《白き鬼神》



「して、その《白き鬼神》の具体的な正体は掴めたのか?」

 玉座に腰を下ろし、やや不機嫌そうに家臣たちにそう尋ねたのは、僕の父でありこの帝国の皇帝であるアルデバルトス・ゾラン・ゴルゴーク陛下。

 陛下の言う《白き鬼神》とは、先日キーリ教団の信者数名に届けられた、神託の中で語られた存在です。


「白き厄災の鬼神、黒き世界へと誘う」


 それが神託の内容であり、父上や兄上たちはこれを帝国に迫る脅威と判断したようでした。

 神託が届けられたその日から、帝国は総力を挙げて《白き鬼神》が何者なのか、そして《白き鬼神》は今現在どこに潜んでいるのかを探ってきました。

「ミルモランス。貴様の報告にあった白いゴブリン……貴様はそのゴブリンこそが神託の《白き鬼神》だと言うのだな?」

「はい、陛下。私はそう考えています」

 密偵蜘蛛の報告に出てきた、白いゴブリン。なぜかそのゴブリンのことが妙に気になった直後、件の神託に《白き鬼神》という言葉がありました。

 僕には、どうもこの二者が同一であると思えて仕方がないのです。

 そんな思いから父上の質問にきっぱりと答えると、周囲にいる帝国の重鎮たちがざわざわと騒ぎ出し始めました。

「《白き鬼神》の正体がゴブリンですと?」

「いくらミルモランス殿下のお言葉とはいえ、たかがゴブリンが帝国に危機を及ぼすとは思えませんな」

「そもそも、白いゴブリンなど聞いたこともありませんぞ?」

 家臣たちの中には、明らかに嘲笑を含ませた声を上げる者もいる。

 ゴルゴーク帝国は巨大であり、巨大すぎるがゆえに決して一枚岩であるとは言えません。帝国内には様々な思惑を抱えた派閥があり、今、僕に対して反抗的な態度を見せた者たちは、現皇帝家によくない思いを抱いている派閥の者たちでしょう。

「だが、現状においてはミルモランス殿下の報告だけが、白い魔物に関する情報だ。確かに現時点では殿下のおっしゃる白いゴブリンが、神託の《白き鬼神》であると断定はできますまい。しかし、他に情報がないのもまた事実。まずはその白いゴブリンが何者なのか、はっきりとさせてはいかがか?」

 別の家臣──皇帝派に属する者──の言葉に、数名がなるほどと頷いて見せました。

「だが、ミルモランスの報告によると、その白いゴブリンはリュクドの森の奥地にいるらしいんだろ? どうやってあの広い森の中から、一体のゴブリンを探し出す?」

 僕の兄であり、この帝国の皇太子でもあるバレン兄上……アーバレン・ゾラン・ゴルゴークが、家臣たちを見回しながらそう尋ねました。

「以前の巨大魔像の時もそうだったが、リュクドの森は広すぎる。あの森の中からたった一体のゴブリンを見つけることは、そう簡単なことじゃねえぜ?」

「その件に関しては、すでに冒険者たちを動かしておりますよ、兄上。もちろん、ガルバルディ兄上配下の密偵たちも動いております」

「さすがはミルモランス。仕事が早えな」

「ですが、情報収集は難航しているのもまた事実です。兄上が今おっしゃったように、あの広大な森の中から一体のゴブリンを見つけ出すのは簡単ではありませんから」

 ですが、白いゴブリンに関しては手掛かりがないわけではありません。そう、白いゴブリンと接触していた、《辺境の勇者》こそが最大の手掛かりです。

 《辺境の勇者》が白いゴブリンと何らかの関係があることは、父上やバレン兄上、そしてガルディ兄上などには既に知らせてあります。ですが、《辺境の勇者》と白いゴブリンの繋がりを知っているのは、父上が本当に信頼する者たちだけです。

 辺境限定とはいえ、《勇者》と呼ばれている者が妖魔と、それも神託にあった《白き鬼神》と思われる魔物と繋がりがあるなど、市民たちに知られれば要らぬ騒ぎとなりかねない、と父上が判断したためです。

 神託の件は既に市井にも広まっており、ただでさえ混乱している最中に、《勇者》と呼ばれる者が《白き鬼神》かもしれない魔物と繋がりがあると分かれば……父上はそれが余計な疑心暗鬼を招くだろうと考えたようです。

 父上や兄上からは、次に《辺境の勇者》がレダーンの町に現れた場合は、下手に取り押さえるよりも泳がせて白いゴブリンの居所を突き止めるように言われています。

 僕もまた、その考えに賛成です。

 《辺境の勇者》と白いゴブリンの関係が今ひとつはっきりしない以上、《辺境の勇者》の身柄を取り押さえても、白いゴブリンが《辺境の勇者》を切り捨てる可能性もあるからです。

 その場合、白いゴブリンはしばらくリュクドの森から出てこなくなるでしょう。そうすれば、僅かな手がかりも途絶えてしまうことになりますから。




 帝国の重鎮たちとの会合を終え、僕と父上、そしてバレン兄上は、帝城の奥にある皇族だけが入れる部屋へと戻り、そこで再び言葉を重ねていきます。

「……やはり、ミーモスの言う《辺境の勇者》だけが、今のところ白いゴブリンへと繋がる手掛かりだな」

「そもそも、その《辺境の勇者》ってのは、どこのどいつだ? 他国から流れてきたのか?」

 ある時期を境にして、レダーンの町で突然名が知れ渡り出した《辺境の勇者》。

 その過去を詳しく知る者は、レダーンの町にはいません。もしかすると、彼と懇意にしているという行商人であれば、何か知っているかもしれませんが。

 その行商人も、今はゴルゴーク帝国から離れているようで、国内に張り巡らせた情報網には引っかかりません。足取りは追わせていますが、他国へ行っているとすると追跡は簡単ではないでしょう。

 《辺境の勇者》について分かっているのは、リピィと名乗っていることと、三十代前後の男性ということだけ。

 腰に剣を下げていることから剣を得物としているようですが、常に一人で活動しているためか、彼が直接戦っているところを見た者はいないようです。よって、本当に剣を得意としているのかも定かではない。

 そもそも、冒険者というものは出自にこだわりません。そして、個人の過去を詮索するようなことも流儀から外れているとされます。

 そのため、過去の経歴などよく分からないことも多いのです。

 それに彼が名乗っているリピィという名前でさえ、本名かどうか怪しいものですし。

 つまり、《辺境の勇者》という人物は謎だらけなのです。

「《白い鬼神》についても謎なら、その《辺境の勇者》と呼ばれている冒険者も謎、か。全く、この世の中は謎ばかりよな」

 そう言いながら、父上は大きな溜め息を吐き出しました。周囲にいるのが家族だけだからか、皇帝として家臣たちの前に出る時の父上であれば、こんな姿を見せることはないでしょう。

「何にせよ、全てはリュクドの森の中だな。一度、大々的にあの森の探索を行なうべきじゃねえか?」

「確かに、兄上の言う通りですね。ですが、それは決して簡単なことではありませんよ?」

「俺だって分かっているよ、そんなこたぁ。だけどよ、今はそれぐらいしかできることがねぇだろ?」

「うむ……確かにバレンの言うことも道理よ。ガルディ」

 バレン兄上の言葉に大きく頷いた父上は、今までずっと黙っていたガルディ兄上の名前を呼びました。

「貴様はどう考えている?」

「我々にとって、リュクドの森は魔境です。ですが、そこに暮らす者たちがいるのもまた事実。であれば──」

「リュクドの森に住む者たちに森の中を案内させよ、と?」

「はい」

 父上の言葉に、ゆっくりと頷くガルディ兄上。

 確かに、リュクドの森の中で暮らすモノはいます。ですが、それは人間とは相容れない魔獣や妖魔たちであり、交渉で協力を取り付けることができるとは思えません。

 つまり、ガルディ兄上は森で暮らす妖魔、それも知能の高い種族を武力などで屈服させて、我々の言うことを聞かせようと言っているのです。

 そして僕は、過去の記憶からリュクドの森で暮らす知能の高い種族のことをよく知っています。中にはかつて《魔物の王》と呼ばれた僕の、側近に近い地位へ取り立てた者もいたぐらいです。

 ダークエルフのガリアラ氏族。その集落の場所を、僕は知っているのです。

 とはいえ、直接僕が森の中にあるダークエルフの集落へ、帝国軍を率いていくわけにもいきません。帝国の第三皇子が、リュクドの森の中にあるダークエルフの集落の場所など知っているはずがないのですから。

 ですが、そこは何とでもなります。

 冒険者たちを上手く誘導し、ガリアラ氏族の集落を発見させればいいのです。

 そして冒険者からの報告を基に、父上もしくはバレン兄上が軍を率いてガリアラ氏族の集落を襲えば、ダークエルフを虜囚とし、森の案内人を得ることは難しくないでしょう。

 それに、ガリアラ以外のダークエルフの集落も、あの辺りには点在していたはず。ついでにそちらも襲撃すれば、より多くの案内人を確保できるはずです。

 最大の問題は、ダークエルフたちが素直に人間の言うことを聞くかどうかですが、いざとなれば、僕が過去より引き継いでいる《魔物の王》としての特殊能力を使えばどうとでもなるでしょう。




 リュクドの森に踏み入り、いかにして案内人を得るかをあれこれと相談する父上とバレン兄上。

 一方、ガルディ兄上はそんな二人とは正反対に、黙ったままなにやら考え込んでいる様子。僕はそんなガルディ兄上のことが気にかかりました。

「どうかしましたか、ガルディ兄上?」

「ああ、ちょっと気になることがあってね。とはいえ、何の確証もないから、単に私の杞憂となる可能性が高いのだが……」

 腕を組み、真面目な顔で僕を見つめるガルディ兄上。気づけば、父上とバレン兄上までもがじっとガルディ兄上のことを見つめています。

「まず、これは私の推論……いや、推論でさえない単なる思いつきであることをはっきりさせておく」

 そう前置きしたガルディ兄上は、ゆっくりと言葉を続けました。

「過去、キーリ教団の信者に神託が届けられた際、この国を……いや、世界を揺るがせるような大きな厄災が起こったことが多々ある」

 ガルディ兄上の言葉に、父上とバレン兄上が無言で頷く。確かに、これまでキーリ教団に神託が降りた時には、大きな厄災が生じたことがありました。そのことは、帝国の記録にもキーリ教団の記録にも残されています。

「私はこれまでの神託を改めて調べてみた。そして、とあることを考えるようになった」

 ガルディ兄上の視線が、僕たちの上をゆっくりと通り過ぎていく。そうやって僕や父上たちを見回したガルディ兄上は、改めてその言葉の続きを口にしました。

「今回の神託にある《白き鬼神》……それは、新たな《魔物の王》が現れたことを示すのではないか、とな」


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