第三のダークエルフ氏族



 新たに仲間にしたマンティコアのバルカンを引き連れ、俺たちは一度リーリラ氏族の集落へと帰還した。

 帰路で遭遇した魔獣などを狩り、その戦利品である死体も一緒だ。もちろん、俺たちの人数の関係から、大型の魔獣は運べなかった。それでもバルカンの背には、数体の魔獣の死体が積み上げられ、つる草でしっかりと結ばれている。

 早速、バルカンが大活躍だ。

「…………我、マンティコアなんだけど? それも、長い年月を生きたエルダー種なんだけど? 何、この扱い? 普通、マンティコアに魔獣の死体を運ばせるか?」

 何やらぶつぶつ呟いているが、無視しよう。

 バルカン以外にも、ユクポゥやパルゥも魔獣の死体を担いでいる。こっちは魔獣の死体を担ぎながらも、いつものように元気一杯だ。

 そういやバルカンの奴、遭遇する魔獣を瞬く間に戦利品へと変えるユクポゥとパルゥの実力に、酷く驚いていたっけ。二人がその気であれば、今頃はバルカンも戦利品のひとつだったからな。それが分かって驚いているのだろう。

「い、一体、このゴブリンたちは……」

 うん、その気持ちは分かるぞ、バルカン。最近の兄弟たちは、本当に化け物だから。

 いっそのこと、俺じゃなくて兄弟たちが《魔物の王》を目指した方がいいのかもしれない。




 そうやって集落に帰った俺たちを、リーリラ氏族のダークエルフたちが出迎えてくれた。

 《魔物の王》になると俺が宣言してから、ダークエルフたちの態度が目に見えて変わった。それまでは集落の居候的存在だった俺を、改めて自分たちが仕える主人だと認識したからだろう。

「お帰りなさいませ、リピィ様」

 そう言って頭を下げるのは、グルス族長である。数日は広場の片隅で膝を抱えていたが、ダークエルフを纏めることに成功したら報酬として新たな魔像を与えると聞いた途端、瞬く間に復帰したのだ。

 それ以来、彼は精力的に他のダークエルフの氏族を纏めるべく奮闘してくれている。

 …………そんなに新たな魔像が欲しいのかね。まあ、ジョーカーには魔像を作るべく頼んであるので、気長に待ってもらおう。

 ダークエルフだから寿命は人間の何倍もあることだし、百年ぐらいは待てるだろう。もっとも、俺が百年も生きられないだろうが。

「それでリピィ様。リピィ様に客が来ております」

「ほう? それは他の氏族のダークエルフか?」

「はい」

 どうやら、早速動いたダークエルフの氏族があったようだ。

 俺はグルス族長に案内されて、ジョーカーだけを引き連れて客が待っている族長の家へと足を運んだ。




「……本当に白いゴブリンだな」

 俺の顔を見るなりぶしつけにそう言ったのは、背が高くても線の細い、ひょろ長いダークエルフの男性だった。

 人間よりも細身なダークエルフの中でも、更に細身だろう。ひょっとすると身長はかなり高いものの、体重の方は小柄な俺と同じぐらいじゃなかろうか。

 そのひょろ長いダークエルフは、無遠慮に俺をじろじろと見ると口元ににやりと笑みを浮かべた。

「お初にお目にかかる、《白き鬼神》にして将来の《魔物の王》よ。我が名はガウス・ガイラ・ガララ。ガララ氏族の族長だ」

「こちらこそよろしくな、ガウス族長。ところで、ガララ氏族ってのはどんな氏族だ?」

 人間でいえば、三十代の前半ぐらいに見えるガウス族長。もちろん、ダークエルフなので三十代ということはないだろう。もしかすると、三百代って可能性さえあるからな。

「ガララ氏族は、ダークエルフの中でも薬品の取り扱いに秀でた氏族です」

 そう答えたのは、俺の傍らに控えていたグルス族長だ。なるほど、薬師の氏族ってわけか。薬はいろいろと利用範囲が広いから重宝しそうだ。

 俺が薬を用いたあれこれを頭の中で想像していると、目の前のガウス族長が呆れたように肩を竦めた。

「おいおい、気の早いゴブリンだな。我らがガララ氏族は、貴様に従うとは一言も言っていないが?」

「ほう。ってことは、今日は様子見ってわけか?」

「そんなところだ。貴様が我らガララ氏族が従うに足りるだけの器かどうか……見定めに来たのさ」

 なんだかんだ言っても、ダークエルフもまた妖魔ってことだよな。うん、こういう展開、もう慣れた。

「で、どうすれば俺がおまえらを従える器と認めるんだ?」

「決まっている。我らは薬を司る氏族。我らを従えたくば、我らよりも優れた薬の知識があることを見せてみろ」

 えっと……うん、こんな展開は初めてだ。

 どうしよう? 俺、薬の知識なんてほとんどないぞ?




 なんて不安を感じた時が、俺にもありました。

「ま、まさか……まさか、我らよりも優れた薬の知識を持っていようとは……」

「伊達に何百年も生きてはおらん。そもそも、我らマンティコアは、知識を司る魔獣であるぞ?」

 そう。薬の知識でガウス族長をこてんぱんにしたのは、他ならぬバルカンだった。

 奴が言ったように、マンティコアってのは知識を司る魔獣だ。その知識のほとんどが邪悪な知識ではあるものの、薬って奴は使い方では毒にもなる。つまり、マンティコアが蓄える知識の一部ってわけだな。そんなマンティコアのバルカンに、ガウス族長は薬の知識でぼろぼろに負けたのだった。

 薬を扱うことにかけてはダークエルフの中では優れていても、マンティコア、それも上位種であるエルダー種には敵わなかったようだ。

 いやー、バルカンを配下にしておいて良かったよ。

 俺自身に薬に関する知識がなくとも、部下にその専門家がいればいいのだ。「王」って奴は、使える奴を使える時に的確に使う者のことだからな。

 早い話が、部下の手柄は俺の手柄ってわけだ。ん? ちょっと違うか?

「し、しかし、貴様の配下にエルダー・マンティコアがいようとはな……」

 感心しているのか、呆れているのか、俺とバルカンを何度も見比べるガウス族長。

「いいだろう。知の守護獣たるマンティコアを従える貴様……いや、御身を我らが従うに足る者と認めよう」

 そう言ったガウス族長は、俺の前で跪きこうべを下げた。

 これでリーリラ氏族、ガリアラ氏族に続いて第三の氏族であるガララ氏族が、俺の配下に収まることになったのだった。




 その日の夜は、新たに俺の手下となったバルカンとガララ氏族を歓迎して、大きな宴になった。

 もちろん一番大張り切りなのは、ここすっかり《料理将軍》の異名を取るほどまでになったクースである。

 今日も数人のダークエルフの女性を助手にして、大量の料理を用意してくれた。

「む、むぅ、何だ、この料理は……我が知識に、このような料理方法は存在せぬぞっ!?」

「た、単なる芋が、このような美味になるとは……これ、薬として応用できないものか……?」

 と、バルカンやガウス族長にも大好評である。

 いや、ガウス族長。さすがに芋を薬に応用するのは無理じゃないかな? その芋……ダークエルフたちがよく食べるその芋に薬効があるなら、とっくにガララ氏族の先祖が応用しているだろう。

 ちなみに、ガウス族長は一人でリーリラの集落まで来たわけではない。側近というか、護衛の戦士を数人連れている。その護衛たちも、クースの料理にすっかり夢中だった。

 もしかして、料理によって魔物を統べる、新たな《魔物の王》が誕生しようとしていたりして……いや、さすがに考えすぎだな。

 …………考えすぎだよな?

「え? どうかしましたか、リピィさん?」

 俺の隣に座って、果物の果汁をちびちびと飲んでいたクースが、俺の顔を見ながら首を傾げた。

「い、いや、何でもない。今後も俺に協力してくれよな」

「はい、もちろんです!」

 小さな拳をぎゅっと握り、意思表示をするクース。うん、今後もその料理の腕、俺のために役立ててくれ。

 彼女の料理目当てで俺の配下になるって奴も、近いうちに現れそうだし。

 さて、着々と俺の勢力も伸びてきているな。今はここにいない黒馬鹿たちやザックゥたちが、どれほどの戦力を集めてくるか想像もできないが、今のところ順調に勢力を拡大できていると言っていいだろう。

「あ、アネブンにオオオヤビン! オレサマたちもアネブンの料理、ゴチになってやす!」

 両腕一杯にクース謹製の焼肉を抱えて俺たちの前を通りかかったのは、いつの間にか俺の配下になったロクロンというゴブリン・リーダーだ。その背後には、ロクロンと同じように焼肉を抱えた奴の部下たちもいる。

「そういや、ロクロン。おまえはここしばらくリュクドの森の中を彷徨っていたんだよな?」

「へえ。恥ずかしながら、この森の中にゴブリンの王国を築き上げるつもりでいやしたから。ま、今じゃそんなこと、考えてもいませんがね」

 げへへ、と笑うロクロン。それが奴の本心かどうかは分からない。下剋上上等が妖魔の掟だし、俺の隙を突いて亡き者にし、俺の後釜に座ろうと思っているのかもな。

 できるものなら、遠慮なくかかってこいってものだ。

 今はそれよりも、ロクロンに聞きたいことがある。

「おまえが森の中を彷徨っていた時、他のゴブリンの群れを見かけなかったか? もし群れがあるようなら、そいつらも配下に収めたいところだからな」

「他のゴブリンの群れでやすか? いやー、オレサマたちは見ませんでしたねぇ」

 と、首を傾げるロクロン。背後の部下たちも、同じように首を傾げている。

 ゴブリンは単体ではまともな戦力にならないが、それでも数が集まれば馬鹿にできない戦力になる。そして、ゴブリンって奴はあっという間に増える。数こそがゴブリンの力と言ってもいいだろう。

 もしもこの付近にゴブリンの群れがあるなら、それも戦力として取り込もうと思ったんだが……そう簡単にはいかないようだ。

 俺が思考を切り替えて、次に配下に加えるべき者たちのことを考えていると、かたかたと全身の骨を小さく鳴らしながらジョーカーがやってきた。

「あ、いいところにいたね、ジョルっち。実はさ、ガウス族長の護衛戦士たちからちょっとおもしろい話を聞き込んだから、君にも教えておこうと思ったんだ」

 顎の骨を鳴らしながら喋るジョーカーを見て、ロクロンたちが竦み上がっていた。そういや、連中がジョーカーを見るのは初めてだっけか。

 大丈夫だぜ、ロクロン。ジョーカーはちょっと変わっているけど、基本的に無害な骸骨だから。

「それで、おもしろい話ってなんだ?」

「実はね。ガララ氏族の集落から少し離れた場所に、ゴブリンの大きな群れがあるらしいんだ。それでそのゴブリンの群れの頭領が、どうやらゴブリン・キングらしいんだよね。どう? おもしろそうでしょ?」

 なるほど。確かにそれはおもしろそうだ。

 ジョーカーのその話を聞いた時、俺の口元は知らず吊り上がっていた。


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