抜け駆け



「これまで……過去に下されたキーリ神の神託の内容は、実に様々だ。飢饉、干ばつ、大規模な魔獣の氾濫……大災害と呼べるものもあれば、逆に吉兆を伝えるものもあった。豊作、時の世継ぎの生誕など……そんな吉兆の中でも最も多かったのは、《勇者》の誕生を知らせるものだった」

 僕と父上、そしてバレン兄上は、黙ってガルディ兄上の言葉に耳を傾けます。

 この帝国の皇子として生まれた僕は、当然ながら帝国の歴史はほぼ頭に入っています。その歴史において、キーリ教団からもたらされた神託により、国難を回避できたことは何度もありました。

「逆に、災害を告げる神託で一番多かったのは、《魔物の王》の出現だ。とある魔物が猛威を振るうというような内容の神託だった場合、その魔物は後に《魔物の王》と呼ばれること多い」

「……実を言えば、儂もガルディと同じことを考えておった」

「親父もか?」

 腕を組み、目を閉じた父上が言葉を発すれば、意外そうな顔でバレン兄上が聞き返します。

「だが、《白い鬼神》の正体が分からぬ内は、《魔物の王》が出現すると断定するわけにもいかん。なんせ、今のところ《白い鬼神》の最有力な正体はゴブリンだからな」

 くくく、と喉の奥で笑いながら、父上が僕を見る。確かに、普通に考えればゴブリンが《魔物の王》になるとは思えませんね。

「何にしろ、今はリュクドの森の案内人を確保することに注力せよ。全てはそれからだ」

 父上の言葉に、僕たち兄弟は揃って頷きました。




 数日後、自分の執務室で様々な仕事に追われていた僕の元へ、一通の報告書が届きました。

「リュクドの森の中で、ダークエルフの集落を発見した……ですか」

 それは、僕が待ち望んだものです。正確に言えば、このような報告書が届けられるよう、僕が秘密裏に画策して冒険者たちをリュクドの森の中、それもダークエルフの集落がある場所へと導いたのですが。

 具体的には、僕が別人名義でリュクドの森の中、それも集落の近くを指定して薬草や香草などの各種資源の採集依頼を出したり、同じく別人名義で集落近くに出没する魔獣の討伐依頼を出したりしたわけです。

 その依頼を受けた冒険者たちから、依頼の途中にダークエルフらしき集落を発見したという報告が相次ぎました。

 もちろん、依頼を受けた冒険者全てが無事に帰ってきたわけではありません。中には帰らぬ人となった者たちもいます。

 冒険者は全て自己責任。その依頼が無事に遂行できるかどうか、判断するのは自分です。

 僕も互助会の長として、人的資源の損失は望む所ではありませんので、依頼には一定以上の実力を持った者をあてるようにしました。ですが、中には少々背伸びをして依頼を受け、結果帰って来なかったり、大怪我を負ったりした者たちもいるのです。

 怪我程度で済んでいるならば、僕の権限で命術の使い手を派遣することもできますが、帰って来なかった者たちはどうしようもありません。

 とはいえ、これもある意味で冒険者の定めのようなもの。冒険者が依頼中に命を落としたとしても、それはやはり自己の責任でしかないのです。

 そんなことを考えながらも、僕は報告書の文字を目で追います。そして、上げられた報告書に違和感があることに気づきました。

 報告書にあった、ダークエルフの集落の場所。その場所が、僕の記憶にあるガリアラ氏族の集落とはやや離れているのです。

 冒険者たちの報告書に誤りがあるのか、それとも、他に何か理由があるのか。

 報告書に誤りがないのだとすれば、最も考えられるのはこの集落がガリアラ氏族のものではない、ということでしょう。

 あの辺りには、ダークエルフの集落が点在していたはず。であれば、ガリアラ氏族の集落へと誘導したはずの冒険者たちが、別の氏族の集落を発見したのかもしれません。

 しかも。

「……ダークエルフの集落の中に、オーガーやトロルの姿が散見される……?」

 その一文を見て、思わず眉が寄ったのが分かりました。

 本来、妖魔は同一種族で集落を築くもの。労働力として、自分たちよりも弱い種族を奴隷として囲い込むことはあっても、自分たちと同等以上の他種族と同じ場所で暮らすことはありません。

 そのことは、かつて《魔物の王》であったこの僕が、他の誰よりもよく知っています。

 ですが、報告書ではダークエルフの集落にオーガーやトロルがいるとあります。しかも、互いに争う様子を見せることもなく。

 これが意味するところはただ一つ。

 ダークエルフやオーガー、そしてトロルを支配しうる強者が、その集落には存在しているのです。

 例えば、かつての僕……《魔物の王》のような存在が。




 ダークエルフの集落に他の種族の妖魔がいる、という情報は確かに驚きです。ですが、報告書には更に驚かされることが記されていたのです。

「きょ、巨大な鉄製と思われる人型をしたモノが、その集落の中に……っ!?」

 僕は執務用の机に両手を突き、思わず立ち上がってしまいました。

 巨大な人型……それも鉄製と思われるモノ。それが何を示すのか、僕にはすぐ分かりました。

 先日この帝都に突然出現し、城壁の一部を破壊してそのまま逃亡した巨大な鋼鉄魔像アイアンゴーレム。あんなものが、二つも三つもあるとは思えません。

 間違いなく、その集落にあったという巨大な人型は、帝都に現れたあの巨大魔像でしょう。

 その巨大魔像がダークエルフの集落にあったということは、帝都を襲撃したのはダークエルフだったのでしょうか。

 いえ、それは違うでしょう。ダークエルフも普通のエルフ同様、人間の世界にはそれほど興味を抱きません。中には興味を寄せる変わり者もいるようですが、あくまでもそれは少数派でしかない。

 では、帝都を襲った巨大魔像が、どうしてダークエルフの集落にあるのか。

 そこもまた、先ほどの疑問と答えを同一にするのでしょう。つまり、冒険者たちが発見したその集落には、ダークエルフやオーガー、そしてトロルといった複数の妖魔たちを支配する者がいる。そして、その者は帝都を襲撃した巨大魔像とその制作者さえ従えている可能性がある。

 もしかすると巨大魔像の制作者こそが、その集落を支配しているのかもしれません。

 現時点では神託にあった《白い鬼神》こそが、その集落を支配している可能性が最も高いでしょう。ですが、僕の予想ではその《白い鬼神》は例の白いゴブリンです。

 果たして、その白いゴブリンとは何者なのでしょうか。

 おそらくは上位種であろう、謎の白いゴブリン。ですが、上位種とはいってもやはりゴブリン。妖魔の中ではそれほど力のある存在とは思えません。

 ゴブリンに、格上であるダークエルフやオーガーなどを支配できるでしょうか。

 もしも本当にその白いゴブリンが、他の妖魔たちを支配しているのであれば。その白いゴブリンとは……

「ま、まさか……本当に、ゴブリンが《魔物の王》に至ったと言うのですか……?」

 僕はそのまま執務室を飛び出しました。

 この報告書から得られた情報を、父上や兄上たちに知らせるために。




「良くない報せがある」

 集まった僕たちを前に、ガルディ兄上がやや沈んだ表情でそう告げました。

 ここはいつものように皇族かぞくだけが入れる部屋。その中に、父上と僕たち三人の息子だけが集まっています。

「何があったよ、ガルディ? 確か、ここに俺たちを集めたのは、おまえじゃなくてミーモスだろ?」

「儂もそう聞いていたが?」

 父上とバレン兄上が、互いに顔を見合わせて首を傾げています。この場に父上たちを集めたのは確かに僕ですが、どうやらここに集まる直前にガルディ兄上の耳に良からぬ情報が入ったようです。

「ガーバン伯爵が、自軍の兵士たちをリュクドの森へと送り込んだそうだ」

 ガーバン伯爵と言えば、レダーンの町を含むリュクドの森に面する一帯を支配する貴族です。おそらくガーバン伯爵の目的は、我々皇帝家主導のリュクドの森の探索に先駆けて、何らかの功績を打ち立てることでしょう。

「確か、ガーバン家といえば……」

「ああ、兄上の考えている通り、現皇帝家には反発する派閥に所属しているな」

 思い出しました。先日の会議の席でも、僕の意見──《白き鬼神》が白いゴブリンであるという説──を否定していた一人ですね。

「どうやらここ最近、レダーンの町ではとある噂が広がっているようだな?」

 そう言ったのはもちろんガルディ兄上です。兄上は僕を見ながら意味ありげな笑みを浮かべていました。

 しかし、ガルディ兄上はもうあの情報を掴んでいましたか。僕でさえ、報告書が今日届いたことで知ったばかりなのですが。密偵の頭目は伊達ではありませんね。さすがです。

「おい、ガルディ。その噂ってのはなんだ?」

 逆に、情報にやや疎いバレン兄上は、例の噂についてはまだ知っていないようです。当然と言えば当然、父上やバレン兄上は常にガルディ兄上から、精査された各種の情報を受け取っているのですから。

「実は最近、リュクドの森の中でダークエルフの集落が見つかったらしくてな。そうだろ、ミーモス?」

「はい、僕の所にも本日報告が届きました。父上や兄上にこうして集まってもらったのは、そのことを知らせるためだったのですが……」

 ガルディ兄上の話によると、レダーンの町ではダークエルフの集落のことが大きな噂になっているようです。

 もちろん、噂の出元は集落を発見した冒険者たちでしょう。彼らには口止めをしてはおいたのですが、酒に酔った勢いか何かで、ぽろっと零してしまったのではないでしょうか。

 まあ、それほどきつく口止めしなかったので、そこは仕方ありません。

 しかし、その噂を聞いてガーバン伯爵がこうも早く動きを見せたとは……僕の見通しもまだまだ甘いようです。

「ダークエルフは他の妖魔と違い、集落に金目の物を蓄えるからな。まあ、金目の物と言っても我々からすればの話であり、連中にしてみれば単なる日用品にすぎないのだろうが」

 ダークエルフたちが作る細工物や織物などは、人間からすれば稀少で価値の高いものなのです。そして、何よりもダークエルフそのものが奴隷として高く売買できるため、ダークエルフを多数捕えることができるならば、それなりの財産となるのは間違いありません。

 その辺りに関しては、我々もダークエルフを捕虜にして利用するつもりでしたので、ガーバン伯爵のことをとやかく言えないかもしれませんね。

「ガーバンの目的は、我々を出し抜くことと同時に、ダークエルフを捕えて財をなすことか」

「おそらく、父上のおっしゃる通りでしょう」

 ガルディ兄上と言葉を交わした父上が、僕へと視線を移しました。

「ミーモス。貴様はガーバンの動きをどう見る?」

 父上の言葉を受け、僕は一度だけ目を閉じて素早く思考を巡らせました。

 そして目を開けると、きっぱりと父上に告げます。

「おそらく……いえ、間違いなく、ガーバンの軍勢はリュクドの森で大打撃を受けるでしょう」

 と。


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