番外 偉大なゴブリン



 オレサマは、偉大なるゴブリンだ。

 とっても強く、とっても賢いオレサマは、五匹もの部下を従える偉大なゴブリンなのである。どうだ、スゲエだろう?

 既に進化を経験し、ゴブリン・リーダーへと至ったオレサマがどれぐらい強くて賢いのかと言えば、オオカミにだって勝てるし数も八まで数えることができるんだぜ。どうだ、スゲエだろう?




 偉大なるオレサマの部下を紹介してやろう。

 まずはイチダ。こいつはニンゲンたちから芋を盗むのが得意なので、《イモホリ》というイカす異名を持つ。次にニスス。こいつは野鼠が好物なので、《ネズミクイ》と呼ばれている。そしてサンサ。奴は仲間内で一番のイケメンなので異名はもちろん《ハナデカ》だ。鼻が大きいことは、ゴブリンにとってイケメンの条件だからな。

 四体目はシギン。こいつは天気に敏感なので、《カザミドリ》と呼ばれている。ニンゲンたちは、塒の屋根の上にカザミドリという鳥を飼っていて、いつも天気を見張らせているらしいからな。そんなことを知っているオレサマは、やはりとても賢いな。

 最後はゴンウ。こいつは怪力が自慢なので《ワンリキ》が異名だ。

 そして、こいつら五体のゴブリンを率いるオレサマこそ、《強くて賢い》ロクロン様だ。

 我ら《ロクロン鬼兵隊》こそ、この森の最大勢力なのである。いずれ、ここに巨大なゴブリンの国を打ち立て、オレサマはその王となるのだ。偉大なこのオレサマにとって、実に相応しい地位ではないか。そして、オレサマならゴブリンの国を作ることも夢ではないのだ。

 どうだ、スゲエだろう?




 今日も今日とて、我ら《ロクロン鬼兵隊》は森の中をのしのしと歩く。

 途中で出会った野良ゴブリンをぶちのめし、食事に変えた。殺される直前、泣きわめいて部下にしてくれと言ってきたが、偉大なオレサマには相応しくない奴だったので、その願いを聞き入れることはできなかった。

 悪いが、偉大なオレサマの部下になるのは難しいのだ。その点、俺の部下である五体はまさに選び抜かれたゴブリンだ。いずれ、オレサマのように上位種に進化するだろう。

 もちろんその時は、オレサマは更に強く賢い上位種に進化しているはずだ。

 どうだ、スゲエだろう?

 そんなオレサマたちが森の中を歩いていると川に出た。いくらオレサマが強くて賢くても、喉の渇きにはかなわない。そこで、オレサマたちは水浴びをしながら水を飲むことにした。

 できれば川の魚を捕まえて食べたいが、それはオレサマにもできない。なぜなら、ゴブリンは水の中で呼吸できないからだ。水の中で呼吸できなくては、水の中で溺れてしまう。もしもオレサマが水の中でも呼吸できれば、魚を捕まえることは難しくはあるまい。

 だけど、水辺には魚以外にも食べ物が豊富にある。例えばカニとか貝とかだ。川の石をひっくり返せば、そこに虫だっているしな。

 オレサマたちは思い思いに水を飲み、ばしゃばしゃと水浴びをした。別に水浴びをするのが好きというわけではないが、水で遊ぶのは楽しいじゃないか。

 そうやってオレサマたち《ロクロン鬼兵隊》が水を堪能していると、どこからともなく歌声が聞こえてきた。

 突然聞こえてきた歌声に、部下たちがどよどよと狼狽え始める。

「お、オヤビン、歌、聞こえる!」

「オヤビン、この歌なんて歌?」

「この声……オンナだ、オヤビン!」

「お、オンナ? オンナ! オンナ!」

 そうだ。この歌はオンナの歌声だ。

 オンナはいい。あれはいい。なんせ、食べる以外にも交尾で楽しめる。これまで雌ゴブリンや雌コボルトと交尾したことがあるオレサマは、オンナがいかにいいものか知っているのだ。

 噂に聞くところによると、ニンゲンやエルフ、ダークエルフのオンナは、ゴブリンやコボルト以上にいいものらしい。

 そして、今聞こえている歌声はゴブリンやコボルトのものではない。ゴブリンやコボルトは、歌なんて歌わないからだ。

「どうやら、近くにニンゲンかエルフのオンナがいるようだな」

 べろりとオレサマの舌が勝手に動いた。まだ見ぬニンゲンかエルフのオンナを想像して、オレサマのいろいろな戦意がむくむくと頭を持ち上げ始めた。

「よし、この歌を歌っているヤツを捕まえるぞ! 決して殺すなよ!」

 オレサマの声に、部下たちがわいわいと嬉しそうに声を上げ始めた。

「バカヤロ! 騒ぐとオンナが逃げるだろ! もっと静かにしろ!」

 騒ぐと獲物が逃げる。賢いオレサマはそれを知っている。

 さて、どんなオンナがいるのか楽しみだ。

 オレサマたちは、足音を立てないように気を付けながら歌の聞こえる方へと歩き始めた。




 賢いオレサマの予想通り、やっぱり歌声の主はニンゲンだった。

 川の水で何かを洗っているらしい。あれはニンゲンがよくするという、センタクとかいうヤツだろうか。賢いオレサマは、ニンゲンがセンタクというものをすることを知っているのだ。

 ニンゲンのオンナ……それも小柄なオンナだ。どうしてニンゲンがこの森の中にいて、こんな所でセンタクしているのか分からないが、目の前にニンゲンのオンナがいることは間違いない。

 どちらにしろ、あのオンナを捕まえていたぶって、そして思う存分交尾を楽しんでから食ってしまおう。

 にやりとした笑みを浮かべながら、オレサマは部下たちに合図を送る。その合図に合わせて、部下たちが一斉に動き出そうとした時。

 川の近くの森の中から、黒くて大きなナニかが現れた。




「あら、ムゥさん。こんな所にどうしたんですか?」

「おう、クースか。なに、ちょいと喉が渇いたんで水を飲みにな」

 リーリラ氏族の集落からほど近い川辺は、クースのお気に入りの場所の一つである。

 森の中とは違って川辺はひんやりとした風が通って気持ちいいし、何よりここは料理に使える食材も豊富だ。

 特にこの川に大量に生息している小さなカニは、直接食べるには小さすぎて向いていないが、実にいい出汁が取れる。この小カニの出汁こそ、彼女の料理の隠し味の一つなのである。

 この川周辺はリーリラ氏族の勢力下ということもあり、リピィもこの辺りまでならクースが一人で来ても何も言わない。

 そんなクースの前に姿を見せたムゥ。しかし、ムゥは水を飲む様子を見せることもなく、ただうろうろと彼女の周囲を歩くばかりだった。

 当然、そんなムゥの様子にクースは首を傾げる。

「どうかしたんですか?」

「あー、いや、な? じ、実はその……クースに頼みがあってだな……」

 大きな身体を小さくさせながら、ムゥは頭を掻いた。

「ほら、俺様たちはリピィのアニキの命令で、これからアニキの手下になる魔物を探しに行くだろ? だけど、当然ながらその間はクースのヤキニクが食えない……そこで、道中で何か食えるものはないか?」

 どうやら、ムゥは旅の間の食料を無心に来たようだ。

「そうですねぇ……さすがに普通の焼肉じゃすぐ痛んでしまうし……」

 口元に伸ばした指を添え、何かを考え始めるクース。しかし、すぐに何かを思いつく。

「そうだ! そろそろアレがいい頃合いになっているかも!」

 ぽん、と手と手を打ち合せ、クースが顔を輝かせる。

「実はリピィさんに言われて、今、保存食を作っているんですよ。その保存食のひとつに干し肉があるんです。それを少し持っていきますか?」

 なんせ最近はリピィたちが修行と称して様々な魔獣を山ほど狩るので、今のリーリラの集落にはオーガーやトロルたちが食べきれないほどの肉が有り余っている。

 その肉を腐らせてしまうのも勿体ないと考えたリピィが、クースにその肉を保存食にできないかと相談したのだ。

 それを聞いたクースは、早速保存食の一つとして干し肉を作り出したのである。その最初に仕込んだ干し肉が、そろそろ仕上がる頃であった。

「おお! ホシニクってのが何か分からないが、クースが作ったのなら美味いに決まっている! それをくれ!」

 嬉しそうに牙を剥き出しにするムゥと、そんなオーガーを見てくすくすと微笑むクース。

「香草なんかを使って味付けに工夫してありますから、後で味の感想を聞かせてくださいね?」

「おお、任せておけ! だが、味の感想なら今からでも言えるぜ! そのホシニクとやらは美味い! 間違いない!」

「リーリラ氏族の集落の外れに干し肉を作っている小屋がありますから、洗濯が終わったら用意しますね。集落で待っていてください」

「おう! 楽しみにしているぜ!」

 がははと大笑いしながら、森の中へと戻っていくムゥ。その背中を微笑みながら見送ったクースは、残る洗濯物を片付けにかかった。




「……な、何なんだ、あのオンナは……?」

 あ、あんな黒くてデカい魔物は、賢いオレサマでも初めて見る魔物だ。

 見るからに強そうな黒い魔物が、あの小さなオンナに妙にぺこぺこしていた。それはつまり、あのニンゲンのオンナが黒い魔物よりも強いってことだ。

 しかも、ニンゲンのオンナにぺこぺこしたのは、あの黒い魔物だけじゃなかった。

 同じような黒くて大きな魔物や、やはり大きくて灰色の魔物など、見るからに強そうな連中があのオンナの前ではとても大人しくしていた。

 そして、オンナに何か言われると、とても嬉しそうにするのだ。

 賢いオレサマは知っている。自分より強い奴に逆らってはいけないということを。

 賢くない奴は、自分の強さをわきまえず、自分より強い奴にも挑んで命を落とすのだ。だが、賢いオレサマはそんなことはしない。だからこそ、今まで生き延びて来られたのだ。

 たとえ今は相手の方が強くても、いつか自分の方が強くなって倒せばいいじゃないか。それこそが魔物の本分というものだ。

 どうだ、オレサマは本当に賢いだろう?

 つまり、何が言いたいのかといえば、だ。

 先程のあの黒くてデカい奴らや灰色の奴は、ニンゲンのオンナにぺこぺこしていた。ってことは、あの見るからに大きくて強そうな奴らは、ニンゲンのオンナが自分よりも立場が上だと認めているということだ。

 な、なんてことだ!

 つまりあのオンナは、黒い魔物よりも更に強いバケモノってことじゃないか!

 オレサマは部下たちを見回した。オレサマほど賢くない部下たちは、見た目で判断して涎を垂らしながらニンゲンの女を見ている。

 馬鹿な奴らだ。だが、それでもこいつらはオレサマの部下だ。むざむざ殺されるわけにはいかない。

 オレサマはあのオンナが、見た目に反したバケモノであることを部下たちに教えてやった。




「で、これは一体どういうこった?」

「さ、さあ?」

 目の前で地面にひれ伏す六体のゴブリンたちを見て、リピィとクースは首を傾げた。

 川でクースが洗濯をしていたら、突然このゴブリンたちが現れて、クースの前でひれ伏したらしいのだ。

「姐さん……いや、姐さんのオヤビンでアネビン! どうか、オレサマたちをアネビンの子分にしてくだせえ!」

 と、訳の分からないことを言い出したゴブリンに、クースは目を白黒させた。このゴブリンたちをどうしたものか判断できなかったクースは、当然ながらリピィに相談した。

 その結果は、リピィもまた首を傾げることしかできなかったが。

「賢いオレサマには分かっていますぜ! アネビンが見かけに反して本当はとんでもなく恐ろしい存在だってことを。オレサマたちはそんなアネビンの子分になりたいんでさあ!」

「クースが恐ろしい? 何のことだ?」

「さ、さあ?」

「ところで、そちらの白いお方はアネビンの何で?」

 相変わらずひれ伏したまま、一行の頭領らしいゴブリン・リーダーがリピィを見る。

「ん? 俺か? 俺は……クースの『所有者』かな、一応」

 今でもクースはリピィの「所有物」ということになっている。もちろん、今のクースはダークエルフやオーガーたちの間でその存在を認められてはいるが、それもやはりリピィの「所有物」であることが前提となっている。

「おお、ってことは、こちらの白いお方は俺たちの新たなオヤビンってわけですか!」

「オヤビンのオヤビン!」

「オヤビンオヤビン?」

「バカヤロ! それを言うならオオオヤビンだ!」

「おお、オオオヤビン! オオオヤビン!」

 ゴブリン・リーダーの後ろでひれ伏していた普通種のゴブリンたちが、突然はしゃぎ出す。

 妖魔語ではしゃぐゴブリンたちだが、クースには妖魔語が分からないのでどうして彼らがはしゃいでいるのか分からない。

「このゴブリンたち、何を言っているんですか?」

 よって、リピィに尋ねるしかないクースだが、リピィはやはり首を傾げるばかり。

「何が起きたのかよく分からんが、まあいいか。こいつらだって、将来的には戦力の一部にはなるかもしれないし。さすがにユクポゥたちみたいな化け物にはならないだろうが」




 こうして、《魔物の王》を目指すリピィに新たな戦力が加わったのだった。

 正直、戦力と呼ぶにはいささか心許ないかもしれないが。



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