あ、あれ?
沼の水を割るように出現した、巨大な
正確にはアホ面晒していたのは俺とクース、そして隊長とギーンだ。ユクポゥとパルゥはこれぐらいでは動じないし、オーガーたち──塔の外で警戒していた連中も含めて──は筋肉のない魔像には興味がなさそうだし、どこぞの真性は生きていないものは眼中にないし。
改めて考えてみれば、碌な奴がいないよな、俺の周囲。ホント、今更だけど。
まあ、今はそれよりも目の前の魔像の方だ。
「どうだい、凄いだろ? これ作るの、結構苦労したからね!」
いや、これだけでかいと確かに凄いと思うし、作るのも大変だっただろう。
だけど、何のためにこんなデカブツを作ったんだ?
「え? 大きいことは正義でしょ? 巨大魔像って、それだけで何かこうわくわくしない? 幼い頃に巨大魔像の資料を見て以来、いつか大きな奴を作りたいとずっと思っていたんだよね」
ってことは何か? 以前に俺と一緒に旅をしていた時も、こんなでかい魔像を作ることを考えていやがったのか?
それはともかく、この鋼鉄魔像が暴れれば、帝都の城壁だって壊れるってものだよな。
しかし、帝都からここまでこの巨大魔像と一緒によく逃げてこられたもんだ。どうやってここまで来たのか疑問だが、それを聞くのもちょっと怖いな。「実はこの魔像、空を飛べるんだよねー」とかあっさりと言われたらどうしよう。
さすがにこの巨体が空を飛ぶってことはないと思う……思いたい。
「じゃあ、僕の最高傑作であるクロガネノシロの、その力の一部をお見せしようじゃないか!」
俺があれこれと考えていると、ジョーカーの奴が嬉々として──奴の様子から嬉々としていると思う──そんなことを言い出した。
「じゃあ、行くよ? 括目して見るがいいさ! クロガネノシロ、豪翔拳!」
ジョーカーの言葉に応じて、巨大魔像……クロガネノシロが動き出した。
鋼鉄の筒が繋がったような腕をゆっくりと持ち上げ、その両腕が先程まで俺たちがいた塔へと向けられる。
そして、人間で言えば肘の辺りから炎が噴き出し、肘から先が轟音と共に飛び出した。
大型の弩から撃ち出された大矢のように、飛び出した魔像の腕はそのまま塔へと突き刺さる。
塔はまるで破城槌の攻撃を受けたかのように、その朽ちかけた壁を大きく震わせるとそのまま轟音を上げて崩れていく。
周囲に塔の崩れる音と砂塵が巻き起こる中、ジョーカーの声が更に響く。
「さあ、次だよ! 次は……胸部大放熱!」
鋼鉄魔像の胸の部分がしゃこん、という軽い音と共に開くと、その奥に真紅に輝く何かがあった。
それが何かと疑問に思った瞬間、そこから竜の吐息もかくやという激しい熱が迸り、崩れた塔を見る間に溶かしていく。
熱は周囲にも及び、まるで砂漠に吹く熱風のように俺たちを炙る。幸い、俺たちが火傷をするようなことはなかったが、熱の直撃を受けた塔はどろどろと赤く煮え立っていた。
まるで、噂に聞く地面の下に流れるという炎の濁流のようだ。以前──今の俺より前の俺の時──、地底に住まうとある亜人から、この地面の下には炎が水のようになって流れている場所があると聞いたことがある。にわかには信じられない話だが、噴煙を吐き出している火山などに行けば、火口からその様子が見えることもあると言う。
おそらく、その炎の濁流とやらはこんな感じなんだろうな。
周囲に吹き荒れる熱風に汗を流し、どろどろに溶けた塔を呆然と眺めながら、俺はそんなどうでもいいことを考えていた。
うん、これ、間違いなく現実逃避だな。
ところで。
俺の前には、崩れて溶けた塔の残骸がある。この塔、ジョーカーの今の棲み処……いや、住み処のはず。その住み処を、自信満々に自ら壊したわけだが……こいつ、これからどうするつもりだろうか。
その辺りを聞いてみたら、ジョーカーの奴はしゃあしゃあとこんなことを言いやがった。
「え? 僕にはもう必要ないでしょ? だって僕は君と一緒に行くんだから」
おい。何の相談もなく俺と一緒に来る気だったのかよ。確かにジョーカーは優れた魔術師であり、一緒に来てくれるのは心強い。かつて一緒に旅をした時も、ジョーカーの魔術と奇想天外な機転で何度も命拾いをしたことがある。
だけど。
「おまえが一緒に来るのは……まあ、いいとしよう。だけど、このデカブツはどうするつもりだ? 言っておくが、一緒に連れ歩くわけにはいかないぞ?」
「うん、そんなことは承知しているよ。また沼の中に隠しておくか……どこか安全そうな場所があれば、そこに置いておいてもいいけどね。ほら、盗まれるとさすがに困るから」
いや、どこに置いておこうが、この魔像を盗もうとする奴はまずいないだろ。そもそも、どうやって運ぶんだ? 巨人でもこの魔像を持っていくのは無理っぽいぞ。
ん? 安全な場所? そういや、あそこなら大丈夫なんじゃないか? しかも、この魔像を有効利用できるかもしれないし。
俺はジョーカーの骨張った肩──いや、骨しかない肩をぽんと叩く。
「なあ、ジョーカー。ものは相談なんだが……」
「ん? どうしたんだい、ジョルっち。そんなに改まって?」
俺はにやりとした笑みを浮かべながら、自分の考えをジョーカーに伝えた。
俺の身体を襲う小刻みな震動。正直快適とは言えないが、それでも突風コオロギの激しい上下運動よりは随分ましだろう。
さすがに移動速度はコオロギよりも遅い。だが、森の中を移動していることを考えれば、十分な速度と言っていいし、何より見晴らしが素晴らしい。
そう。今、俺は巨大魔像の頭の上にいる。俺と一緒にいるのは、クースとジョーカー。
魔像の頭部はなぜか窪みがあり、その窪みに俺たちはいるってわけだ。それほど広い場所ではないが、ここにいるのが小柄な俺とクース、そして骨だけのジョーカーという顔ぶれなので、ちょっと窮屈ながらも何とか乗っていられた。
しかしこの窪み、何のためにあるんだろうな?
そして、魔像の左右の掌にはギーンとサイラァ。
ユクポゥとパルゥ、《黒馬鹿三兄弟》と他のオーガー、そして隊長は突風コオロギに騎乗して俺たちのやや前方を移動中である。
俺たちが向かっているのは、リーリラ氏族の集落だ。
既にガリアラ氏族の集落を出発して、数日が経過している。ガリアラのゴンゴ族長には、ジョーカーのことをしっかりと報告しておいた。
もっとも、俺が話している間中、族長は目を見開いてジョーカーと巨大鋼鉄魔像を何度も見比べていたから、どこまで俺の話を聞いていたのか分かったものじゃないが。
まあ、族長は聞いていなくても、きっと他の誰かが聞いていただろうから問題ないってことで。
塔がなくなったこともゴンゴ族長には話しておいたが、まあ、あの塔がなくなったところでガリアラ氏族には何の関係もあるまい。逆に近隣に魔獣が根城にする場所が一つなくなったことで、集落としては安全になったと言えるんじゃなかな?
まあ、いきなり巨大魔像や怪しい骨と一緒にガリアラの氏族に向かうことはできなかったので、俺たちの中で最も社会的な立場の高いサイラァとその護衛を兼ねて弟のギーンを集落へと先行させ、俺たちの到着を前もって知らせておいた。そのおかげか、特に警戒されることなくガリアラの集落には迎え入れてもらえたのだ。
そしてガリアラの集落で一晩休んだ俺たちは、リーリラの集落へと向かったのだ。
きっとリーリラの集落でも騒ぎになるだろうから、ある程度近づいたところでまたサイラァとギーンに先触れの使者として出向いてもらう必要があるだろう。
俺は魔像の頭部の窪みから僅かに身を乗り出し、魔像の背後を振り返る。
魔像は森の木々を易々となぎ倒しながら、真っ直ぐにリーリラ氏族の集落を目指しているので、魔像が通った後にはちょっとした「道」ができ上がっていた。
しかし、そんな「道」も見る間に消えていく。なぎ倒された木々から見る間に芽が吹き出し、どんどんと成長して「道」を埋めていくのだ。
「……相変わらず、無駄に大量の魔力を有していやがるな」
「無駄ってことはないよ、ジョルっち。僕たち魔術師にとって、魔力はあるに越したことはないんだよ?」
そう。倒された植物が見る見る内に育っているのは、ジョーカーの《植物成長》の魔術の効果だった。言葉通り植物を急速に成長させるこの魔法を使って、破壊された森の木々を元通りにしているってわけだ。
当然、魔像が通った場所全てに魔術を行使できるわけではない。そんなことをしたら、さすがのジョーカーも魔力が保たないからな。
よって、所々に使用して木々を成長させ、問題ない程度に森を修復している。それでも、ジョーカーが異様なまでに大量の魔力を有していることが分かってもらえるだろう。
ちなみに、帝都の城壁を破壊したジョーカーは、当然ながら帝国の兵士から追われた。その際、ジョーカーの奴は《姿隠し》と《消音》を併用して魔像の姿と足音を消し、帝都の近隣を流れるグラール大河の底を歩くことでこのリュクドの森まで逃げてきたそうだ。
ジョーカー本人と護衛として作り出した屍肉魔像、そしてこの巨大鋼鉄魔像と一行全て魔像だったからこそ、河の底を歩いて逃げるなんて強引な芸当もできたんだな。
グラール大河から森に入った後は、今と同じように《植物成長》で痕跡を消しながら、偶然見つけたあの塔に住み着いたらしい。
と、俺とジョーカーがそんなことを話していると、大魔像が一際激しく揺れた。まあ、森の地面は決して平じゃないからな。時には魔像も大きく揺れる場合もある。
しかし、魔像の頭の窪みも決して広くはない。そこに小柄な俺とクース、そしてジョーカーが一緒にいるものだから、どうしたって互いの距離は近くなり。
「きゃ……っ!!」
今の揺れで、クースが慌てて俺にしがみつく。それでいて、僅かに震えながらもそろっと首を出して地面を見下ろしては、びくりと首を引っ込めている様子が何となく可愛い。
「ところでずっと気になっていたんだけど、この少女……えっと、クースちゃんだったっけ? この
ジョーカーが瞳のない眼窩で俺とクースを見比べる。
うーん、正直、俺とクースの関係って何だろう? 保護者と被保護者ってのが一番正しいような気がするが、人間の少女の保護者が白い変なゴブリンってのもなぁ。
かと言って、ジョーカーが言ったように俺たちは恋人ってわけじゃない。確かにクースは可愛いと思うが、人間の少女にとってゴブリンが恋愛対象になるわけがない。
「おいおい、変なことを言うなよ。俺なんかと恋人扱いしたら、クースが可哀想だろ?」
「え? 恋人じゃないんだ? 随分と仲がいいし、クースちゃんもジョルっちのこと信頼しきっているようだったから、てっきり……」
「そんな訳あるかって、人間とゴブリンだぜ?」
確かに、ゴブリンが捕虜とした人間の女性を凌辱することは多々ある。だが、そこにあるのは単なる性欲の捌け口や子孫を残すという本能だけであり、愛情なんてものは欠片もない。
俺はクースのことは可愛いと思うし、守ってやりたいとも思う。だけどそれは恋愛感情からくるものじゃない……と、思う。
言うなれば、娘を可愛く思い守りたいとも思う父親の心境に近いのではないだろうか。
もっとも、俺は過去に一度として子供を作ったことはないけどな。過去の人生は全て「あいつ」と相打ちに終わっているから。
時代によっては恋人ぐらいはいたこともあるが、それでも俺が知る限り子供はいなかった……はずだ。もしかして、俺が死んだ後に生まれた子供がいるかもしれないが、そこまではさすがにな?
「ほら、クースもこの頭の悪い骨に何か言ってやれ。クースだって俺と恋人なんて思われると迷惑だろ?」
「あ、い、いえ、そ、その…………………………………………」
あ、あれ? クースさんの様子が何か変ですよ?
顔を真っ赤にして、もじもじしながらちらちらと俺のことを見ちゃったりしているよ? あれ? これってまさか……。
い、いや、そんなことあるわけないだろ? 彼女は人間で俺はゴブリンだぜ? 相手が美形で有名なエルフなら異種族恋愛もあり得そうだが、よりにもよって人間がゴブリンに……ははは、あるわけないって。
妙な雰囲気に陥ってしまった俺たちを、ジョーカーの奴がにやにや──にやにやしているに決まっている!──しながら見つめていた。
くそ、覚えていろよ! おまえのせいで変な雰囲気になったんだからな!
内心で毒づく俺のすぐ傍で、クースはいつまでももじもじしていた。
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