トロル戦、決着



「リピィ、だいじょぶか?」

「進化したか、リピィ?」

 俺の下に、ユクポゥとパルゥが駆け寄ってきた。どうやら、戦っていた相手をどうにかしたらしい。

「おう、見た通りようやく進化したぜ?」

 俺が自慢気にそう言えば、兄弟たちもまたにやりと笑う。

 何気なく先程まで彼らが戦っていた場所を見れば、そこには手足をぐちゃぐちゃにされて横たわっているトロルの姿が。うわ、あれ、酷くね? いや、戦いの最中に酷いも何もないけどさ。

 どうやら、トロルを倒しきることはできなかったようで、しばらく動けなくしたようだ。

 だけど、このトロルたちならあれぐらい、すぐに回復しそうなものだけどな。

「おそらく、魔力切れだろうね。気術もまた魔術の一種。ならば、魔力が切れれば回復能力も元に戻るさ」

 そう解説したのは、もちろんジョーカーである。

 なるほど、言われてみればその通りだ。魔力切れまで粘れば、どうにかなったってわけか。

 あれ? だったら、今のあいつらの首を刎ねれば、あっさりと倒せるんじゃないか? まあ、いいや。無駄に殺す必要もないだろう。上手くいけば、あいつらも手下になるんだし。

 ぐちゃぐちゃになったトロルたちを、恍惚とした表情で眺めているどこぞの真性は見なかったことにして、俺は意識を戦っているザックゥへと戻した。




 そのザックゥは、ようやくよろよろと立ち上がったところだ。

 だが、立ち上がったザックゥの周囲で、突然風が渦巻く。

「ぐぐ……おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 渦巻く風は刃となり、立ち上がったザックゥの肉体を切り刻み、奴は苦し気な咆哮を上げた。

「な、何が……何が起きていやがるっ!?」

 全身に切り傷を負い、ザックゥが叫ぶ。だが、その切り傷は見る間に癒えていく。まだまだ奴の再生能力は健在らしい。

「貴様の仕業か、白いの!……何をしやがったっ!?」

 そりゃそうだろ。この状況で、俺以外の誰がおまえに傷を与えるんだ?

 俺に向かって吠えるザックゥ。その身体を今度は水の槍が貫いた。

 もちろん、その水の槍は俺が魔術で作り出したものだ。ふむ、どうやら、いわゆる四元素を操ることに特化しているようだな、このウォーロックという種族は。

「……そうか。進化することで魔術が使えるように……」

「そういうことさ」

 にぃ、と俺は牙を剥く。事の真相に辿り着いたザックゥは、大剣を大地に突き刺しつつ片膝を突いた。

「どうする、ザックゥ。まだ続けるか? おまえならもう分かっているだろう? おまえじゃ進化した今の俺に勝てないことが。更には、そろそろおまえの魔力も尽きる頃合いだろう?」

 ザックゥの瞳からは、まだ戦意が消えていない。だが、自分では今の俺に勝てないこともまた、理解しているようだ。

 戦意を湛えつつも、懊悩もまた奴の双眸には現れている。よし、もうひと押しだな。

 俺としても、トロルたちは戦力として取り込みたい。できるならここで、連中には降伏してもらいたいものだ。

「……確かに、進化した貴様に魔力が尽きかけた俺様は勝てないかもしれねぇ。だが、はいそうですかと負けを認めるわけにはいかねえんだよ。これでも手下を率いる立場なんでな!」

 何とか回復を終え、立ち上がったザックゥは、手にした大剣の切っ先をぴたりと俺に向けた。

「一撃だ。次の一撃に、俺様の全てを賭ける!」

「いいだろう。受けて立ってやる。その代わり……」

「おう、この一撃を受けて貴様が生きていたら……俺様の命、貴様にくれてやるぜ、白いの!」

 本当、このザックゥってトロルは無駄に武人気質だな。妖魔にしては珍しい奴もいたもんだ。

 だが、嫌いじゃない。こういう方向の馬鹿は、過去の俺の仲間にもいたことだしな。

 さあ、来い、ザックゥ。最後の勝負だ!




 大剣を頭上に振りかぶり、ザックゥは静かに闘志を燃やす。

 先程までの猛々しい闘志ではなく、静かに燃える小さな火種のような闘志だ。

 だが、侮ることはできない。小さなが一瞬で大火となることがあるように、今の奴は爆発前の火種だ。身体の中に溜めこんだ闘志を練り上げ、一気に噴出させるつもりなのだろう。

 じり、と奴の足が動く。

 奴の身体全体を目に収め、俺もまた、いつでも反応できるように体内の魔力を練り上げていく。

 じりじりと奴の足が静かに動いて、少しずつ間合いを詰めてくる。

 俺は剣を左手に持ち、右手をザックゥに向けてかざす。開いた掌の中に、魔力を溜め込んでいく。付与する属性はもちろん炎。炎に染まった魔力を小さく鋭く練り上げ、いつでも放てるように準備する。

 じり、と再びザックゥの足が動いた──その瞬間。

 奴の身体からこれまで以上の闘気が噴き出し、どんと音を立てて大地を砕く勢いで地を蹴った。

 放たれた矢よりも尚速く、ザックゥが俺へと迫る。

 確かに、少し前の俺──進化する前の俺であれば、この一撃を受けることも躱すこともできなかっただろう。いや、目で追うことさえできたかどうか。

 だが、進化を果たした今の俺は違う。奴の動きははっきりと見えている。

 凄えな。これが進化か。以前の進化の時は戦闘中ではなかったからか、これほどまでの劇的な変化は感じられなかった。いや、もしかすると、今度の進化の方が能力の上昇が大きかったのかもしれない。

 どちらにしろ、ザックゥの動きは見えている。なら、迎え撃つだけだ。

 そう。俺が選択したのは回避でも防御でもない。

 迎撃だ。真向から迎え撃ってねじ伏せることこそ、奴との決着に相応しいってものだろう。

 俺が剣を構えたのを見て、迫るザックゥもまた、にやりと笑みを浮かべた。

「そうでなくちゃな、白いの!」

「あ、悪い。勘違いさせちゃった?」

 にやにやと笑いながら剣を放り投げた俺を見て、接近中のザックゥが目を丸くした。

 いやさ? 今の俺って剣よりも魔術を使った方が強いし? 自分のより強い能力を使うのは当然だろ?

 まず、迫るザックゥの足元の地面を大きく陥没させる。当然、奴は突然生じた穴の中へと転がり落ちる。

 で、穴の中で倒れている奴目がけて、魔術で作り出した水の槍の雨を、どかどかと降らせた。ここで水術を使ったのは、炎術だとザックゥを殺してしまうかもしれないからだ。

 ちなみに、先程左手の中に貯め込んだ炎属性の魔力は、ザックゥを釣るための見せ技。つまり、ただのはったりだ。

 なぜなら、奴を殺す必要はないからだ。敗けを認めさせれば、奴は俺の配下となるのだから。

「う……うおおおおおおおおおおおおおっ!! こ、こうじゃねえ! こうじゃねえだろ、白いのおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「戦いに『こう』も『ああ』もあるか。あるのは勝つか負けるか……いや、生き残るか死ぬかだけだろ」

「だからって、これはないんじゃない?」

 呆れた様子のジョーカー。まあ、俺もちょっとやり過ぎたかもとは思っている。でも、反省はしていない。

 無数の水の槍が消え去った時、穴の中でザックゥは身体中に孔を穿たれて、ずたずたのぼろぼろで瀕死といった有様だった。

 ……ごめん。ちょっと反省した。ちょっとだけだけど。




「聞け、トロルたち! おまえらの頭目であるザックゥはこの俺が倒した! ザックゥとの約定により、ザックゥを含めた生き残りのトロルたちは、今この時を以って俺の配下となる! これを不服と思う者は、直ちにこの場から立ち去れ! 立ち去るならば、命だけは助けてやる! だが、最後まで戦うというならば、その命もないものと思え!」

 夜の森の中に、俺の勝利宣言が響き渡った。

 それを期に、戦いの喧騒が徐々に収束していく。やがて森の中が静けさを取り戻した時、生き残ったトロルたちは武器を手放し、その場に座り込んだ。

 どうやら、俺の言うことを聞き入れる方を選んだようだな。

「そういうことだ。分かったな、ザックゥ?」

「ちくしょう、何が分かったな、だ。卑怯だぞこんちくしょう」

「さっきも言ったろ? 戦いに卑怯もへったくれもなく、あるのは勝つか負けるかだけだってな」

「……そうだな。確かに俺の負け、そして取り決めには従う。これからは白いの……いや、大将の手下になるぜ」

 既に回復の始まっているザックゥが、穴の底でそう言った。とはいえ、まだまだ立ち上がることはできず、穴の底で寝転んでいる状態だが。

「ただし、いつか大将には再戦を挑むぜ? そして俺が勝った暁には、大将が俺の手下になれよな」

「おう、いつでも来い。相手になってやるよ」

 何とも潔のよいことで。本当、こいつってどこか武人気質だな。もしかすると、トロルって種族はそういう種族なのかも。

「おい、サイラァ。ザックゥに命術を。このまま放っておいても回復するだろうが、今は早目に回復させて奴からいろいろと話を聞きたい」

「………………………………はい、承知しました」

 おい、すっげぇ嫌そうだな? そんなにザックゥを回復させるのが嫌なのか? そんなに身体中に穴があいて、血やら筋肉やら内臓やらが覗いているザックゥを眺めていたいのか?

 うん、そうだろうな。分かっている。はぁ。




 とりあえず、俺たちは配下に収めたトロルたちを含め、一度リーリラの集落へと戻ることにした。

 予想以上の激戦だったため、ムゥを筆頭にオーガーたちも疲弊しきっているしな。

 かく言う俺自身、進化を経たこともあって、歩くのがやっとってところだし。

 しかし、まさか戦闘の真っ最中に進化するとは。今回は運が良かったが、普通なら死んでいるよな。

 とはいえ、進化の瞬間は自分ではどうしようもないし、こればかりはなぁ。今後、進化する時は戦闘時でないことを祈るしかない。

 しかし、俺たちの表情は明るい。こちらにも多少の犠牲者は出たが、それでも勝利したのだ。そんな俺たちのやや後ろを、ザックゥを始めとしたトロルたちがとぼとぼと歩く。

 生き残ったトロルは、ザックゥを含めて十体ほど。十体のトロルとなれば、結構な戦力だ。くくく、これで手持ちの札が増えたってものだ。

 力なく歩くトロルたちは、今後自分たちがどうなるか心配なのだろう。だが、この俺がいる限りそう不当な扱いはしないから心配するなって。ま、今そんなこと言っても信じられまい。

 犠牲者の遺体は回収して、後日火葬にでもするとしよう。野ざらしにするのはさすがに忍びないし、土葬は不死者化が恐いし。

 ジョーカーの奴が魔像の材料に、とか言い出すかもしれないが、それだけは認めるつもりはない。一緒に戦った仲間を、さすがに魔像の材料には……ねぇ?

 やはり、火葬が一番だ。もっとも、その時は山火事に要注意だけどな。

 リーリラ氏族の集落に到着し、俺に与えられている家でしっかりと休む。

 集落に到着したのが既に周囲が白み始めた頃だったので、俺が目覚めた時はすっかり日も高くなっていた。

 グルス族長に戦死者たちの弔いの準備をしてもらうように頼んだ後、俺はトロルたちがいる場所へと足を運んだ。

 夕べ……いや、今朝方集落に到着した時、彼らを数体ずつに分けて適当な家に押し込んでおいたのだ。

「おう、大将!」

 ジョーカーとムゥを従えた俺がザックゥが押し込まれている家に足を踏み入れると、その本人がひょいと手を上げて暢気な声を出した。

 サイラァの命術と自前の再生能力で、既に傷は完全に癒えたようだ。

「ザックゥ。おまえに聞きたいことがある」

「俺様に聞きたいことだと? ああ、いいぜ。何だって聞いてくれ。ただし、俺様にだって答えられないことは山ほどあるからな?」

「おまえたちトロルは、どうしてこの集落の近くをうろついていた? おまえたちの縄張りは、この森のもっと奥だろう?」

 そう。本来、トロルはこのリュクドの森のもっと奥地で暮しているものだ。狩りなどのために単体、もしくは数体が偶然この近くまで来ることはあるかもしれないが、これだけの数のトロルがうろつくのは普通であれば考えられない。

 であれば、当然こいつらがうろついていた理由があるわけだ。

 俺は、その理由が知りたかった。

「ああ、それか……実はなぁ……」

 ぼりぼりと頭の後ろを掻きながら、ザックゥが視線を遠くへと向けた。

「……俺たちの以前の塒を、襲撃した奴がいてな……そいつから逃げ出したため、俺たちはこの近辺を彷徨っていたわけさ」

 やはり、そうだったか。本来いるわけがないトロルたちが、群れてこの辺りにいた理由。俺はそれを、何らかの理由で本来の塒から追い出されたからだと思っていたが、その考えが的中したようだ。

「それで、おまえたちを襲った相手ってのは、一体何者だ? トロルの塒を襲い、そしてそのトロルたちを敗走せしめた相手だ、普通じゃあるまい?」

 俺の問いに、ザックゥは明白に顔を顰め……そして、その相手のことを口にする。

「俺たちの塒を襲ったのは一体の竜……それも、炎を吐く炎竜だったんだ」

 なるほど、それならザックゥたちが敗走したのも頷ける。竜ってだけで強敵なのに、更に炎を吐く炎竜ともなれば、トロルにとって天敵のようなものだ。

 そんなことを考えていた俺だったが、ザックゥが次に口にした言葉で思わず全身を硬直させることになる。




「……その炎竜は、自分が今代の《魔物の王》だと言っていやがったぜ?」



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