反乱




 ドゥムを閉じ込めていた倉庫から遠ざかりつつ、俺は隣を歩くゴーガ戦士長に聞いてみた。

「ところで、ゴンゴ族長に妻子はいないのか?」

「確か、そのはずです」

「そうか……なら、問題ないな」

「ええ、問題ありません」

 俺とゴーガ戦士長は互いに笑顔で頷いた。背後の倉庫から何やら悲鳴のようなものが聞こえてくるが、気にしてはいけない。

 世の中には気にしたら負けなことが、意外とあるものだからな。




 さて、これでドゥムの件は片づいたと言っていいだろう。

 後は負傷者の手当てや破壊された家屋の再建か。まあ、これらはおいおい片付けていくしかない。

「負傷者に関しては、我が娘がなんとかするでしょう」

「……逆に役に立たないんじゃないのか?」

「……………………」

 おい、何か言えよ、ゴーガ戦士長。無言で視線を逸らすな。

 まあ、ゴーガ戦士長の気持ちも理解できるがな。今頃、数多くの負傷者を前にして、どこぞの巫女は身悶えていることだろうし。

「……あの性癖さえなければ、今頃はとっくに嫁いでいただろうに……」

 肩を落としつつ、小さな声で呟くゴーガ戦士長。

 娘を思う父親ってのは、人間もダークエルフもあまり変わらないようだな。とは言え、ゴーガ戦士長の気持ちも理解できる。あの真性は普通に嫁ぐことは絶対できないだろうし。

「そう気を落とすな、ゴーガ戦士長。ガリアラのガラッドくんのように、あいつに惚れている男もいないわけじゃないぞ?」

「……父親として、彼は娘を託すにはちょっと……」

 と、ゴーガ戦士長は露骨に顔を顰めた。まあ、その気持ちもまた、理解できるな。確かにガラッドくんはちょっとアレだから。

「いっそ、リピィ様が娶ってくだされば……」

 おいおい、そんな不吉なことを言うなよ。って、ゴーガ戦士長? 俺を見つめる目がいやに真剣なんだが?

「〈魔物の王〉ともなれば、数多くの配偶者を迎える必要がありましょう。なに、正室に迎えろなどとは言いませぬ! 側室の末席の最下段の川下の端っこで構いませんので! それに、リピィ様が相手となれば、娘も喜んで嫁ぎましょう!」

 やめろ! やめてくれ! 俺にあいつを押し付けようとするな! 頼むから!

 す、すまん、ゴンゴ族長! おまえの気持ちが今、嫌ってほど分かったよ!

 俺は全身を気術で強化すると、全速力でゴーガ戦士長から逃げ出した。




 ガリアラ氏族の集落の中を、でたらめに駆け回ってゴーガ戦士長を撒くことに成功した。

 ふう。何かこう、妙に疲れたぜ。

 ん? この匂いは……

 とある匂いを嗅ぎ取った俺は、その匂いの元へと足を進めた。

「お、リピィ!」

「あ、リピィ!」

「わ、リピくんだ!」

 多くのガリアラ氏族の女性たちが集まり、先の戦いで疲れた戦士たちや怪我人たちに、皆で作った料理を振る舞っていた。もちろん、その中にはクースの姿もある。そして、ちゃっかりと料理を味わっているユクポゥとパルゥ、それにゲルーグル。

 兄弟たちはともかくゲルーグルまで……彼女、意外と逞しいところがあるよな。まあ、まがりなりにもゴブリン・キングだ。ゴブリンの中では最上位と言っていい種族だし、これぐらいの逞しさは当然かもしれない。

「がんばっているな、クース」

「はい、リピィさん! 私にはこれぐらいしかできませんから!」

 と、輝くような笑顔を浮かべるクース。これぐらいと彼女は言うが、クースの料理が俺たちの中ではかなり重要なのは間違いない。

 実際、黒馬鹿三兄弟やザックゥなど、俺に負けたからというよりはクースの料理が食べたいがために、俺に従っているところがあるし。

「クースには期待している。これからもがんばってくれ」

「はい、任せてください!」

 元気にそう返事をして、料理に集中するクース。こうしてダークエルフの中に交じっていても、誰もクースを人間だからと見下したりはしない。

 彼女が俺の「所有物」であるという認識以上に、クースのこれまでの様々な努力や、料理の実力が認められているからだろう。

 うんうん、いい傾向だ。ダークエルフたちに交じって楽しそうに料理をするクースの姿は、見ていて楽しいし安心できる。

「ねえねえ、リピくん! クースの料理もそうだけど、ダークエルフの料理も美味しいよ! ほら、リピくんも食べて食べて!」

 パンのような食べ物に、よく熟れた果物のソースをかけたものを俺へと差し出すゲルーグル。

 このパンのような食べ物は、ある種の木の実を細かく砕き、それを練ってから焼いたものだとか。人間の社会なら麦などの穀物からパンを作るのだが、ダークエルフは木の実から作るようだ。

 リーリラ氏族は芋に似たものが主食だったが、ガリアラ氏族はこのパンみたいなものが主食らしい。同じダークエルフでも、やっぱり氏族ごとに違いはあるんだな。

 俺はゲルーグルの差し出したパンを一口齧る。うん、確かに美味い。リーリラの芋も美味いが、ガリアラのパンも美味いな。

「この上にかかっているソース、クースが作ったんだって! クースって凄いよね! こんな美味しいものをぱぱーっと作っちゃうんだから!」

「確かにクースの料理もいいが、おまえの歌だって相当なものだろ?」

「そうかな? 私、歌だけが自慢だから……そう言ってもらえると嬉しいな」

 ゴブリン・キングとしての〈声〉の能力もさることながら、ゲルーグルは純粋に歌が上手い。俺も過去の人生で何度も「歌姫」と呼ばれる女性の歌を聴いた経験があるが、ゲルーグルの歌は彼女たちにも負けていない。いや、間違いなく最上級の「歌姫」の一人と言っていいだろう。

「そんなことはないぞ。ゲルーグルの歌は誰にも負けない。もっと自分に自信を持て」

「……うん。リピくんがそう言ってくれるなら……えへへ」

 はにかむように笑うゲルーグルは、人間の娘のようにも見える。その尖った耳さえ上手く隠すことができれば、人間の集落に紛れ込んでも違和感はないだろう。

 そう言えば、人間の集落で思い出した。ゴルゴーク帝国の帝都に忍び込むように命じた隊長は、今頃どうしているだろう。

 無事に帝都に辿り着き、上手いこと盗賊ギルドに渡りをつけることができただろうか。まあ、あれでちゃっかりとしたところのある隊長だ。ジョーカーの伝手もあることだし、何とかやっているだろう。

 あ、行商人はどうしているかな? 今頃はリーエンの所にいるはずだが、行商人は「あいつ」に目をつけられているっぽいから、もうしばらくリーエンの所で大人しくしていてもらうか。

 あの二人は貴重な人間社会との接点だ。情報収集や物資調達など、今後も役に立ってもらわないとな。




 とりあえず戦後の状況を纏めるために、俺たちは改めて集まった。場所はゴンゴ族長の家。そういや、以前にもこの家には入ったことがあったっけな。

 俺の他にこの場にいるのは、家主にしてガリアラ氏族の族長であるゴンゴ族長。

 リーリラ氏族援軍の代表として、ひいてはリーリラ氏族の族長代理としてゴーガ戦士長。

 そして、俺の背後に控えているサイラァとゲルーグル。

 クースは今も外で料理や負傷者治療の手伝い、ユクポゥとパルゥは話し合いには無力なので、外で気楽に食事中。

 更には、ゴンゴ族長の隣にはドゥムがどっかりと座っている。

 この中で一番の巨躯であるドゥムは、ただ座っているだけでも威圧感はただごとじゃない。そんなドゥムが、熱っぽい瞳でゴンゴ族長をじっと見つめているのは……うん、気にしない方向で、ひとつ。

「……まあ、なんだ。我がガリアラ氏族の被害だが……」

 どこか疲れたようなゴンゴ族長が口を開く。疲れたというか、げっそりしているというか……よし、これもまた、気にしないことにしよう。

「氏族の戦士以外の民には、幸いにもほとんど被害は出ていねえ。だが、戦士団は現状では半壊以上全壊未満ってところだ。元通り立て直すとなると、百年以上かかるだろうよ」

 人間よりも遥かに寿命の長いエルフやダークエルフだが、その分成長も遅い。そのため、今回のような大規模な戦闘で氏族の民──特に成人層──がごっそりと減ると、元に戻るまでかなりの時間が必要となる。

 とはいえ、ガリアラ氏族には有望な少年少女もいるので、時間はかかるが将来の展望はそれほど暗くはないだろう。

「我らリーリラ氏族は、今回は特に被害はありません。ここに到着した時は既に戦いは終わっていましたからな」

 ゴーガ戦士長が言うように、リーリラの戦士たちに大きな被害はない。だが、ガリアラ氏族の集落までかなり無理をしてやって来たためか、疲労による体調不良をおこした者もわずかにいる。まあ、そいつらは美味いものをたらふく食べて、数日休めば回復するだろうが。

「ガリアラとリーリラ、両氏族の現状は理解した。もし必要であれば、しばらくリーリラの戦士たちをここに留まらせるか? 戦士団が半壊となれば、外敵に対する備えも不安が残るだろう?」

「そうだな。そうしてもらえると、正直助かる。まあ、負傷した戦士たちが回復すれば、ある程度は数も揃うだろうがよ」

「負傷者は何とかするよ。いいな、サイラァ」

「御意にございます、リピィ様」

「いつまでも負傷者に見蕩れていないで、しっかりと回復させろよ?」

「………………無論でございます」

 おい、サイラァ。口ではそんなことを言いつつ、あからさまに残念そうな顔をするんじゃない。ほら見ろ、親父さんゴーガが顔を手で覆って落胆しているじゃないか。

 さて、今後のことは大体こんなところか? 先のことはあれこれあるが、ガリアラ氏族の危機はこれで去ったと言っていいだろう。となれば、俺たちはリーリラ氏族の集落へ戻るか。

 帰路の途中で何体か魔獣をユクポゥとパルゥに狩らせて、ゴブリンどもとの戦いに参加できなかった不満を発散させてやらないとな。

 と、俺が今後のことを考えていた時だ。

 突然、クースが部屋の中に駆け込んで来たのは。

「た、大変です、リピィさんっ!!」

 おい、どうしたクース? いつも大人しい彼女にしては、珍しくかなり慌てているようだが。

「い、今、ジョーカーさんから預かっている使い魔に、そのジョーカーさんから連絡が入ったんですけど……」

 そこで、クースは一息間を空けると、じっと俺を見つめながら言葉を続けた。

「ゴルゴーク帝国で……は、反乱が起きたそうです!」





~~作者より~~


 来週は家族旅行で留守にするため、更新はお休み。

 次回は8月13日の更新となります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る