六十年振り



 俺とジョーカーはリーエンの塔の中で、これまでのことを彼に説明した。

 そして、現在は《魔物の王》についての情報を集めていることも。

「ジョルノー様……いえ、リピィ様。あなたが《魔物の王》についての情報を集めているのは、やはり前回と同じ理由からですか?」

 俺たちの説明を聞き終え、椅子に深々と座り直したリーエンが、鋭い眼光を俺たちへと向けてくる。

 そのリーエンの力のある視線を、俺もまた真正面から受け止める。

「そうだ。以前にも言っただろ? 《魔物の王》をこの手で倒すことこそが、俺がこの世界に生まれた理由だからな」

 しばらく、無言のまま俺とリーエンの視線が交差する。

 どれぐらい、俺たちは無言で見つめ合っていただろうか。リーエンが見ているのは、俺の真意だろう。果たして、俺が以前のままの俺であるのか。ゴブリンに生まれ変わったことで、昔の俺とは変わってしまっていないか。そんなことを見極めようとしているのかもしれない。

 安心しろ、リーエン。俺は俺だ。決して変わってなんかいない。まあ、見た目はかなり変わっちまったけどな。

 そんな思いを込めて、俺もリーエンを見つめる。

 ちなみに、俺たちが互いに胸の内を探り合っている間、ジョーカーはのほほんと塔の中を見回していた。相変わらずだよ、こいつは。こいつもまた、見た目こそ大きく変わったが内面は全然変わっていないよな。

「……どうやら、儂が知っているままのようですな、リピィ様は」

 ふっと、リーエンの視線から力が抜ける。分かってもらえたようで何よりだ。




 今、俺たちがいるのは、リーエンの塔の中の彼の私室だ。

 寝台や本棚、テーブルに椅子といった、生活に必要なものは一通り揃っていた。

 その部屋の中のソファにジョーカーと並んで腰を下ろし、俺たちは改めてリーエンと対面していた。

「それで、《魔物の王》について、おまえは何か聞き及んでいるか?」

「《魔物の王》ですか……生憎と、リピィ様が望んでいるような話は聞いたことはありませんな。ですが、リピィ様の後継者と言われている者の話なら、儂の耳にも届いておりますぞ」

 俺の……いや、《勇者》ジョルノーの後継者か。それって、例の帝国の第三皇子様のことだろ?

 どうやら件の皇子様は相当なやり手のようだな。実質的な属国であるとはいえ他国の、それもこんな片田舎にまで噂が届いているのだから。

 しかし、リーエンも《魔物の王》については知らなかったか。ガリアラ氏族のゴンゴ族長の話によると、既に《魔物の王》は誕生しているらしいが……もしかして、《魔物の王》は誕生してまだ間もないのかもしれない。

 だとすると、「あいつ」が台頭してくるのはまだまだ先か。

 ここは考え方を変える必要があるかもな。もしも本当に「あいつ」が生まれて間もないなら、「あいつ」がいつ台頭してきても対処できる体制を作り上げる方がいいかもしれない。

 まさか、いくら「あいつ」が相手とはいえ、生まれたばかりの赤子を殺すようなことはしたくないし、そもそも生まれたばかりの赤子では、「あいつ」かどうか判断できない。

 これはあくまでも俺の経験だが、過去の記憶を取り戻すのは大体五歳か六歳ぐらい。早くても三歳ぐらいの時だった。今回はゴブリンだったこともあり、生後数日で過去を思い出したが、これは異例中の異例と考えていいだろう。

 「あいつ」がどんな種族に生まれているのか不明だが、生まれて間もないようであれば、「あいつ」も過去はまだ思い出していないのかもしれない。

 ってか、《魔物の王》って生まれた時から《魔物の王》だと周囲が認めるものなのか? 例えば、人間の王族みたいに。

 それとも、自分の実力を見せつけることで周囲に自分こそが《魔物の王》だ、と認めさせるのか?

 考えてみれば、その辺って確認したことなかったな。しまった、グルス族長かゴンゴ族長に、そこら辺を聞いておけば良かった。

 まあ、それはいい。次にダークエルフの集落に行った時にでも確認しよう。

 それより、今後俺たちがどうするかの方が重要だな。




「そうだねぇ。どこかで修行でもするかい? 上手くすると、進化できるかもしれないよ?」

「ほう、魔物の進化ですか。それは我ら人間にとっても非常に興味深い。できれば、進化の瞬間に立ち合いたいものですな」

「そうだよねぇ。魔物が進化する瞬間って、人間が目撃することはまずないからねぇ」

 と、師弟たちが勝手なことを言っている。

 だけど、彼らの言葉もまた真実だ。普通であれば、魔物が進化するその瞬間に立ち合える人間などまずないからな。

「このままリピィと一緒にいると、その貴重な瞬間に立ち合えるかもしれないね! いやー、楽しみ楽しみ」

「できれば儂も師匠やリピィ様と一緒に旅をしたいところですが……さすがに年齢的に無理ですからな……いやはや、師匠が羨ましい限りですわい」

 言葉と一緒に溜め息も吐き出し、ついでに大きく肩を落とすリーエン。

 確かにかくしゃくとしてはいるが、リーエンもいつ天から迎えが来ても不思議ではない年齢だ。俺たちと一緒に行動するのは無理ってものだろう。

「しかし修行か……修行自体はいいが、問題は場所だな」

「そうだねぇ。修行するなら、どこかに腰を落ち着けた方がいいよね。だとすると、ダークエルフの里に一旦戻り、リュクドの森の深部を目指してみるのはどうかな?」

 ジョーカーの言う通り、リュクドの森の深部ならば、修行にはうってつけだろう。なんせ、修行相手となる魔獣にはことかかない。

 更には定期的に人間の集落に隊長を行かせれば、人間たちの間の情報も入手できる。しかも、魔獣の素材を売ることで金銭も手に入るし。

 それに、そろそろ俺も進化しておきたい。ユクポゥとパルゥがホブゴブリン・トルーパーに進化しているのに、俺だけハイゴブリンのままってのはちょっとな。分かるだろ?

「では、儂の方でも《魔物の王》について、情報を集めておきましょうか。何か分かれば、使い魔を使って連絡します」

「そうしてくれるとありがたいね。僕の方からも定期的に連絡を入れるよ」

 リーエンとの連絡はジョーカーに任せよう。社会的な立場もあるリーエンなら、俺たちには入手できないような情報も手に入れてくれそうだ。期待するとしよう。




「しかし、再びリュクドの森か。すっかりあの森の中が俺たちの本拠地となりつつあるな」

「まあ、ダークエルフの集落に伝手ができたから、単に森の中にいるってわけでもないしねぇ」

「ムゥたちオーガーも、人里近くよりはあの森の中の方が落ち着くだろうしな」

 リュクドの森に戻ることが決まり、俺とジョーカーがそんなことを話していると、横からリーエンが割り込んできた。

「リピィ様に師匠……今、ダークエルフとかオーガーとか言いませんでしたかな?」

「おう、言ったぜ? 今の俺たちは人間じゃないからな。仲間にオーガーやダークエルフだっているさ」

 より正確に言えば、ムゥたちはオーガーの上位種であるハイオーガー・ライダーだけどな。

「もしかして、そのダークエルフやオーガーたちは、この近くに来ているので?」

「うん、村外れの森の中で僕たちを待ってもらっているよ。さすがに彼らを村の中に入れるわけにはいかないからね!」

 どうだい、僕って気遣いができるだろう? と続けたジョーカー。おい、ムゥたちを村に入れないように言ったのは俺だぞ。

「リピィ様、それに師匠。できれば、そのオーガーやダークエルフと話をさせてもらえませんかな? なんせ、生きたオーガーやダークエルフと話しをする機会など、そうそうあるものでもありませんでな」

 確かに、人間が妖魔と落ち着いて話しをする機会なんてあるものじゃない。賢者ともなると、こんな絶好の機会を逃すわけにはいかないってところかね。

「それは構わないぞ。ただし、間違っても連中に魔術を使ったりするなよ?」

「無論、そこは承知しておりますわい」

 そう答えたリーエンの目が、らんらんと輝いている。その光は先程とは全く別の種類でありながら、同じくらいの迫力を有していた。

 ジョーカーといいリーエンといい、賢者って連中は実にアレだね。

 それとも、この師匠にしてこの弟子ありってことかも。




 その後、リーエンを連れてユクポゥたちが隠れている場所へ向かう。

 まだまだ夜明けは遠い。住民が寝静まっている村を抜け、俺たちは村外れの森の中に足を踏み入れた。

 森の中をしばらく進むと、周囲に気配が湧いて茂みの奥から巨大な黒い人影が三体、のっそりとその姿を現した。

「おう、もう戻ったのか、アニキ。で、そのジジイがアニキが会いたがっていた人間か?」

 三体の巨大な人影……黒馬鹿三兄弟の先頭にいたムゥが、珍しそうにリーエンを眺めた。

 一方、リーエンも突然現れたオーガーたちに、怯える様子さえ見せない。

「ほう、これがリピィ様の言っていたハイオーガー・ライダーか。初めて見たが、確かに普通のオーガーより大きいな」

 好奇心を全身から溢れさせたリーエンが、ぐるぐると三馬鹿たちの周囲を回って観察する。

 ったく、これだから賢者って連中は。知的好奇心の前には恐怖とか遠慮とかいったものがあっさりと抜け落ちやがる。

「なあ、アニキ。このジジイ、何か気持ち悪いぞ。殺してもいいか?」

「殺しても、あまり美味くなさそうだよな」

 ノゥとクゥが心底困ったような表情を浮かべている。ハイオーガーを困惑させるだなんて、リーエン、恐るべし。

 その後、ぶつぶつ言っているリーエンを三馬鹿たちから強引に引き剥がし、他の仲間たちがいる場所へと向かう。

 当然、そこで出会ったホブゴブリン・トルーパーやダークエルフ、そして彼らの騎獣である魔獣たちにまで、好奇心に満ち満ちた目を向けるリーエン。

 そのある意味で真剣な様子は、あのサイラァまでをも困惑させていた。リーエン、本当に恐ろしい子。

「いや、実に興味深いですな。妖魔と魔獣が一緒にいるのはまだ理解できますが、そこに人間もいるなんて。こんな光景、ここ以外では見ることはできますまい」

 知的好奇心を満足させたのか、にこにことした表情のリーエン。そんなリーエンを見て、行商人は目を丸くしていた。

 高名な賢者であると同時に偏屈者でも有名なリーエンが、こんな子供のような表情を浮かべているのだ。

 これまでリーエンを噂でしか知らない者にとって、信じられない思いなのだろう。

 だが、そこは行商人。転んでもただでは起きないらしい。

「あ、あの、大賢者として名高きリーエン様とこうしてお目にかかれるなんて……私、個人で細々とした商いをしている者ですが、できましたら今後は是非、大賢者様とお取り引きを……じ、実は、賢者様に是非ともお目にかけたい物がございまして……」

 と、早速自分を売り込んでいた。こいつもこいつで大概だよな。うん、実に逞しい。



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