キングに会いに行こう



 ガララ氏族のガウス族長から聞いたところによると、噂のゴブリン・キングが率いる群れは、百体近いゴブリンで構成されているらしい。

 確かに、ゴブリンの群れとしてはかなり大きいな。

 その群れを率いるゴブリン・キングが、よほど統率力に優れた個体ということだろう。

 できれば、そいつを配下に収めたいものだ。それができなくても、最悪同盟を結ぶ方向へ話を持っていきたい。

「相手が妖魔である以上、戦っておまえの実力を示せば配下に加わるのではないか?」

「いつも通りだね、ジョルっち」

 ガウス族長の言葉に、ジョーカーが骨しかない親指をおっ立てた。

 確かに、ムゥたちやザックゥたちを配下に収めた時も、戦いで勝って連中を納得させたからな。やっぱり今回もその手でいくしかないか。

「それはそれで構わないが……できれば、その群れのゴブリンはあまり数を減らしたくないな。上手くゴブリン・キングを下すことができれば、その群れのゴブリンも俺の兵隊となるわけだし」

「となると、まずは交渉を打診してみるべきでしょうな」

「ま、こちらの提案にあちらが応じるかどうかが問題だな」

 俺の言葉を聞いたリーリラ氏族のグルス族長とガリアラ氏族のゴンゴ族長が続けた。

 二人の言う通りだ。そのゴブリン・キングがこちらの話に耳を傾けてくれなくては、全てが始まらない。

 折角百体近い兵隊が手に入るかもしれないのだ。極力、その数は減らさないようにしたい。

 相手のゴブリン・キングが、理知的な個体であることを期待するばかりだ。




 さて。

 というわけで、そのゴブリン・キングに会うために出発だ。

 メンバーはいつものように、俺とユクポゥ、パルゥ。それにジョーカーとサイラァ。途中、ガララ氏族の集落に立ち寄るつもりなので、そこまではガウス族長とその護衛たちも一緒だが。

 その後は、ガララ氏族の戦士が一人、道案内役として同道してくれる予定になっている。

 一応、主目的は交渉なので、過剰な戦力は連れていかない。そして、ゴブリンが百体もいる場所にクースを連れていくのはちょっと危険なので、今回彼女はリーリラ氏族の集落で留守番だ。

 例のゴブリン・キングの統率力がどれだけ優れていようとも、百体ものゴブリン全てに目が届くわけでもあるまい。それに、ゴブリン・キング自体がクースに良からぬことを考えるかもしれないしな。

 そんな場所に、クースを連れて行く気にはさすがにならない。

 なお、クースが同行しないと聞いて落胆していたのは、他ならぬ兄弟たちである。

「……クースが一緒じゃない……クースが進化させた、ウマいヤキニクが食べられない……」

「リピィ、クースも一緒がいい! クースも連れていこう!」

 と、珍しく兄弟たちが駄々をこねていた。はは、どうやら彼らもクースの焼き肉なしには生きていけない身体になっちまったようだ。

 うん、恐ろしいな、クースの料理は。《料理将軍》の二つ名は伊達じゃない。

 でも、さすがに今回は譲れない。もしかすると、その群れと戦うことになるかもしれないから。

 まあ、俺たちだけなら最悪の場合──ゴブリン・キングたちと戦闘になった場合──になったとしても、相手の群れを全滅させることは無理かもしれないが、逃げ切るだけなら何とでもなるだろう。逆を言えば、逃げ切ることができる奴だけを連れていくわけだ。

 サイラァ? まあ、こいつに関しては……死にさえしなければ、どんな環境でも生きていけるだろう。たとえゴブリンどもに捕らわれて慰み者になろうが、それはそれでサイラァにとっては苦痛ではないだろうし。




 リーリラ氏族の集落を発つこと二十と五日ほど。俺たちはガララ氏族の集落に到着した。

「ここまで、例のゴブリン・キングの配下とは接触しなかったな」

「当然だろう。ここいら一帯は、我らがガララ氏族の領域だ。たとえゴブリン・キングが率いる群れだろうと、そうそう近づいては来ないさ」

 ガウス族長がそう言う。

 ガララ氏族も百人近い数がいるそうだからな。同じ数なら、単純にゴブリンよりもダークエルフの方が強い。であれば、ゴブリンどももこの辺りには近づいては来ないか。

「ここより南に更に五日ほど行けば、件のゴブリン・キングが率いる群れがいる」

「そういや、連中は何を根城にしているんだ? やっぱり、洞窟か何かか?」

「いや、違うな。連中が根城にしているのは、古代の建物……おそらく朽ち果てた神殿跡だ」

 人跡未踏のリュクドの森だが、なぜか所々に人造の建築物が存在する。誰がどの時代に建てたのかもしれない建築物だ。

 少なくとも、遥か昔にこの辺りに何らかの種族が暮らしていたという証だが、今はゴブリンなど妖魔や魔獣の格好の塒になっている。

 ジョーカーが潜んでいたあのボロい塔もそんな過去の建築物の一つなのだろうし、つい最近仲間にしたバルカンが根城にしていた場所も、地上部分は朽ち果てた何かの建物だった。バルカンはその地下を巣にしていたってわけだ。

 おそらくその神殿跡にも地下部分があって、ゴブリン・キングはそこを根城にしているのだろう。夜行性のゴブリンは、日光を完全に遮ることができる場所を塒にすることが多い。

 崩れかけた神殿では日光が漏れ差す場所も多そうだし、地下がある可能性は高いと思われる。

「本当に行くのかね、《白き鬼神》殿?」

「もちろんだ。そのためにわざわざここまで来たんだからな」

「まあ、上手くゴブリン・キングを配下に収められることを願っているよ」

 ガウス族長の激励らしき言葉に送られて、俺たちはゴブリン・キングが根城としている神殿跡へと向かった。




 鬱蒼と生い茂る木々の中、朽ち果てた神殿があった。

 地面に倒れて苔むした神殿の柱。苔に覆われたその柱から聖印らしきものが僅かに覗いているが、俺の見たこともないようなものだった。

 そして、崩れかけた神殿跡の前には、数体のゴブリンが立っていた。

「見張り……か」

 見張りを立てるだけの知恵があるようだな、ここのゴブリン・キングには。

 眠そうな目でぼーっと突っ立っている見張りのゴブリンたち。連中にしてみれば、今は「真夜中」だ。眠いのを我慢しているせいか、今一つ集中力に欠けているようだな。

 隙だらけの見張りを仕留めるのは難しくはない。だが、今回はあくまでも交渉が主目的だ。ここで見張りを殺す必要はない。

「サイラァ」

「リピィ様のお望みのままに」

 俺の言葉に嬉しそうに頷いたサイラァは、身に着けていた武具などを外していく。

 そして、身体の線がはっきりと分かるほど薄い衣服だけになると、そのまま見張りゴブリンたちの前へと進み出ていった。

 当然、見張りたちはサイラァに気づく。いくらぼけっとしていても、目の前に堂々と姿を現せば気づかないわけがない。

 サイラァの姿を見て、ぎゃいぎゃいと騒ぎ出す見張りたち。中には明らかに嫌らしい笑みを浮かべてサイラァを見ている奴もいるが、ある意味でゴブリンらしい反応だ。

 ここから見張りたちがいる所までちょっと距離があるが、聴覚や視覚を強化した俺にはよく聴こえるし、よく見える。

 サイラァは今、俺の要望を見張りのゴブリンたちに伝えていた。俺の要望とは、もちろんゴブリン・キングとの面会だ。

 嫌らしい目つきでサイラァの身体を舐めるように見ていたゴブリンたちだが、武具どころか寸鉄さえ身に帯びていない彼女に、徐々に怯えを見せ始めた。

 どうやらあのゴブリンたち、サイラァの真の恐ろしさに気づいたようだ。いろいろな意味で、彼女ほど恐ろしい存在を俺は知らないからな。そう、いろいろな意味で、だ。

 ってのはまあ冗談として、ダークエルフは普通種のゴブリンより遥かに上位の存在だ。普通のゴブリンなら、たとえ武装していなくてもダークエルフに逆らうことはない。

 やがて、見張りたちはばたばたと崩れかけた神殿の中へと駆け込んで行った。自分たちの大将であるゴブリン・キングに、来客を告げるためだろう。

「よし、俺たちも行くか」

「では、私はこれにて。《白き鬼神》殿の武運を祈っております」

 そう言って、道案内役のダークエルフは集落へと帰って行った。万が一俺たちの交渉が失敗し、ゴブリン・キングがガララ氏族の集落を襲わないとも限らないからな。

 彼には一旦集落に戻り、万が一のために備えてもらわねばならない。

 立ち去ったダークエルフの背中は既に見えない。さて、俺たちも覚悟を決めようか。

 俺は兄弟とジョーカーを背後に従え、サイラァが待つ神殿前へとゆっくりと歩いていった。




 神殿跡の前で待つことしばし。

 闇が蟠る神殿の奥より、一体のゴブリンが現れた。

 先程までここにいた普通種のゴブリンよりもかなり大柄な、黒っぽい皮膚をしたゴブリンだ。

「ありゃ、こいつは珍しい。あれ、ハイゴブリンだよ」

 現れた黒いゴブリンを見て、俺の背後にいたジョーカーがそう呟いた。

 おい、ジョーカー。確かにハイゴブリンは珍しい存在だが、お前の目の前にもハイゴブリンはいるんだけどな?

「いやー、だって、ほら、ジョルっちはハイゴブリンとは言っても亜種だし。皮膚も黒じゃなくて白だし」

 俺がじろりと見つめてやれば、ジョーカーの奴はそんなことを言う。どうでもいいが、どうして俺が考えていたことが分かるんだ?

「……して、そこの白いのが《白き鬼神》か?」

 低くよく通る声で、ハイゴブリンが問う。

「その通り。俺が《白き鬼神》のリピィだ」

 しかし自分で言うと、この二つ名はちょっと……いや、かなり恥ずかしいな。だけど、《魔物の王》を目指す以上、厳つい二つ名は名乗るべきだろう。

 今の俺は、《魔物の王》を目指しちゃいるが、正式な《魔物の王》ってわけじゃないからな。《魔物の王》と皆から認められるまで、《白き鬼神》を名乗ることにしたんだ。

「で、あんたがこの群れを統べているゴブリン・キングか?」

 俺は改めて目の前のハイゴブリンを観察する。

 身長は6フィート(約180センチ)にはやや満たないぐらいか。引き締まった黒い身体を、魔物の毛皮製と思しき防具が包んでいる。

 腰には一振りの長剣。おそらく、あれも魔剣の類だろう。鞘に収められていても、僅かに魔力が漂っているのを感じる。

 特に護衛を連れることなく、ハイゴブリンはたった一人で俺たちの前に立っているが、その立ち姿に隙は全く見当たらない。こいつ、相当な手練れだな。

「いいや、残念だが俺はこの群れの長ではない。長は奥にいる。俺の役目は、《白き鬼神》などと大層な二つ名を名乗る者を、その二つ名に相応しいか見極めることだ」

 ほう、ということは、こいつはキングの側近ってわけか。これだけの実力を持つ配下を従えているということは、ここの大将も相当な実力の持ち主ってことだな。

「見極めるとは……どう見極めるつもりだ?」

「ふ……知れたことよ!」

 奴は素早く踏み込むと、腰の剣を抜き打ちで俺に叩きつけてきた。

 速い! 奴との間は10フィート(約3メートル)はあったはずなのに、あっという間に肉薄されたぞ。

 奴の腰から抜き打たれた白刃が、真っ直ぐに俺の首へと向かって伸びる。

 だが、その銀の煌めきが俺の首に届くよりも、その間に割り込むものがあった。

 それは一本の槍だった。横合いから突き出された槍が、ハイゴブリンの剣筋を逸らしたのだ。

「リピィ……ここはオレに任せる!」

「いいだろう。だが、殺すなよ?」

「がってん!」

 愛用の槍を握りしめ、ユクポゥが俺の前へと進みでる。

「おい、そこの黒いの。俺と戦う前に、まずは俺の部下の相手をしてもらおうか」

「……いいだろう。ホブゴブリンなど瞬く間に片付けて、すぐに貴様の首も落としてやる」

 あー、こいつ、駄目だ。もう駄目だ。ユクポゥをただのホブゴブリンだと思っていやがる。その時点で、こいつが負けるのは決定だな。

「いやー、典型的な負け犬フラグだねー、今の台詞」

 どうやら、ジョーカーも同じ意見らしい。

 ところでジョーカー。「ふらぐ」って何だ?



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