新たな脅威の影



 一旦修行を切り上げた俺とユクポゥ、そしてパルゥは、リーリラ氏族の集落へと戻ってきた。

 修行相手の魔獣の素材や肉を大量に抱えての移動もまた、足腰を鍛えるのに丁度いい。もっとも、肉の方はここまで来る途中でかなり減ったわけだが。

 そしてリーリラ氏族の集落はと言えば、結構復旧が進んでいた。これもまた、グルス族長に貸した巨大魔像のおかげかね。

 今も大きな木材を抱えた巨大魔像が、重々しい足音を響かせて歩いている。うんうん、がんばっているようだ。それに、巨大魔像は一体だけだ。ふぅ、安心したぜ。

 俺たちの帰還に気づいたダークエルフたちが、笑顔で迎えてくれる。何人かが集落の奥へと走って行ったが、おそらくグルス族長かジョーカーに俺たちが帰って来たことを伝えに行ったのだろう。

 魔獣の素材を抱えて、俺たちは集落へと足を踏み入れた。やがて、集落の奥からグルス族長とジョーカー、そしてサイラァとギーンの姉弟がやって来た。

「やあ、お帰り、ジョルっち。あれ? やっぱり進化していないんだね」

「ほっとけ!」

 ちくしょう、ジョーカーの奴め。俺が気にしていることをどまずばで貫きやがって。

 いつか絶対に進化して、ジョーカーを見返してやるからな。

 と、心の中でそんな決意をしながら、俺はここで集落の中を改めて見回した。

 周囲には復興作業に勤しむダークエルフたちと、そのダークエルフの補佐をするように屍人魔像が何体か。どうやら、グルス族長は上手く魔像たちを使っているようだ。

 だが、集落の中に俺の探し求める者たちの姿はない。あの巨体だ、見落とすわけがないからな。

「ムゥたちはまだ戻っていないのか?」

「うん。でも、そろそろ戻って来ると思うよ」

 ジョーカーに尋ねれば、そんな答えが返ってきた。どうやらまだ修行の途中らしい。

 だが、そろそろ隊長とクースを迎えに行かないといけないからな。こちらからムゥたちが修行しているだろう場所まで出かけるか。

「ああ、そういえばクースちゃんから連絡があったよ。何でも、互助会で足止めをくらっているそうで、少し帰還が遅れるそうだね」

「互助会で足止め……? どうしてまた?」

 最近かなり強くなったとはいえ、隊長は互助会の中ではまだまだ駆け出しだ。その駆け出しに一体何の用があるというのだろうか。

「どうやら、珍しい魔獣の素材ばかり持ち込む隊長くんに、互助会が目をつけたっぽいね」

 ああ、そうか。隊長は俺たちが狩るリュクドの森の深部に棲息する魔獣の素材を、人間の社会で売ってもらっているからな。

 きっと互助会は、貴重な素材ばかり持ち込む隊長の待遇を良くしようとしているのだろう。そして、彼が互助会へと卸す素材の量を増やして欲しい、という交渉を持ちかけて来たってところだろうか。

 なんせ、隊長は素材のほとんどを、例の行商人に任せているようだからな。互助会としては、行商人よりも自分たちに回す素材の量を増やして欲しいのだろう。

 うーん、これはちょっとばかりまずいかも? なんせ、今回は隊長と一緒にクースがいる。彼女のことは隊長が上手く誤魔化している──おそらく、身の回りの世話をさせるために雇った使用人とか言っているのだろう──だろうが、クースだけでも一足先に引き上げさせた方がいいかもしれないな。

 問題は、どうやって彼女だけを先にリュクドの森まで来させるか、だ。途中でおかしな連中に絡まれるかもしれないし、野生動物や魔獣に襲われるかもしれない。

 それに、使用人だけが一足先に狩場に向かうのも不自然だ。

「どうやら、ちょっと間が悪かったねぇ」

「まったくだ。こんなことならサイラァを隊長の奴隷という扱いにして、クースの買い物はサイラァに任せた方が良かったかもな」

 ジョーカーと話しながらちらりとサイラァを見て見れば。

「ど、奴隷……むくつけき男たちに手荒に扱われ、鞭打たれる……ふふ……ふふふふ……」

 なんか、恍惚としながら小さく震えていた。うわー、奴隷になった自分を想像しただけで、あそこまでいっちゃうのか。さすがだな、この真性だな。

「とにかく、クースに付けている使い魔を通じて言づけてくれ。帰れそうになったら連絡するようにな」

「おっけー。すぐに連絡しておくよ」

 ジョーカーは骨ばかりの人差し指と親指で輪っかを作って俺に見えるようにした。

 そういや昔からジョーカーの奴、時々あの仕草をするけど、あれってどういう意味があるんだろうな?




 そして、俺たちがリーリラ氏族の集落に戻って来た翌日。ムゥたちオーガー軍団が帰って来た。

 ん? 何となく数が少なくないか? 改めて連中の数をよく確認してみれば、確かに二、三体ほど少なくなっている。

 もしかして、修行中に命を落としたのか? 当然ながら、魔獣相手の修行は命懸けだ。力及ばず命を落とすことはどうしてもあるだろう。

 おそらく、オーガーの数が減っているのは、その辺りが理由だろう。ってか、それしか理由はないよな。

「おい、ムゥ。オーガーの数が減っているが、やっぱり……?」

「ああ、二、三体ばかり食われちまったぜ」

「食われた……だと?」

 食った? オーガーをか? 確かにオーガーを食うような魔獣だっているだろうが、一体どんな魔獣を相手にしていたのやら。

 うん、ちょっと興味が湧いてきたぞ。

「一体、おまえらは何と戦ってきたんだ?」

 ムゥは腕を組みながら、そう尋ねた俺をじっと見下ろした。

「実はな、アニキ……俺たちが相手にしていたのは……トロルなんだよ」

「トロルだと?」

 トロル。

 それはオーガーやダークエルフと同じく、妖魔に分類される魔物である。

 体つきはオーガーよりも、更に一回りは大きい。その皮膚の色は灰色で、じっとしていると岩と見違えることがよくある。そしてその皮膚の硬さもまた、岩と同じほどと言われている。

 実際、過去に何度か戦ったことがあるが、本当に強敵だった。

 巨躯から生じる怪力と、岩の如き皮膚の防御力。そして何より厄介なのが、連中の再生能力である。

 手足を切り落とそうが腹を裂こうが、奴らはその驚異的な再生能力をもってして瞬く間に回復してしまう。

 実際、手足ぐらいなら半日もしない内に再生するからな、あいつら。

 トロルを完全に殺すためには、一撃で首を落とすか潰すか、もしくは炎で焼くかしかない。なぜか連中は炎による怪我は再生できないのだ。

 よくよくムゥたちを見回せば、ほとんどのオーガーが傷を負っていた。中には腕を失っている奴もいる。

 ムゥも胸に爪痕のような傷があるし、ノゥやクゥも体のあちこちから血を流していた。

「面目ねえ、アニキ……」

 ぼそりと呟いたムゥが、その場で片膝を突いた。

「まあ……相手が悪かったな。おまえらとトロルとでは相性が悪すぎだろう」

 オーガーの怪力を以てしても、防御力の高いトロルを一撃で倒すのは難しい。かといって少しずつ手傷を負わせていっても、片っ端から回復されてしまう。

 炎術の使い手がいない状態で、トロルと戦えば誰だってこうなるに決まっている。

 それでもムゥたちは数体のトロルを倒したというのだから、ここは彼らを誉めてやるべきだ。

「よくやった。怪我はサイラァに癒してもらえ」

 ちらりとサイラァを見れば、ぷるぷる震えながら頷いた。おい、オーガーたちが血を流しているからって、興奮している場合じゃないだろう。

「それで、トロルはどうした?」

「よく分からんな。なんせ、俺たちは適当なところで隙を見て逃げ出したからな」

 遭遇したトロルたちに手傷を負わせ、連中が再生している隙に逃げ出したのか。突風コオロギを駆るムゥたちでなければ、トロルから逃れることはできなかっただろうな。

 だが。

「あいつらは鼻がいい。もしかすると、逃げた俺たちの臭いを追いかけてくるかもしれないぜ?」

「ああ。連中の襲撃に備えた方がいいだろうな」

 ムゥの言葉に俺は頷いた。早速グルス族長と共に、集落周辺の警備を固める準備をしようか。




 ムゥたちが怪我を負いつつも帰還してから三日後。偵察に出ていたダークエルフが、集落に接近しつつあるトロルの姿を発見した。

 発見したトロルは一体のみ。おそらくはあちらさんの斥候だろう。どうやら、斥候を使うぐらいの頭はあるってわけか。

 偵察に出ていたダークエルフは、トロルの姿を発見した後、深追いすることなく情報を持ち帰ることを優先したようだ。うん、その判断で間違っていない。下手に深追いして、トロルたちに殺されでもしたら、折角の情報が手に入らなくなるからな。

「ジョーカー。使い魔はあと何体操れる?」

「そうだねぇ……リーエンの所に一体、クースちゃんの所に一体、行商人くんの所に一体だから……あと二体が限界だね」

 二体か。となると、それほど広範囲を使い魔で探ることはできないな。まあ、普通の魔術師なら使い魔は一体しか操れないのだから、五体もの使い魔を同時に操るジョーカーは魔術師としては本当に規格外だ。

「広範囲を探れる使い魔を作り出し、トロルを見かけた地域を重点的に探ってくれ」

 俺の要請を受け、ジョーカーは彼に与えられている家へと足を向けた。早速、使い魔の作製に入るのだろう。

「グルス族長。下手をしたら、またここが戦場になるかもしれないぞ?」

「気になさるな、リピィ殿。貴殿たちがいようがいまいが、トロルは我が集落に押し寄せていたかもしれない。ならば、貴殿たちという戦力がいる今の方が、我らにとって有利となるだろう」

 どうやら、ダークエルフたちも一緒に戦ってくれるようだ。彼らにしてみれば、自分たちの集落を守ることに繋がるのだから、戦うことに否はないだろう。

 でも……うーん……気のせいかもしれないけど、それだけじゃないような……何となく、俺に協力を申し出たグルス族長の腹の中には、何か別の目的があるような……まあ、グルス族長の腹黒さは今に始まったことじゃない。彼には彼なりの考えがあるのだろう。それに、互いに利益があった方がより確固たる協力を得られるというものだ。

「くくく……いよいよだ……いよいよ、我がクロガネノシロの力を遠慮なく、最大に、思う存分に揮える機会が来た……くくく……」

 ああ、なるほど。そういうことか。

 だがな、グルス族長。一つだけ言っていいかな?

 あの巨大魔像、あんたのものじゃないからな。

 時々いるんだよなー。預かったものを自分のものだと勘違いする奴。そういう奴に限って、とんでもない騒動を起こすものだし。

 ここはひとつ、その辺りのことも含めて、ちょっとグルス族長をシメておくとするか。



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