きている?」
「やあ、ジョルっち。随分と早いお帰りだね」
帝国で反乱が勃発。その第一報を受けた俺は、バルカンの背に乗ってリーリラ氏族の集落へ大急ぎで戻ってきた。
そんな俺を、しれっとした顔のジョーカーが出迎えたってわけだ。どうやら、俺がガリアラ氏族の集落へ行っている間に、ジョーカーはこっちに戻って来ていたらしい。
ちなみに、俺と一緒に戻ってきたのはクースだけ。
他の連中は、ガリアラへの援軍として派遣した戦士たちの半数と一緒に、急いでこっちに戻って来ているはずだ。
あ、戻ってくる戦士が半数なのは、もちろんガリアラ氏族の警備のために残したからだ。
「いやー、それが僕にもよく分からないんだよねー。とにかく、帝国の一部の貴族たちが今の皇家に対して不満を爆発させたみたいでね」
「それで反乱ってわけか。まあ、よくある話と言えばよくある話だな」
「ちなみに、その情報を知らせて来たのは帝都に侵入している隊長くんからだね。どうやら、僕の紹介した盗賊ギルドと上手く渡りをつけたみたいだよ」
ほう、そうなのか。隊長のやつ、上手くやれたようで何よりだ。
「ゴルゴーク帝国もあれだけ大きな国だからね。さすがに一枚岩ってわけにはいかないだろう」
「どれだけ名君と呼ばれる支配者でも、全く反感を買わないわけがないからな。どこかしろに、不満は溜まるだろうよ」
「で、この反乱、僕たちはどうする?」
そう。問題はこの反乱に対して、俺たちはどう動くか、だ。
今回の反乱、ぶっちゃけ妖魔である俺たちには全く関係がない。放っておいても、帝国が勝手に何とかするだろう。第一、「あいつ」が帝国の皇子である以上、反乱なんて成功するとは思えないしな。つまり、放っておいても遠くないうちに反乱は鎮圧されると思う。
そもそも、俺は宿敵である「あいつ」を倒したいのであって、帝国を打ち倒したいわけじゃないからな。それどころか、現在の帝国の支配体制は結構評価しているんだ。
次の皇帝となるであろう第一皇子にも直接会っている。実際は少し剣を交えただけだが、それでも第一皇子の人となりは理解できた。あの第一皇子であれば、問題なく帝国を治めていくだろう。
個人的にも、ああいう一本気な奴は嫌いじゃないし。
そんなわけで俺の正直な心境を言えば、見ず知らずの貴族なんかより帝国側に味方したいぐらいである。
「……とりあえず、俺たちが動く理由はないだろ。正直なことを言えば、この反乱がどうなるかぐらいは気になるが」
「そうだね。まあ、その辺りは隊長くんから連絡が入るでしょ」
「その隊長からの情報だが、確度は大丈夫か?」
「その点は信頼していいと思うよ? 隊長くんが接触している盗賊ギルド……『
なるほど。その『火鼠』という組織は、帝国と手を結んで帝都の闇の部分を支配しているってわけか。
いくら今の皇帝やその息子たちが優秀であろうが、いくら帝国に優れた人材が揃っていようが、広大な帝国全てに目を行き届かせることはできない。どうしたって、影の部分はできてしまう。
その影を担うのが、『火鼠』ってわけか。
『火鼠』は帝都の、ひいては帝国中のありとあらゆる情報を集め、その情報を帝国に流している。そして、帝国からもまた、必要な情報を受け取っている。おそらくはそのような持ちつ持たれつの関係なのだろう。
情報って奴は盗賊ギルドにとって重要な商品だ。そんな『火鼠』からの情報であれば、確度はかなり高いに違いない。
しっかし、こんな重要な情報を隊長はどうやって『火鼠』から入手したのやら。もしかしたら、俺が思っていた以上に隊長は優秀な人間なのかもしれない。
「で、どこのお貴族様が皇帝陛下に剣を向けたんだ?」
「あれ? 反乱には不干渉じゃないのかい?」
「そのつもりだが、どこの誰が反乱を起こしたのか、ちょっと興味があるだろ?」
「うん、確かに僕も気になるね。よし、ちょっと待って。隊長くんに確認してみるよ」
ジョーカーは纏っているローブの懐から小さな鼠を取り出した。もちろん、あの鼠はジョーカーが作り出した使い魔である。あの使い魔を通じて、帝都にいる隊長と連絡を取るつもりのようだ。
しばらく、ジョーカーは手に乗せた使い魔と何やら言い合っていた。いや、これ、事情を知らない奴が見たらかなり怖い光景だよな。
掌に乗せた鼠に一心不乱に話しかける骸骨。うん、どこかの廃屋の中でこんな光景を見かけたら、一生残る心の傷になるかもしれないぞ。
そうして、隊長との会話を切り上げたジョーカーが、改めて俺へと振り向いた。
「今回反乱を起こしたのは、帝国の西部に勢力を持つ貴族たちのようだね。と言っても、帝国の端っこを任されるような、末端貴族だけど」
どうやら、自分たちを不当に──当人たちの判断で──扱う今の皇帝を無能とし、自分たちこそが帝国の舵を取るに相応しい、という名目で反乱に及んだようだ。
いやー、よくいるよな。こういう自分たちこそ優れていると、何の根拠もなく信じる奴。
そんな、「帝国西部」という名の辺境に領土を持つ五家の無能……もとい、貴族たち。
具体的にはゴルド伯爵、ジルバン子爵、カルパル男爵、アインアン男爵、スチルス男爵の五家だ。
かつては帝国でも名門とされ、重職を任されてきた由緒ある貴族家ばかりだが、いつの頃からか落ちぶれて爵位も下がり、今ではこうして辺境の地に押しやられるまでになってしまったようだ。
現在最も爵位の高いゴルド伯爵が盟主となり、他の四家を纏めているようだ。というより、ゴルド伯爵が今の帝国に不満を持つ他の貴族を焚きつけたようだな。
「…………アインアン男爵……?」
ジョーカーとの話を俺の背後で聞いていたクースが、何かに思い至ったのかぽつりと呟いた。
「どうした、クース? アインアン男爵を知っているのか?」
「い、いえ、別に知っているってわけじゃありませんけど……私が生まれ育った村が、アインアン男爵の領地内にあったので……」
そうか、アインアン男爵はかつて暮らしていた村の領主ってわけか。それなら、名前ぐらいは知っていても当然か。
「でも、私が知っているのは名前だけです」
まあ、そうだろうな。自分たちの領主の名前ぐらいは知っていても、それがどんな人間なのかまでは知っていなくても不思議じゃない。一般の庶民にとって、領主なんてそんなものだろう。
「隊長くんからの情報によると、既に帝国は反乱鎮圧に動き出しているらしいよ?」
「ほう、さすがに素早いな」
「第三皇子率いる帝国軍が、先日帝都を発ったらしい。あ、第三皇子と言えば、キーリ教団が正式に《勇者》として認めたみたいだね」
何? 「あいつ」が《勇者》だと?
《魔物の王》を目指す俺と、《勇者》と認められた「あいつ」。これで完全に俺たちの関係は過去とは逆転したってわけだ。
くくく、いいじゃないか。おもしろくなってきたってものだ。
「これまで既にいろいろと名声の高かった第三皇子殿下だ。これで迅速に反乱を鎮圧しようものなら、名実ともに《勇者》として世間に認められるだろうねぇ」
「で、実際にその五つの貴族家の実力はどうなんだ?」
「うーん……僕も長い間帝都に潜伏していたけど、正直聞いたこともない名前ばかりなんだよね。まあ、所詮はその程度の貴族ってことだろうけど」
となると、やっぱり反乱は早期に鎮圧されるっぽいな。まあ、あれだ。顔も知らないお貴族様たちには、「あいつ」の名声を高めるための犠牲になってもらおう。
どうせ倒すのならば、名実共に《勇者》となった「あいつ」を倒したいところだ。もっとも、その前に俺自身が《魔物の王》にならないといけないが。
「現在、反乱軍が軍を展開しているのは、帝国西部……ノエルイ村って小さな村の郊外にある平原のようだよ」
既に反乱軍は軍を展開させ、鎮圧に来るであろう帝国軍を待ち構えているってわけか。
しかし、いくら『火鼠』の情報網が優れているとはいえ、彼らがここまでの情報を入手するまでにはそれなりの時間がかかっただろう。特に反乱軍が陣取っているのは、帝国でも辺境なことだし。
となれば、現時点で反乱軍はどう動いているか……さすがにそこまでは分からないか。
ま、「あいつ」なら今頃、もっと詳しくて正確な情報を入手しているだろうけどな。
「しかし、反乱軍どもは何か勝算があって武装蜂起したんだよな?」
「さてね。そこまでは僕にも分からないよ。でも、連中なりに何かしらの勝算があるんでしょ?」
まあ、普通であれば勝算もないのに反乱なんて起こさないよな。
じゃあ、反乱軍の勝算は一体何だ?
まさか、何の勝算もないのに思い込みだけで軍を起こしたってことは……いくらなんでも、それはない……よなぁ。
「現状で考えられるのは、そのノエルイって村の住民を人質にすることぐらいかな?」
「いや、その村は反乱を起こした貴族の領地内の村なんだろ? 自分の領地の住民を人質になんてするか?」
「普通に考えれば、そんなことはしないと思うけど……世の中、思いもしないようなことをしでかす奴っているものだから……」
ジョーカーが遠くを見ながらそう言った。確かに、俺がこれまで経験した何回もの人生で、そういう見境のない奴は実際にいた。それも少なくない数で。
もしも今回の反乱を起こした貴族どもが、そういう類の連中なら。これは「あいつ」が手柄を立てる絶好の「生贄」だな。
まさか、自分を名実共に《勇者》と認めさせるため、「あいつ」が反乱軍を裏から操って自作自演したんじゃ……いや、それはないな。
「あいつ」はそんな無意味な策謀を巡らせる奴じゃない。確かに必要であれば様々な策謀を巡らせる奴だが、今回に限っては絶対に違う。
なんせ、あいつは既にキーリ教団から正式に《勇者》と認められているのだ。ならば、反乱軍を裏から操るなんて無駄なことはしないはず。
ああ、「あいつ」はそういう奴だからな。
確かに「あいつ」は宿敵であり、倒さなければならない敵である。
だが、だからと言って俺は「あいつ」を憎んでいるわけではない。倒さねばならないから倒す。そして、この何度も繰り返す転生の連鎖に終止符を打つのだ。
あ、あれ? 「あいつ」を倒せば転生の連鎖から抜け出せる……って、どうして俺は知っているんだ? んー、よく思い出せないが、「あいつ」を倒すことが転生の連鎖から抜け出せる唯一の手段だと、これまでの人生の中で確かにそう聞いたはずなのだ。
腕を組み、何やらもやもやした思いを思考の片隅に追いやった俺は、ふとクースが不安そうな顔をしていることに気づいた。
「どうした、クース?」
「り、リピィ…………さん……」
不安に揺れる彼女の双眸が俺を射る。
「ノエルイ村が……反乱軍の人質にされるって……ほ、本当ですか……?」
「いや、まだそうと決まったわけじゃない。そうなるかも、って話だ。それがどうか……」
おい、まさか。
まさか、そのノエルイ村ってのは……
俺の視線に含まれているものに気づいたのか、クースはゆっくりと頷いた。
「ノエルイ村は………………私の生まれた村です……」
~~作者より~~
来週はお盆休み!
次回の更新は、8月27日の予定です。
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