落ちたる王
ゴンゴ族長の変則的な背面投げにより、頭部を激しく地面へと叩きつけられたゴブリン・キング。
豪快に頭部を強打されたことで、遂に奴の戦意と意識は刈り取られた。
白目をむき、ゴブリン・キングの巨体が大地へと沈む。
「ふ~、強敵だったぜ!」
実にいい笑顔を浮かべながら、ゴンゴ族長がゴブリン・キングの身体の下から這い出してきた。
よく、あの巨体の下になって無事だったな。ある意味、そっちの方が驚きだ。
驚きと言えば、ゴンゴ族長の戦い方も驚きだな。何とも変則的な肉弾戦だった。どうやら投げ技が主体の格闘術のようだが、あのような技は見たことがない。
ひょっとして、ゴンゴ族長の独自技術かもな。
ダークエルフには不似合いな格闘術だが、ゴンゴ族長には妙に似合う気がする。まあ、どのような技術を使おうが、それを使いこなせているのなら文句を言うことでもあるまい。
「それで、ゴブリン・キングは死んだのか?」
「いや、生きているようだぜ? まだ心臓が動いていやがる」
なんともまあ、頑強な身体なこって。あの勢いで頭を地面に叩き付けられたら、普通なら首の骨が折れているぞ。
「まあ、あれだけ頑丈な奴だ。放っておけば、そのうち目を覚ますだろうよ」
「ゴンゴ族長の言う通りだろう。ところで、普通種のゴブリンはどうなった?」
「そちらはウチの氏族の戦士たちが、残らず仕留めたんじゃねえか? 周囲が静かになっているしな」
言われてみれば確かに。そうか。ゴブリン・キングの配下のゴブリンたちは全滅か。できれば普通種のゴブリンたちも俺の配下に収めたかったが、それはできなかったか。
ま、仕方あるまい。ゴブリンたちを配下に収めるために、既に俺の配下であるダークエルフの数を減らすのでは意味がないからな。
こうして、ゴブリン・キングを殺さずに倒せただけで良しとしよう。
「結局、リーリラ氏族の援軍が到着する前に、決着がついちまったな」
「そうだな。ま、そもそも戦ってのはどう流れるか分からねえものだしよ、仕方ねぇだろ? リーリラの連中が到着したら、俺から礼を言ってもてなしておくぜ」
「ああ、そうしてやってくれ」
ふう。いろいろとあったが、これでゴブリン・キングとの戦いも終わったな。
戦ってやつは、ある意味で終わってからの方が忙しいものだ。
当然ながら負傷者や戦死者が出るし、家屋などの建物に被害が及べば、それを修理するのにも時間と手間がかかる。
これが人間社会であれば、戦死者や負傷者には手当てを支給しなければならないし、破壊された建築物の残骸の撤去や、建て直しにも費用と時間が必要だ。
まあ、この辺は国によって違いはあるけどな。どれだけ被害を受けようが、庶民には一切援助しない国もある。そんな国でも貴族などの支配者階級には、報賞なり見舞金なりとそれなりの手当てを必要とするので、全てを無視するようなことはできない。
その点、妖魔は簡単だ。戦死した奴は弱いから、弱い奴が悪い、というのが一般的だからな。あくまでも全ての責任は個人にあると考えるのが妖魔なのである。
とはいえ、ゴブリンなどの下位の妖魔ならともかく、ダークエルフともなれば戦死者を弔うぐらいのことはするし、負傷者の手当てもする。
戦死者は集落の外れに埋葬し、負傷者は命術の使い手が治療していく。もっとも、負傷者の方はサイラァが到着すれば、ほぼ解決するだろう。
あ、いや、負傷者を見て性癖を爆発させ、逆に使い物にならなくなるかもな、あの真性のことだから。
そうなったら、また尻を蹴り上げてやるか。それもあいつは喜びそうだが。
俺も地術で穴を掘って埋葬の手伝いをしたり、炎術でゴブリンの死体を焼却したりとけっこう忙しかった。
クースは食事の準備を始めとした様々な作業をこなしているし、ゲルーグルはそんなクースの手伝いをしたり、俺の後をちょこちょこ付いてきたりしていた。
ギーン? それは……言うまでもないよな?
どこぞの腐竜は、幼いダークエルフの少年たちに囲まれてご満悦だ。リーリラ氏族に比べて、ガリアラ氏族は幼い子供が多いらしい。とはいえ、人間ほど出生率が高くはないダークエルフのことなので、多いと言っても二十人にも満たないわけだが。その内の約半分は女の子なので、幼い少年は十人ぐらいだな。
その十人ほどのダークエルフの少年──人間でいえば十歳から十二歳ぐらいの外見──を前にして、腐竜は恍惚な表情で悶えていたっけな。
そしてバルカンはといえば、ガリアラ氏族の古老たちとあれこれと話し込んでいるようだ。
知識の収集に熱心なマンティコアだからな、あいつも。古老たちが蓄えている知識を吸収するのは重要なことなのだろう。
そうやって戦後の後始末を手伝っていると、ようやくリーリラ氏族の援軍が到着した。
「リピィ、酷い! オレ、大暴れするつもりだったのに!」
「リピィ、酷い! ワタシ、虐殺するつもりだったのに!」
ゴブリン・キング率いるゴブリンどもとの戦いを楽しみにしていたユクポゥとパルゥは、敵がすでに倒されていると知ってご立腹である。ってか、パルゥ。虐殺するつもりだったのか。
「悪かったよ。今、クースが食事の準備をしているから、腹いっぱい食ってこい」
「クースの料理っ!?」
「クースが進化させたヤキニクっ!?」
途端、兄弟たちの目がきゅぴーんと光った。そして、ガリアラ氏族の集落奥へと駆け出していく。
おいおい、クースがどこにいるか分かっているのか? ま、あの二人のことだから、匂いとか勘とかでクースのいる場所に辿り着くだろ。
それよりも、俺にはやることがある。
「遠路はるばるご苦労だったな、ゴーガ戦士長」
「いえ、結局援軍は不要でしたな」
そう言って苦笑を浮かべるのは、リーリラ氏族のゴーガ戦士長。彼はリーリラ氏族の戦士五十人を率いて、このガリアラ氏族の集落まで援軍としてやって来たのだ。
「おう、俺からも礼を言わせてもらうぜ」
ゴンゴ族長が進み出て、ゴーガ戦士長と手を握り合った。
「何を言われるか、ゴンゴ族長。族長こそ、我らが危機の時に来てくださったではないか」
「あの時も、役立たずの援軍だったけどな」
「ところで……ガリアラ氏族を襲ったゴブリン・キングはどうなりましたか?」
「ああ、あいつなら既に意識を取り戻しているぞ」
ゴブリンたちとの戦いが終わってすぐ、奴は意識を取り戻した。肉体的な負傷はそれほどでもなかった──どれだけ頑丈なんだか──が、奴に戦意はもうなかった。
今は集落の外れの倉庫の地下に閉じ込めているが、特に逃げ出すつもりもないらしく実に大人しいものだ。
「それで……リピィ様はそのゴブリン・キングはどうするおつもりか?」
「この白いのは、あいつも配下にするつもりらしいぜ」
にやにやとした笑みを浮かべつつ、ゴンゴ族長がゴーガ戦士長の質問に答えた。
今回の戦いで、ゴブリン・キングがいかに強力な存在かはよく分かった。既に俺の配下にはゲルーグルというゴブリン・キングがいるが、そのゴブリン・キングがもう一体いるとすればどうなるか。
もしもこの場にジョーカーがいれば、あれこれとゴブリン・キングの運用を語ってくれたことだろう。
そういやあいつ、今頃どうしているのかね?
そろそろ、あの遺跡の調査を終えて、こちらに戻って来る頃合いかもしれないな。
「これからあのゴブリン・キング……名をドゥムと言うらしいが、あいつと話をするつもりだ。ゴーガ戦士長も同席するか?」
「はい、リピィ様。是非、私もご一緒させていただきたい」
ゴンゴ族長がリーリラ氏族の戦士たちを労うように配下のダークエルフに伝えた後、俺たちは集落の外れに向かった。
集落外れの倉庫の地下室。そこがドゥムの現在の寝室だ。
一応、形だけ施錠してあった扉を開け、俺たち三人は地下室へと足を踏み入れた。
「よう、ドゥム。気分はどうだ?」
「意外と快適ですわよ? 食事もきちんと届けられますし。ところで、本日はどのようなご用件かしら?」
地下室の中央で、ゴブリン・キングのドゥムは地面に胡坐をかいて座っていた。
そんなドゥムを見て、ゴーガ戦士長がその細い眉をぎゅっと寄せた。うん、分かるぞ、ゴーガ戦士長。オーガーと見間違わんばかりの巨躯を誇るドゥムの、言葉遣いに違和感を抱きまくっているんだろ? 俺も慣れるまではそうだったからな。
言葉遣いだけではなく、声もまた高く澄んだものなので、目を閉じて声だけ聞いているとまるで貴族の令嬢や女騎士と話をしているような気になる。
あ、俺、貴族の令嬢や女騎士とも話したことあるぞ。もちろん、前世の話だけどな。
「…………ま、まさか……」
思わず黙り込んだ俺たちを見て、ドゥムは目を見開いた。
「……敗軍の将であるこのワタクシを、凌辱しようという腹づもりですの? でしたら、好きなようになさったらいかが? 何より負けた以上、どのような仕打ちも受ける覚悟ですわ」
……どうしてそういう発想になるんだ、おい。
って、ゴンゴ族長にゴーガ戦士長。どうしてそんな目で俺を見るんだよ? そんなこと、するわけないだろ?
俺の感覚は今でも人間に近い。ゴブリンに転生したことで多少妖魔に引っ張られている点はあるが、嗜好などはほとんど人間だった時のままだ。
その俺が、ゴブリンに欲情するかっての。まあ、俺が前世で人間だったことを、この二人は知らないけど。
「そうじゃない。以前にも言ったが、俺の配下になれ」
「ワタクシ、あなたに負けた覚えはありませんことよ、おチビさん?」
「ほう? だが、おまえはゴンゴ族長に負けた。そのゴンゴ族長は俺の配下だ。つまり、おまえは俺に負けたようなものだろう?」
「……いいでしょう」
しばらく黙って考え込んだ後、ドゥムは静かにそう告げた。
「ですが、ワタクシが負けたのはあくまでもそちらのダークエルフの殿方。ワタクシがお仕えするのは、そちらの殿方ですわ。それでもよろしくて?」
なるほど。自分が従うのは、自分を負かした相手だけか。
「いいだろう。先程も言ったが、ゴンゴ族長は俺の配下だ。その配下であれば、俺の配下も同様だからな」
「分かりました。ただ今より、ワタクシはそちらのダークエルフの殿方にお仕えいたしましょう。
うっとりとした目で、ドゥムはゴンゴ族長を見つめる。
あれ? 今こいつ、何て言った?
「お、俺の名前はご、ゴンゴ・ガララル・ガリアラだが……おい、白いの……」
そんな縋るような目で俺を見るなよ、ゴンゴ族長。いいじゃないか。相手はともかく、異性に慕われるのは悪いことじゃないだろ?
ま、俺はこんな相手に慕われるのはごめんだが。
「まあ、なんて素敵なお名前……ワタクシがお仕えする方に相応しい勇猛なお名前ですわ!」
「よし。じゃ、ドゥムの扱いは、今後ゴンゴ族長に一任する。よろしくな!」
「それがよろしいでしょう、リピィ様」
「お、おい、ちょっと待てよ、白いの! ゴーガ!」
何やら焦ったようなゴンゴ族長の声が聞こえてきたが、俺にはよく分からないな。なぜなら、俺とゴーガ戦士長はそそくさと地下室から逃げ出……もとい、退出したからだ。
まあ、がんばれ、ゴンゴ族長。明日はきっといいことがあるさ。
地下室を遮る扉の向こうから、何やら悲鳴のようなものが聞こえたような気がしたが……きっと「気がした」だけだろうな、うん。
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