トロル



「連中、動き出したようだよ?」

 隣にいるジョーカーが、何でもないことのように俺に告げる。

 今、彼は視覚を使い魔と同調させて、リーリラ氏族の集落へと迫るトロルたちの様子を監視している。まさかトロルも、自分たちが既に見張られているとは思っていないだろう。

 連中が油断しているその隙をつき、一気に仕留めるのが今回の俺の作戦である。

 先日ムゥたちが出くわしたトロルは、結構な集団だった。おそらく、何らかの理由があって本来の塒から追い出されたといったところか。

 どうやら連中、既にリーリラ氏族の集落を見つけているようだ。

 何らかの理由で、塒を失ったトロルの集団がダークエルフの集落を見つければ……考えるまでもなく、連中はその集落を襲うだろう。

 ムゥたちの話によると、ダークエルフはすこぶる美味なものらしい。ならば、トロルだってその辺りは同じだろう。

 トロルたちにとって、ダークエルフの集落は新たな塒と奴隷兼食糧庫を見つけたようなものだ。当然、黙っているわけがない。

 ジョーカーの使い魔を利用した周囲の探索の結果、トロルの一団を見つけた俺は、そのまま連中の監視を続けた。

 そう遠くないうちに、トロルたちはリーリラの集落を襲撃するだろう。ならば、その出鼻をがつんと思いっ切り叩いてやればいい。

 ちなみに、ジョーカーの使い魔は、フクロウの姿をしている。向こうに魔術師がいない以上、フクロウが森の中にいても、怪しまれることはまずあるまい。

 既に俺たちに発見されているとは知らないトロルたちは、特に警戒する様子を見せることなくずんずんとこちらに向かって来る。

 先頭に立つ一際大柄なトロルが、どうやら連中の頭目らしい。ジョーカーの話によると上位種──トロル・リーダーだそうだ。

 さて、そろそろ歓迎の宴を始めようか。

 折角復興した集落を、再び破壊されるのはアレだからな。連中が集落に近づく前に叩きつぶしてやろう。

 そのため、俺たちは今、集落から少し離れた地点で布陣している。

 背後を振り返えれば、そこに控えるのは、ムゥ率いるオーガーたちと、グルス族長率いるダークエルフの魔術師たちだ。

 もちろん、ユクポゥとパルゥ、そしてギーンとサイラァといういつもの仲間たちも、俺の背後に控えていた。

 俺の視線とグルス族長の視線が交わる。族長は黙って頷くと、手首に装着している腕輪に小声で指示を出す。

 そう。

 まずはアレを使って連中を歓迎しようってわけだ。

 間違いなく、トロルたちは慌てふためくだろう。いやー、楽しみだ。




 巨大魔像──クロガネノシロの両腕が轟音と共に飛翔し、夜の闇の中へと消えていく。

 そして次の瞬間、闇の向こうから阿鼻叫喚の叫び声が聞こえてきた。どうやら、狙い通りトロルの出鼻を挫くことができたようだ。

「うわははははははっ!! 見たか、我がクロガネノシロの力をっ!! 豪翔拳の威力をっ!!」

 夜の森の中に、グルス族長の高笑いが木霊する。

 同時に、グルス族長の指示で飛んでいった巨大魔像の両腕が戻ってきた。その腕には血や肉片などがこびりついているので、どうやらトロルたちに打撃を与えることに成功したらしい。

 あと、グルス族長にはくれぐれも胸部の放熱は使わないように言っておいた。まあ、彼だってダークエルフなのだから、その辺は弁えていると思う。思うが……ねえ? ちょっと心配だ。

 さて、トロルの防御力がいかに高くとも、巨大魔像の拳を食らえば無事ではすまない。頭を潰すことができればよし、そうでなくとも負傷部位の再生にしばらく時間が必要だろう。

 おそらく、連中は今混乱の極みだ。となれば、それを突かない手はない。

「ムゥ、オーガーたちを率いて突っ込め! ただし、手筈通りにな!」

「おう、任せておけ、アニキ! 前回の借り、ここであいつらに返してやるぜ!」

 ムゥたち三馬鹿が駆る突風コオロギが、文字通り突風のような勢いで突き進む。その背後には、オーガーたちが付き従い、それに交じって数人のダークエルフもいる。

 ダークエルフは、炎術が使える者たちだ。森の中で暮らすダークエルフは、普通のエルフ同様に炎術を嫌う傾向がある。

 そりゃそうだよな。森の中で下手に炎を使えば、周囲が火の海になりかねないのだから。だが、それでも初級の炎術を使える者は、それなりにいるのだ。そして、今回は初級の炎術が使えればそれでいい。

 あと、グルス族長。巨大魔像はあんたのものじゃないと何度言えば分かるんだ? つい先ほども、その件でちょっとシメたばかりだろ?

 まあ、いいや。今はそれよりトロルたちを倒すことを考えよう。

 グルス族長と巨大魔像を最終防衛線として、俺は兄弟たちと共に前進を開始する。

 狙うはトロルたちの頭目。

 できれば、このトロルたちもムゥたちのように配下に収めたいところである。

 それが可能かどうかは、実際に刃を交えてみないと分からない。

 果たして、どんな奴がトロルを率いているのやら。

 俺は期待に口元を歪めると、足音を立てることなく森の中を疾走する。

 背後に、頼もしい仲間たちを従えながら。




 俺たちが戦場に到達した時、既にその場は混戦状態だった。

 混乱し、態勢を立て直す暇もなく、オーガーたちの奇襲を受けたトロルたち。その数は大体三十体ほどだろうか。

 その中でも、一際身体の大柄な個体が俺の目を引いた。間違いなく、奴がこの集団の頭目のトロル・リーダーだ。

 あいつを叩けば、上手くこのトロルの集団を配下に収めることができるかもしれない。できれば、あのトロル・リーダーも手下に欲しいところだな。

 俺は姿勢を低くしたまま、影のように夜の森を走り抜ける。目指すはもちろんトロル・リーダー。

 奴の周囲には側近なのか、数体のトロルがいる。

「周りの取り巻きは任せる。さっさと片付けて、連携して頭目を叩くぞ」

「がってん」

「がってん」

 俺の指示に、ユクポゥとパルゥが即座に答える。

「ギーンとサイラァは援護を。特にギーンは周囲に影響のない範囲で炎術を使え」

「任せろ!」

「承知致しました」

 氷術に高い適性を見せるギーンだが、ジョーカーの手ほどきによって中級までのものなら炎術も扱えるようになっている。氷術ではトロル相手には分が悪いので、今回は炎術に専念してもらう予定だ。

 俺は走りながら腰から剣を抜く。小柄な俺に扱いやすい小剣の刀身が、炎を噴き上げた。ギーンが使用した《えんじん》という補助魔術の効果である。

 同じように、ユクポゥの槍とパルゥの剣もまた、炎を宿している。周囲をよく見渡せば、あちこちで戦うオーガーたちの扱う武器もまた、同じように炎を噴き上げている。

 オーガーたちに付き従ったダークエルフたちが、ギーンと同じように《炎刃》でオーガーたちを援護しているからだ。

 この状態なら、トロルの最大の強みである再生能力を封じることができる。

 炎の輝きが夜の森のあちこちで煌めき、戦いの趨勢を浮かび上がらせている。どうやら、奇襲は成功したらしく、トロルたちは効果的に反撃できないようだ。

 しかも、トロルたちにとっては天敵ともいえる炎による攻撃を受けているのだ。これで落ち着いていられるはずがない。

 思い描いた通りに戦況は進んでいる。後はこのまま、敵の頭目を降伏させればいい。

 俺は好戦的な笑みを浮かべると、トロル・リーダーを目指して突っ込んでいった。




 夜の闇を切り裂くように、俺は炎を宿した剣を振るう。

 だが、トロル・リーダーもただ者ではないようで、俺の接近にいち早く気づくと、手にした大型の剣で俺の剣を受け止めた。

「ぐふぅ、ゴブリンだと……? ダークエルフに飼われている奴隷か?」

「生憎だが、俺はダークエルフの奴隷じゃないな」

 剣と剣がぶつかり合い、夜の闇の中に火花を散らす。剣同士が触れ合ったのは僅かな間だけで、俺とトロル・リーダーは弾かれるように再び距離を空けた。

「……ゴブリン風情が、このザックゥ様に刃向かう気か? 笑わせる!」

 ほう、このトロル・リーダー、ザックゥという名前か。

 そのザックゥが、どこで手に入れたのか知らないが、大型の剣を豪快に振り回しながら俺へと迫る。ほう、結構いい剣を持っているじゃないか。人間の冒険者でも倒して、手に入れたってところか。

 トロルの膂力で繰り出される大剣の一撃は、まさに岩をも砕く豪撃だ。俺があれをまともに受ければ、サイラァの治癒を受ける間もなく昇天するだろう。

 だが、それは当たればの話だ。

 ザックゥが大剣を振る度に、空気が巻き込まれて風が生じる。その風を受けて、俺の馬のたてがみのような俺の髪の毛がふわりと舞い上がる。

 しかし、それだけだ。

 奴の太刀筋は豪快で強力ではあるものの、単調で鋭さもいまひとつ。奴の攻撃を躱すことは造作もない。

 ザックゥの繰り出す一撃を掻い潜り、懐に飛び込んだ俺は、炎を宿した剣を一閃する。

 刃がトロルの岩の如き肌を切り裂き、宿った炎が傷口を焼く。これで、トロル自慢の再生は働かない。

「お、おのれ……ちょこまかちょこまかと……っ!!」

 確かに、トロルという種族は攻撃力と防御力、そして耐久力にも優れている。だが、それでも正しい対処法さえ心得ていれば、決して今の俺たちが怖れる相手ではないのだ。

 ふふふ、伊達にこの森の中で修行していたわけじゃないんだぜ? 進化はしなかったけどな。

 その後、ぶんぶんと振り回される大剣を躱しながら、こちらの攻撃を命中させ、再び距離を取ることを繰り返す。

 ザックゥの身体には徐々に太刀傷が増えていき、周囲には奴の皮膚を焼く臭いが立ち籠めてきた。

 だが、正直なことを言えば、俺の一撃はザックゥの皮膚の表面を焼くだけだ。今は刀身に《炎刃》を纏わせているので、気術による攻撃強化が使えない。《炎刃》がかかっている状態で下手に気術を刀身に流すと、互いの魔力が反発しあって効果を打ち消し合ってしまうのだ。

 トロル相手に炎による攻撃は必須。そのため、気術で攻撃力不足を補えない今の俺では、ザックゥに深手を負わせられないのが実情なのである。

 気術で肉体を強化できても、俺の身体そのものが小柄で筋力に劣るため、その上限はどうしたって限られてしまう。

 できれば、トロルたちと戦いになる前にもう一段階進化しておきたかった。だが、進化が叶わなかった以上、そこは仕方ない。

 今手元にある札だけで、何とかトロルたちを撃退しよう。なに、今の俺たちなら不可能ではないさ。

 そう思っていた俺だが、その考えはあっと言う間に覆されてしまう。連中がその恐るべき力を発揮するのは、まだまだこれからだったのだから。



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