また?
ぽかんとした表情で、ゲルーグルを見つめるグルス族長とクース。
まあ、一般的に想像するだろうゴブリン・キングと、ゲルーグルの姿はかなりかけ離れているから無理もない。
ダークエルフより若干薄い褐色の肌に、やや尖った耳、そして妖しい輝きを放つ金の瞳を除けば、ゲルーグルの姿は人間の少女そのものだ。
実際、クースと並んでもそれほど違和感を覚えさせないだろう。
そんなゲルーグルがゴブリン・キングだと言われても、すんなりと信じられないのは当然だろうな。
「り、リピィ様を疑うわけではありませんが、本当に彼女が……?」
「ああ、間違いない。このゲルーグルこそが、百体のゴブリンを従えるゴブリン・キングだ」
一方のゲルーグルも、どこか不安そうにグルス族長を見ていた。今、俺が彼女の両肩を押さえているから俺の前に立ってはいるが、そうでなければ今すぐ俺の背後に隠れてしまいそうだ。
しかし、最初に会った時に比べると随分印象が違うよな、ゲルーグルって。
初対面の時の彼女は、どこか高飛車というか高圧的だった。おそらく、そうでないと自分の身を守れなかったからだろう。〈声〉という強力な武器はあるものの、それ以外には突出した能力を持たないゲルーグルは、ある意味で「ハリボテの王様」だ。虚勢を張ることで王としての立場を固めていたのだ。
だが俺と出会い、俺の配下となったことで虚勢を張る必要もなくなった。それゆえ、彼女の本来の性格……人見知りが激しく臆病な性格が表に出ているのだろう。
「り、リピくん……」
「安心しろ、ゲルーグル。俺の配下におまえを傷つけるような奴はいない」
「う、うん……」
おどおどとしたゲルーグルの視線が、クースの上で止まった。
「あ……こ、この
「そうだ。クース、こっちに来てくれ」
俺がクースを呼べば、彼女が首を傾げつつもこちらへとやって来た。
「何ですか、リピィさん?」
「ゲルーグルはこっちでは知り合いが少ない。仲良くしてやってくれないか?」
「はい、リピィさん」
俺の言葉に応じたクースは、にこやかに笑いながらゲルーグルへと向き直った。
「あの、私、クースって言います。よろしくお願いしますね?」
「う、うん……わ、私、ゲルーグル……」
クースが差し出した腕を、おずおずとゲルーグルが取った。よしよし、その調子で仲良くな。
「サイラァ」
「はい」
二人に聞こえないぐらいの小声で、背後に控えていたサイラァを呼ぶ。
「おまえも、あの二人をそれとなく見守ってやってくれ」
「御意にございます」
果たして、サイラァに任せていいのか迷わないでもないが、他に頼める人材がいない。まさか、パルゥに任せるわけにもいかないしな。
もう少し、俺の手下にも女性を増やすべきかもしれない。
とりあえず、ゲルーグルとその配下の百体を傘下に収めたいきさつを、グルス族長に説明した。もちろん、彼女の能力も含めて。
「なるほど……突然変異として、彼女は生まれながらにゴブリン・キングであったと」
「そういうことだ。そして、彼女の〈声〉は使い方次第では強力な武器となる」
「確かに。普通種のゴブリンであっても、ゲルーグル殿の〈声〉に導かれれば、死をも恐れぬ精兵となりますからな」
グルス族長も、ゲルーグルの能力の恐ろしさを理解したようだ。
問題は、彼女のその能力を最大限に活かせる奴が、俺の陣営にはいないことだ。
基本的に、妖魔って奴は個人の能力を重視するからな。「軍隊」を指揮できるような奴はなかなかいない。
かく言う俺も、小規模な集団ならともかく、大規模な「軍隊」を指揮した経験はない。過去、基本的に少人数で活動していたし。
どこかに軍隊指揮に優れた「参謀」役はいないものか。
ジョーカー? あいつも自分の趣味に忠実だからな。基本的に軍隊指揮には向いていないだろう。
「グルス族長は、『軍隊』の指揮をした経験は?」
「私も族長となる前は、集落の戦士長でした。ですが、集落の規模自体が大きくはないので、リーリラの戦士団の規模も決して大きくはありませぬ」
それもそうか。妖魔の集団の規模は、大きくてもせいぜいが百体ぐらいだ。それ以上の規模になることはまずない。
それこそ、《魔物の王》にでも率いられていない限りは。
「なあ、グルス族長は軍隊指揮に優れた奴に心当たりはないか?」
「ふむ……我らダークエルフに限れば、誰もが私と同じようなものでしょうな」
顎に手を当ててしばらく思案した後、グルス族長はそう言った。
となると、ダークエルフ以外から必要な人材を探す必要があるな。だが、知力面においてダークエルフは、妖魔の中でも最高の種族の一つだ。そのダークエルフを超えた存在となると……かなり難しいな。
もちろん妖魔に限らず竜のハライソやマンティコアのバルカンなど、単純に知力でダークエルフを超える魔獣は数多い。だが、魔獣は妖魔以上に個人主義だ。軍隊の指揮などできないだろう。
俺が知る限り、軍を指揮する能力に最も優れた生物は、他ならぬ人間だ。人間は個人の能力が高くはない分、群れて「軍隊」となった時に高い能力を発揮する。
もちろん、人間の中にも個人の能力が傑出した者──それこそが《勇者》と呼ばれる──もいるが、そんな者は極めて稀だ。だから、人間は「軍隊」を作って脅威に対抗する。
「まさか、人間から軍の指揮に優れた人材を引っ張ってくるわけにもいかないしな」
「何か、おっしゃられたか、リピィ様?」
「いや、何でもないぞ」
ま、ここで考えていても仕方がない。必要な人材に関しては、今後の課題としておこう。
さて、こちらのことはこれでいいとして、俺たちがいない間、リーリラ氏族の方には問題はなかっただろうか。
「こちらの方で、何か問題はなかったか?」
「そうですな……これといってありませんが……しいて言えば、ハライソ殿がご自分で執筆された創作物語を、氏族の者たちに押しつけていることが、問題と言えば問題ですかな」
…………俺がいないところで、何をやっているんだ、あの腐竜は?
あいつの書く物語といえば、あの男同士の恋愛ものだろ? あんなもの読んで、一体誰が喜ぶというのか……あ、いや、妖魔はともかく人間社会において、一部で同性愛は推奨こそされていなかったものの黙認されていたっけな。
特に貴族や宗教関係者の間では、同性愛は特定身分の者の嗜みだという風潮がはびこった時代もあった。それを考えれば、ダークエルフの中にも同性愛に理解を示す者がいたとしても不思議じゃないな。
ゴブリンやオーガーなどのような本能優先の種族とは違い、ダークエルフは様々な「文化」を築く。そして様々な「文化」を持つため、中には同性愛に寛容に対応する「文化」もあるかもしれない。
このリーリラ氏族に、そんな「文化」がないことを切に願うが。
「で、あの腐竜の作品を押しつけられた者たちは、その押しつけられたものをどうした? 処分に困っているようなら、俺が全部燃やしてやるぞ?」
「い、いや、それが……確かにほとんどの者は処分に困っているようですが、ごく限られた一部の者の間では、秘かな人気作となっているようで……」
…………まあ、ダークエルフと言っても、娯楽に飢えているのかもな。
自ら求める者がいるのであれば、それについては文句は言うまい。だが、望まない者に無理矢理押しつけるのはやっぱり問題だ。
「分かった。あいつには俺から話をしておく。望む者たちだけで盛り上がっていろとな。ああ、処分に困ったブツは、俺が処理するので集めてきてくれ」
まさか、これが根源となってダークエルフの中に新たな「文化」が根付くなんてこともあるまい。
……………………まさか……な?
「クース! クース! 腹減ったっ!! 早くナマニクをヤキニクに進化させる!」
「クースが進化させたヤキニク、ずっと食べたかった!」
俺がグルス族長と話をしている横では、ユクポゥとパルゥがクースに焼き肉を催促しながら、彼女の周囲をぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
おまえら、そんなにクースの焼き肉が食べたかったのか? だが、その気持ちは分かる。正直言えば、俺も久しぶりにクースの料理が食いたいからな。
「ヤキニク……? なに、それ?」
楽しそうに飛び跳ねる兄弟たちを眺め、ゲルーグルが首を傾げた。どうやらゴブリン・キングとはいえ、わざわざ肉を焼いて食べたりはしていなかったようだ。
そもそも、普通種のゴブリンに肉を焼かせても、黒こげにするのがオチだ。ま、彼女の側近であったジィムならば食べられる焼き肉を作れそうだが、どうもあいつもわざわざ肉を焼くことはしなかったらしい。
「クースが作る料理は、焼き肉に限らずどれも絶品だぞ。一口食えば、他の料理が食べられないほどだ」
ゲルーグルにそう説明すれば、彼女の横でクースが照れ笑いを浮かべている。
「今日はリピィさんたちが帰って来たので、いつも以上にがんばりますね」
「ああ、楽しみにしているぞ。特に今日は新しい仲間もいるからな」
「えへへ。ヤキニクがどんな食べ物か分からないけど、リピくんがそこまで言うなら期待しちゃうな」
「はい、任せてください、ゲルーグルさん」
「ねえ、私にもそのヤキニクってできるかな?」
どうやら、ゲルーグルは料理に興味を持ったようだ。うんうん、いい傾向だ。いくら妖魔とはいえ、争いごとばかりの毎日じゃ気が滅入ってしまうからな。何か気晴らしになるようなものがあれば、生きることに潤いが生まれる。
実際は妖魔といえども争ってばかりじゃないがな。ただ、妖魔には文化というものがほとんどなく、また自分の欲望に忠実な連中ばかりなので、争いごと以外となると食うか繁殖行為を行なうかしかないわけだ。
ゲルーグルと共にリーリラ氏族の集落に戻って数日後。
かつてムゥたちによって破壊されたこの集落も、最近になってようやく完全に復興した。
リーリラ氏族のダークエルフたちは、穏やかな日々を送っている。とは言え、俺が《魔物の王》となることを宣言しているので、いつでも戦える準備は整えている。
そんなリーリラ氏族の集落に、思いもしない来客があった。
「貴様は……ガリアラ氏族のガラッドではないか」
グルス族長のその一言を聞いて俺も思い出した。
ああ、いたっけな、そんな奴。思い出した、思い出した。
確か、サイラァに惚れていて、大した実力もないのに偉ぶった態度を見せて、俺たちにぼこぼこにされた奴だ。
そのガラッドくんが集落の中央にある広場で、再びぼろぼろになって今にも倒れそうな状態でいる。
「一体、何があったのだ?」
グルス族長のその問いに、ガラッドくんは気力を振り絞るようにして告げた。
「わ、我らガリアラ……氏族のしゅ、集落が……襲撃を受けました。敵はゴブリンの一団……お、おそらく、ゴブリン・キングに率いられた集団かと……」
思わず、俺はグルス族長と見つめ合ってしまう。
え?
またゴブリン・キング?
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