驚異の再生能力
ザックゥと名乗ったトロル・リーダーと、何度も剣を打ち合わせる。
その度に剣に宿った炎が揺れ、照らし出された影が周囲で怪しく踊る。
当然ながら力でトロルに敵わない俺は、速度を活かして手数で勝負する。ザックゥが振り回す大剣を巧みに躱し、奴の懐に飛び込む。そして数度斬りつけると、再び距離を取る。これを繰り返すことで、ザックゥに少しずつ負傷を蓄積させていく。
トロルには恐るべき再生能力があるが、炎による傷は再生できない。その弱点を突き、ザックゥが弱るのを待つ。それが俺の作戦である。
爆術でふっ飛ばしてもいいが、頭をふっ飛ばさない限り再生されてしまうので、今回はその手はなしの方向で。
上手く奴の頭部に血を付着させることができればいいが、あれでなかなか隙のないザックゥの頭部に血を付けるのはちょっと難しそうだ。それに、今のところはその必要もなさそうだし。
周囲では、俺と同じように武器に炎を宿したユクポゥやパルゥ、そしてムゥたちが、トロルを相手に奮戦している。戦況はこちらが有利。やはり、相手の弱点を突く戦法は有効だな。
「……ゴブリンだけではなく、オーガーまでもがダークエルフと一緒に戦っているだと……? どういうことだ?」
周囲を見回したザックゥが不思議そうな声を零す。普通で考えれば、ダークエルフとオーガーが共に戦うことはあり得ない。ゴブリン程度であれば、ダークエルフやオーガーの奴隷として戦場に立たされることはあるが、上位種のゴブリンともなるとこれまた考えられないことだろう。
よしよし、その調子で混乱するがいい。その混乱の隙を突かせてもらうから。
俺はにぃと口角を吊り上げ、牙を見せつけるように露出させる。
だが、ザックゥは俺の挑発には乗ってこなかった。こいつ、意外と冷静な奴だ。
奴はじっと俺を見つめると、何かを理解したように何度も頷く。
「なるほど。貴様がオーガーやダークエルフを束ねているわけか」
お、こいつ、見かけと違ってそれほど馬鹿じゃないぞ。トロルはオーガーと並んでそれ程知性の高い妖魔ではないが、上位種ともなるとさすがに違うってことか。
「つまり貴様さえ倒せば、このザックゥ様がオーガーやダークエルフを従えることができるってわけだ」
今度はザックゥがにたりと笑う番だった。確かに妖魔の「強さこそが全て」の考えに従うならば、それで正解だろう。だが、仮に俺がザックゥに敗れたとしても、おそらくムゥやグルス族長はこいつに従ったりしないだろうな。単なる俺の勘だけど。
「さて、おまえの考え通りにいくかどうか……試してみればいいだろう?」
「もちろん、そうさせてもらうぜ。おい、ヤロウども! 気合い入れやがれっ!!」
ザックゥが咆哮する。それに応えるように配下のトロルたちもまた、咆哮した。
そして、俺は見た。いや、俺だけじゃなく、兄弟たちや黒馬鹿たちとその配下のオーガーたちもまた、その光景に目を丸くしている。
回復したのだ。本来なら回復しないはずの、トロルたちが受けた炎による怪我が見る見る回復したのだ。
これにはさすがに俺も驚いた。そんな俺を見て、ザックゥが再びにやりと笑う。
「さあ、仕切り直しだ。覚悟しろよ、白いの!」
再度ザックゥが咆哮する。今度の咆哮は自らの戦意を高めるそれだった。
おそらく、これは気術の一種なのだろう。
身体能力を上昇させたり、武器の威力を底上げさたりするのが気術である。だが、その力を、トロルが生来持つ再生能力へと割り振れば?
本来なら回復しないはずの炎による負傷も、回復することができるようになるのだろう。今、ザックゥたちがそうして見せたように。
「くくく、驚いているようだな?」
「……ああ、さすがに驚いたよ。気術にこんな使い方があるなんてな」
「ほう、この回復のカラクリに初見で気づいたか。大したものだ」
どうやら、俺の予想は当たっていたらしい。そして、あちらさんもそれを隠しておくつもりはないようだ。
その理由は、俺を倒す自信があるからだろう。
確かに、炎による負傷が決定打とならなければ、奴を一撃で倒すだけの力がない俺に勝ち目はない。
だが……俺にはまだ爆術がある。俺の血を奴の頭部に付着させることさえできれば……勝ち目は残されている。
それには、兄弟たちの力が必要だろう。
ちらりと横目で兄弟たちの様子を確かめる。彼らが相手にしていたトロルたちもまた、気術で負傷を回復させ、兄弟たちと互角に切り結んでいる。
これでは、今すぐ兄弟たちの助力は期待できない。
となれば、一旦ザックゥの足に大きな怪我を与え、奴の動きを鈍らせる。そして、足の負傷を回復させている間に、頭部に血を付着させる方向でいってみようか。
俺は左の掌を剣で浅く切り裂き、血を滴らせる。
さて。
まだまだ諦めるわけにはいかないからな。
俺は地面すれすれまで姿勢を低くし、大剣を構えるザックゥへと飛び込んでいった。
大地を蹴り、飛ぶ鳥のような勢いでザックゥへと迫る……はずだったのに。
突然俺の足から力が抜け、俺は地面にもんどりうって倒れ込んでしまった。
あれ? どうした? 何かに躓いたのか?
とりあえず、今は急いで起き上がろう。視線をザックゥへと向け、俺は腕に力を込めて立ち上がろうとした。
だが。
だが、足だけではなく腕にも力が入らない。それどころか全身から力が抜け、意識さえ失いそうだ。
どうしたんだ、本当に。もしかして、何らかの毒物か? 気づかない内に、トロルたちが撒いた毒を吸い込んでしまったとか?
いや、連中が毒物を撒いた様子はなかったはずだ。それに、トロルは毒物に対する耐性はないはずだから、もしも毒を撒いたら連中も被害を受けてしまうだろう。
現に、ザックゥは倒れた俺を見て不思議そうな顔をしているし。
「おいおい、どうした、白いの。突然倒れやがって、拍子抜けするじゃねえか。ほら、さっさと立ちな。倒れている奴を殺したって、おもしろくねえからな」
おいおい、妙なところに矜持を持っているんだな、こいつ。妖魔であれば、隙を見せれば当然そこを突くだろうに。少なくとも、俺だったらそうするぞ。
大剣を肩に担ぎ、俺を見下ろすザックゥ。だが、俺の身体は思ったように動かず、意識さえ朦朧としてきた。
これは……これはまさか……あれか? あれなのか?
俺の脳裏を駆け抜けたとある事実。そんな時だ。俺を守るように、ギーンとサイラァが俺とザックゥの間に飛び込んで来たのは。
「おい、どうしたんだ、リピィ! 姉さん! リピィに命術を!」
「ええ、任せて!」
ザックゥに対する警戒を弟に任せたサイラァが、俺の傍らに跪くとすぐさま命術を展開させる。
だが、俺の体調が良くなることはなく、身体は更に動かなくなっていく。
どうやら、俺の予想は間違っていないようだ。サイラァの命術でも回復しないってことは、これって本当にあれらしい。これとかあれとか紛らわしいな。
「サイ……ァ……じか……稼……で……れ……」
もつれる舌で、何とかサイラァに伝える。一方のギーンはといえば、初級の炎術である《火弾》を連続してザックゥへと叩き込み、奴を牽制していた。
「ほう、いい女がいるじゃねえか。よし、そこの白いのを殺したら、その女を俺様が抱いてやるぜ。覚悟しておけよ、ダークエルフの女」
ザックゥがサイラァを見て舌なめずりをする。おい、止めておけ。サイラァに手を出すと、後が怖いぞ。いろいろな意味で。
何故だろう? 今だけは心底からザックゥの奴が心配になってしまった。
敵をここまで心配させるなんて、サイラァのある意味での恐ろしさを改めて実感したよ。
サイラァもサイラァで何かを期待するような顔をするなよ! ほんっとうにブレないよな、おまえは!
なんてことでも考えていないと、本格的に意識がトビそうだ。
決して、俺が場違いなことばかり考えているわけじゃないぞ。
「ジョルっち!」
俺の様子に気づいたジョーカーが、慌てて駆け寄ってきた。
「どうした……って、もしかして……あれかい?」
「お……らく……な」
地面に踞り、トビそうになる意識に必死に抗う。残念ながら、今の俺にはそんなことしかできない。
「どれくらいかかりそうだい?」
「知……か……」
ジョーカーの奴、興味津々で俺のことを見ているな。いや、骨しかない顔に表情はないが、全体の雰囲気で分かるからな。それぐらい、こいつとは長い付き合いなんだ。
関節がぎちぎちと悲鳴を上げ、筋肉がぶちぶちと断裂していく。骨が軋み、身体の中身がごっそりと入れ替わるようなこの感覚。
当然ながら、そこには激しい痛みも伴う。全身が内側からばらばらになるような激痛に、俺は歯を食いしばる。
「ねえ、まだ? まだなのかい?」
「うる……ぇ……」
ジョーカーの奴、今が戦闘中ってこと忘れてないか? 戦闘そっちのけで俺のことを凝視してやがる。
サイラァはサイラァで、地面に転がって苦しむ俺を見て熱っぽい表情をしているし。
よし、もうこいつらのことは見ない。実際、そんな余裕はないしな。
視線をジョーカーとサイラァから逸らせば、ザックゥと戦うギーンの姿が見えた。
ギーンは手に小剣を構えつつ、魔術でザックゥを攻撃している。
今、彼が使っている魔術は氷術だった。炎術で攻撃しても回復されてしまうのだから、使い慣れた氷術に切り替えたのだろう。
ギーンはザックゥを直接倒すつもりがない。俺が立ち上がれるようになるまで、時間稼ぎに撤するつもりのようだ。
さすがだな、ギーン。戦況ってものがよく見えている。このまま鍛えれば、相当な手練に成長するだろう。
全体の戦況としては、先程までの優勢が一転して苦境に追い込まれている。いくら傷を与えても、与えた端から回復されては戦意も低下しようってものだ。
それでも、オーガーたちとダークエルフたちは戦っている。中にはトロルの反撃を受けて地に沈んでしまった者もいる。
「持ち堪えろ! 今は持ち堪えるんだ!」
突風コオロギに跨ったムゥが、戦場全体に響くような声で味方を鼓舞する。そのムゥも少なくない手傷を受けて、全身血塗れだ。
今だ戦い続ける仲間たちの気持ちに応えるためにも、さっさとこれを終わらせよう。そうすれば、この不利な状況も覆すことができるかもしれない。
俺は歯を食いしばり、粘ついた汗を全身から流しつつ、ひたすらその時を待ち続けるのだった。
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