巨大魔像、就職する



 俺とクースの間に妙な雰囲気が広がった原因がジョーカーなら、それを吹き飛ばしたのもまた、ジョーカーの奴だった。

「もー、二人して何チューボーみたいなことやっているのさ? ジョルっちって、そんな奥手でもないでしょ? 以前は旅の途中、あちこちで娼館とか行っていたし、場所によっては顔なじみの娼婦のお姉さんだっていたじゃない?」

「う、うるせえよっ!! ってか、チューボーってなんだ?」

「さあ? 僕も詳しくは知らないけど、大昔に『チューボー』って名前のとっても恥ずかしがり屋な連中がいたらしいんだよ。もしかすると、今はもう滅びた亜人なのかも知れないね」

 相変わらず、時々よく分からないことを言う奴だ。以前もこういうことをちょいちょい言ったっけか。

「ま、まあ、何だ。こいつが変なこと言って悪かったな、クース」

「………………いえ、気にしていませんから」

 そう言いながら、クースはじとっと俺を睨み付けるとぷいっと視線を逸らしてしまった。

 うーむ、どうやらジョーカーのせいで怒らせてしまったみたいだ。後でジョーカーに謝らせよう。

 ……本当にジョーカーのせいだよな?

「おい、リピィ。そろそろ集落が近くなってきたぞ」

 クースの態度に内心で首を傾げていると、下からギーンの声がした。声の方を見れば、魔像の掌の上にいるギーンがこちらを見上げている。

 そうか、もうそんな所まで来たのか。正直、俺にはよく分からないが、集落の住人であるギーンがそう言うのなら間違いないだろう。

 うん? あれ?

 いや、待てよ。距離とか方角とか、ギーンのそっち方面の感覚は当てにならないぞ。

「サイラァ。ギーンの言うことに間違いないか?」

「はい、リピィ様。そろそろ集落が近いです。その証拠に、あちこちにリーリラ氏族のダークエルフたちが潜んでこちらの様子を窺っております」

 ほう、俺は気づかなかったが、ダークエルフたちの斥候が近くにいたのか。

 森に潜んだエルフやダークエルフを見つけることは、極めて難しい。特にダークエルフは《姿隠し》の魔術を得意とするので、そう簡単に見つけることはできないのだ。

 案外、ユクポゥとパルゥ辺りは気づいているかもな。兄弟たちは何かと規格外な存在だから。あの二人──二体、もしくは二匹?──が何も言ってこないのは、おそらく潜んだダークエルフたちに敵意がないからだろう。

 巨大魔像は確かに怪しいが、その掌の上にサイラァとギーンがいるのが見えないはずがない。特に捕らえられているような様子でもないので、ダークエルフの斥候たちも敵意を向けてこないのだろう。

「よし、ギーン。打ち合わせ通りにサイラァと一緒に集落へ先行してくれ」

「おう、分かった」

「お任せを」

 サイラァとギーンの姉弟は、ひらりと身軽に魔像の掌から飛び降りた。そして地面に降り立つと、そのまま森の中を駆けていく。

 集落への説明はあの二人に任せるとして、俺たちはゆっくりと進もうか。




 地響きと共に姿を見せた巨大な鋼鉄魔像を、リーリラ氏族のダークエルフたちは呆然とした様子で見つめていた。

 無理もないよな。俺自身、最初にこの魔像を見た時は彼らと同じ心境だったし。

「よく戻ったな、リピィ殿。しかしこれはまた……」

 そう言いながら現れたのは、リーリラ氏族の族長であるグルスだ。彼は他のダークエルフたちとは少し違う様子で鋼鉄魔像を見上げていた。

「とんでもないものを持ち帰ったな」

 そう言うグルス族長の瞳はなぜかきらきらしていた。もしかして、彼もジョーカーと同じで「大きいことは正義」とか言い出すんじゃないだろうな。

 俺はグルス族長にジョーカーのことや、巨大鋼鉄魔像のことを説明する。

 最初は胡散臭そうに動く骸骨を見ていたグルス族長だったが、俺の話を聞く内に再び目をきらきらとさせ始めた。うん、嫌な予感しかしない。

「これほどの巨大な魔像を建造するとは……いや、ジョーカー殿とやらは素晴らしいな! さすがはリピィ殿の友人か」

 何か、感心するところが違う気がするが……まあ、いいや。下手に突いて変なものが飛び出したら堪らないし。

「それでだ、グルス族長。この魔像をリーリラ氏族の集落復旧に役立てたいのだが、どうだろうか?」

 俺が巨大魔像をどうするかで思いついたのが、魔像をリーリラの集落復旧に役立てることだった。

 疲れを知らず食事も必要ない魔像は、単純な労働力として考えればこれ以上ない存在だ。そして、ジョーカー自慢の巨大魔像は、その巨体を活かして家屋などの建築や修復に大いに役立つだろう。

 もっとも、魔像は自分で判断するということができないため、細かい作業には不向きである。あくまでも単純な力作業しか任せられない。

 しかし、そこは魔像に逐一細かい指示を出すことで、ある程度は補うことができるのだ。

 本来、魔像というものは創造者の言葉に従うものである。逆に言えば、創造者の言葉にしか従わない。巨大魔像で言えば、命令を与えられるのは創造者であるジョーカーだけ。だが、もしも他の者でも巨大魔像に命令を与えることが可能であればどうだろうか。

 そのことをジョーカーに尋ねてみたところ、別に不可能というわけではないらしい。

「もちろん、僕の命令が最優先されるけど、特定の道具を通じて命令を与えることで、僕以外の者の命令もきくようにできるよ」

 とのことだ。

 俺の相談を受けたジョーカーは、早速その特定の道具とやらを作り出した。手首に装着する細い腕輪のような道具で、一部に円形の台座のようなものがあり、そこに青い宝石のようなものが嵌め込まれている。

「この腕輪を通じて命令することで、僕のクロガネノシロを動かすことができるんだ。普通の術者なら、こんな複雑なプログ……じゃない、術式を魔像に組み込むことはできないだろうね。さすがは僕!」

 骨だけの胸を張り、ジョーカーは自慢そうだ。いや、自慢するだけのことはあるんだろうけど。

「この腕輪をグルス族長に預ける。この魔像を集落復旧に役立ててくれ。その代わりと言ってはなんだが、しばらくこの魔像をこの集落で預かっておいて欲しいんだ」

「うむ、喜んで預かろう」

 まるで新しい玩具を前にした子供のように、グルス族長は嬉しそうに即答した。うわ、やっぱり嫌な予感しかしない。

 腕輪を受け取った族長は、早速クロガネノシロに命令を下す。

「立て! 魔像!」

 族長の命令を受けて、それまで片膝突いた状態で待機していた魔像が、全身を軋ませながら立ち上がる。

 その様子を見た氏族のダークエルフたちから、大きな歓声がおこる。確かに、族長の命令通りに動く巨大な魔像は、ダークエルフたちからすれば新たな守護神を手に入れたようなものだしな。

 まあ、グルス族長はちょっと腹黒いところはあるが、判断を誤るような人物──ダークエルフだけど──ではなさそうだし、巨大魔像を預けておいても大丈夫だろう。

「踊れ! 魔像!」

 族長の命令を受けた巨大魔像が、どすんどすんと足を踏み鳴らす。いや、その命令はどうなんだ、グルス族長? そんな所で踊らせるから、直している最中の家屋がまた壊れたぞ。

「おい、グルス族長。分かっているとは思うが……」

「安心するがいい、リピィ殿。私は分別つかない子供ではない。魔像の運用には十分注意するつもりだ」

 いや、今のあんたは子供にしか見えないって。

 一抹の不安を感じながら、俺は片手で目を覆いながら天を仰いだ。

 そんな俺の背後で、ユクポゥとパルゥが真似をしたいのか、同じような仕草で天を仰いでいた。




 さて。

 こうしてリーリラ氏族の集落に戻ってきたが、結局魔物の王に関する情報は何も集まっていない。

 リーリラ氏族の集落に戻ってきた翌日、俺とジョーカー、そしてクースと隊長は、集落の家屋の一つで、これからの予定を話し合っていた。

 サイラァは巫女として聖域に、そしてギーンは家族の元へ、ユクポゥとパルゥ、それにオーガーたちは食料の調達や集落復旧の手伝いに。もちろん、巨大魔像も家屋の建て直しや荷運びに大活躍中である。

 妖魔の間では《魔物の王》に関する情報は、ほとんど広まっていないようだ。こうなると、やはり人間社会で改めて情報収集する必要があるだろう。

 特に、ジョーカーが言っていた冒険者を統括支援する組織……「冒険者相互支援援助会」、通称「互助会」を上手く利用すれば、効率よく《魔物の王》に関する情報も集まるのではないだろうか。

 互助会自身は帝国内に限られた組織のようだが、冒険者自体は帝国以外でも活動している。そんな他国の冒険者たちが帝国に入って来た場合、互助会に入会することは極めて多いだろう。

 人の流れは情報の流れでもある。そして、冒険者という者たちは国という枠組みに縛られない自由人たちだ。そんな冒険者やその統括組織である互助会を上手く使って、《魔物の王》に関する情報を集めるのは、それほど悪い考えではないだろう。

 だが、それにも問題はある。今の俺はゴブリンであり、当然ながら冒険者にはなれないという根本的な問題だ。

 もちろん、オーガーは言うに及ばず妖魔の一種とされているダークエルフも冒険者にはなれない。そうなると、人間社会に潜り込ませることができる人材は限られてくる。

 とは言え、気性的にクースは冒険者稼業なんて無理そうだ。そうなると残るは隊長だけだが……隊長も一人で野放しにするのはちょっと恐い。いや、逃げるとか裏切るとかじゃなくて、隊長はどこかであっさりと野垂れ死にしそうなんだよな。

「いや、ゴブリンの旦那……いくらなんでも、俺の扱いが酷くないですかね? 俺、こう見えても盗賊になる前はれっきとした冒険者だったんですぜ?」

 ほう、隊長は元冒険者だったのか。ってことは、当然互助会にも加わっていたよな。聞いてみよう。

「ええ、俺も互助会には参加してました。ま、この国の冒険者で互助会に加わっていない奴なんてまずいませんがね。でも、階位は高くなかったし、盗賊になった時点で除名されたかもしれませんね。いや、案外俺のような末端の人間が盗賊になったなんていちいち互助会も把握していなくて、在籍のままかも」

 いくら冒険者を統括する組織とはいえ、一人ひとりきっちりと管理しているわけではないだろう。となると、階位の高い有名な冒険者ならともかく、末端までは目が行き届いていない可能性もある。それに、何らかの理由でしばらく冒険者稼業から遠のいている者だっているはずだ。

 そんな者たちがどこでどうしているかなんて、いくら互助会でも正確に把握することは絶対にできまい。

 そもそも、落ちぶれた冒険者がいつの間にか盗賊に……なんて案外よくありそうだし。

 うーん、どうしようか。隊長に念の為に偽名でも名乗らせて、改めて冒険者として互助会に加わってもらい、そこから情報を集めてもらうか?

 腕を組み、あれこれと考え込んでいると、横からジョーカーが口を挟んできた。

「ねえ、ジョルっち。何も冒険者だけが情報を掴んでいるわけじゃないよ? 人間たちの社会には、他にも情報を握っている者はいるじゃない?」

「冒険者以外というと……商人とかか?」

 俺の答えに、ジョーカーの奴は骨だけの指をひょいと立てて、ちちちっと左右に振った。

「確かに商人たちも情報には敏感だけど……賢者と呼ばれる者たちも、あれで意外と世の中の情報に明るいんだよ。かく言うこの僕も、以前は賢者と呼ばれた身だからね!」

 賢者、か。なるほどな。

 賢者なんて言うと、世捨て人のような印象を受けるが、あれで世の中の事情には結構敏感なのだ。

 中には研究など自分の都合しか頭にない偏屈な者も確かにいるが、賢者と呼ばれる者たちは世の動静には常に注意を払っている。

「確かにジョーカーの言う通り、賢者なら《魔物の王》について何か知っているかもしれないが……ゴブリンや骨が突然尋ねて行ったって、はいそうですか、と話を聞いてもらえるわけがないだろう?」

「うん、確かに普通ならジョルっちの言う通りだよ。でも、彼なら僕や君の話を聞いてくれる可能性があると思うんだ」

 彼? 俺とジョーカーの知り合いで、変わり果てた俺たちの話を聞いてくれる賢者なんて……あ。

「そう。かつて君が拾って僕の弟子にした子供……リーエンは今、隣国のグーダン公国にいて、巷で《グーダンの賢者》なんて呼ばれているらしいんだよ」


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