《魔物の王》



「──《魔物の王》。俺は《魔物の王》を目指す」

 俺がそう宣言すると、仲間たちはなぜかぽかんとした顔で俺をみつめた。

 あれ? 俺、何かおかしなことを言ったか? 俺の一世一代──これまで何度も「一世」を繰り返してきたが──の大宣言だったんだぞ? もうちょっとこう、盛り上がるとか驚くとか、それなりの反応があるものじゃね?

 思わず訝し気な顔で連中を見回す俺。そんな俺に、ムゥが言う。

「おい、アニキ……今更何を言っていやがるんだよ?」

「ん?」

「俺たちは……いや、少なくとも俺は、てっきりアニキは最初から《魔物の王》を目指していると思っていたんだが……」

 だからアニキはダークエルフの集落を襲った俺たちを殺さなかったし、同じようにトロルたちも殺すことなく仲間に引き込んだんじゃないのか? と、ムゥは続けた。

 見れば、ノゥとクゥ、そしてザックゥまでもが同意だとばかりに頷いている。

 いや、ザックゥだけじゃない。ゴーガ戦士長までぐっと親指を突き出した。どうやら、こいつもムゥやザックゥと同じ意見ってわけか。

 ユクポゥとパルゥもゴーガ戦士長と同じように親指を突き出しているが……おまえら、実はよく分かっていないだろ? ただ単に、ゴーガ戦士長の真似をしているだけだよな?

 そんな中、ジョーカーだけは黙って俺を見つめていた。

 俺の前世……《勇者》だった俺を知っている奴としては、《勇者》とは正反対の存在である《魔物の王》になると言う俺を、理解できないのかもしれない。

 あいつとは一度、ゆっくりと話す必要がありそうだ。場合によっては、俺が何度も転生しているということも話さないといけないかもしれないな。

 だが、それは後でいい。今はそれよりも片付けないといけないことが多いからな。




「……とにかく、だ。俺は《魔物の王》を目指す。だが、今のままではまだまだ《魔物の王》を名乗ることはできないだろう」

 今の俺には足りないものが多すぎる。

 俺の実力もそうだが、何よりもまず足りないのは戦力だろう。

 「あいつ」には……かつて何度も《魔物の王》となったあいつには、数多くの部下がいた。数多くの魔物たちが、「あいつ」を《魔物の王》と認めていたのだ。

 そうだ。「あいつ」はいつも《魔物の王》だった。その《魔物の王》を、《勇者》としての俺が倒そうとしてきたんだ。

 今生での「あいつ」が帝国の皇子だろうが、《勇者》に最も近い存在と言われようが、そんなものは関係ない。

 かつての「あいつ」は、《魔物の王》として何度も俺の前に現れたじゃないか。だったら、今度は俺が《魔物の王》になればいい。俺が《魔物の王》になれば、《勇者》となった「あいつ」の方から俺の前に現れるだろう。

 つまり、俺と「あいつ」が再びまみえるのは決定づけられたようなものだ。

 だったら、焦ることなく今は戦力を蓄えることに専念しよう。かつての「あいつ」がそうだったように。

 俺は仲間たちに命じる。俺が《魔物の王》となるために。

「ムゥ、ノゥ、クゥ、ザックゥ。おまえたちは戦力を集めろ。《魔物の王》となる俺の戦力となる兵隊たちを。このリュクドの森の中にはまだまだ数多くの妖魔や魔獣がひしめいている。そんな連中を俺の前に連れて来い」

「おう!」

 ムゥが、ノゥが、クゥが。胸と腕の筋肉を強調させて俺の言葉に力強く頷いた。

 もちろん、ザックゥも牙を剥いて俺に見せつけた。

「大将の言葉には従うぜ。だが、一つだけ条件がある」

「条件だと?」

「大将の言葉通り、俺様は大将の前に数多くの兵隊を連れて来て見せる。だが……その時は改めて、俺様と戦え! それでもしも俺様が勝てば……《魔物の王》となるのは大将ではなくこの俺様よ!」

「おっと、ザックゥにだけいい格好はさせられねえな。俺もアニキの命令を果たした時は、アニキに再び挑戦するぜ! もちろん、逃げないよな?」

 ったく、こいつらは……どこまでも妖魔だな、本当に。だが、それでこそ妖魔ってものだよな。

「いいだろう。いつでも受けて立つぜ。だが、返り討ちにされる覚悟だけはしておけよ?」

 俺はにやりと笑いながら拳を突き出した。その俺の拳に、オーガー三兄弟やザックゥが拳を打ち合わせる。

 そして連中はそのまま家の外に……出て行かなかった。

 あれ? この流れだと、このまま戦力集めに出かけるんじゃないか?

 俺が不思議そうに連中を見ていると。

「頼む、アニキ! 旅立つ前にクースの料理を食わせてくれ! そうでないと、とてもじゃないがアニキの命令に従えそうもねえ!」

 泣きそうな顔で懇願するムゥたちにザックゥ。

 ……改めて、クースの偉大さを実感させられた瞬間だった。




「隊長……おまえにもやって欲しいことがある」

「へ? また、人間の町に入り込んで情報集めですかい?」

 きょとんとした顔で自分自身を指差す隊長。

「まあ、その通りだが……だが、今回おまえに行ってもらいたいのはレダーンじゃなく……帝都だ」

「へー、帝都っすか……ってええええええっ!? て、帝都ぉっ!?」

 今の「あいつ」が帝国の第三皇子という立場にいるのなら、その膝元である帝都にいればその動きは掴みやすくなるだろう。そして、帝都に入り込めるのは人間である隊長だけだ。

 もちろん、同時に行商人にも動いてもらうつもりだが……二人とも、「あいつ」に目を付けられているっぽいからな。これまで以上に慎重に行動してもらわないと。

「冒険者でなくてもいい。そうだな……何なら、行商人の使用人という立場だっていい。何でもいいから帝都に侵入し、帝国の動きを探れ。そして帝国が何か動きを見せた時は、すぐに使い魔を使って知らせるんだ」

「は、はぁ……まあ、旦那の言うことには従いますがね。でも、俺にできることなんて限りがありますぜ?」

「ああ、その点なら僕が助力できると思うよ?」

 そう言ったのは、これまでずっと黙っていたジョーカーだ。

「ほら、僕が以前帝都に潜伏していたことは知っているだろ? その時懇意にしていた組織があるんだ。まあ、いわゆる盗賊ギルドって奴だね」

 ジョーカーの奴は、その盗賊ギルドを通して巨大魔像を作る素材を集めていたんだそうだ。その見返りとして、魔術で盗賊ギルドに協力していたらしい。

 盗賊ギルドにとっては、ジョーカーの使い魔や魔像は使い勝手が良かったんだろうな。

 情報もまた、盗賊ギルドが扱う「商品」の一つだ。その商品を集めるのに、ジョーカーの使い魔や魔像は相当役に立ったはずだ。それに、奴の今の見た目もかなり衝撃的だし。

「『』って名前の盗賊ギルドなんだけど、僕の名前を出せば便宜を図ってくれると思うよ? 連中と連絡を取る方法は──」

 細かい打ち合わせを始めたジョーカーと隊長。まあ、詳細は任せよう。今の帝都のことなんて、俺には全く分からないし。俺の知識なんて、六十年前のものでしかないからな。

「ゴーガ戦士長」

「何かね、リピィ殿」

「ダークエルフを束ねることは可能か?」

 簡潔に彼に問う。数多くの氏族に分かれているダークエルフたちを、一つに束ねることができれば相当な戦力になる。ダークエルフは魔術にも武術にも長けた連中だ。だが、リーリラ氏族だけでは数が足りない。もっと多くのダークエルフを俺の麾下に収めたい。

「本来ならグルス族長に頼むところだが……今は無理だろうしな」

「うむ……実は父が……いや、族長が以前に言っていたのだ。リピィ殿がはっきりと《魔物の王》を目指すと口にした時は、我らリーリラ氏族はリピィ殿……いや、リピィ様に従うことを約束する、と」

 何だよ。ダークエルフたちまで俺が《魔物の王》になると以前から思っていたのか?

 こいつら、揃いも揃って俺を何だと思っていやがったのやら。こんな紳士を捕まえて。

「リピィ様のご意思に従い、全ダークエルフを《魔物の王》たるリピィ様の下に跪かせて見せましょうぞ」

 その場で片膝をつき、頭を深々と垂れるゴーガ戦士長。まるで叙勲を受ける騎士のような雰囲気と姿だ。

「期待するぞ、ゴーガ戦士長」

「つきましては、私にも一つ条件が」

「何だ?」

「全てのダークエルフをリピィ様の意思の下に従わせた暁には……ひとつ、報奨をいただきたい」

「報奨? 何を望む?」

「魔像を一体。クロガネノシロほどの大きさでなくとも、我が父に魔像を再び与えていただきたく」

 なるほど。このリーリラ氏族の長はグルス族長だ。彼なくしてはダークエルフを纏めるのは難しいのだろう。

 そして、いまだに呆然自失となっている彼を立ち直らせるには、再び魔像を与えるしかないのかもしれない。

「ジョーカー?」

「うーん、時間がかかっても良ければ……それに、クロガネノシロほどの大きさのものは難しいよ? それでもいいなら努力してみるよ」

「だ、そうだ。これでいいか?」

「は! 十分です! この話を聞けば、おそらく父も立ち直ることでしょう」

 そう言ってゴーガ戦士長は、改めて深々と頭を下げた。いや、本当にそれで立ち直るといいな、グルス族長。




 最後に残ったのはユクポゥとパルゥ、そしてクース。

「クースはこれまで通り、俺に協力して欲しい」

「はい! 私にできることであれば、何でもやります!」

 ぎゅっと二つの拳を握り締め、力強く何度も頷くクース。彼女に関しては、今まで通りに俺を支えてくれればいい。

 何だかんだ言っても、俺にとってクースの存在は大きい。俺が以前のまま……かつて人間だった頃の感覚を失わないでいられるのは、彼女が傍にいてくれるからだと思う。

 でもまあ、いつまでもこのままってわけにもいかないのも事実だ。いずれは俺の下から離れる時が来るだろう。人間が妖魔の傍にいたって不幸になるのは目に見えているしな。

「ユクポゥとパルゥも、俺に付き合ってもらうぞ。俺自身、《魔物の王》を名乗るには実力不足だ。まだまだ修行を積み重ねる必要がある」

「がってん!」

「がってん!」

「しょ~ち!!」

 なぜか、おかしな格好をしつつ返答する我が兄弟たち。その格好、誰に教わった? ったく、我が兄弟たちにおかしなことを教えるのは止めていただきたい。

 多分、教えたのはジョーカーだろうけど。

 あと、真剣なことを言うならば、もう一段階ぐらい進化したい。ハイゴブリン・ウォーロックの上って一体何だろうな? 見当もつかないけど、もしも進化が可能ならやっぱり興味ある。

 で、あと残っているのはハライソか……あいつにはダークエルフの美少年を侍らせておく必要があるかもしれない。

 あの腐竜が満足するだけのダークエルフの美少年を侍らせておけば、「あいつ」側に寝返ることもないだろう。

 確かにあの腐竜は「あいつ」のことが気に入ったみたいだが、絶対に「あいつ」じゃなきゃダメってわけでもなさそうだ。

 そのためにも、ハライソが移り気しないだけのダークエルフの美少年が必要だろう。

 その意味も含めて、全てのダークエルフたちを配下にする必要がありそうだ。

 がんばってくれよ、ゴーガ戦士長。そして、ギーン。がんばってハライソの機嫌を取ってくれ。




 翌日、リーリラの集落の中央広場で、改めて宴を設けた。

 帝国軍を退けた戦勝祝いであり、これから配下集めに旅立つムゥたちやザックゥたちの激励も含めての宴だ。

 この宴で一番がんばってくれたのは、言うまでもなくクースである。

 ダークエルフの女性陣と共に、大量の料理を用意してくれた。本当に感謝だ。

 ムゥたちオーガーに、ザックゥたちトロルも大喜びで料理を平らげていく。

 料理や酒を楽しみつつ連中のことを眺めていた俺の横に、気づけばジョーカーがいた。

「おまえも食べられたら良かったのにな」

「全くだよ。こういう時ほど、自分が飲食できないことが恨めしいことはないね」

 そんな他愛のないことを話しながらも、俺とジョーカーは視線を合わせはしない。

「……聞かないのか?」

「うん、聞かないよ。でも、僕は最後までジョルっちに協力するよ」

「いいんだな?」

「まあ、君に何らかの秘密があることは以前から……前世の時からある程度は気づいていたしね」

 そうだったのか。まあ、俺たちはずっと一緒に旅していたしな。俺が秘密を抱えていることぐらい、気づいていても不思議じゃないよな。

「かくいう僕だって、君に秘密にしていることはあるし、お互い様さ。それに僕には僕の目的があるんだ。君と一緒にいるのは、その目的のためでもあるからね」

 なるほど。ジョーカーがどこか胡散臭い……じゃなくて、普通じゃないことぐらい気づいていたさ。つまり、本当にお互い様だったってわけだ。

「ま、そんなわけだからさ。これからもよろしくね、ジョルっち」

「こちらこそな、ジョーカー」

 ジョーカーの奴の手に酒杯があれば、互いに打ち合わせているところだが、生憎と今のこいつは酒も飲めない身体だ。

 だから俺たちは、拳と拳を打ち合わせた。今の俺たちにはこれで十分だろう。




 こうして、俺は《魔物の王》へと至る道を、自らの意思で歩み始めたのだ。




 なお。

 ムゥやザックゥたちが旅立った数日後、ガリアラ氏族のゴンゴ族長が氏族の戦士を百人ほど連れて現れた。

「おお、久しぶりだな、白いの! どうやら、リーリラ氏族の集落はまだ無事のようだな! がははは、だが、もう安心だ。こうして我が氏族の精鋭を援軍として連れて来てやったからな! 帝国軍など怖れることはねえぜ!」

 あ、やべ。忘れてた。

 そういや、帝国軍が現れた時、念のためにガリアラ氏族に援軍を要請したんだったっけ。

 帝国軍が思いのほか早めに撤退したため、ガリアラ氏族の援軍が無意味なものになっちまったな。

 さて、ゴンゴ族長にどう説明しよう?

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