秘策



「この度の失態、どう説明するつもりだカーバン伯?」

 ここはカーバン伯爵の屋敷。その中で一番上等な客室にて、僕とバレン兄上はカーバン伯爵家の現当主のファビール・カーバンと対面しました。

「勝手に軍を動かしてリュクドの森へ侵攻。その結果、大敗を喫した……このことに関する説明を聞かせて欲しいものだな」

 椅子に深々と腰を下ろし、これみよがしに足を組むバレン兄上。その目は極めて冷たく、まるで敵を見るようでした。

「わ……私はただ……わ、我が領の発展、ひ、ひいてはゴルゴーク帝国の発展のため、リュクドの森を切り拓こうとしただけでして……そのために自軍を派遣しただけであります」

 なるほど。そう言われてしまうと、我々としても何も言えませんね。

 各地の領主には、領内におけるある程度の自治権が認められています。自領の開拓のために自軍を動かしたのであれば、皇家といえども口出しはできませんから。

「そうか。それなら、俺たちは何も言わねえ。その代わり、今回おまえらが受けた被害に対して、帝国は一切援助しない……ってことでいいな?」

 これまた、兄上の言う通り。皇家は領主たちの自治に口出しはしない。その代わり、過剰な援助もしない。自治が不可能なほど領主の力が衰えた場合は帝国が手を差し伸べることもありますが、その時はその領主から自治権を取り上げることになるでしょう。

 それがこれまでのゴルゴーク帝国の……皇家のやり方なのです。

 例外としては、大規模な天災などによって領民に大きな被害が及んだ場合でしょうか。その時は、領主の要請に従って帝国が援助することがあります。ですが、これらはあくまでも領民を救済するためであり、領主を助けるためではありません。

 しかし、今回は明らかにカーバン伯爵自身に責任がありますので、帝国としては伯爵に援助しませんし、するつもりはありません。

「そ、そこはもちろん承知しております……」

 顔中に大量の汗を浮かべながら、カーバン伯爵ががっくりと頭を垂れました。カーバン伯爵の領地は、領土こそ広いもののそれほど栄えているわけではありません。今回の出兵の失敗は、伯爵家にとって相当大きな痛手です。

 伯爵の本心は、おそらく帝国から何らかの援助を引き出したいところでしょうが、このまま帝国に助けを求めるようであれば、それは自分に自治能力がないと公言することに等しい。さすがにそんな恥知らずな要請はできないようです。

「で、今回俺たちが伯に話をしに来たのは……もう分かっているよな?」

「は、はは……! も、もちろんです。帝国軍の我が領内の通行を、カーバン伯爵家の当主として正式に認めます」

 いくら帝国軍とはいえ、領主の領地内を自由に行き来することはできません。予め、領主の許可を得る必要があります。

 ですが、これはほぼ形式上のもの。帝国軍が領地を通りたいと言えば、領主として反対することはまずありません。

「我ら帝国軍は、貴公の領地内の町……レダーンを拠点として、リュクドの森へと踏み入る。いいな?」

「は、はい。それもまた、認めるところにございます」

 兄上は僕の方をちらりと見て、にやりと笑いました。

 さて、これでこの土地の領主から、帝国軍駐留の許可は得たことになります。後はリュクドの森の攻略に集中するとしましょうか。




「ま、今回はカーバンの奴の勇み足に助けられたな」

「そうですね。皇家の反対勢力に属するカーバン伯爵は、本来なら我々が領内に駐留することにいい顔はしないでしょう。ですが、先程の大敗でそんなことを言う余裕はないでしょうから」

 カーバン伯爵の屋敷の一室で、僕とバレン兄上は言葉を交わします。

 我々がいるカーバン伯爵の屋敷のある街……伯爵領の領都ガルバからレダーンの町まで、あと三日ほど。この領都ガルバで食料などの物資を補給をした後、我々は改めてレダーンの町を目指して進むことになります。

「それで、ミーモスはどうするつもりだ? まさか、カーバンの奴と同じことをするわけじゃあるまいな?」

「もちろんです。無策に森に突入しても、伯爵と同じ結果になるだけですからね。そのために、今回は僕が入念に育てたアレを投入します」

「そうだった、そうだった。アレを初めておまえに見せられた時は、俺と親父はおろかガルディでさえかなり驚いていたよな」

 今回の作戦の要となるモノを思い出したのか、バレン兄上が気味が悪そうに顔を顰めました。

 以前、帝都の城壁を破壊した巨大な鋼鉄魔像がリュクドの森に逃げ込んだと思われた時、僕はいつかあの森に踏み込む時がくると予想していました。そのための準備を、以前からしていたのです。

 その準備が、まさか神託の《白き鬼神》のために用いることになるとは思いませんでしたが。

 もっとも、僕たちの目的地には例の巨大魔像も存在しているようなので、全く無関係とは言えないでしょう。

「さて、もうすぐレダーン、そしてリュクドの森か。ミーモスはレダーンまで何度も行ったことがあるだろうが、俺は初めてだからな。リュクドの森でどんな奴らと戦えるのか、ちょっと楽しみだぜ」

 にやりと笑うバレン兄上。その様子は、まるで獲物を前にした肉食の獣のようです。本当に、この兄は血の気が多くて困りますね。

 ですが、こと戦いに関してはこれ以上頼もしい人物は他にいません。今回の作戦に関して、兄上以上の適役はいないでしょう。

 果たして、あの森には何が潜むのか。兄上ではありませんが、実は僕も楽しみです。

 そして三日後。僕たちはレダーンの町の土を踏んだのでした。




 レダーンの町に入った僕は、兄上とは別行動になります。

 ここからしばらく──帝国軍が実際に森に突入するまで──の僕は、帝国の第三皇子ではなく冒険者互助会の統括者として行動することになります。目的はもちろん、例の白いゴブリンに繋がるであろう冒険者、《辺境の勇者》が現在どこにいるのか確認することです。

 最低限の護衛だけを連れた僕は、レダーンの互助会支部へと向かいます。そこには予め指示しておいた通り、《辺境の勇者》に関する情報が集まっていました。

 とはいえ、謎に包まれた部分の多い《辺境の勇者》。具体的な素性までは分かりませんし、現在はこのレダーンの町にも滞在していないようです。

 ですが。

「……ほう。《辺境の勇者》と付き合いの深い、例の行商人が現在レダーンに来ていると?」

「御意にございます、殿下」

 ガルディ兄上から借り受けた密偵の一人が、互助会の支部に入った僕に報告してきました。

 現在のレダーンの町には、ガルディ兄上配下の密偵がかなりいます。目的はもちろん《辺境の勇者》を探ること。その網に、《辺境の勇者》本人ではないものの縁のありそうな者が引っかかったようです。

「それで、その行商人には会えますか?」

「は。居所は掴んでおりますので、いつでも連行できますが?」

「いえ、連行ではなく……あくまでも、互助会の統括者としてその行商人とは会ってみたいのです。そのつもりで件の行商人と接触してください」

「御意」

 全く足音を立てることなく、密偵が部屋から出ていきました。さすがはガルディ兄上配下の密偵、気配の消し方がとんでもないです。この僕でさえ、その姿を見ていなければ存在に気づかないかもしれません。

「さて……例の行商人とは、どのような人物なのでしょうね。上手く《辺境の勇者》へと繋がる情報を聞き出せればいいのですが……」




「み、ミルモランス殿下に拝謁する栄に浴し、み、身に余る光栄であります……」

 今、僕の目の前に例の行商人が跪いています。皇族と直接会うからでしょう、すごく緊張していることがよく分かります。

 その行商人が着ている上着のポケットから小さな野鼠がちょこんと顔を出していることに、僕は気づいています。どうやら、あれは使い魔のようですね。

 そういえばあの使い魔……同じような使い魔を、《辺境の勇者》が連れていた少女も所持していましたね。おそらく、これらの使い魔の制作者は同一人物でしょう。その辺りも、《辺境の勇者》やその向こうにいるであろう白いゴブリンへと繋がる手掛かりかもしれません。

「そう硬くならずに、行商人殿。今の僕は帝国の皇子ではなく、あくまでも互助会の統括者。今回は貴殿と商談がしたくて、この互助会支部まで来ていただいたのですから」

 そう言いながら、僕は微笑みを浮かべる。ここでこの行商人に下手に警戒されては、聞き出せる情報も聞き出せなくなります。

 もっとも、手段を選ばなければ、口を割らせる方法などいくらでもありますが。

「聞くところによると、貴殿は《辺境の勇者》殿ととても親しくしているとか」

「は、はい、《辺境の勇者》殿とはとある縁で知り合い、そのままお付き合いさせていただいております」

「あの者はリュクドの森の中で、珍しい魔獣の素材を数多く集めていますからね。その素材を任されているのは、互助会としては少々羨ましいことです。どうでしょう? 貴殿が《辺境の勇者》より任されるその素材、いくらかを我ら互助会へと納めてもらうことはできませんか? もちろん、それ相応の代金は支払いますよ?」

 僕と行商人は、そのまま素材の取引に関する商談を交わします。彼らが扱う稀少な魔獣の素材は、互助会や冒険者、そして帝国にとって有益な資源なのです。

 そうやって、僕たちはいくつかの素材に関する商談をまとめました。

「……では、貴殿が《辺境の勇者》殿から次に素材を買い取るのは、いつ頃になるか分かりますか?」

「そうですな……正直、《辺境の勇者》殿から連絡があり次第、としか私としてもお答えできません」

 そう言った行商人の視線が、ちらりと上着のポケットから顔を出している小さな野鼠へと向けられました。やはり、あの使い魔が《辺境の勇者》との連絡手段のようですね。

 行商人とのやり取りで、《辺境の勇者》はしばらくはレダーンの町を訪れないことが分かりました。

 これはいよいよ、こちらからリュクドの森の中へ足を踏み入れる必要がありそうです。

 さて、そのために連れてきた「彼ら」に、役立ってもらうとしましょうか。

 兄上ではありませんが、僕もちょっと楽しみになってきましたね。


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