帰還と対面
「じゃあね、ジィム。みんなのことはお願いね。私はリピくんと一緒に行って、リピくんの他の配下の人たちに挨拶してくるから」
「御意。お任せを」
片膝を突き、ゲルーグルに頭を下げるジィム。
これからガララ氏族の集落に戻るのだが、さすがに百体を超えるゴブリンたちを連れていくわけにはいかない。
確かにゴブリンはダークエルフよりも格下だが、それでも何をしでかすか分からないしな。たとえ俺や兄弟たちが睨みを利かせたとしても、、そしてゲルーグルの〈声〉があったとしても、百体全部を完全に管理するのは難しい。
それに、食料の問題もあるだろう。突然百体もの食い扶持が増えれば、ダークエルフの集落とて対応しきれまい。
よって、ゴブリンたちはジィムに任せ、このままここで待機だ。来るべき日まで、ジィムにゴブリンたちを鍛えておいてもらおう。
この群れを代表してゲルーグルだけは俺たちと同行し、他の配下たちと顔合わせを行う。
「う、うううう……リピくんの配下の人たちに、き、きちんと挨拶できるかなぁ……? し、心配だよぉ……挨拶に失敗したら、いじめられるかも……」
大丈夫だぜ、ゲルーグル。ダークエルフの長たちを始めとした俺の配下たちは、おまえをいじめたりはしないさ。
問題を起こしそうな黒馬鹿や、ザックゥは今いないしな。
それに、ゲルーグルの〈声〉がどの程度の影響力を持っているか、検証する必要もある。
ゴブリン程度になら問題なく効くようだが、ゴブリンよりも魔術に対する抵抗力が高いダークエルフにも効果があるのか。確かめてみる必要があるからな。
「リピィ様。くれぐれも、ゲルーグル様のことをよろしくお頼み申し上げる」
「ああ、任せておけ」
ジィムの奴も、相当過保護だよな。奴の本心を言えば、ゲルーグルから離れたくはないだろう。だが、誰かがここのゴブリンたちの統率を取る必要がある以上、ジィムがここに残るしかないのだ。
「いつかは、おまえも俺の配下たちと顔合わせをさせてやるからな」
「は、楽しみに待っております」
さて、こうして俺は新たな戦力を手に入れたわけだ。ガララ氏族の集落へ戻った後は、リーリラ氏族の集落に戻るとするか。
今……ガララ氏族の集落は熱狂に支配されていた。
もちろん、その熱狂の中心はゲルーグルである。彼女の〈声〉の能力を検証するため、ガララ氏族のダークエルフの前で一曲歌ってもらったのだ。
そうしたら、こうなった。
いや、何を言っているのか理解できないかもしれないが、実際、俺もよく理解できていない。
最初こそゲルーグルの歌を大人しく聞いていたダークエルフたち。だが、ゲルーグルの歌がどんどん速く躍動的なものへと変わっていくのに合わせて、聞いていたダークエルフたちは歌に合わせて身体を動かし始めたのだ。
やがて歌という名の熱狂が、集まったダークエルフたち全てに伝わると、もうゲルーグルの独壇場だった。
ダークエルフたちの目と耳は、ゲルーグルの姿と歌声を片時も逃すまいと更に更に集中していく。
彼女の歌声に合わせ、踊る者や一緒に声を合わせる者、ガララ氏族の集落の中央に存在する広場は、完全にゲルーグルの「領土」になっていた。
なるほど。これこそがゲルーグルの……ゴブリン・キングの能力なのかもしれない。
配下たちを熱狂させ、その熱を戦いへと導く。それはまるで神々のために戦う聖戦のようだ。
決して怯えることもなく、ただただ自らが信奉する「神」のために死ぬまで戦う。
彼女のこの能力は、本当に恐ろしいものだ。ただ、〈声〉に従わせて雑兵を精鋭にするだけではない。死を恐れることなく最後まで戦う、狂的な死士を生み出すことさえできる。
正直、彼女を仲間にして正解だったな。もしも彼女が敵に回っていたら、単なるゴブリンも恐るべき敵になっていただろう。
今もまだ、ダークエルフたちの熱狂は収まるところを知らず、ゲルーグルの歌と踊りに引き付けられている。
その中にはガララ氏族のガウス族長の姿もある。ってか、最前列で一番のりのりで踊っていたりする。
そんなに気に入ったのか、ゲルーグルの歌が。それとも、彼女の〈声〉にあてられたのかもしれないな。
気がつけば、いつの間にか数人のダークエルフが、竪琴のような楽器を抱えてゲルーグルの歌に合わせて演奏していた。ふむ、初めて聞くであろうゲルーグルの歌に、見事に合わせている。おそらく、相当な腕の楽師たちなのだろう。まあ、俺は音楽的なことはよく分からないがな。
「ねえ、ジョルっち。ジョルっちはこれからリーリラの集落に帰るよね?」
いつの間にか俺の隣に立っていたジョーカーが尋ねてきた。
「そのつもりだが、それがどうかしたのか?」
「実はさ。ゲルーグルたちがいたあの遺跡、ちょっと調べたいんだ。だから、僕はもう少しだけこっちに残ろうと思うけど……いいかな?」
ほう、あの朽ち果てた神殿に、ジョーカーの興味を引くようなものがあったのか。
「それはもちろん構わないぞ」
「ありがとう。じゃあ少しの間、僕は別行動を取るね」
正直ここ最近は、あれこれとジョーカーに頼り切っているところがあるからな。こいつがいないとなるとちょっとだけ不安ではあるな。あくまでも、ちょっとだけだぞ?
以前、ジョーカーにはジョーカーの目的があると言っていた。その目的のために、こいつは俺と一緒に行動するのだと。
ならば、あの遺跡を調べるのはその目的のためだろう。だったら、少しぐらいは別行動するのも仕方ないさ。
「ああ、そうそう。ゲルーグルくんの〈歌〉を使う際、こんな感じで使ってみたらどうかなって案をこれに纏めておいたから。暇があったら見ておいてよ」
と、ジョーカーは俺に羊皮紙の束を手渡した。
うーん、見るのが恐いような、そうじゃないような……一体、何が書いてあるんだろう?
ジョーカーと別れた俺たちは、一路リーリラ氏族の集落を目指す。
分かれたジョーカーに代わりゲルーグルが加入したわけだが、さすがはゴブリン・キングだ。その体力は相当なもので、俺たちに遅れることなくしっかりとついてきた。
往路と同じように、三十日弱で俺たちはリーリラの集落へと戻って来ることができた。正直、ゲルーグルが加わったことで足が遅くなると思っていたが、杞憂だったな。
そして。
「どうやら、ここは変わっていないようだな」
遠目にリーリラ氏族の集落を眺め、俺は一人呟く。いつもならここでジョーカーが何か言ってくるところだが……やっぱり、あいつがいないとちょっと調子が狂う。
「へー、あそこがリピくんの本拠地なんだね! どんな所か、ちょっと楽しみ!」
俺の隣に立ったゲルーグルが、リーリラ氏族の集落を眺めながら言った。
「あそこ、クースがいる!」
「クースの進化させたヤキニク、楽しみ!」
「早く行こう、リピィ!」
「早く、早く!」
しばらくクースの焼き肉を食べていない兄弟たちが騒ぐ。すっかり禁断症状だな。
「クースって……確か、リピくんが飼っている人間の
「おいおい、確かにクースは俺の『所有物』だが、別に飼っているわけじゃないぞ」
まあ、俺とクースの関係はちょっと特別だからな。一言で説明するのは難しい。
しかし、ゲルーグルの見た目の年頃はクースと近い。できれば、クースのいい友人になってくれると嬉しいものだ。
クースにも同じ年頃の友人は必要だろうし。ま、ゲルーグルの実年齢は見た目とはちょっと違うだろうが。
「ふぅん……私、人間って見たことないんだよね。どんな生き物なのかなぁ」
「会えば分かるさ」
「それもそーだね」
にっこりと微笑むゲルーグル。そうだな、会えば分かるよな。そして、きっといい友人関係になれるはずだ。なんせ、クースはサイラァとだっていつの間にか仲良くなっていたぐらいだし。
きっとゲルーグルも、クースの料理を食べればクースと仲良くなるだろう。黒馬鹿とかザックゥたちみたいに。
……なんか、娘を持つ父親みたいだな、俺。
「クース! クース! クースのヤキニク!」
「早く食べる!」
俺とゲルーグルを置いてきぼりにして、ユクポゥとパルゥが集落へと駆け出した。その速度は戦闘時のそれだ。普通に走っただけではとても追いつけない。
「う、うわー、あの二人、速いねー」
見る見る小さくなっていくユクポゥとパルゥの背中。いや、本当に速いな。
「よろしいのですか、追いかけなくて?」
走り去る兄弟たちを眺めていた俺に、背後からサイラァが聞いてきた。こいつって、普段は口数も少ないし気配も薄いから、時々忘れることがある。
その代わりと言ってはなんだけど、誰かが怪我したり自分が傷ついたりすると、途端にアレになるからな。アレさえなければ、本当にこいつは優れた命術の使い手なんだが。
「まあ、いい。俺たちも行くぞ」
「うん、リピくん」
「はい、リピィ様」
元気に返事をするゲルーグルと、静かに頭を下げるサイラァ。俺はそんな二人を従えて、ゆっくりと集落目指して歩き出した。
「おお、戻られたか、リピィ様」
「お帰りなさい、リピィさん」
集落に戻った俺を、グルス族長とクースが出迎えてくれた。
「おや? ジョーカー殿はいかがされたか?」
グルス族長がジョーカーの姿がないことに気づき、不思議そうに首を傾げる。
「あいつなら、何やら調べてみたいことがあるとかで、ゴブリン・キングが根城にしていた神殿跡に残ったぞ」
「な、なんと……っ!?」
ふらり、とグルス族長の身体が揺らぐ。どうしたんだ? ジョーカーがいないと何か困ることでもあったっけか?
「そ、そんな……ジョーカー殿がいないとなると、私の新しい魔像は一体どうなってしまうのか……?」
あ、そっちの心配か。まあ、新しい魔像の製造には十年二十年以上の時間が必要だろうから、しばらく向こうに残ったぐらいで大差はないのではなかろうか。
とはいえ、魔像の完成を待ち望んでいるグルス族長からしてみれば、その差は決して小さくはないのかもしれない。
まあ、ここは飲み込んでくれ。あいつにはあいつの事情があるから。
「し、して、件のゴブリン・キングはどうなりましたか? 無事に配下に加えることができましたでしょうか?」
「ああ、それなら戦うことなく仲間にしたぞ。奴の部下である百体のゴブリンと一緒にな」
「おお、それは重畳。これでリピィ様の戦力も大きく向上しましたな。それで、そのゴブリン・キングはどこに? もしや、現地に残っているので?」
きょろきょろと周囲を見回すグルス族長。俺はそんな彼の前に、ゲルーグルの両肩を持ってぐいっと押し出した。
「こいつがゴブリン・キングのゲルーグルだ」
「………………は?」
「はえ?」
あ。
グルス族長とクースの目が点になった。ま、その気持ちは分からなくはないぞ。
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