族長vsキング



 ゴンゴ族長によって顎をカチ上げられたゴブリン・キング。

 彼……じゃなかった、彼女はふらふらと数歩後退した。顎に強烈な一撃をもらって、おそらく視界が揺れているのだろう。

 だが、毅然とゴンゴ族長を睨みつけるその両目から、闘志は消えてはいない。まだまだやる気のようだ。

「ゴンゴ族長!」

「分かっていらぁな、白いの! 総大将はどっしりと構えていやがれ!」

 肩越しに振り返り、にやりと笑みを浮かべるゴンゴ族長。そこまで言うのなら、最後まで任せるか。

 そして、ゆらゆらと左右に揺れるような独特の足運びで、ゴブリン・キングへと接近する。

 一見しただけだとゆっくりに見えるゴンゴ族長の動きだが、実際はかなり素早い。あの揺れるような独特の足運びが、ゆっくりとした動きに錯覚させるのかもしれないな。

 ようやく視界が定まった様子のゴブリン・キングが気づいた時、ゴンゴ族長は既に奴の懐に飛び込んでいた。

 至近距離から振るわれた、ゴンゴ族長の拳がゴブリン・キングの腹に突き刺さる。しかも、それは一発だけではなく、左右の拳を立て続けに叩き込む連撃で。

 重々しい連続音が、ここまで届いているぞ、おい。うわぁ……あれ、相当苦しそうだ。

 自分が食らったわけでもないのに、思わず腹を押さえてしまった。

 実際、ゴブリン・キングの顔も苦し気に歪んでいる。だが、まだまだ瞳の光は健在だ。

 ごう、とゴブリン・キングが吠える。それはゴンゴ族長の攻撃を受けた苦しみからくるものではなく、闘志の発露だ。

 ゴブリン・キングの手に握られた棍棒が、鋭く振るわれる。

 だが、ゴンゴ族長には当たらない。既にゴブリン・キングの懐……つまり、棍棒の間合いの内側にいるゴンゴ族長に、棍棒を当てることは容易ではない。仮に当てることができたとしても、それは勢いを活かすことのできないヌルい攻撃でしかない。

 それを悟ったのか、ゴブリン・キングは棍棒を振り回すのではなく、柄の部分をゴンゴ族長に叩きつけてきた。

 しかし、それはゴンゴ族長も想定済みだ。頭目がけて振り下ろされた棍棒の柄を、ゴンゴ族長はゴブリン・キングの手首を掴むことで防いでみせる。そして、そのままゴブリン・キングの手首を捻り上げた。

 からん、と乾いた音を立てながら、棍棒が地面に落ちる。

 いや、器用なもんだ。あのゴブリン・キングのぶっとい腕や手首を捻り上げるのは、簡単なことじゃないからな。




 ゴブリン・キングの手首を捻り上げつつ、ゴンゴ族長はキングの背後に回り込む。当然、ゴブリン・キングの腕は背中へと回されて更に捻じられることに。

「ぐ……ぎゃ……お、乙女の腕を捻り上げるなんて、と、殿方のすることではありませんことよ……ぐぅ……」

「まだ、そんな口を叩く余裕がありやがるか? だったら……」

 ゴンゴ族長の足が、ゴブリン・キングの膝を裏から蹴り飛ばす。強引に膝を曲げさせられたゴブリン・キングは、当然体勢を崩した。

 膝裏を蹴られて仰向けに引き倒されるゴブリン・キング。だが、奴はそのままゴンゴ族長を巨体で押しつぶすつもりなのか、あえてそれに逆らうことはせずに自ら後ろへと倒れていく。

「甘えぞ、デカブツ!」

 ゴンゴ族長は背中から倒れ込むゴブリン・キングの身体を強引に捻り、うつ伏せの体勢へ切り替えた。

 ホント、いろいろと器用な奴だな、ゴンゴ族長は。ダークエルフらしからぬ大柄な身体つきから、てっきり力主体の戦闘をすると思っていたが、実際は技巧派だったようだ。

 そして、うつ伏せの体勢でゴブリン・キングを押さえ込んだゴンゴ族長は、そのまま奴の両腕を取り、肩の関節を決めつつ上へと捻り上げた。

「ぎ……………………っ!!」

 おお、相当効いているぞ、あれ。あまりの痛みゆえか、ゴブリン・キングは悲鳴さえ上げることができないようだ。

 ぎりぎりと歯を食いしばり、激痛に耐えるゴブリン・キング。ぶっちゃけ、あの体勢になったら抜け出すのは難しい。こりゃあ、決まったか?

「こ、このワタクシを……舐めないでくださるかしら……っ!!」

 ゴブリン・キングが、再び咆哮を上げた。その咆哮はこれまでのものとは違い、自分自身を鼓舞するためのものだった。

 肩の関節を決められつつも、ゴブリン・キングは強引に身体を起こしていく。そして、とうとう奴は立ち上がった。

「ったく、正真正銘の化け物かよ、こいつは……下手すりゃ肩がぶっ壊れるってのによ!」

 ゴブリン・キングが強引に身体を起こしたことで、今度はゴンゴ族長が体勢を崩す番だった。不安定になったゴブリン・キングの背中から飛び降り、ゴンゴ族長は危なげなく着地する。

「……よくもやってくださいましたわね……」

 ゆらりと立ち上がるゴブリン・キング。だが、無理をした代償は大きく、両腕が思うように動かないようだ。あれだけがっちりと肩を決められていたところを、強引に抜け出したんだ。当然だな。

「どうだ、ゴブリン・キング。この辺りで降参しないか? 俺の配下になるなら、命だけは助けてやるぜ?」

 俺は腕を組み、不敵な笑みを浮かべながらそう提案する。

 こいつもゲルーグルと同じゴブリン・キングだ。その価値は極めて高い。こいつを配下にできれば、ゲルーグルと合わせて運用の幅が広がるってものだからな。

「な、何をふざけたことをおっしゃるのかしら、このおチビさんは。ワタクシの可愛い部下たちを殺したアナタ方に、このワタクシが従うと思いまして?」

「確かにおまえの言う通りかもしれないが、弱い奴が倒されるのは妖魔の掟のようなものだろ?」

 弱い奴から死ぬ。これを覆すことは誰にもできない。それぐらいおまえだって承知していることだろ、ゴブリン・キング?

「確かにそこのおチビさんの言うことは正しいですわ。ですが……ワタクシにも『王』としての矜持というものがありましてよ!」

 なるほど。おまえの言うこともまた、正しい。「王」と呼ばれる以上、それに相応しい矜持があるのだろう。

 なら。

 なら、その矜持を叩き壊してやるよ。そして、おまえを俺の配下に引き入れてやる。

「ゴンゴ族長」

「おう、分かっていらぁな。俺に任せておけ」

 俺の方を振り返ることなく、ゴンゴ族長ははっきりとそう言った。

 いいだろう。ゴブリン・キングとの対決は、全部ゴンゴ族長に任せたからな。




 とは言え、既に両腕が使い物にならないゴブリン・キングには勝機はあるまい。

 それとも、まだ他に何か隠し玉でも持っているのだろうか?

「なあ、ゲルーグル。ゴブリン・キングには〈声〉以外にも何か能力があるのか?」

「す、少なくとも、私には〈声〉しかないよ? それに、私以外のゴブリン・キングなんて会ったこともないし……」

 ふむ。支配力を有する〈声〉はゴブリン・キングとしての種族能力であるが、それ以外に個体別の特殊能力がある可能性は捨てきれない、か。

 例えば、どこぞの腐竜が美少年に拘るとか。あ、これは特殊能力ではなく単なる特殊な性癖か。

 ちなみに、その腐竜は集落の奥に避難しているガリアラ氏族のダークエルフたちの所にいる。

 そこには奴好みの年若いダークエルフの少年たちがいるからな。腐竜はガリアラ氏族を守るのではなく、あくまでも美少年を守るつもりらしい。そのため、避難している場所から動く気はないようだ。

 もちろん、ギーンもそこに連れ込まれている。がんばれ、ギーン。

 あ、クースもそこにいるぞ。クースの本格的な出番は、戦いが終わった後だらかな。クースのことだから、今頃は着々と料理の仕込みをしていることだろう。

 うん、戦いの後が楽しみだ。

 さて、それよりも今は目の前のゴブリン・キングだ。

 奴はその巨体を低く屈め、そのまま大地を蹴った。

 ふむ、肉弾戦を挑むつもりか。だったら、ゴンゴ族長の方に分がありそうだな。

 腕がまだ上手く動かないであろうに、ゴブリン・キングは低い姿勢で疾駆する。対して、ゴンゴ族長もまた、どっしりと腰を落として迎え撃つ構えだ。

 ゴブリン・キングの喉から、再び咆哮が迸る。ふむ、戦意を挫く効果を持った咆哮か。だが、ゴンゴ族長には効いていない。

 ゴブリン・キングは咆哮が効いていなかろうが、構わずゴンゴ族長へと突っ込んでいく。

 そして、滑り込むような体勢で、ゴンゴ族長の足元へと蹴りを叩き込む。

 もちろん、待ち構えていたゴンゴ族長にその蹴りが決まることはない。ゴンゴ族長は軽く跳躍してキングの低い蹴りを躱すと、お返しとばかりに奴の腹目がけて蹴りを繰り出した。

 お、これは決まったか? あの体勢ではゴンゴ族長の蹴りは躱せないだろう……と思った瞬間、ゴブリン・キングは器用にも片膝を腹に引き寄せることでゴンゴ族長の蹴りを防御した。

 そして、素早く起き上がったゴブリン・キングは、体勢の整っていないゴンゴ族長の頭部目がけて回し蹴りを放つ。

 その蹴りをゴンゴ族長は腕で防御するも、体勢が悪いことが災いして身体ごと吹き飛ばされた。

 轟音と共に近くの樹木へと叩きつけられるゴンゴ族長。そこへ、追撃とばかりにゴブリン・キングが迫る。

 樹木に激突したゴンゴ族長を、再び樹木との間に押し潰さんとゴブリン・キングが肩から突っ込んでいく。

 おいおい、肩からって……肩、痛めていたんじゃないのか? それとも、戦闘の興奮で一時的に痛みを忘れたのか? まあ、俺がとやかく言うことじゃなさそうだ。それよりも。

「だから、甘ぇって言ってんだよ、デカブツ!」

 ゴンゴ族長は、ゴブリン・キングの行動を読んでいた。肩から猛烈な勢いで突っ込んで来るゴブリン・キングをぎりぎりで躱し、逆に躱しざまに奴の頭を脇で挟み込んで捕えてみせた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 裂帛の気合いと共に、ゴンゴ族長はそのままゴブリン・キングの巨体を抱え上げた。しかも、奴の身体を高々と真上に掲げるようにして。

 そして、そこから真っ逆さまにゴブリン・キングの身体を、地面へと叩き落とすゴンゴ族長。

「ぐ……がぁ…………っ!!」

 背中から勢いよく地面へと叩きつけられたゴブリン・キングが、苦しげな息を吐き出す。

 背中を強打したことで、強制的に肺の空気を吐き出させられたゴブリン・キングは、苦しげに咳き込む。

 だが。

「……ま、まだ……ですわ……っ!! ま、まだ……わ、ワタクシは負けていませんことよ……っ!!」

 奴の「王」としての矜持はまだ折れていない。ゴブリン・キングは、ふらつきながらも何とか立ち上がる。

「その闘志と矜持は大したもんだ。それは認めてやる。だが、それだけで勝てるほど、この世界は甘くはねえんだよ!」

 それまでのふらつくような歩法から一転、目にも止まらぬほどの速度でゴンゴ族長はゴブリン・キングの背後へと回り込んだ。

 背後からゴブリン・キングの巨体を、抱き締めるようにゴンゴ族長が再び捕える。

「これで…………」

 そして、そこから勢いよく──

「…………とどめだっ!!」

 背後へと仰け反るように弧を描きながら、ゴンゴ族長はゴブリン・キングの頭部を地面へと激しく叩きつけた。

 うわぁ……あれ、相当痛そうだ。


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