今後の予定
さて。
クースと隊長も戻ってきた。
行商人には、ちょっといい品質の武器を頼んでおいたのだが、上手く手に入れてくれたらしい。
とはいえ、クースと隊長の二人で運べる物資の量は限られているので、今回運んでもらったのは剣が数本と槍が数本ってところだ。
剣は俺とパルゥで所持し、槍はもちろんユクポゥに。そのうちオーガーたちが使えそうな武器も手に入れたいところだ。だが、オーガーたちが使う得物はただでさえ大きいからな。さすがに隊長やクースでは運べないだろう。
いつか全員の装備を一新できるような機会があるといいが、さすがにそれは難しいか。
ダークエルフたちも武具を作ることはできるのだが、さすがにオーガーたちが使えるような大型の武器を作るのは苦手らしい。
そもそも、ダークエルフたちは金属製の武具を用いない。木製や魔獣の素材を利用した武具を用いるのを好む。
実は衣服などに関してはダークエルフたちのものを活用しているのだが、全てを利用するわけにもいかない。特にクースはダークエルフのとある衣類を頑なに拒んでいた。
まあ、ぶっちゃけとある衣類とは下着だがな。どうもダークエルフたちの利用する下着は布面積が小さくて、クースはお気に召さないらしい。それでわざわざ行商人に頼んだり、自ら人間の町へ出かけたりして下着を購入しているのだ。
たかが下着、されど下着ということなんだろう。まあ、俺には理解できないことではあるが、クース的には重要な件なのだろう。きっと。
だが、仲間たちの装備の充実は問題ではある。俺や兄弟たちの武器ならともかく、防御力の高い防具の入手は実質的に難しいだろう。
そのうち古い時代の砦跡などに潜って、隠してある武具を発掘する必要があるかもな。もしくはリーエンに頼んで入手してもらうか。リーエンが住んでいる塔まで受け取りに行くのがちょっとアレだが、それが一番確実かもしれない。
装備に関しては、一度ジョーカーとじっくり相談してみないとな。
さてさて。
仲間たちに、次の目的を伝えなければな。
リーリラ氏族の集落の片隅に、トロル・リーダーのザックゥを含めた主だった仲間たちを集める。
野外なのは、これだけの面子を収容できるだけの家屋が、今のリーリラの集落にはないからだ。
特に黒馬鹿三兄弟やトロルのような大柄な連中が集まっているのだ。俺が寝起きしている家程度ではとても収まらない。
「……というわけで、ザックゥたちを襲ったという炎竜に会いに行こうと思う」
そう言いながら、俺は皆を見回した。
絶対によく分かっていないユクポゥとパルゥ。心配そうな表情のクース。明らかに青ざめている隊長。眉を寄せ何やら考え込むギーン。何を期待しているのか嬉しそうな真性……ではなくサイラァ。特に何も言わず、じっと俺のことを見ているだけのジョーカー。
そんな仲間たちの中でムゥを筆頭にしたオーガー三兄弟は、腕を組んでじっと俺を見つめていた。
「今度は炎竜相手に喧嘩する気か、アニキ?」
「もちろん、アニキの命令となれば、この筋肉を活かすことを躊躇いはしないが……」
「さすがに相手が悪すぎないか?」
ま、その考えは当然だな。なんせ、相手は炎竜だ。普通ならこっちから喧嘩を吹っかけていい相手じゃあない。
だが。
「おいおい、誰が炎竜に喧嘩を売るなんて言ったよ? 俺は会いに行くと言ったんだぜ?」
そう言った俺の顔を、ザックゥがぽかんとした顔で見つめていた。
「お、おいおい、大将! あの炎竜と会ってどうするつもりだ? 下手にあの空飛ぶトカゲの前に出ようものなら、炎を吐かれて消し炭になるだけだぜ?」
我に返ったザックゥが警告してくれた。だが、俺はいきなり襲われるとは限らないと思っている。
「確かにザックゥの言うことは正しいかもしれない。だが、相手も言葉を操るんだ。こっちの言い分を聞いてくれるかもしれないだろ? ま、そのためには手土産の一つも必要だろうけどな」
竜に対する手土産と言えば、当然酒類だろう。昔から竜は酒に目がないと言われている。そして、実はこのダークエルフの集落、味のいい極上の果実酒を作っているのだ。
そいつを樽でいくつか手土産に持っていけば、一方的に襲われるってこともないだろう。多分。
「ま、まあ……大将がそう言うんなら、俺様は従うだけだがよ……だが、これだけは言っておく。あの炎竜は強えぜ? 間違いなく、大将よりな」
そんなことは言われるまでもない。そもそも、ゴブリンと……いや、妖魔と竜では生き物としての階梯が違いすぎる。俺の仲間たちが束になって戦っても、間違いなく炎竜には勝てない。
だからこそ、手土産持参で話をしに行くってわけだ。
これはあくまでも勘でしかないが、ザックゥの言う炎竜は「あいつ」ではないだろう。
だが、炎竜は《魔物の王》を名乗ったと言う。その真意を俺は知りたい。
単なる功名心で今代の《魔物の王》になるつもりなのか、それとも深い考えもなくそう名乗っているだけなのか。
ただ、俺が知る竜って奴は、酒好きで財宝を巣に溜め込む習性こそあるものの、功名心や支配欲ってものには無縁な存在だ。
竜には竜の価値観ってものがあるらしく、群れるよりは孤独を好み、同族と仲良くしたり、配下を従えたりようなことはまずしない。
唯一の例外は何百年に一度訪れる繁殖期だけ。この時だけは、竜は番を求めて各地を飛び回るようになる。それ以外は、大抵自分の巣を中心にした縄張りの中で生活するものだ。
そんな竜が《魔物の王》を名乗るには、何か理由があるだろう。
果たしてどんな思惑があって、炎竜は《魔物の王》を名乗ったのやら。できればその辺りを聞き出したいものだ。
まあ、もしかすると、その炎竜が「あいつ」である可能性も捨てきれない。もしも「あいつ」であった場合は……もちろん、その場で決戦を挑むことになるだろう。
それに、たとえ炎竜が「あいつ」ではなくても、問答無用で向こうから喧嘩を売ってくるかもしれない。
その時は、ザックゥを見習ってさっさと逃げ出そう。うん。
「それによ、大将。あの炎竜が、まだ俺様たちの以前の塒に居座っているという保証はないぜ?」
言われてみればその通りだ。何が目的でトロルたちの塒を襲ったのか知らないが、今もそこに炎竜がいるとは思えない。
確かにトロルはオーガーに負けないほど大柄だが、それでも竜に比べると遥かに小さい。そんなトロルの塒だった場所に、竜が新たに居を構えると言われれば首を傾げるというものだ。
「じゃあ、その炎竜の本来の巣がどこかにあるってことですか?」
そう言ったのは、それまでじっと俺たちのやり取りを見ていたクースだ。
彼女の言うことも考えられる。竜は縄張りを持つものだから、どこかに本来の巣があると考えるのが妥当だろう。
「ザックゥ。炎竜の巣に心当たりはないか?」
「まあ、古くから伝わる噂ぐらいならないこともないぜ? ただし、あくまでも噂だ。本当にそこが炎竜の塒かどうかまでは分からねえからな?」
ザックゥたちトロルが、以前に住み着いていた場所より更に森の奥……つまり、このリュクドの森の中心部。そこには一体の恐ろしい魔物が棲んでいると言われていたそうだ。
多数の強力な魔物が跳梁跋扈するこのリュクドの森の中でも、最強の一角と言われる魔物。それが炎竜である。
確かに、俺も以前──まだ人間だったころの話だ──に、リュクドの森の最深部には竜が棲んでいるという話を聞いたことがあったが、どうやらその話は本当だったらしい。
だがリュクドの森に竜が棲むという話はあっても、実際にその竜が森の最奥から出てきたという話は聞いたことがない。
ひょっとすると、俺が生きていない時期に森から出たことぐらいはあるかもしれないが、それならそれで噂の一つぐらいは残っているだろう。
その炎竜が、だ。どうしてこの時機にトロル塒を襲ったんだ? しかも《魔物の王》を名乗って。
間違いなく、炎竜が行動を起こしたのには何らかの理由があるだろう。もっとも、現時点ではその理由は想像することさえできないが。
さてさてさて。
炎竜に会いに行くにしても、まずは準備が必要だ。
手土産の酒も用意しないといけないし、道中の予定も立てないといけない。
俺と同行する面子も選定しないとな。まあ、間違いなくいつもの顔ぶれになるだろうけど。
そして、最悪の場合は炎竜と戦いになるかもしれない以上、そっちの準備も必要だ。とは言え、戦いになっても退却が第一になるだろうが。
逃げるにしても、逃げ方ってものがあるからな。少しでも安全に逃げられるように準備する必要はあるのだ。
あちらさんを無駄に刺激しないように、クロガネノシロは今回も留守番だ。
クロガネノシロがあれば、荷物の運搬や盾役など役に立つだろうが、今回は諦める。その代わり、
手土産である酒樽の運搬と、いざ炎竜と戦いになった時には、炎竜の足止めと俺たちが逃げる時間を稼ぐために利用する。
今回、基本的な移動は徒歩で。ムゥたちの突風コオロギにも、手土産の酒樽を積み込んで運ぶ必要があるからな。
なんせ相手は巨体を誇る竜だ。酒樽の一つや二つでは満足しないだろう。
グルス族長に頼んで、ダークエルフ産の果実酒をあるだけ用意してもらう。これだけの量の果実酒を提供してもらうというのに、グルス族長はあっさりと承諾してくれた。
「なに、酒などまた作ればいい。私のクロガネノシロに比べれば、果実酒など何の価値もないというもの」
……こいつ、クロガネノシロを事実上手に入れようとしているな? おそらくは、酒の代金代わりにクロガネノシロの所有権を認めさせようってハラか。
まあ、クロガネノシロの最上位の命令権は、作者であるジョーカーにあるのは間違いない。仮にグルス族長がクロガネノシロで何か問題を起こそうとしても、それを止めるのは難しくないわけだ。
となれば、族長にクロガネノシロを正式に譲渡してもいいかも。もっとも、あれの所有権はジョーカーだからな。あいつがそれを認めるとは思えないが。
酒の他にも道中で必要な物資を用意する。食料や傷薬などは絶対に必要だからだ。
基本的に狩りを行ないながら移動する予定だし、サイラァがいるから怪我や病気に対する不安はない。それでも、いざという時のために食料や薬品などは用意するに越したことはない。
リーリラのダークエルフたちも協力してくれるので、準備は簡単に終わるだろう。だが、その前に俺たちにはやることがある。
「それよりも、アニキ! こうしてクースの嬢ちゃんも帰ってきたんだ。早く嬢ちゃんのヤキニクを食わせろ! 俺の筋肉がヤキニクを欲しているぞ!」
「ヤキニク! ヤキニク!」
「クースのヤキニク! ナマニクがヤキニクに進化!」
ムゥの一言に、ユクポゥとパルゥが飛び跳ねて喜ぶ。もちろん、ノゥやクゥも涎を垂らさんばかりだ。ったく、この食いしん坊どもめ。
「悪いな、クース。帰ってきたばかりだが、一つ頼めるか?」
「はい、任せてください!」
どんと胸を叩きながら、クースがその胸を張る。その際、彼女の双子山がゆさりと揺れるのを俺は確かに見た。
クース、また成長したのか。恐ろしい子。
俺も男の子──なんせ、生後一年経っていない──だし、クースの大連峰にはとても興味がある。だが、今は久しぶりのクースの料理を楽しもう。実を言うと俺は今、かなり腹が減っている。帰ってくるクースの料理を目一杯楽しむために、今日は朝から食事の量を減らしていたのだ。
ダークエルフの女性たちと一緒に料理の準備に取りかかるクースの後ろ姿を、空きっ腹を抱えながら頼もしい思いで眺めるのだった。
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