対策会議
「行商人まで第三皇子に呼ばれただと? 何でまた?」
「どうやら、彼が隊長くんから仕入れる素材を、互助会へ卸して欲しいからだってさ」
行商人からレダーンの町に帝国軍が入ったという報告を受けた俺たちは、その詳細を行商人に尋ねた。
その際、行商人が帝国の第三皇子にして互助会の頭領でもある人物と、直々に面会したことも聞かされたのだ。
「しっかし隊長の奴、随分と評価が高いな。以前、あいつも第三皇子と直に顔を合わせたんだろ?」
「そうらしいね。でも、僕にはちょっと引っかかるな」
腕を組み、頭を傾げるジョーカー。一体、何が気になるんだ?
「確かにリュクドの森の奥に棲息する魔獣の素材は、人間にとってはとても貴重だ。でも、それを入手できるのは隊長くんだけじゃないよ?」
言われてみればそうだ。何も隊長の奴がレダーン最強の冒険者ってわけでもない。あいつよりも腕のいい冒険者は、数は少ないもののそれなりにいる。
となれば、いつレダーンに現れるか分らない隊長をここまで頼りにする必要はない。あいつよりももっと腕が立って常にレダーンにいる冒険者に、魔獣の討伐を依頼すればいい。
もちろん、どんな腕の立つ冒険者であろうとも、必ず生還するという保証はない。例えばリュクドの森の中で、ハライソと同じ位の強さを持つ文字通りの化け物と遭遇したとすれば? 普通であれば、人間がそんな魔獣に勝つことはできない。
とはいえ、人間の中にも怪物はいる。かつての俺のように、《勇者》と呼ばれる連中がそれだ。連中は人間という枠組みを平気で飛び越え、竜とさえ互角に戦うだけの力を有している。
おそらく……これは俺の個人的な推測だが、噂の第三皇子とやらはそんな怪物の一人……いや、現時点ではまだ怪物候補の一人ってところだろうか。
その怪物候補が一千の軍勢を率いてきた、か。これはこの前の襲撃よりも更に警戒すべきだろう。
だが、いくら怪物候補が大軍を率いて来ようが、リュクドの森は天然の要害である。数を頼りにした侵攻は、先の侵攻と同じ結果になりかねない。
そんなことぐらい、噂の第三皇子殿ならとっくに気づいているだろう。それなのに、第三皇子は軍勢を率いてレダーンまで来た。当然、リュクドの森を攻略するための何らかの策があるに違いない。
よし、グルス族長に頼んで、レダーン方面に多めの斥候を放ってもらうか。
あとは、ジョーカーの使い魔だな。トロルの時のように、鳥型の使い魔による空からの警戒を厳しくしよう。
俺がこの集落の警備に関して考えを巡らせている間も、ジョーカーの言葉は続いていた。
「僕が気になっているのは、ここまで互助会が……いや、第三皇子が隊長くんや行商人くんを気にする理由だ。さっきも言ったけど、腕のいい冒険者は隊長くんだけじゃないからね」
「……なるほど。考えてみれば、確かにちょっと妙だな」
「もしかすると、第三皇子が注目しているのは、隊長くんが売る魔獣の素材じゃなくて、隊長くん本人なのかもしれないね」
なぜ、第三皇子が隊長に注目するのか、それは分からない。だけど、第三皇子がレダーンにいる間は、隊長やクースをあの町に近づけさせない方が良さそうだ。
「ジョーカー、行商人に連絡して、至急レダーンから離れるように言ってくれ。第三皇子が隊長に注目しているのであれば、隊長と親しい行商人にも当然目をつけるだろう」
「おっけー。早速、行商人くんに伝えておくよ」
さて、そうは言ったものの、既に行商人は目をつけられているだろう。となれば、あいつにはしばらく隣国のリーエンのところにでも避難しておいてもらうのがいいかもしれない。
いくら第三皇子とはいえ、隣国にいて高名な賢者であるリーエンにはそうそう手出しできないだろう。
ただ、隣国であるグーダン公国は、実質上帝国の属国なのがちょっとアレだな。第三皇子が強く主張すると、リーエンにもあれこれと手が及ぶ可能性はなくもない。
ま、その時はリーエンもこの森に来てもらうか。あいつのことだから、ダークエルフの集落に住めると聞けば、喜んでこっちに引っ越してきそうだ。
まあ、今はリーエンのことよりも、間近に迫ったこの森への侵攻だ。この集落が落とされでもしたら、いざという時にリーエンをここに避難させることもできないしな。
俺は一旦ジョーカーと別れ、家の外に出た。
途端、俺の鼻を刺激したのは、肉を焼くいい匂いだった。どうやら、クースたちの宴会が最高潮に達しているらしい。
匂いに釣られるように、俺はリーリラの集落の中を歩く。やがて到着した集落の中心の広場では、大きな焚火の周りに串に刺した肉が大量に並び、じゅうじゅうといい音と匂いを立てていた。もちろん、その焼肉の指揮を執っているのはクースだ。
クースを中心に数人のダークエルフの女性たちが協力して肉を焼き、その焼いた肉をユクポゥとパルゥを始めとした、オーガーやトロルたちが美味そうに食べている。
中にはいい匂いに刺激を受けたのか、ダークエルフの中にも肉を食べている者もいた。本来植物食中心のダークエルフの食欲まで刺激するとは、クースの焼肉って本当に底が知れないな。
うーむ、何か急に俺も腹が減ってきたな。ここはクース特製の焼肉を味わっておくか。
何やら、ちょっとこの森もキナ臭くなってきたし、今のうちに英気を養っておくのも悪くない。
「あ、リピィさん!」
俺に気づいたクースが笑みを浮かべた。
「よう、クース。相変わらず美味そうだな」
「がはははは! クースのヤキニクは今日も美味いぜ!」
「本当だな。これがあるからこそ、大将の手下をやっているようなモンだからな! でも、俺は肉よりも芋の方がいいな。なあ、人間の娘っ子、芋はないのかよ芋は?」
がつがつと焼肉をかっ食らっていたムウと、トロルのくせにクースに芋を催促するザックゥ。何とも奇妙だけど、二人とも実に嬉しそうだ。
「ん?」
三馬鹿やトロルたちに呆れながらも、クースの焼肉を食べてみると、その味わいが今までとはちょっと違うことに気づいた。
「うふふ。気づきました?」
まるで悪戯が成功した子供のように、クースが楽しそうに言う。ちろりと覗かせた舌がちょっと可愛いぞ。
「これ、ただ焼いただけじゃないな? この香りは……」
「はい。肉を焼く焚火に乾燥させた草……わら草を乗せてみました。乾燥したわら草の香りを肉につけてみたんです」
なるほど、肉にわら草の香りをつけたわけか。わら草独特の香ばしい匂いが肉の味を更に底上げしている。
「さすがクースだ。いい仕事をするな」
「ありがとうございます。リピィさんもたくさん食べてくださいね?」
言われるまでもない。こうしている間にも、兄弟たちやオーガー、トロルどもがどんどん肉を消費しているのだ。早く食べないと食いっぱぐれてしまう。
さあ、クース特製の焼肉を楽しむとしよう。
クースの焼肉をたっぷりと堪能した後、俺は仲間の主だった者たちを集めた。
「では、近々再び人間たちの侵攻があると、リピィ殿は言うのか?」
「ああ、間違いないだろう。今、レダーンの町には帝国軍が駐留している。目的はリュクドの森……そして、この集落だ」
「……リピィ殿の言うことを疑うつもりはないが……なぜ、急に人間たちは森に踏み入るようになったのだ?」
グルス族長が鋭い視線で俺を見る。ここは下手に隠し立てしない方が良さそうだ。グルス族長とは、今後も信頼関係を築いていきたいし。
「では、その神託にある《白き鬼神》を探していると?」
俺は人間たちの間に広がっている神託について、グルス族長に説明した。それを聞いた族長は、更に視線を厳しくして俺を見た。まるで何かを探るかのようにだ。
「……もしや、その神託の《白き鬼神》とやらは、リピィ殿のことではないのか?」
いや、どうしてそこで《白き鬼神》と俺を結びつけるかな? 俺のどこが鬼神なんて物騒な奴に見えるんだ?
「いや、この森の中で白くて物騒な筋肉の持ち主はアニキぐらいだろう」
「そうだな。アニキより筋肉があって白い魔物なんて……何かいたか?」
「少なくとも、俺はこの筋肉にかけて知らないと断言しよう」
三馬鹿どもが筋肉を強調するへんな格好をしながら、そんなことを言いやがった。
「そうだよなぁ。大将よりも強い魔物か……赤いのならあの炎竜って可能性もあるけど……なぁ?」
ザックゥの言葉に、ここに集まっている皆が頷いた。ハライソの奴はアレでアレだけど、確かに俺よりもずっと強いからな。
ちなみに、そのハライソはここにはいない。いつものようにギーンを小脇に抱えながら、集落の中にいる美少年を見物に行っている。
ハライソに抱えられながら、涙目で俺を見ていたギーン。すまんな、ギーン。無力な俺を許してくれ。
なお、そんな姿の弟を見て、なぜかうっとりとしていた某姉。弟が不幸ってことで、アレな感じになっていたようだ。さすが真性。
なんか、話の流れ的に神託の《白き鬼神》が俺ってことになりそうだ。そういや炎竜がいるくらいだから、この森の中には白竜だっているかもしれないじゃないか。きっと、その白竜が《白い鬼神》なんだよ。
「白竜は〈氷〉属性が強い生き物だから、雪の多い地方とか万年雪に覆われる高山とかを好んで生息地とするからねぇ。多分、この森の中にはいないと思うよ?」
と、俺の考えを読み取ったジョーカーが説明してくれた。
くそ、厄介そうな《白き鬼神》とかいう称号を、架空の白竜に押しつけようとしたのに。失敗。
「まあ、リピィ殿が《白き鬼神》であろうがなかろうが、我らがすることは変わりあるまい。人間がここを襲うというのであれば、それを撃退するのみ。くくく、またも我がクロガネノシロが活躍しようというものよ」
なんか、黒い笑みを浮かべるグルス族長。いや、ダークエルフは最初から黒いけど。
「おう、俺たちも戦うことに否は言わねえぜ。人間どもに俺たちの筋肉の威力、存分に見せつけてくれようじゃねえか」
両方の拳を腹の辺りで突き合わせ、胸と腕の筋肉を強調するムゥ。その背後で、ノゥとクゥもそれぞれに筋肉を強調している。
「当然、俺様たちもやってやるぜ! ところで、殺した人間は当然食ってもいいんだよな、大将?」
まあ、それぐらいは勝者の権利ってものだな。俺はザックゥの言葉に頷いてやる。
ここに攻め入ろうとしている人間たちも、死ねば食われることぐらい覚悟しているだろう。無惨な死に様を晒したくなければ、リュクドの森へは入らなければいいのだ。
「あと、念のためにガリアラ氏族にも援軍を要請しておきたい。頼めるか?」
「無論だとも。リピィ殿の言葉とあれば、ガリアラの族長も嫌とは言うまい。早速、使者をガリアラの集落へと送ろう」
こうして、俺たちは来るべき人間たちの襲撃に対して、様々な対策を打ち立てていくのだった。
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