救援隊




「我らガリアラ氏族の集落に襲撃してきたのは、五十体前後のゴブリン……それも、普通種ばかりでした……」

 満身創痍ながらも事情を説明するガラッドくん。今にも気を失いそうな状態でありながらも、気力だけで何とか意識を保っているって感じだな。

 ちょっと見直したな。こいつにこれだけの根性があったとは。以前に会った時は、もっとヘタレっぽい奴だと思っていたんだが。

「……しかし、そのゴブリンどもは普通種とは思えないほど強く、我らガリアラ氏族の戦士が次々に討たれ……」

 ふむふむ。普通であれば、ゴブリンがダークエルフに勝つことなどあり得ない。まあ、戦いというものは運が大きく左右するものでもあるので、絶対とは言い切れないが。

 それでも、しっかりと鍛錬を積み上げたダークエルフの戦士に、普通種のゴブリンが勝つことはまずあり得ないと言っていい。

 それなのに、ガリアラ氏族の戦士たちが普通種のゴブリンに討たれたというのは、やはり異常事態だろう。

「……そ、そして……そして、私は見たのです……普通種のゴブリンたちの背後に、一際大きな体躯のゴブリンがいたのを……その大きなゴブリンが、普通種どもを指揮しているのを……」

 がくり、と大きく身体を傾けるガラッドくん。その際、ちらっと俺の方を見た。

 いや、ガラッドくんが見たのは俺ではない。彼が見たのは俺の背後にいるサイラァだ。

 サイラァは傷だらけのガラッドくんを、頬を紅潮させながら見ている。うん、その理由は分かる。傷ついたガラッドくんを見て、いつもの性癖が出ているんだな。

 だけど、ガラッドくんは自分を恍惚とした表情で見ているサイラァに、「俺様、あこがれのサイラァちゃんに熱く見つめられてね? 俺様、傷つきながらも使命を果たす熱い男ってことで、もしかしてサイラァちゃんの心を鷲掴みにしちゃってる?」と勘違いしているのだろう。

 ちらちらとサイラァへと視線を飛ばしつつ、ガラッドくんは大袈裟な仕草で倒れ込んだ。どうやら、気を失っているフリをしているようだ。

 片方の目だけを半目に開けて、サイラァを見ている。同時に、ガラッドくんの鼻の穴が大きくなって、ぴくぴくしている。おやおや、いい気になっているな、ガラッドくんは。

 おそらくは満身創痍で踏ん張っているのも、根性ではなくサイラァに注目されたい一心かもしれない。

 まあ、いい気分でいるのだから、あえて野暮な指摘はしないでおいてやろう。ってか、まだサイラァに惚れていたんだな、がラッドくんは。




「……どう見ますかな、リピィ様?」

「ガラッドくんが見たという大柄なゴブリン……普通種を指揮し、その実力を大きく引き上げているところから見て、そいつがゴブリン・キングの可能性は高いな」

 しかし、ゴブリン・キングはその辺に転がっているような種族じゃない。何度も転生を繰り返してきた俺が、これまで一度も遭遇したことがなかったほどだ。

 それなのに、ゲルーグルに続いて別のゴブリン・キングと遭遇するとは……

「あり得るのかね、こんなこと」

 …………。

 あれ? 俺の呟きに返事がないぞ?

 あ、そうか。今、ジョーカーの奴はいないのだった。

 ついいつもの調子でいたけど、俺の呟きに返事をする奴はいないのだった。うーん、何かこう、どうにも調子が狂うな。

「ガリアラの集落を襲った奴が本当にゴブリン・キングかどうかは分からないが、それでもガリアラが襲撃を受けているのは事実だろう。であれば、救援に向かわない理由はない。ガリアラ氏族もまた、リーリラ氏族やガララ氏族同様に俺の配下だからな」

 俺はにぃと口元を吊り上げ、牙を剥き出しにする。

「グルス族長、戦いの準備だ! 最速でガリアラ氏族の救援に向かうぞ!」

「御意! 我らリーリラ氏族、リピィ様に従った時よりいつでも戦える準備はできております! すぐさま、ガリアラ氏族の救援に赴けましょうぞ」

 俺とグルス族長が宣言すると同時に、満身創痍で突然この集落に現れたガラッドくんに興味を引かれたのか、広場に集まっていたリーリラ氏族のダークエルフたちが勇ましい声を上げた。

「ゲルーグル」

「え、な、何、リピくん……?」

 突然俺に名前を呼ばれて、ゲルーグルはびっくりした顔を隠そうともしない。

「ガラッドくんの言うように、相手が本当にゴブリン・キングだとしたら……おまえの力が必要になるかもしれない。一緒に来てくれるな?」

「う、うん……リピくんがそう言うなら……」

 おどおどしつつも、ゲルーグルは同行を承知してくれた。今回は集団戦になるかもしれない。となると、彼女の〈声〉の能力が威力を発揮するかもしれないからな。

 そして、俺は視線をゲルーグルから横へとずらす。

「クース」

「は、はいっ!!」

「今回はおまえも一緒だ。なんせ、おまえの料理がないと兄弟たちのやる気が削がれるようだからな。なに、おまえの安全は俺が保障する」

「は、はい……っ!!」

 にっこりと微笑みながら、クースは力強く頷いた。

 黒馬鹿たちやザックゥたち、そしてジョーカーの奴がいないのはちょっと痛いが、今はそんなことを言っている場合じゃないしな。

 本音を言えば、ゲルーグルの時はやや肩透かしだった感じが否めないからな。今度は本気で行くとしよう。

 さあて、今度はどんなゴブリン・キングが現れるのやら。

 ゲルーグルの後だけあって、どんなゴブリン・キングが現れても驚かないぞ。




 リュクドの森の上空を、二体の魔獣が風を切って飛翔する。

 赤い鱗を持つ巨大な竜と、獅子の体に蝙蝠の羽、そして老人の顔を持つ魔獣たちだ。

 俺とクースとゲルーグル、そしてギーンは、二体の魔獣……ハライソとバルカンの背に分乗し、ガリアラ氏族の集落へと急いでいた。

「おのれ、醜悪なる子鬼どもめが……妾の大切な美少年たちを傷つけようなど、到底許されるものではないぞえ」

 ふつふつと闘志を燃やすハライソ。こいつを動かすために、俺はガリアラ氏族の美少年たちが、ゴブリン・キング率いるゴブリンに襲われていると説明したのだ。

 まあ、嘘は言っていない。ガリアラ氏族にも美少年は当然いるし、その美少年たちがゴブリンに襲われているのも事実には違いないわけだしな。

 もちろん、ハライソが動く以上ギーンも同行だ。最近はすっかりハライソの所有物と化しているギーン。どこに行く時も、ハライソはギーンを手放さないのだ。

 ギーンもすっかり諦め……いや、慣れてしまったようだ。最近は生気の薄い表情で、ハライソに抱えられている姿をよく目撃する。

 なに、そう気を落とすなって、ギーン。そのうちいいこともあるから。

 ちなみに、俺とギーンがハライソの背に乗り、クースとゲルーグルがバルカンの背に乗っている。

 本当ならユクポゥとパルゥも一緒に連れてきたかったが、さすがにこれ以上はハライソにもバルカンにも乗れなかった。最近、兄弟たちは更に身体が大柄になってきているし。

 彼らは今頃、地上を往くリーリラ氏族の戦士たちと一緒にガリアラの集落を目指しているだろう。俺たちは一刻も早くガリアラ氏族の救援に赴くため、こうしてハライソたちに分乗して先行しているわけだ。

「そろそろガリアラ氏族の集落が見えてくるはずだ」

 俺たちを案内するのはギーン。俺もガリアラの集落には行ったことはあるが、一回だけなので正確な場所はよく覚えていない。

 それにほら、俺って方向音痴だし。

 ってか、そういえばギーンも俺と同じで相当な方向音痴だよな? そのギーンに案内を任せて大丈夫だろうか? 今更だけど不安になってきたぞ。いや、本当に今更だけどさ。

 だが、その不安はすぐに払拭された。なぜなら前方にゆらゆらと空に立ち昇る黒い煙が見えたからだ。

「あれか!」

「うむ、間違いないぞえ。あの煙の方から美少年特有の香しい匂いが漂ってくるわ」

 美少年の匂いって何だよ?……いや、もう、何も言うまい。コイツには何か言うだけ無駄だろうし。

 しかし、ガラッドくんがリーリラの集落に辿り着くまでに、数日は経過しているはずだ。彼からの救援要請を受けてすぐにリーリラの集落を飛び出してきたが、果たしてガリアラの集落は持ちこたえているだろうか。

 先程とは別種の不安を抱えつつ、俺は前方に立ち昇る煙をじっと凝視した。




「妾の美少年たちよ! 今すぐ助けに向かうぞよ! 待っておれよ!」

 ハライソが飛ぶ速度が増した。なんだかんだ言いつつも、コイツの力は途轍もないからな。そもそも、成竜は一体のみで国さえ崩壊させると言われている。確かに誇張が含まれてはいるが、ハライソぐらいの竜であれば、中規模程度の国なら間違いなくコイツだけで落とせるだろう。

 そのハライソに背にしがみつくようにしながら、俺は視覚を強化して地上の様子を見た。

 黒い煙が立ち昇るその周辺で、今も戦闘が行われているようだ。更に目を凝らせば、確かにゴブリンの姿が見える。

 そのゴブリンを迎え撃つのは、間違いなくガリアラ氏族のダークエルフたちだ。彼らが纏う衣装や鎧などは、以前に見たことがあるからな。

 戦況は芳しくはなさそうだ。ガラッドくんの言う通り、単なる普通種のゴブリンたちが、ダークエルフと互角に戦っている。

「ゲルーグル!」

 俺は風術を使って自分の声をやや後方のゲルーグルに届かせる。

「ゴブリン・キングであるおまえになら分からないか? この状況、ゴブリンどもの背後にはやっぱりキングがいるのか?」

「え、えっと……」

 ゲルーグルはバルカンの背から首を伸ばし、必死に地上の様子を観察する。

 そして。

「……は、はっきりとは分からないけど……普通であれば、ゴブリンはあんなに勇敢に戦わない……誰かに操られているか、指揮されていると思う……」

 彼女の言う通り、確かにゴブリンたちは真っ向からダークエルフと戦っている。しかも、不利な状況に陥ろうが、自分がどれだけ傷つこうがお構いなしだ。

 臆病で卑屈なゴブリンが、自分たちの意思でこんな戦い方をするわけがない。

 となれば。

「やはり、いるようだな……」

 果たして、それがゴブリン・キングかどうかは不明だが、ゴブリンどもを統率する者がいるのは確かのようだ。

「ハライソ! おまえの美少年たちを守るため、一際大きな咆哮を上げろ!」

「おお! それは良い手よ! 妾の咆哮を聞けば、子鬼どもは虫のように逃げまどい、妾の美少年たちは妾の存在に気づいて勇気づけられようぞ!」

 にぃ、と嬉しそうに目を細めたハライソは、すぅと大きく息を吸い込んだ。

 そして、大きな大きな咆哮を放つ。

 びりびりと空気が振動し、森の木々が竜巻に巻き込まれたかのように荒れ狂う。

 更には木々の上ぎりぎりを飛ぶことで、自らの存在をこれでもかと主張した。

 当然、ダークエルフたちやゴブリンどもは、ハライソの存在に気づく。

 互いに戦う手を止め、恐れおののくようにして空を仰ぎ見、その顔に戦慄を浮かべた。

 あ、やべ。

 そういや、ハライソの存在をガリアラ氏族に知らせていなかったような気がするぞ。

 このままだと、ゴブリンだけではなくガリアラ氏族のダークエルフたちまで恐慌状態に陥ってしまうかもしれない。

 ってか、既にどちらの手勢もハライソの存在に恐怖に囚われ、我先にと逃げ出し始める。

 ま、まあ、いいか。ゴブリンどもの戦列を乱すことができたと思えば悪くはない。

 考えを改めた俺は、風術で身体の周りに風を纏わせ、ひらりとハライソの背から飛び降りた。




「ガリアラ氏族のダークエルフに告ぐ。我が名はリピィ! 《白き鬼神》にして《魔物の王》となる者だ! 救援の要請に応え、ここに参上した!」

 さあ、気合いを入れて行こうか。


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