鉄城 ~クロガネノシロ~



「なあ、アニキよ。その骸骨はアニキの知り合いか?」

 がっちゃんがっちゃんと魔像ゴーレムと戦いながら、ムゥが俺に聞いてきた。あ、まだ戦っていたのか。

「まあ、何だ。ムゥの言う通りちょっとした知り合いだよ、この骸骨は」

 俺がジョーカーを指差しながら言えば、ジョーカーはひょいと肩を竦めた。

「知り合いなんてものじゃないだろ? 僕と君は親友……いや、兄弟みたいなものだろう? ほら、以前は生きるも死ぬのも一緒だと誓い合った仲じゃないか、ブラザー」

「ほう、そんなことを誓った覚えはないが、だったら何自分一人だけ死んだ時の対処をしておいたんだ?」

「え? え、えっと、それは……あははははは」

「よーし、ブラザー。とにかく一発殴らせろ」

「いやー、それは御免こうむるよ」

 逃げるジョーカーと追いかける俺。

 そんな俺たちのちょっと向こうで、《黒馬鹿》たちと魔像たちはまだ戦っていた。




 ジョーカーの指示で動きを止めた魔像たち。魔像が動きを止めたことで、黒馬鹿たちも戦闘を止めて俺の周りに集まってきた。

 魔像との決着はつかなかったものの、思う存分筋肉を行使できたからか、オーガーたちは満足そうだ。

「なるほど。俺たちはここに死術使いがいると聞いてきたが、実際は魔像使いだったってわけか」

 ジョーカーは優れた魔術師であり、ほぼ全ての系統の魔術を使うことができる。中でもこいつが得意としていたのが、魔像作りとその魔像を操ることだ。

 ちなみに、魔像や魔獣などを操る魔術は〈操〉系統と呼ばれ、この系統の術師を操術師、もしくは操術使いという。

「ほら、僕って実際は無害な存在だけど、この見てくれのお蔭でいろいろと誤解されちゃってね。ちょっと前までは帝都の片隅に潜んでひっそりと魔像の研究をしていたんだけど、ちょっとしたことから人間たちに見つかっちゃってさ。冒険者たちが僕の研究所に踏み込んで来たから、返り討ちにしてからここに逃げて来たんだよ」

「ってことは、この塔にいた屍人どもは……」

「うん、返り討ちにした冒険者たちの死体から作った屍肉フレッシュ魔像ゴーレムさ」

「死体をそのまま使ったから、屍人と間違えたってわけだな。で、おまえが魔像たちを引き連れてこの塔へ移動していたのを、ガリアラ氏族のダークエルフが目撃したってところか」

 確かに、ぱっと見ただけでは魔像なのか屍人なのか、判断は難しい。しかも、屍肉魔像たちを率いていたのが見た目骸骨のジョーカーともなれば、誰がどう見ても死術使いとしか思われないだろうな。

「ん? ちょっと待てよ? おいジョーカー、おまえ今、帝都にいたって言ったよな?」

「うん。僕、ちょっと前まで帝都にいたよ。 とはいえ、僕がいたのは帝都の片隅、それも人目になかなか付かないような所だったけど」

 よしよし、どうやらこれで少しは人間たちの情報も手に入りそうだ。

 俺はにやりとした笑みを浮かべて、ジョーカーの骨張った肩にぽんと手を置いた。

「さすがはブラザーだ。そんなブラザーを見込んで、ちょっと訊きたいことがあるんだ」

「うーん。僕に分かることで良ければ何でも話すけど……なんか、嫌な予感がするなぁ」

 表情などないはずの骸骨が、明らかに当惑していることが伝わってきた。

 なかなか器用だな、こいつ。




 俺と仲間たちは、床に直接腰を下ろしてジョーカーから話を聞く。

 俺の知り合いということでユクポゥやパルゥ、そして俺の言うことに反対などしないサイラァや《黒馬鹿三兄弟》は既にジョーカーを警戒さえしていないようだ。

 反対に、ギーンは胡散臭そうにジョーカーを見つめている。取り敢えず敵対はしないものの、それでも警戒は緩めないか。うん、ギーンの態度こそ正しいのであって、他の連中は素直すぎないか? まあ、それだけ俺が信用されているということにしておこう。

 とはいえ、クースはさすがに怯えて俺の影に隠れ、おどおどとしながらジョーカーを見ているし、隊長はそのクースの影に隠れている。おい隊長……おまえ、男として恥ずかしくね?

 まあいいや。今はジョーカーの話を訊く方が先だしな。

「それで? 僕に訊きたいことって?」

「最近、人間の社会で《魔物の王》についての噂は流れていないか?」

「《魔物の王》、ねぇ……」

 眼球のないジョーカーの虚ろな眼窩が、俺へと向けられる。

 かつて、俺と一緒に《魔物の王》と戦ったジョーカーだ。ゴブリンになったとはいえ、俺が再び《魔物の王》を敵視していることは理解できるだろう。

 そういやジョーカーの奴、俺がゴブリンになったと知ってもそれほど気にしていないようだが……まあ、こいつは細かいことはあまり気にしない奴だからな。人間だろうがゴブリンだろうが、「俺」であれば一緒とか考えているのだろう。きっと。多分。

「……少なくとも、《魔物の王》に関する噂は聞いたことがないよ。でも、《勇者》に関する噂ならよく聞いたね」

「《勇者》だと?」

「そう、かつて《魔物の王》と刺し違えて世界を救った英雄、《勇者》ジョルノー。そのジョルノーの再来と呼ばれ、今代の《勇者》ではないかと噂になっている人物がいるんだ」

 ジョーカーの顎の骨が楽しそうにかたかたと鳴る。うん、もしもこいつに表情があれば、絶対に意地の悪そうな笑みを浮かべているに違いない。

「で? その噂の《勇者》様はどこの誰だ?」

「ゴルゴーグ帝国第三皇子、ミルモランス・ゾラン・ゴルゴーク殿下その人さ」

 ジョーカーの話によれば、その第三皇子殿下とやらは若干16歳にして文武に優れ、それでいてとても気性の穏やかな人物であるとか。

 第三皇子という立場でありながらも、決して増長することもなく家臣や民たちのことを常に考えて行動し、それでいて父親である皇帝や二人の兄に対しても常に一歩引いた態度で接するため、皇帝や二人の兄たちとの仲も良好だとか。

 だが、何より驚くべきことは、その第三皇子殿下が主導して冒険者を統括する組織を作り上げたらしいことだ。

 我が強い者が多い冒険者を統括するなど、そう簡単なことではない。俺自身、かつては冒険者だったことがあるのでそれはよく分かる。

「まあ、統括組織とは言ってもそれほど規律の厳しいものではなく、緩やかな横の繋がりを重視したものらしいけどね。後は冒険者をその実力で数段階の階位に分けて、それぞれ実力に見合った仕事を斡旋することで冒険者の生還率を向上させたらしいよ」

「なるほど。冒険者ってのはついつい自分の実力よりも難しい仕事を引き受けたがるものだからな。それは案外いい方法なのかもしれないな」

「うん、聞けば結構冒険者の間でも評判がいいらしくてさ。階位制を主導した第三皇子殿下に心酔する者もかなりいるそうだよ」

 更には、その第三皇子とやらは女性と見紛うような美貌の持ち主らしく、正式な婚約者も決まっていないこともあって帝都の若い女性──貴族庶民問わず──の間では相当人気があるらしい。

「これまでに第三皇子は単独、もしくは少数の騎士たちを率いて凶悪な魔獣を倒すという武勲をいくつも上げているそうでね。キーリ教の一部の者たちは、彼の者こそ《勇者》の再来であるとはっきり公言しているって話だよ」

 確かにそれだけ条件が揃えば、《勇者》と呼ばれても当然かもな。かつての俺も確かに《勇者》なんて呼ばれていたが、別に《勇者》を目指していたわけでもないし、そんな立派な人間でもなかった。

 「あいつ」を倒すという目標のため、あれこれと活動している内にいつの間にか周囲から《勇者》なんて呼ばれるようになっていただけなんだ。

 実際、ジョーカーを始めとした旅の仲間たちからは、よく「おまえは《勇者》詐欺だ」なんて言われたものだし。その辺は今の俺を見ていれば大体分かると思う。

 人間って奴は、そう簡単に人格が変わったりしないものだよな。

 ま、今の俺は人間じゃないけど。




 とまあ、一通り俺とジョーカーの説明をして、仲間たち……正確にはギーンやクースたちもこいつが一応無害であると信じてくれたようだ。

 ジョーカーという人物は、誰とでも親しくなってしまう奴だ。それは骸骨になった今でも変わりないらしい。

「なあ、骸骨の旦那よ。あんた、何やらかして帝都から逃げ出してきたんだ?」

 そうジョーカーに聞いたのは隊長である。こいつも盗賊だったってことは、人間の社会にはいられなかった理由があるのだろう。自分と似たような境遇に興味が湧いたのかもしれない。

「いやー、新しく作った魔像の起動実験をしたら、帝都の城壁の一部を壊しちゃってさ。さすがにこれはまずいと思って逃げ出して来たんだよ。その後、かなりの数の冒険者や騎士が追いかけてきたけど、全部返り討ちにしたんだ」

 えっへん、とばかりに骨しかない胸を張るジョーカー。いや、城壁の破壊ってかなりの重罪だと思うぞ? ほら、聞いた隊長なんて真っ青になっているじゃないか。

「城壁を破壊……か。相変わらず、ぶっ飛んでいるな……」

「いやー、そんなに誉めないでよ。照れるじゃないか。まあ、あの魔像は僕の最高傑作とも言えるけどね」

「誉めてねえよ!」

 一体どんな魔像を作り出したのやら。ちょっと興味があるけど、聞くのも恐いな。

「へー、城壁を……そりゃあ凄えじゃねえですか。それで、どんな魔像なんで?」

 ああ、隊長の馬鹿が。俺があえて聞かなかったことを聞いちまいやがった。

 だけどよくよく周りを見れば、何人かが興味深そうな顔でジョーカーを見ていた。どうやら、全員ジョーカーの魔像が気になるらしい。クースまでわくわくした様子で奴の話を聞いているぐらいだ。

「クース……おまえも気になるのか?」

「え、えと、その……魔像って見たことがないので、できれば見てみたいかなって……駄目ですか?」

 まあ、田舎で暮らしていれば、魔像なんて見る機会はないだろう。実際には、ここまで登って来る途中の屍人たちも魔像だったけど、あれはあまり魔像って感じじゃないしな。

 この部屋には他にも二体の岩魔像もいるが……どうにもこの二体、急造なのか作りが粗雑なんだよな。その点、件の魔像はジョーカーが最高傑作とまで言うのだ。きっと、仕上がりにも気を使った魔像に違いない。

 よし、クースが見たいのなら仕方がない。俺も付き合ってやろう。

 うん、決して俺自身がどんな魔像か見たいわけじゃないぞ? あくまでもクースのためだからな?




 ジョーカーが俺たちを案内したのは、塔の裏手にある沼だった。

 もちろん、ここに沼があることは俺も知っている。塔に入る前に、一通り塔の周囲は巡ってみたからだ。もっとも、沼の中までは確認していない。水はどろりと濁っているし、得体の知れない生き物がいそうだし。

「さあ、ここさ。ここに僕の最高傑作が隠してあるんだ」

 そう言って、ジョーカーは沼を指差す。どうやらこの沼の中にその魔像はあるらしい。

「じゃあ、呼ぶよ……出でよ! 『鉄城クロガネノシロ』!」

 ジョーカーの言葉に応じるかのように、沼の水が渦を巻き始める。

 そして、どんな仕掛けかは分からないが、沼の水が二つに割れるようにどこかへと流れ込むと、その中から黒光りする巨大なモノがせり上がるようにして姿を見せた。

 その大きさは巨人なみ。ざっと見ても余裕で10ヤード(約9メートル)以上はあるだろう。重さに至っては、全く見当もつかない。

 全身黒光りする人の姿をした金属の塊。それが沼の中から現れたモノだった。

「どうだい、ジョルっち。これがこの60年という歳月をかけて僕が作り出した最高傑作! その名もクロガネノシロさ!」

 ジョーカーの奴がクロガネノシロと呼んだモノ。それは巨大な鋼鉄アイアン魔像ゴーレムだった。


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