今度こそキング
「ガリアラ氏族のダークエルフに告ぐ。我が名はリピィ! 《白き鬼神》にして《魔物の王》となる者だ! 救援の要請に応え、ここに参上した!」
そう宣言すると同時に、俺は風術で自身の声を遠くまで響き渡らせる。
そして、同じく風術を使って風を起こし、その風を地面に叩きつけて落下速度を鈍らせた。高速で飛ぶハライソの背から飛び降りたりしたら、普通なら無事ではすまないからな。
ごう、と風が渦を巻き、俺の身体を僅かに持ち上げる。そうやって落下速度を調整した俺は、大地へと降り立った。
「おお、白いの! 来てくれたか!」
俺の姿を確認したガリアラ氏族のゴンゴ族長が、嬉しそうな笑みを浮かべて駆け寄ってきた。その背後には、族長と同じ表情をしたダークエルフたちの姿も見える。
俺が降り立ったのは集落の中心部だ。逆に言えば、ここまでゴブリンに攻め込まれていたってわけだな。
わずか五十体のゴブリンにここまで攻め込まれるとは。やはり、どう考えても普通じゃない。
「ところで、おまえは今、あの炎竜から飛び降りたように見えたが……まさか、あの竜を手懐けているのか?」
「ま、そんなところだ。あの竜は敵ではない。安心しろ」
嘘じゃないぞ。ある意味、俺はハライソを手懐けているからな。ダークエルフの美少年という餌を用いて。
「それよりも、戦況はどうなっている? 相当攻め込まれているようだが?」
「ああ、あのゴブリンども、普通種とは思えないほど強い。間違いなく、奴らの背後にはゴブリンどもを強化し、統率している奴がいる」
「救援の使者であるガラッドくんは、ゴブリン・キングを見たと言っていたが……間違いないか?」
「ああ、俺も見た。とは言っても、遠目で見ただけだから詳しいことは分からないが……少なくとも、オーガーのような巨大なゴブリンがいたことは確かだ。俺も実物を見たことはないが、あれがゴブリン・キングって奴だろう」
渋い顔でそう言うゴンゴ族長。どうやら、本当にいるようだな、ゴブリン・キングが。
「だが、安心しろ、ゴンゴ族長。敵にゴブリン・キングがいると聞いたから、俺もゴブリン・キングを連れて来たからな」
「…………なにぃ?」
なに言ってんの、こいつ? みたいな顔で俺を見るゴンゴ族長。その気持ちは分かるが、事実は事実だ。
俺が上空を見上げると、丁度ハライソとバルカンが降下してくるところだった。
「おお、美少年の芳しき匂いがあちらこちらから! おお、待っておれよ、妾の美少年たちよ! この妾が来たからには、その方らには毛筋ほどの傷もつけさせんから安心するがよいぞ!」
満面の笑顔を浮かべて、人の姿になったハライソはどすどすと重そうな足音を響かせて、ガリアラ氏族の集落奥へと姿を消した。
きっと、ガリアラ氏族の非戦闘民たちが、あちらの方に避難しているのだろう。
もちろん、その小脇にはいつものようにギーンが。うう、不憫な奴。
「な、なんだ、あれは……?」
「まあ、気にするな。あれはあれで敵ではないし、ダークエルフを傷つけるようなこともないだろうからな」
人へと化けたハライソを見て、呆然とするゴンゴ族長。いや、族長だけではなく、他のダークエルフたちも同様だ。
「それよりも、今のうちに態勢を立て直すぞ」
「お? お、おお、そうだな」
ハライソの咆哮で、ゴブリンどもは散り散りに逃げた。だが、奴らの背後にゴブリン・キングがいる以上、すぐに向こうも態勢を立て直して再び攻めてくるだろう。
ガリアラ氏族のダークエルフの中にも、ハライソの咆哮で逃げ出した者もいるが、こちらは既に集落に戻って来ている。
「リーリラ氏族の援軍も、遠くないうちにやって来るだろう。援軍が到着するまで、何としても持ち堪えるぞ。いいな、ゴンゴ族長」
「おう、それを聞けば戦士たちの士気も高まるってもんだ。おい、集落の者たちに伝えろ。リーリラの援軍はすぐそこまで来ているとな」
族長の指示を聞き、背後に控えていた数人のダークエルフが動き出した。
まあ、実際は援軍を待つまでもなく、カタがつくと俺は思っているけどな。
「それで……だな、白いの」
さっきから、ゴンゴ族長はゲルーグルのことを凝視している。彼女が何者なのか、見ただけでは分からないだろう。
「ああ、こいつがさっき言った、ゴブリン・キングのゲルーグルだ」
俺がそうゲルーグルを紹介すれば、ゴンゴ族長はどこか胡散臭そうに彼女を見た。そして、ゴンゴ族長が厳めしい顔を向けたせいか、ゲルーグルは小さな悲鳴と共に俺の背後に隠れてしまう。
「お、おい、白いの。おまえを疑うわけじゃないが、本当にこいつが……?」
俺と俺の背後に隠れるゲルーグルの顔の間を、ゴンゴ族長の視線は何度も往復した。
うん、その気持ちは分かる。よく分かるぞ。
だが、ゲルーグルがゴブリン・キングなのは間違いない。ま、どこかの骸骨に言わせると、「あいどる」とからしいが。
「ゲルーグルの力はこれから説明する。それよりも、ゴブリンどもを迎撃する準備だ」
援軍に来たとはいえ、戦力として数えられるのは俺とバルカンぐらいだ。
クースは戦力にはならないし、ゲルーグルも直接的な戦力とは言えない。更に、どこぞの腐竜は扱いが難しい。
いや、ある意味で簡単ではあるな。美少年が危機に瀕していると言えば、あいつは間違いなく敵を蹂躙するだろうから。だが、俺の命令通りに動いてくれる保証はまるでないので、あくまでも遊撃的なものと思っておこう。
ガリアラ氏族の残された戦力と、俺とバルカン。
これだけで、ゴブリン・キングに指揮されたゴブリンどもを撃退しなければならない。だが、俺はそれが可能だと思っている。なにしろ、こちらには切り札があることだし。
これまでの戦いで敵も消耗しているだろうが、向こうの総数はまだまだ未知だ。
よし、まずは敵の戦力がどれほど残っているか、そこをダークエルフの斥候に調べさせよう。
迎撃の準備を手早く整えていると、放った斥候たちの一部が戻ってきた。
斥候たちの偵察結果によると、敵の残数は三十体ほど。ガラッドくんの話によると、この集落を襲ったゴブリンの数は五十ほどだったらしい。この襲撃で当然向こうにも被害は出ているので、残り三十体ってのは納得できる数字だ。
敵の残りは半分ちょっと。だが、まだまだ油断できない。向こうのゴブリン・キングの力と能力は未知数だからな。
だが、こちらも負けてやるわけにはいかないんだ。
「敵が動き出したら……手筈通りにな、ゴンゴ族長」
「おう、任せておけ」
どん、と逞しい胸板を叩くゴンゴ族長。黒馬鹿たちがリーリラ氏族を襲った時もそうだったが、ダークエルフは正面切っての戦いには向いていない。そのため、奇襲を受けると案外脆いのだ。
だが、今度はそうはいかない。たとえ奇襲を受けても、その最初の襲撃さえ耐えきれば、その後はいくらでも反撃できる。
しかも、ここはガリアラ氏族の集落付近。地の利はこちらにある。
「族長! 《白き鬼神》殿!」
突然、俺とゴンゴ族長の傍に一人のダークエルフが姿を現した。〈姿隠し〉で透明化していた斥候の一人だ。
「ゴブリンどもが動き出しました」
「よし、前回の借りを返す時が来たようだな」
にやりと不敵に笑うゴンゴ族長。おいおい、まるで黒馬鹿たちみたいだぞ、今の顔。
「敵の侵攻路は?」
「は、《白き鬼神》殿の予測通りに正面から」
ほう、やっぱりそう来たか。
前回の奇襲でこちらを与しやすいと判断したあちらさんは、今度は堂々と真っ正面から来るようだ。
まあ、それが囮という可能性は捨てきれないけどな。だが、集落の周囲を見張らせている他の斥候から連絡がない以上、囮ということはなさそうだ。
「向こうがゴブリン・キングに率いられているというのなら、こちらもゴブリン・キングの能力を使うまでだ。頼むぞ、ゲルーグル」
「うん、任せて! 私がみんなを応援するから!」
最初こそおどおどしていたゲルーグルだが、いざ戦いを前にすると覚悟を決めたらしい。この辺り、なんだかんだ言っても妖魔ってことだよな、彼女も。
ざんざんと下生えの雑草を踏み荒らしながら、三十体ほどのゴブリンたちが進軍する。
本来臆病なゴブリンは、普通ならしきりに周囲を見回すものだ。もしも自分たちより強い敵が現れたら、真っ先に逃走しなくてはならないから。
逆に、自分たちよりも弱い者が現れれば、徹底的にいたぶり、最終的には殺し、可能であれば食べてしまうだろう。
先だっての奇襲で、ダークエルフたちを自分たちよりも「弱い」と判断したゴブリンどもは、下卑た笑みを隠そうともせず、そして周囲を警戒することもなくひたすらガリアラ氏族の集落を目指して進軍する。
ダークエルフの男は殺し、女はさまざまに楽しむつもりなのだ。その後は連中の腹の中か。まあ、女は仲間を増やすことにも使われるだろうが。
そんな「お楽しみ」を前にしたゴブリンどもは、沸き立つ欲望を隠すことさえしない。
にまにまと厭らしく笑い、口からは涎がしきりに零れ落ちる。
ゴブリン・キングによって士気が上がり、戦闘力が底上げされていても、ゴブリン本来の浅ましい本能は抑えられないみたいだな。
連中はゴブリンらしくない、大胆な歩みで進軍を続ける。時折、連中の背後から咆哮のようなものが聞こえてくるが、あの咆哮はゴブリン・キングのものだろう。あれで配下の士気と能力を鼓舞していると見た。
どうやら、〈声〉で配下を強化するのはゲルーグルだけの特殊能力ではなく、ゴブリン・キングの種族能力のようだ。
威風堂々とした咆哮を背中に受けたゴブリンどもは、その足並みを更に速めて進む。
その時だ。
向こうの咆哮に真っ向から対立するように、高く澄んだ歌声がリュクドの森の中に響き渡ったのは。
──牙を剥け!
──爪を研げ!
──腕を振り上げ、足を踏み鳴らせ!
──立ち塞がるものは全部ぶち壊せ!
何ともまあ、澄んだ声に似合わない歌詞だこと。
だが、これがゴブリン・キング対ゴブリン・キングの〈声〉の対決の始まりであった。
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